Side:ヴィオラ編6
店長からも連絡があったし、魔力も上手く制御出来るようになってきたし……、そろそろ復帰しよう。そう思ったタイミングで、バイト仲間の金髪くんからメッセージが届いた。金髪くんは夜勤仲間で、店長を除けば今の職場で唯一連絡先を交換した相手。
仕事中も、見た目に反して——って言ったら失礼だけど——会話の線引きはちゃんとしているし、連絡先を交換したあともくだらない内容を送ってきた事は一度もなかった。適度な距離感を保ってくれるから正直な話、過去一で仕事をし易い相手だと思っている。
そんな彼からメッセージなんて、随分と珍しい。なにかあったのかしら?と確認してみれば、吉報とは言えない情報が列挙されていた。
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暫く東京を離れるって店長から聞いたっすけどいつ戻ってきます?
話し相手がいなくて寂しいんすよー。
冗談はともかく、前に朝森さんに話しかけてきたあのお客さん……、やっぱり変っすよ。毎日うちの店に来てはキョロキョロして……多分朝森さんが居ないか確認してたんだと思います。
んで、痺れを切らしたのか俺に「最近いつもの子見かけないね」って話しかけてきたんすけど、なんて言えば良いんすかね……、字面だけ見ればただの世間話っぽいんすけど、明らかにこっちの反応窺ってるって言うか、探りに来てる?って言えば良いのかな。
頭悪くてうまく説明出来ないんすけど、とにかく気を付けてください。ってか、前の店?からの知り合いなんすよね。偶然装ってるけど、朝森さんが自分から伝えた訳じゃないならまじでストーカーなんじゃないっすか?
余計なお世話だったらサーセン、無視してください。でも復帰する時は今まで通り彼氏さんに送迎してもらった方が良いっすよ。なんかあったあとじゃ遅いんで。
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ストーカー……。先日相談した警官からの連絡を改めて思い出した。
『被疑者は容疑を認めてはいるものの、警告や接近禁止令を飛ばして逮捕された事に動揺しているようです。余計なお世話かもしれませんが……前科がつけば逆恨みをする可能性もあるので、ご自身の為にも示談も視野に入れた方が良いと思います』
結局、前に住んでいたアパートの隣人に関しては、外来吸血鬼や身分証の関係で暫く働けなかった期間も考慮して示談を選んだ。ストーカー問題に関しては解決したと思ったけど……やっぱりあのサラリーマンが大元だという事かしら。
元隣人はきっと前科を恐れて完全に手を引いた。今のタワーマンションはセキュリティレベルも高いし、盗聴器の類いは洋士くんの力を借りて一掃した。新たに手足となって情報を探る人物も用意出来ていないだろう状態で、二週間以上私を見かけなかったら……。
「仕事を辞めたと思ったのかもしれないわね」
切羽詰まった結果、確かめる為に金髪くんに話しかけた……。十分あり得る話かも。
確証がある訳でもないし、なにより今のところ、ただのコンビニ店員と客と言う立場であって、名前や連絡先を聞かれたりした訳でもない。実害がない以上どうしようもない。
念の為、暫く日中帯シフトにしてもらえないか掛け合ってみようかしら。あの人は遅くまで働いてるみたいだから、会わずに済むものね。
それにしても金髪くんったら……。蓮華くんは彼氏じゃないって何度も言ってるのに、こうやって茶化すんだから。
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「それじゃあお仕事、頑張ってね。また終わり頃に迎えに来るよ」
そう言って蓮華くんは、いつも通り私が店に入るまで小さく手を振りながら見送ってくれた。そこまでしてくれなくても良いのに、と思いながらレジに居る同僚達に挨拶。バックヤードへ向かう途中、背後からあからさまに舌打ちが聞こえてきた。
「ちょっと今の見た? イケメン彼氏だったわよ。良いわねえ、若いって」
「同僚の前では無愛想なのに男の前ではあんな顔するのねえ……。裏表ある人って苦手だわあ、私」
文句があるなら直接言ってくれば良いじゃない。裏表があるのは一体どっちかしら……。
少しだけむっとしたけど、こういうのは相手をしないに限る。それにまあ、日中帯シフト中心に変えてもらった事で彼女達のシフト日数が減ったのかもしれないし、ここは甘んじて受け入れておくべきよね。
手早く着替えてバックヤードから表へ出ると、私と交代で上がる予定だった女性がまた嫌みを言ってきた。
「着替えだけでなんでそんなに時間がかかるのかしら。私の上がり時間が遅くなっちゃうじゃない」
そうは言ってもまだ勤務開始時間五分前。つまり彼女の勤務時間だってあと五分あるんだから、今から着替えたって時間はオーバーしないでしょうに……。とにかくなんでも良いから文句をつけたいみたいね。はあ、金髪くんとの仕事が平和だったせいで、余計面倒臭く感じちゃう。
客の来店を告げる音が鳴り、見れば例の男性だった。緊張からか驚きからか、「いらっしゃいませ」という声が上ずったのが自分でも分かった。
ボサボサの髪の毛とマスク、それにスウェット。高級スーツのいつもの姿とはあまりにも違っていて、他人のそら似を疑うレベルだけど、顔の作りや身長的に間違いなくいつもの男性だ。
一瞬だけこちらを見たかと思えば、一心不乱に商品をカゴへと放り込んでいく男性。食料品に薬、文房具とお菓子。果ては下着や化粧品と、必要な物ではなく目に付く物全てを手当たり次第に、という奇行っぷり。
「あの……お客様?」
同僚女性が引き気味に制止するも、男性は無視して次々にかごへと商品を入れていく。
「大変失礼ですが、そちらの商品は全てご購入予定でしょうか……?」
「全部……全部買いますから、構わないでください」
そう言われてしまうと店員としてはなにも言えない。店内に居た他の客も異常なものを感じたようで、そそくさと会計を済ませて店を出ていった。
……でも、コンビニとは思えないほど異常な量をカゴに放り込んでいるだけで、物を壊すでも、盗むでもなく……迷惑行為ではないのよね。
なにがしたいのか分からずただ黙ってその行為を見つめていると、やがてカゴ二つ分の商品を差し出してきた。男性の奇行が怖かったのか、同僚女性はまだ帰宅していないもう一人の女性と共にバックヤードへと引っ込んでいる。……いや、声をかけたくらいだし、単純に面倒事を私に押しつけたかっただけなのかも。
「お預かりいたします。袋は有料となりますが、どうされますか?」
「……お願いします」
「かしこまりました」
「…………れでも駄目? ……どうすれば君は僕を見てくれるんだい?」
黙々と商品のバーコードを読み取っていると、ぽつりと男性が呟いた。
「はい?」
「ちょっと前までそんな素振りなんてちっとも……だから僕も見てるだけで満足してたんだ……。なのにあの男は誰だい? 彼氏? 違うと言ってくれ、頼むから……」
「……プライベートな質問にお答えするつもりはございません」
「ふふ……そういうつれない態度が好きなんだ。だけど君は……あの男の隣では笑ってる。そんなのは君じゃない! 君はもっと気高く美しくあるべきだ。だから、」
「もっと気高く美しくあるべき」? 私は別に笑いたくなくて笑わなかった訳じゃない。集落では蔑まれ、人間界では容姿目当てに面倒な人達しか寄ってこず、単に一緒に居て笑えるような相手が側に居なかっただけ。『笑う』という行為を知ってはいても、それを表現出来る機会に恵まれなかった。私の事をなにも知らないくせに好き勝手……一体なんなの? 頭がどうかしてるとしか思えない発言ばかりで、とてもじゃないけどこれ以上聞いていられない。
落ち着け、私……。こんなクズに怒るだけ自分の労力の無駄、そうでしょ? だけどどうしてか、今日は怒りが全然治まらなかった。
「……レジ袋二枚も含め、合計一万五千百二十五円になります」
散々私に気持ちの悪い台詞を吐いていた男性は、値段を聞いた途端「……キャンセルで!」と言い捨てて店を出て行った。え? 高額だったからやめたって事? 嘘よね?
「ちょ……、ちょっと貴方、なんなのその髪の毛!?」
男性を止める間もなくバックヤードから同僚女性の声が飛んできた。見ればいつの間にか髪の毛が光っていた。ああ……、金額じゃなくて紫の髪を見て逃げ出したのね。はあ……、怒りを抑えるのが一足遅かったみたい。
なんて説明しよう? そう思って考えを巡らせていると、ふと先日の洋士くんの発言を思い出した。
『現行の差別禁止法にも新たに種族を加える方針だ。既に国際条約には追加されているしな。「人類共存支援」政策発表時にも、他人に種族を問われても答える義務は一切ないし、それを理由に公然の場から排除される理由もないと明言されている。なにも言わず、堂々としていたって文句は言われないんだからな』
あれは蓮華くんに向けた言葉。でも他種族全員に当てはまる方針でもあるはず。なら今私がとるべき行動は……堂々とする事!
「あら、すみません。あまりの怒りでつい……。ありますよね? 怒りで顔が真っ赤になったり、身体が震えちゃう事。似たようなものですから気になさらないでください」
「まあなんなのその態度!? 政府の馬鹿げた発表なんて微塵も信じてなかったけど、貴方がそうなんでしょ。やっぱりねえ……、人間の常識が身についてないと思ったわ。普通こういう時は、私達の機嫌を損ねないようにするべきなんじゃないの!?」
あらこの人達、怖がるかと思ったのに。むしろ「種族」という新たなおもちゃを見つけて顔を輝かせるなんて、予想外だったわ。
結局、早く帰りたがっていたはずの同僚と共に、私の態度が思わせぶりなのが悪いだなんだと散々嫌みを言ってくれる同僚達。
レジに置かれた大量の商品も棚に戻さないといけないし……。全くなにもかも面倒臭いわね。ああ、早く帰って千里ちゃんやジャックくんに癒やされたい。皆とのんびり雑談を楽しみたい。
そんな自分の思考の変化に気付き、思わず瞬きを繰り返した。私ったら、いつの間にかあの家を当たり前のように「帰る場所」だと思っていたのかしら……。
でもそうね……、案外悪くないかもしれない。