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二巻発売記念短編:手紙

告知通り、本日は2巻発売記念短編になります。

次回本編更新は4月22日(月)予定です。


さー、今日は書店巡りするぞー!

「そういえば……今日は郵政記念日なんですって。皆知ってた?」


 いつものように洋士のお店で食事中、ヴィオラが口を開いた。


「郵政? ってあの手紙とか出す機関だよな……?」


 ガンライズさんがちょっと自信なさげな声で聞いてくる。


「そうだね。ああ、最近の人って手紙を出さないから馴染みがないのかな?」


 時は二〇六三年。もう何十年も前からインターネットとやらが普及していて、海の向こうの人物とも瞬き一回分の速度でやりとりが出来る時代。わざわざ手紙を送り合う必要はない訳で……。


「一応学校の授業で送り方とかは習った。けど誰かに送った事はないなあ……企業のダイレクトメールはたまに来るけど」


「考えてみれば、長い事日本に暮らしてるけど私も誰かと手紙のやりとりなんてした事ないわね。……でも一度くらい経験してみたかったのよ。ほら、ちょっと前に流行った『ポストに愛をこめて』って小説で……」


「あ、それって映画化された作品ですよね!? 分かります-、私も観たあと誰かと文通したいなって思いました。まあ、相手が居なかったので無理だったんですけど……」


「それなら……折角ですしここに居る六人で文通するのはどうですか? 郵政記念日には毎年記念切手が出てますし」


「確かに……それ良い!」


 マッキーさんの提案に、ヴィオラとナナが目を輝かせて頷いている。ガンライズさんはチラチラとナナを見ていて……本当にわかりやすい。


「一度に五人とやりとりするというのもハードルが高いですし、あみだくじでペアを決めましょう」


 紙とペンを取り出し、その場で適当に線を引いていくマッキーさん。


「線の先に丸、三角、四角を二つずつ書きました。それぞれ片方だけ黒に塗りつぶしているので、そちらが先に出す方という事にしましょう。勿論、ペアで話し合って変えても構いません」


 記号が見えないように紙を折りたたみながら、「適当に横棒と名前をどうぞ」と紙を差し出してくるマッキーさん。


 全員が記名を終えたのを確認してからマッキーさんがペアを読み上げた。


「えー、丸ペアが……ヴィオラさんとナナさん。黒丸がナナさんです」


「あら、女子トークが出来るわね、ナナちゃん」


「はい!」


「次に、三角ペアが……洋士さんと蓮華さん。蓮華さんが黒です」


「洋士に手紙!? なんだか照れるなあ……」


「……ふむ……」


 僕の反応とは対照的に、洋士はなにやら考え込んでいる様子。なんだろう、いつもの彼なら面倒くさそうな顔で「父さんに手紙? 改めて書く事なんて特にないが……」くらい言いそうなのに。もしかして別の人と文通がしたかったとか……?


「って事は……俺はマッキーさんとかあ」


「あはは! そうあからさまにがっかりされると悲しくなっちゃうなあ」


 なんとも言えない表情で呟くガンライズさん。ナナとペアになりたかったんだろうけど、それはさすがにマッキーさんに失礼じゃ!?と内心焦っていたら、マッキーさんは大人の対応であっけらかんと笑ってみせた。


「あ、いや、そうじゃなくて……なにを書けば良いかなって悩んでただけっす」


「確かに個人的に話した事はあまりなかったもんね。じゃあ、これを機にお近づきになるのはどうだい? あ、ガンライズくんが黒だよ」


「まじすか、えー、手紙ってなに書けば良いか良く分かんないんですけど……変な事書いても怒んないでくださいね……?」


 ガチガチに緊張しながら返答するガンライズさん。そういえば、ガンライズさんは大学生なんだっけ。マッキーさんは大学教授だから、なんとなく「従わなきゃ!」みたいな雰囲気を本能的に感じているのかもしれない。


 それにしても洋士に手紙か……、なにを書こう。親子という近すぎる関係だからこそ、なにを書けば良いのか逆に思いつかない。言いたい事はその場で言っちゃうし、言いたくない事はそれこそ何百年と言えずにきた。「郵政記念日だから手紙を出しあおう!」というお楽しみ企画で書く内容ではない気がするけど……。


 そうだなあ、日頃の感謝の気持ちを書こうか……。「ありがとう」は都度都度伝えてるけど、改めて言うとなると気恥ずかしいし、文字で伝えるのが良いかも。


 内容について悩んでいる間に、気付けば解散の方向で話がまとまっていた。どうやら相手を驚かせる為に、レターセットや切手は各人で買おうという話になったらしい。そうか、レターセット……これはセンスが問われるぞ。洋士は飾り気のない無地を選びそうだなあ。


 ガンライズさんはナナと一緒に買いに行く事になったようだ。僕は……どうしよう。そもそもレターセットがどこに売っているのかも分からない。


「蓮華くんは私と行きましょう、売ってる場所教えてあげる」


 ヴィオラと一緒に文房具屋さんと郵便局へ行き、無事にレターセットとそれにあった切手を購入。帰宅後、便せんと睨めっこしながら書き上げた手紙は想像以上にぐだぐだで、ろくに推敲もせずにポストへと投函してしまったのだった。


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 洋士へ。


 改めて手紙を書くとなると、なんだか恥ずかしいね。ここ最近は毎日一緒に居るから書く事なんて全然ない、って思ってたんだけど。改めて筆を執ってみると、思ったよりも書きたい事がたくさんある事に気が付きました。


 僕が生まれてから九百年くらい。そして洋士が生まれてから四百数十年。その間この国は、戦争が起こったり平和になったり、そう見えているだけだったり……随分と様変わりをしたね。そんな中、いち早く新しい時代に馴染み、それが出来ない僕を気にかけて支えてくれている洋士。それが僕にとってどれだけありがたい事か。


 赤ん坊だった洋士に出会い、育てられた事は僕にとってこの上ない幸運だった。


 僕は、出会う人皆自分を置いて先に逝ってしまう現実に限界を感じ、心が壊れかけた事は一度や二度じゃない。長く生き続ける弊害か、感情がどんどん希薄になっている気がして自分の作品に自信がなくなり、「これを面白いと思う人が居るんだろうか」と悩む事も多くなった。だけど不思議な事に、その度に洋士がふらっと目の前に現れて「調子はどうだ」「今日はなにをしてたんだ」と根掘り葉掘り聞いてくれました。洋士にとっては何気ない行動だったのかもしれないし、僕の弱さをお見通しで意図した訪問だったのかもしれない。分からないけれど、僕が常に前を向き続けられたのは洋士のお陰なのだという事を伝えたかったです。こんなに情けない父親なのに、見捨てずに居てくれて本当に、心の底から感謝している。ありがとう。


 だけど、だからこそ今日は聞きたい事がある。洋士は――、僕という重荷を背負い続ける選択をした事を、後悔していませんか。人としての人生を全う出来ず、絶えず時代に適応する為の努力をし続ける日々を辛いと思った事はありませんか。僕にとって幸運だった一方で、洋士にとっては不運だったんじゃないだろうか。洋士がしっかりしているのは、僕が不甲斐ないせい。洋士がとにかくがむしゃらに走り続けなきゃいけなかったのは、僕が立ち止まっているから。本来頼りになるはずの親が頼りっぱなしなのだから、その心労たるや言葉では言い表せないほどだったんじゃないだろうか。


 だからもしかしたら、洋士は僕に出会った事を最大の不幸だと思っているんじゃないかな。ずっとそう考えていた。だけど僕は弱くて、洋士に肯定されるのが怖くて今の今まで聞く事が出来なかった。だけど今日は……、文字の力を借りて思い切って聞いてみようと思う。


 洋士は生まれてきて良かったと、僕の息子で良かったと思っていますか? 仲間(吸血鬼)になるという選択に後悔した事はありませんか?


 父より


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 父さんへ


 どんな内容を書いてくるかと思えば……想像以上に馬鹿な事を書いてきたな。


 この際だから正直に言わせてもらうが、作家ならもう少し人の感情の機微に敏くなったらどうだ? 俺が嫌な事を我慢する性格に見えるのか。嫌なら嫌だと面と向かって言うし、、後悔しているならあんたに俺を殺すよう迫るくらいはするだろう、俺なら?


 まあ、だが、言葉にしていなかった俺も悪いな。


 俺は父さんに育ててもらった事を感謝しているし、時代に先んじて行動をして、金を稼ぐのはただの趣味だ。こんなに面白い事を、たった百年ぽっちじゃなくって、何百年もの間味わえているんだからこんな幸運はないだろう。俺は父さんをお荷物だと思った事はない。……まあ、恩返しをする事を目標に稼いだ側面もないとは言えないが。


 知っての通り、俺は捨て子だ。それはつまり、「不要な存在だ」と判断されたって事だ。俺がまだ人間だった時……武家の子、それも周囲から一目置かれている父さんの子としては頼りない存在だった。武術はからきしで、頭でっかちだとどれだけ揶揄されたか分かりゃしない。


 それに比べて今はどうだ? 吸血鬼の代表となり、政府と渡り合い、父さんにも頼られている。毎日誰かに「必要とされている」と実感出来るんだ。……父さんが俺の命を二度も救って、仲間にしてくれたから。俺の得意武器を全面に出せる環境で生きられるようにしてくれたからこそ今があるんだ。


 分かったか? 俺が後悔するなんてあり得ないって事。だからこんな馬鹿な質問に時間をかけず、もっと建設的な話をしてくれ。そうだな、例えば……父さんの好きな色、好きな場所、好きな作家。そういう話が聞きたい。


 息子より


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2024年4月20日2巻発売!

吸血鬼作家、VRMMORPGをプレイする。2巻

二巻表紙


1巻はこちら

― 新着の感想 ―
[良い点] あー好きです!私好きなんですこう言うの!こう言う家族の絆とかに弱くて視界がぼやけちゃうんです……。 今245話辺りで栞を挟んでたのを1話から読み直ししてたので、2人のやり取りやそれぞれの相…
[良い点] 洋士の返信冒頭から好きすぎる
[一言] 洋士さん好きな作家聞き出したらまた全巻揃えるんだろうなぁ・・部屋の調度もいつの間にやら蓮華さん好みの色に変わってそうです>< ガンライズさん → マッキーさん 課題 マッキーさん → ガン…
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