Side:ナナ編3(3)
「猫化よし、腕輪よし、ペンダントよし……水量問題なし。うん、出発!」
全身をチェックしてから目当ての配管へと足を踏み入れる。水が流れていないから配管内にこびりついたヘドロで身体が汚れてしまうけど、腕輪とネックレスがあれば気にならない。
完全防備でただひたすら配管を駆け上っていく。途中で他の建物の配管と合流する事もなく、想定通りひたすら一本道なので迷う事なく進めている。
どれくらい走っただろう。体感的にそろそろバルトン侯爵家かな、と感じたあたりで配管が分岐しているのが見えた。
実はこのゲーム、世界観設定が中世から近世ヨーロッパだから、現代のように流し台やトイレから直接配管が伸びている訳じゃない。
使った水はその都度人の手で下水処理用の場所に運ばれる仕組み。ただシヴェフ王国での経験上、貴族の屋敷だけは一部の場所に限って直接配管を伸ばしているみたい。多分屋敷が広すぎていちいち捨てに行くのが難しいからだと思う。
爵位の度合いによって粒度は違うみたいだけど大まかに「浴室」「台所」は個別に配管を用意して、直接室内から下水処理が出来るようにしてるみたい。で、残りは一緒くたに屋敷の一角に用意された下水処理用の場所へと繋がっていて、各々捨てに行く感じ。
トイレに繋がってないのは、堆肥として再利用するからなのか、トイレの数が多くて配管を個別に分けるのが現実的じゃなかったのかなあ……。いずれにせよ、使用人が都度都度汲み取ってるのは確かだろうし、考えただけでも大変そう。
これらはシヴェリーの貴族屋敷から培った知識だから、城となると勝手が違うかもしれない。規模が大きい分もっと多くの配管に分岐してるかもしれないし、その逆に十分な人手を使って人力で賄ってる可能性も高い。
あれ……? 人手……?
そうだ、考えてみれば城に住んでるのに、城内の人手が足りないから護衛を追加で雇うって変じゃないかな。これだけ立派な城なら訓練場の一つや二つあるだろうし、兵士の育成くらいしてそうなものなのに。
都市内の様子を見る限り、かなり豊かな暮らしをしている。兵士を育てるだけの税収がない訳でもないだろうし。
でも自前で兵士を抱えているなら「全員一緒の食事を出す」事の問題点くらい熟知してるはず。それが原因で料理人さんがクビになっちゃったって事は、知らなかったって事で……。
そういえば、この都市の周りは一面農地だし、都市へ出入りする為の門も荷馬車の為に整備されてて、お世辞にも防御の事が考えられているとは思えない。その割にやたらと兵士の数は少ないし、城自体は立派な防壁があるのがミスマッチというか……。勿論、城は代々受け継がれるものだろうから、今の侯爵の判断じゃないんだろうけど。
兵士を育ててないのは、現侯爵が軍事面に関して力を入れてないから? でもそれなら客人を守る人員が足りない、って発想も出てこない気がする。誰かが直談判したのかな。
そもそも兵士を育ててないならちょっと奇妙。平和ボケしてるなら分かるけど、シヴェフ王国とかレガート帝国とのいざこざを考えたら、ちょっと考えが甘すぎるよね? 現に反乱軍が存在してるくらいだし。
セルヴァリス子爵の救出には関係ないかもしれないけど、なんだか妙に引っかかる。
いけない、いつ配管から水が流れてくるか分からないんだから、今はそんな場合じゃないんだった。
覚悟を決めて、ペンダントを一時的に外す。ここから先は自分にとって都合の良い配管を選ばなきゃいけないから、臭くても我慢してしっかり分析しないと。
ふむふむ……臭いからして一つ目の分岐は台所……、二つ目は浴室かな。一番理想的なのは浴室だけど、上層階に設置されてる場合は上る事が出来ない。
……三つ目は色々な臭いがするし、特に排泄物の臭いがキツイから絶対に却下。腕輪を使えば綺麗になるって分かってても、臭いを嗅いで想像しちゃった段階で無理。
……四つ目も匂い的には結構キツイし、あれも汎用の排水口かな……。なるべくは避けたいかも。
五つ目、これが最後かな? 城だから身構えてたけど配管の数は屋敷と大差ないみたい。そしてどうやらここも浴室っぽい……。うーん、どうしよう。どっちかの浴室が一階にある事を祈ってひとまず進んでみる……?
考えてみればセルヴァリス子爵が客人として滞在してるなら、主やその家族の浴室とは別に客人用の浴室もあるよね。普通客間は、内部の様子が探れないように入り口に一番近い場所にあるはずだから……どっちかは一階に繋がってるかも。
客人用の浴室から出られたら、子爵との接触もかなり楽になる。うん、浴室から行ってみよう!
浴室と思しき二本の配管のうち、勾配が緩そうな方を選んで上る事暫し。出た先は浴室の排水口だった。まずは第一関門、城内への侵入クリア。この調子でセルヴァリス子爵の元へ辿り着きたい……!
……一人用の浴室じゃなくて大浴場みたい。事前に蓮華さんから貰った簡易的な見取り図的に、城壁以外には本館しかないはずだから、間違いなくセルヴァリス子爵はこの近くにいるはず。まずはここから出ないと……。
聴覚と嗅覚、そして補助的に視覚を使って周囲の人気を確認しながら、大浴場からそっと抜け出した。時刻は深夜、基本的には人と遭遇する事はない。
ここからどうしよう。人の気配……、動かない人に絞り込んで探せば良いかな?
持てる限りの能力を最大限に活用して、周囲の様子を確認する。……見回りっぽい人が一人、向こうに向かって歩いてる。こっちに戻ってくる前にどこかの部屋に入らないと。
と、大浴場の真向かいの部屋に微かな人の気配を感じた。潜んでいる? ……ううん、多分寝てるだけ。セルヴァリス子爵かな? ……とにかく入ってみよう。