215.心配
ヴィオラの退勤予定時間少し前。店の外で待っていると、こちらを見てひそひそと会話をする店員さんの姿が目についた。「あの人も人外なのかしらね?」「勿体ない、イケメンなのに」「でもあの女の連れなんだから——」。聞こえてくる内容もあまり良いとは言えないし、どうやらなにかがあったらしい。
数分後、「お待たせ」と中から出てきたヴィオラの顔は、随分とやつれて見えた。
「お疲れ様。大丈夫? あそこの人達……随分と言いたい放題言ってくれてるみたいだけど」
人間族の聴覚的に、僕がなにを言ったかなんて分からないだろうに目が合った途端に逸らす店員さん。うーん、悪い事だって自覚があるだけまだマシ、なのかな?
「ちょっと私がドジ踏んで人間じゃないってバレただけよ。それで先日の洋士くんの言葉を思い出して……、怖がるかなって思って開き直ったら、むしろ新しいおもちゃを手に入れた子供みたいな反応をされちゃったの」
「ドジ? 珍しいね、ヴィオラがミスするなんて。なにがあったの?」
「まあ……些細な事なんだけど。ちょっと興奮しちゃって髪に魔力が乗っちゃったのよ」
どうして興奮してしまったのかを語るつもりはないらしく、中途半端に説明を終わらせたヴィオラ。先ほどの様子じゃ、他の店員さんからなにか言われたのかもしれない。でもヴィオラの性格上、具体的な内容を説明するのは気が乗らないんだろうなあ……。
心配ではあるものの無理に追及したらかえってヴィオラの負担になってしまう。少しだけ話題を逸らして、別の方向から探る事にした。
「それにしてもさっきの店員さん、聞こえてきた話から判断する限りだと僕達他種族を人間族の下に見てるみたいだね。『人間じゃないから常識が〜』とかずっと言ってたし。ニュースくらいしか情報源がなかったから、怖がらずにそういう考え方をする人も居るんだって知れて新鮮ではあるけど……」
「『別の種族』と口には出しているけど、実際のところ『人種の違い』くらいに受け止めてるんじゃないかしら? 私達は比較的細身で力があるように見えないし、本能的に危険だと感じる要素がなくて侮ってるのよ、きっと」
「なるほどね」と頷いておく。これが同じ細身の体型でも、洋士の眼力があれば相手も萎縮するんだろうけど……、残念ながら僕にはそんな要素は一つもない。昔なら、この身長が十分威圧を与えてたんだけどなあ。今じゃ平均身長が高いから、そこまで目立たない。
日本では昔から、表現の自由との兼ね合いが難しいという理由で、差別に関して明確な罰則が設けられていない。企業向けには雇用や契約に関して、性別その他による差別の禁止と罰則はあるものの、そこに勤める社員個人による差別は、各企業のコンプライアンスに委ねられる形になっている。
そこはきっと今回の法改正でも変わらないんだろうなあ……。勿論、各個人が名誉毀損などで訴えれば話は別だけど、それは民事訴訟の管轄であって刑事事件とはならない。被害者側が自ら動く必要があって、心理的ハードルの高さから行動に起こす人は少ないし、加害者側に前科がつかないので罪の意識も薄くなりがち。それが結果として、差別を助長する要因ともなっている。
とはいえ、正直な話、僕も物書きなので表現の自由との兼ね合いと言われれば納得してしまう部分がある。例えば差別の禁止が明文化された場合、たとえそれが作中にどうしても必要なシーンだったとしても、差別的な描写が含まれるから発禁や罰則、なんて事にもなりかねない。そうなると小説や漫画などの創作物で描ける範囲が狭くなって、この業界は一気に衰退していってしまう。
だから世論に任せるスタンスを取っている訳だけど、昨今はインターネットの普及によって世論も行き過ぎの傾向が強い気がする。今のところ僕達に対する好意的な意見はあまり見かけないし、このまま行くと村八分まっしぐら。公表する前よりもずっと生きにくい世の中になってしまう。
「はあ……やっぱり平和的共存は夢のまた夢なのかなあ……」
「なあに、改まって。……でもそうね、公表してから私達という存在が生まれた訳じゃない。今までもずっと同じ空間に居たのに、知った途端に受け入れられません、というのは少し理不尽ではあるわよね」
「うん……。でも彼らの気持ちも分かる。例えば、隣人の正体が快楽殺人鬼だと知ってしまったら、僕も今までのように接する自信はないなって思うんだ。人間族からしてみれば僕達の存在って、それと似たようなものなんだろうし……、特に吸血鬼はね……」
実際海外からやってきた吸血鬼が、無差別失血死事件を起こしているから尚更だ。
「ああ……、種族の開示強制禁止って、実は私達の為だけじゃなくて人間の為でもあるって事ね。相手が何族か分からない不安はあるけど、明確に知ってしまったあとの恐怖は味わわなくて済むし」
§-§-§
「——って感じで心配なんだ。なんか隠してるみたいで」
ヴィオラを部屋まで送ったあと、夕飯の準備をしながら洋士へと今日の出来事を報告。
「全く、父さんといいあいつといい、秘密主義者ばかりだな。……父さんも、これで俺の気持ちが分かったか? 俺達に心配や迷惑をかけかくない一心で黙ってるんだろうが、隠されると余計心配になるし、発覚した時には手がつけられないほど大ごとになってる可能性もある。例えば父さんの体質に関連したGoWプレイ問題とか、な?」
「うっ……、肝に銘じます」
「そうは言っても、俺達には親子っていうある程度切っても切れない縁があるがあいつにはそれがない。下手に追及しようものなら俺達の保護下から離れる選択をされる可能性もあるしな……。多少無茶をすれば、今日店でなにがあったか調べる事も出来なくはないが、それによってあいつの立場がこれ以上微妙になりかねない」
「やっぱり様子を見るしかないって事だよね」
あとは、バレたら絶対怒られるだろうけど送迎時に遠くから中の様子を探ってみるとか。その結果知り得た情報を元に彼女がいつか相談してきた時に対処出来るように準備を進めておくっていうのも……一つの手かな。