Side:ナナ編3(4)
「おやおや……こんな時間に随分と可愛らしいお客様が来たものだ」
そっと部屋に侵入してから数歩。突然聞こえてきた声にびくり、と身体が硬直してしまった。
客間の扉はしっかりと手入れされていて、物音一つ立てずに静かに開く事が出来た。それなのに気付かれたって事は、気配に敏感か、最初から寝ていなかったのかもしれない。
「ああ、怖がらせてしまったかな。……こちらにおいで、そこに居れば巡回の者に気付かれる可能性がある」
少しだけ悩んでから言う通りにした。私を捕まえたいなら今すぐ外の人を呼べば良い。それなのにわざわざ忠告してくれたって事は、本当に匿ってくれるつもりなのかも。
ベッドの上から腕が伸び、私の身体を掬い上げた瞬間、コンコン、と扉が鳴った。
「子爵様、なにかありましたか?」
『子爵様』。という事は、この人がセルヴァリス子爵で間違いなさそう。
「すまない……夢の中で妙案を思いついて、思わず歓声を上げてしまったようだ。忘れる前に記録を取りたい、もう良いかな?」
「……失礼いたしました。お体に触りますからほどほどでお休みください」
扉の外から気配が離れていくのを感じる。今のやり取りだけから判断するなら、待遇はかなり良さそう。勿論、自分の意思でここを出ていけないなら話は別だけど。
私をベッドの上へ降ろしてから立ち上がり、机の上のろうそくに火をつけながら問う男性。
「……もう大丈夫だ。それで、君は? 私になにか用かな?」
四十代くらいだろうか。男性はこちらを見て微笑んでいる。当たり前だけど、私をただの猫だとは思っていないみたい。でも答えようにも猫じゃ話す事が出来ない。ベッドから飛び降り、人型へと戻ってから口を開いた。
「初めまして、セルヴァリス子爵でいらっしゃいますか? シヴェリーから来た冒険者のナナと申します。ドルフィニア男爵イヴェッタ様より依頼を受けて参りました」
「いかにも私がセルヴァリス子爵レオヴィクだ。あの子の依頼か……なるほど。君一人で依頼を?」
「いいえ、まずは下見と状況把握の為に私が。仲間の数は……申し訳ありませんが、念の為伏せさせていただきます」
万が一彼がバルティス共和国側に寝返っていたら困る。まずはセルヴァリス子爵の状況と脱出の意思を確認するのが先だよね。
「確かに。そうだな……君達の依頼は私の救出か? だが状況が状況だ、私がバルティス共和国に寝返った可能性も考慮しているんだろう」
「……はい、その通りです」
「よろしい。確かに先ほどのやり取りを聞いていたら、とても監禁されているようには見えないだろうからね。だが、軟禁はされている。屋敷内、それから極たまになら城下に出られるが、都市からは出られない。先ほどの者も含め監視が多すぎてね。私はしがない錬金術師、強行突破は無理だと考えて、策を練っていたところだ」
私は頷いた。蓮華さんから「客人は手厚くもてなされているようだ」という話を聞いた時、軟禁の可能性も話に出ていた。予想通りと言えば予想通り。
「では、改めて私達が救出しに来た時には、一緒にシヴェフ王国へお戻りいただけますか?」
「それは勿論だ。だが、どうする? なにか策はあるのか。ひと月この城の中を調べてみたが、一筋縄ではいかないようだぞ」
「例えば……このままテレポートで帰るのはどうでしょう?」
予想に反し、否定の意を示すセルヴァリス子爵。
「残念ながらそれは無理だ。試してみると良い」
セルヴァリス子爵の言葉に従い、テレポート機能とテレポートスクロール、それぞれ試してみたけど、『この空間でのテレポートは制限されています』と視界に表示されて起動しない。
「確かに……無理ですね」
作戦一は失敗だ。となると作戦二、皆で強行突破しかないけど……。都市と比べて妙に堅牢なこの城を、六人で突破する事が出来るかは正直不安。
「この城の中では魔法もロストテクノロジーの類いも一切使えない。この時点でだいぶ厳しいだろう?」
「おっしゃる通り、厳しいですね。やっぱり領主様の城だからこれだけ力を入れているんでしょうか?」
「まあそれもあるだろうが……この都市で違和感は感じなかったか?」
「ええと……都市の城壁の開放度や兵士の少なさ……その割にこの城だけ妙に堅牢な事、でしょうか」
私の言葉にセルヴァリス子爵は満足げに頷いた。
「城壁の開放度の高さは交易を活性化させる為という見方がある。だが兵士が少なければトラブルへの対処が出来ない。確かにちぐはぐだ。私がバルトン侯爵から聞き出した限り、これは全てレガート帝国からの圧力によるものらしい。確かに、あの国にとってこの国が武力を持つ事は好ましくないからな。で、だ。私がここに囚われている理由もそこにある」
「兵士という目に見える武力が持てないから、錬金術で同等の力を得ようとしてるって事でしょうか。つまりバルトン侯爵はレガート帝国からの命令で貴方を拘束している訳ではない?」
「察しが良いな、お嬢さん。侯爵はレガート帝国との縁を切りたがっていて、その為に私を召し抱えたいと考えている。実際、レガート帝国の息がかかった使用人を何人か追い出したはずだ」
紹介状も書かずに追い出した料理人達がその人達かな? もしセルヴァリス子爵を説得する前にレガート帝国がやってきて裏切りを追求されたとしても、表向きは「護衛全員に同じ食事を提供した危機管理のなさ」を理由にクビにしているから、言い逃れは出来る。その上で「レガート帝国の為にセルヴァリス子爵の身柄を確保しておいた」と言えば機嫌を損ねる事はない。レガート帝国側もまさか間者の存在を明かしはしないだろうし、追求自体してこないと踏んでいるのかも。
「……まあ、その辺りは私には関係のない事だが。ただ、君達が協力してくれるのであれば、これを利用して上手く逃げられるかもしれない……。こういう作戦はどうだ?」
そう言って自ら救出作戦を立て始めるセルヴァリス子爵。私はただひたすら相づちを打ちながら聞く事しか出来なかった。
「……で、セルヴァリス子爵自ら立てた救出作戦が『レガート帝国の兵士のフリをして連れ出す事』なんだね?」
「はい。セルヴァリス子爵が侯爵に協力しない以上、レガート帝国に逆らうだけの力は得られず、引き渡しを要求されれば拒否は出来ないだろう、と。裏切った事実がある以上、『追求をしない代わりに引き渡せ』と自己解釈して、大して身元の確認もせずに引き渡すんじゃないか、とも言っていました」
「こっち方面に来た理由については聞いたか?」
「うん。本人曰く純粋に錬金術に必要な材料を採りに来ただけだって。自分の名が有名な事は分かってるから、犯罪なのは理解しつつも偽名を使って行動してたみたい。一応、今回の目的だった材料一覧もまとめてもらったから、群生地とかを調べれば裏は取れるはず。採取した現物がないから証拠になるかは分かんないけど……」
「ここに来るまでにも色々回ってたんだよな? 一つもないってのは怪しくないか?」
「うーん、それがね……。採取した物は錬金術で作ったリュックに入れてたらしいんだけど、フィロティスの暴走植物に食べられちゃったんだって……」
ガンライズくんが眉をしかめて唸っている。ここまで来るとセルヴァリス子爵の不運に笑えば良いのか、辻褄を合わせる為の嘘だと断じるべきなのか悩んじゃうよね。
「他にも色々聞いてきたよ。人を雇って材料を採取してもらわないのは、素材別の注意点が多すぎて説明するのが難しいんだって。あと、そもそもシヴェフ王国では錬金術は白い目で見られるから助手が集まらないみたい。だから自ら採取をしに旅に出て、目を付けられた段階で自家製テレポートで王都の屋敷に戻る。でも今回は暴走植物のせいでリュックがなくなっちゃったからそれが出来なくて、身元を偽ってバルティス共和国に入国した手前、バルトン侯爵家からの招待を断るに断れなかった……って」
「確かに辻褄は合うっすねー。間が悪すぎて創作としか思えないレベルっすけど……」
「でも嘘ならさすがに物的証拠の一つや二つ、用意するんじゃないかしら? 蓮華くんが掴んだ情報と本人の行動は一致するし、かえって信憑性はある気がするけど」
「なるほど……、この作戦の要は、僕達がセルヴァリス子爵を信じられるか否か、って事だね。直接接してみてナナはどう思った?」
「それは……えっと……信用出来ると思います、けど確かに証拠がある訳ではないので……」
想定外の質問。しどろもどろになりながらなんとか答えはしたものの、実際どうだろう。セルヴァリス子爵の説明に、どこも怪しいところはないと感じたのは事実。でも自慢じゃないけど私は人付き合いが皆無で、人の見る目もあるとは到底言えない。私の感覚を頼りに決められちゃうと困ってしまう。





