217.録画
佐藤さん関連の対応と追加分の原稿に専念して一週間が経った。
この間、無事に黎明社の方から動画撮影許可が下りたので——勿論GoW側へのアップロードは禁止になっている——、少しだけ肩の荷を下ろし、執筆活動に集中出来た。
そして一昨日無事に、校正も含めて完了した原稿データを送付。確認した佐藤さんから、「話がしたい」とメールがあり、今に至る。
「原稿ありがとうございます! いやあ、まさか本当に五千文字分書いていただけるなんて思っていなくて……助かりました。無理をしていませんか、先生?」
「大丈夫ですよ。元々いくつかネタを出して冒頭だけは書き上げていたので。一から考えるとなるとちょっと大変だったかもしれないですけど」
「そうですか、本当に良かったです。僕の方でも気を付けますので今後ともよろしくお願いいたします」
先日の一件がなければなにも警戒せず、そのままの意味で受け取っていたな、と思うくらい申し訳なさそうな表情。本当に迫真の演技だ。
「ああそうだ、当日の流れをもう一回説明してくれませんか? いよいよ今週末だと思うと緊張してしまって」
「ええ、勿論です。改めてのちほど書面でも展開しますが、当日の集合時間は午前九時半。場所は綴じの庭書店裏口です。席やファンの方々の並ぶ場所については、当日会場で説明させていただきます。それから、服装に決まりはありません。先生にとって初めてのサイン会なんですよね? 絶対に成功させて、良い思い出にしましょうね!」
書面でも展開する、と言いながら堂々と九時半と言う辺り、洋士が言っていたようにあとから書面データを偽装するつもりなのかもしれない。僕が機械音痴だというのは篠原さんから引き継いでいるだろうし、バレないと思っているんだろう。良い思い出、という言葉は皮肉のつもりだろうか。
「あれ、本当に九時半ですか? 先日黎明社の別の方にお聞きしたら、九時って言ってたんですけど」
その瞬間、佐藤さんの顔から表情が抜け落ちた。まるで能面のような顔で、「誰がそんな事を?」と問いかけてくる。
「えーと、誰だったかな……。男性の声だったんですけど、名前を忘れてしまいました」
「……もしかしたら僕が勘違いをしていたのかもしれません。帰ったらもう一度確認してみますね」と笑顔で佐藤さん。この作戦は失敗だと判断して見切りを付けたみたいだ。
「ええ、お願いします」
「それにしても別の編集者に聞くなんて……どうして僕じゃなかったんです?」
「実を言うと……佐藤さんに連絡する勇気がなくて。僕が聞き間違えたせいで佐藤さんに迷惑をかけるところだったじゃないですか。万が一追加の五千文字が書けなかったらと思うと怖くて……」
「なんだ、そんな事! 気にしないでくださいよ先生。むしろ嫌われてるのかなって不安になっちゃったじゃないですか」
分かりやすいくらいニコニコ笑顔で僕の肩をバシバシと叩いてくる佐藤さん。僕の言葉を全く疑いもせずに信じるなんて、単純? それとも単に僕が舐められているだけなのだろうか。
「ああ、ところで先生……一つ気になってた事がありまして。一体いつ寝てるんですか? 僕ちょっと気になってこの部屋の使用履歴確認したんですけど、ずっとお仕事なさってますよね……?」
「ええ、今回佐藤さんには多大なご迷惑をおかけしちゃいましたから。睡眠時間を削ってでも早く提出しないと!と思って」
当たり障りのない、無難な回答を返す。もしかして、佐藤さんが僕を目の敵にする理由ってそれだったりする……? 考えてみれば、初回の顔合わせ時に悪い印象は抱かなかった。違和感を感じたのは、ここで初めて綴じの庭書店でのサイン会の話を聞いた時。その時点でこの部屋の使用履歴を調べていたとしたら……? いやいや、政府が他種族の発表をしたのはつい先日。仮に使用履歴を見て「おかしい」と感じていたとしても、サイン会の話が出た時点では異種族が居るなんて知らないんだから、そんな発想にはならないか。
「先生、人間じゃないですよね?」
話はそこで終わらず、佐藤さんは確信めいた表情で問いかけてきた。さて、どう反応するべきだろうか。
「……? なんですか、突然。確かに最近そういう人達が居る、と連日報道されているみたいですけど……」
「はは……話を逸らすんですね。『はい』か『いいえ』で答えてくださいよ。それとも答えられないんですか?」
「ちょっと質問の意図が分からないですね……。僕の種族が仕事に関係あるんでしょうか?」
「当然関係ありますよ! 化け物の担当だなんて僕はまっぴらごめんですからね。それにうちの会社のイメージも傷つきます、はっきり言って迷惑なんですよ。……正体を隠して仕事をするなんて、卑怯者のやる事じゃないですか。でしょう? 自分の種族に誇りを持っているなら堂々としてれば良い。なのになんで話を逸らすんです? 蓮華先生が卑怯者なんて僕、悲しいなあ」
全然悲しそうには見えない表情で、淡々と問いかけてくる佐藤さん。
「卑怯者……ですか。仮に僕が人間じゃなかったとしても、それは個人情報保護の一環として開示に関する決定権は僕にあるはず。卑怯というのはお門違いかと。むしろ、故意に嘘の情報を教え、僕の仕事を妨害する佐藤さんの方が卑怯なんじゃないですか?」
「おや? てっきり本当にご自分が聞き間違えたと思っているんだと。……さすがにそこまで馬鹿ではなかったんですね? でもどこにそんな証拠があるんですか? メールで伝えた訳でもないですし」
「今貴方がご自分で語ってるじゃないですか」
「だから? この部屋での会話は記録出来ません、お忘れですか?」
「ええ、そうですね。この間までは」
僕の発言に佐藤さんは不愉快そうな表情で首を傾げ、続きを促してきた。
「今この部屋での出来事は全て録画されています。あとで黎明社宛てに共有するつもりですから」
「……そんなはったりを信じるとでも?」
「信じなくても結構ですが……、先ほどの差別的発言といい、言い逃れは出来ないと思いますよ?」
僕の発言に「ハッ」と吐き捨てるように笑う佐藤さん。
「差別的発言? 化け物を化け物と呼んでなにが悪い。平気で人を殺すような輩を隔離しておかない政府の判断は、本当に理解出来ない。おかしな能力を使って僕達の意志を捻じ曲げてる可能性だってある。どんな事が出来るのかも分からないのに野放し……ぞっとする。貴方のような間抜けが我が社の看板作家? 到底信じられる訳がない。一体どんな手を使って取り入ったんだ?」
なるほど、一連の行動の動機は「黎明社を愛してるが故の暴走」なのか。
創作物は各個人に合う、合わないがある。だから僕の書く小説が佐藤さんに合わないなら、担当になった事で僕の日頃のポンコツ具合を目の当たりにし、「何故こんなやつが?」と疑問に思っても無理はない。
「ああ、イライラする……。あんたの評判をちょっと落とすだけのつもりだったのにまさかこんなとんでもない秘密があったなんて。これじゃ計画は失敗だ、クソ! 篠原さんの評判を上げるどころか、このままじゃ黎明社は終わりだ……」
ガリガリ、と爪を噛みながら室内をうろうろ歩き回る佐藤さん。聞き捨てならない発言に、僕は慌てて聞き返した。
※前話でブクマ減ったんで、この話皆さんお嫌いー?と思いつつ、前々からずっと温めていたエピソードなのでガンガン進めて参ります。
新作「国に飼い殺され続けた魔女、余命十年の公爵の養女になる? 〜養女契約のはずが、妻の座を提案されてしまった〜」もじわじわとアクセス数伸びてて嬉しいです、皆様応援ありがとうございます!
本日7話目投稿しました。よろしければそちらも読んでいただけると。