213.泣き上戸
バルトン侯爵の「屋敷」から「城」に建物の規模を修正しました。
「よそ者は静寂酒に弱いんだなあ……。ここら以外には強い酒が全然ないのか?」
ふにゃふにゃになりながらも尚言葉を紡ぐ真っ赤な顔の男性。その隣で最初の男性が「相手をしなくて良いぞ」と小声で言ったけれど無視するのもなんだかな、と思って会話を続けた。
「そんな事ないと思いますよ? 単に僕が好んで飲まないだけで」
「……ちょっと前によ、同じようにむせた客人が居たんだ。俺は客が『この地域特有のものを求めてる』って聞いたから迷う事なく選んだんだが、それが元でクビになっちまってよお……」
笑い上戸の次は泣き上戸か。ぐすぐすと泣き始めた男性を見かねた他の客達が、彼を元の席へと座らせた。
「すまないな、迷惑かけて。こいつはこの辺りで一番大きな……屋敷で酒類の管理人を勤めてたんだが、ついひと月ほど前にクビになってそれからずっとこんな調子なんだ」
「えっ……さっきのお酒を出したからクビになっちゃったんですか? しかもお客様の要望通りだったのに?」
僕の言葉に反応し、ふらふらになりながらもこちらに詰め寄ってくる男性。周りの人は「あーあ、スイッチが入っちまったよ」と呆れたような表情で成り行きを見守っている。
「そう、そうなんだよ! だがまあ、さっきのあんちゃんの反応を見たら、俺が間違ってたんだろうなあ……、ご主人様もカンカンだったし……。紹介状を書いてもらえただけまだマシさ、俺は」
「『俺は』? 他にもクビになってしまった人が居るんですか?」
「料理人が何人かクビになったみたいだ。よっぽど大事な客人なのか、城内の人員じゃ手が足りないってんで臨時で護衛を雇ったんだ。ところがそいつらが『俺達全員に同じ食事を出すなんてあり得ない』とかなんとかご主人様に直談判してクビになって……、まともに仕事が出来ないとレッテル貼られて、紹介状も書いてもらえず追い出されたんだ」
「なるほど、それは皆さん死活問題ですね……」
酔った勢いか、「城内」と言っているし間違いなくバルトン侯爵家の事だよね? 主人が気を遣う客人が居て、かつ護衛の名目で人を増員……。十中八九セルヴァリス子爵だろうなあ。今も居るんだろうか。
食事に毒や薬を盛られたり、単純に傷んでいた際に全員身動きがとれなくなる事を防ぐ為に、全員が同じ食事で困るというのは理にかなっている。ただ、臨時で雇った人達が直談判をしたからと料理人が紹介状もなしにクビになるのは穏やかじゃない。よほど客人を守りたいか、或いはその逆、逃げ出さないように監視する為なのか。うーん、後者な気がしてならない。
「その方はまだ屋敷に居るんでしょうか? 屋敷の主が気を遣っている以上、まだまだクビになる方が出てきそうで怖いですね」
「多分居るんじゃないか? ……毎度全量用意して納品するのが大変だって、食材業者がぼやいてたから」
ほうほう、思った以上に良い情報がボロボロと出てくる。とはいえ、城の見取り図やセルヴァリス子爵が居る部屋が分かる訳でもなし、具体的にどうやって救出するかは改めて考えないと駄目そうだ。でもさすがにこれ以上聞き込みをしたら不審がられちゃうかも。作戦に支障が出ても困るし……、この辺にしておくのが正解かな。
「それじゃ、紹介状を書いてもらえた幸運と、僕の代わりにお酒を飲んでくれた親切心に感謝を込めて、一杯奢りますよ。……静寂酒なんてどうですか?」
「そりゃ良いな。もしあんちゃんがここを活動拠点に決めたら仲良くしよう、な?」
「あわよくば今日の記憶を失ってくれたら良いなあ」と願いながら、ヘラヘラと笑う男性と改めて乾杯。最初の男性が頼み直してくれた弱めの酒で喉を潤しながら、他の人達とも雑談を重ねつつ、頃合いを見て酒場をあとにした。
「頭領、収穫はあったか!?」
待ち合わせ場所では雪風が尻尾をふりふり出迎えてくれた。だいぶ酔ってしまったみたいなので、夜風の冷たさに火照った身体を委ねつつ、雪風に情報を共有。
「……って感じ。そっちはどうだった? なにか分かった事あった?」
「城は厳戒態勢だったぞ、頭領の情報と一致するな。……あと、血の臭いがした」
「え!? それって……まさかセルヴァリス子爵……? ではないか……」
僕の言葉に、雪風は少しだけ考えてから首を横に振った。
「城壁の中の様子は分からないが……、城の中のどこかから漂っているのは間違いない。俺が微かに感じる程度だから、大量出血じゃないはずだ」
失血死するほどの量じゃない、と……。お酒でむせただけで管理人をクビにするくらいだし、間違いなくバルトン侯爵は客人に気を遣っている。それがセルヴァリス子爵だと仮定すると、血の臭いを漂わせている怪我人は一体……。
「もしかして、城内に反乱軍が囚われている……?」
アジトがもぬけの殻だったのだ、どこかに囚われている可能性は十分ある。それがバルトン侯爵家? そうすると、セルヴァリス子爵と同時に反乱軍を救出するか、セルヴァリス子爵だけを救出して反乱軍の人達を見殺しにするか……嫌な選択をする事になりそうだ。
「護衛の人数と場所とか、城の中で一番人が多そうな場所とか、分かる範囲で絵を描く事は出来る?」
「頭領の頼みとあれば頑張るが……あくまで城壁の外を歩き回っただけだから、音と臭いを頼りに本当にざっくりとした方角しか分からないぞ?」
「うん、なにもないよりは方角だけでも分かった方が良いからね」
爪で地面を引っ掻きつつ説明してくれた簡易見取り図は想像よりも有益な情報で、紙に写し取ってから痕跡を消しておいた。
§-§-§
それから一時間後。無事にヴィオラ達と合流し、得た情報を元に作戦会議を行った結果、まずはナナが城に侵入を試みる事になった。
「大丈夫、猫の姿で行くから。最悪野良猫だと思って追いかけ回されるだけだよ」
ナナの言葉に獣人って便利だなあ……とちょっと羨ましく思ったけど、考えてみればこの世界、「獣人が存在する」のは一般常識なんだよね……? だったら「変身した獣人かも」と疑われないんだろうか。
思ったまま疑問を口にすると、ナナが笑いながら頷いた。
「実は、猫獣人の種族熟練度は、上がれば上がるほど『猫』として認識されるようになってるんですよー。という訳で、熟練度マックスの私は同族かよほどの手練れ以外に気付かれる事はないのです!」
「へー、凄い! じゃあシーフと言えば猫獣人って感じなのかな?」
「選択肢としては手堅いみたいです。ただ、キャラクリエイトも獣姿と人間姿の体型が比例するようにある程度制限が入るので、人型でごつい体型、獣姿で小柄、とかは無理です。その上獅子とか狼とか熊とか……大型獣の獣人と違って、戦闘力の恩恵もないので一概に良いとも言えないですねー。ソロで活動するのは厳しいかもしれないです」
なるほど、ごつい体型なら、猫の時もそれなりに大柄……。当たり前だけど盲点だった。
「えっと……すみません、そろそろ夕飯の準備があるので……。色々全部終わったらまた戻ってきますが、私抜きで進められるようであればそうしてください」とえいりさん。
視界の端、時間を確認するともう十七時半を回っている。ああ、僕も夕飯の支度をしないと……。
「ごめん、僕も一旦ログアウトするよ」
「はーい、お疲れ様です。私はさくっとお城に侵入を試みてから夕飯にしまーす」
「あ、じゃあ俺は一応待機しておくよ。なにかあったら呼んでくれ」
「私も待機しておくわ。弓の射程範囲であれば援護も出来るし」
「あ、俺も待機で! 魔法で援護も出来ます!」
頼もしい四人の声を聞きながらログアウト。さて、お昼ご飯は和定食だったし、夕飯は洋食にしようかな?