210.出入国審査
昨日投稿するの失念してました……
諸々の背景事情を考慮すると、シヴェフ王国からの入国者は警戒される可能性が高い。でも厳密に言えば僕はただの冒険者、シヴェフ王国籍はないから気にしなくて良い? ……いや、活動拠点をシヴェフ王国の王都にしている以上「セルヴァリス子爵の救出依頼を受けた冒険者じゃないか?」と警戒される可能性もあるのか。
どうしたら怪しまれずに入国出来るだろう? そう言えばオルカから王都まで商人の護衛をした時は検問所をスムーズに通過出来たよね……。つまりなんらかの依頼――勿論、セルヴァリス子爵関連以外で――を進行中だと証明出来ればそこまで警戒されないかも。
「……よし、そうと決まればちょっと冒険者ギルドに寄ろうと思う」
タイミング良く食事も食べ終わったので、、視聴者さんに宣言しつつ店を出る。
≪一体なにをどう決めたというのか≫
≪俺達はエスパーじゃないんだよなあ……≫
≪依頼を見に行くのか、情報を聞きに行くのか?≫
「あ、ごめんごめん。バルティス共和国に関連する依頼がないかと思って」
冒険者ギルドまでの道中で視聴者さんに考えを説明。到着したところでじっくり依頼掲示板を確認、してみたけれど……。
残念な事に僕の目的に合致する依頼は見つけられなかった。いや、正確に言えば一件だけあったものの、大規模商団の護衛依頼。さすがに荷馬車の移動に合わせるのでは時間がかかりすぎるので却下した。
「んー……一人旅を装っていくしかないのか」
入国審査はあるだろうし、絶対理由は聞かれるよね。
「考えてみれば、テレポートスクロールがある段階で出入国審査を厳密に取り締まる意味はあまりないはず……表面上取り繕えてれば通れるかな」
だとしたら、旅に出た理由は……、活動拠点を移す為に色々な地域を見て回っているとか。
この際「救国の英雄」といういささか恥ずかしい称号も、信憑性を高める為に使うとして……。
僕はただ自分の受けたい依頼をこなしながら生活したかったのに、ここ最近、シヴェフ王国の王都で評判が高まりすぎて居心地が悪くなってしまった……うん、嘘は言っていないし良いかも。
「『救国の英雄』として祭り上げられたせいで、やりたくない依頼を断ると陰口を叩かれたり、安全な依頼を受けようとすると『新人に譲れ、危険な仕事を受けろ』と言われる……。なにをするんでも注目される上に、勝手に崇高なイメージを築き上げられて、ちょっとでも外れるような言動をすれば好き勝手言われる日々。僕はただ自分の受けたい依頼だけを受けて細々とした生活が出来れば良かったのに、それが出来なくなってしまった。だからシヴェフ王国ではない場所に拠点を移したくて、各地の雰囲気を見て回る予定……、どう、それっぽい? これなら疑われない?」
≪いいねいいね≫
≪本当にそう思ってそうな感じが凄い≫
≪蓮華くん作家の才能あるんじゃない≫
「あ、あはは……そこまで褒められると照れるなあ」
作家です、とは言えないので曖昧に笑って誤魔化しつつ、もう少し設定を深掘りしておく。
「駄目そうなら黒髪黒目も利用してみよう。英雄として祭り上げられている反面、ちょっと前に王都で流れてた黒髪黒目に関する噂のせいで今も一部の人から不当な扱いを受けてるんです、って。あの一件でシヴェフから逃げた人も居るだろうし、信憑性は増すよね」
方針は決まったので、ヴァルステッド西門を出て少しした所で雪風には大きくなってもらい、背に乗って全力で移動。あとはただひたすらバルティス共和国に向かうだけだ。
移動中、何度かワイズウィスカーの集団に遭遇した。最初の集団だけはじっと僕を見ていてちょっと気味が悪かったけれど、それ以降の集団はこちらを一目見るなり一目散に逃げていった。雪風曰く「あれが普通の反応」らしい。最初の集団は「僕達を監視してる誰か」が使役しているんだろうな……。
三十分ほど駆け抜けたところで、大きな門と、左右に伸びる長い高い壁が見えてきた。地図的にも恐らくここが国境で、門は出入国を管理する場所かな。
実を言うと管理が緩そうなら審査を受けずに不法入国……なんて事も考えていたのだけど、遠目にも立派な壁で、隙は見当たらない。反乱軍から貰った大まかな地図を見る限り、セルヴァリス子爵が滞在している都市はだいぶ先。道中で不法入国がバレたら困るし、入国審査を受けた方が良さそうだ。
そう決めて、門の方へと近付く。一瞬、雪風に仔犬になってもらった方が良いかな?と考えたけど、どうせここを抜けたらまた走る事になる。何度も大きさを変えるのは負担が大きいと言っていたし、氷狼姿のまま進む事にした。
ところが、いざ門に辿り着くとかなりの人だかり。一日では終わらないという事なのか、門の前にはテントがいくつも並んでいる。そんな中突然巨大な狼が現れたものだからさあ大変。一部の人がパニックに陥ってしまい、入国審査官と思しき人が表まで出てくる事態となってしまった。
「あ! すみません、テイム済みの氷狼です。見た目は大きいですが、大人しい子です!」
「くぅんくぅん」
彼女達の行動が普通のわんちゃんと同じだから失念していたけれど、こんなに大きな狼、怖がって当然。こちらの都合で氷狼の姿のまま来てしまったけれど、大人しく仔犬の姿になってもらうべきだったか……。
だけど騒ぎになってしまったのだから今更。ここはもう、大きさなんて変えられません!の体で行くしかない。雪風も意図を汲んでくれたらしく、地べたに寝そべって大人しいアピールをしている。
幸いにも、テイムの証しである首輪を見て殆どの人が納得したようだった。基本的にテイマーにとってテイムした生物が盾であり、武器でもある。つまりは命綱という事で。危険だから別室に隔離……という事もなく、そのまま一緒に並ぶ許可も出してくれた。
人なつっこい雪風にメロメロになってしまった行商人と雑談をしたり、見送ったり、衛兵と一緒に門に突っ込んできた魔獣の相手をしたり。気付けば自分の番だった。
「シヴェフ王国側の出国手続きとバルティス共和国の入国手続きを同時に進めます。どちらか一方が認められなければ通行許可は下りません。ではまず……どこからどこへ行く予定ですか?」
「シヴェフ王国王都、シヴェリーから……どことは決めていませんが、まずはバルティス共和国へ」
「理由は?」
「冒険者ギルドの活動拠点を移す為です」
「ああ、テイマーでしたね。ギルドカードを見せていただけますか」
そう言われてギルドカードを差し出した途端、男性の動きが一瞬だけ止まったように見えた。
「救国の英雄殿とお見受けいたしますが……どのような理由で活動拠点を移されるかお聞きしても?」
おや、ここまでその噂が広まっているとは。これなら話が早そうだ。
「まさにそれです。異名が広まったせいで冒険者としての活動に支障が出てきてしまったので……」
「で、ですが……あ、パーティ! パーティを組んでいたではないですか?」
「こほんっ、我々の職分をいささか超えすぎてはいないですか? ああ、勿論我が国としては大歓迎ですよ」
シヴェフ王国側の審査官のあまりのうろたえぶりに、バルティス共和国側の審査官が制止した。それはそうだ、彼らとしては有事の際に雇える冒険者が増えるのだ、入国を拒否する理由がない。シヴェフ王国の審査官には悪いけど、「救国の英雄」という異名を持ち出してくれたお陰でスムーズにいきそうだ。
……まあ、事が終わった後に王都へ戻りにくい空気になってしまったけれど。
『私もあとから行くって伝えてくれる? その方が審査が楽になりそうだから』とヴィオラからのチャット。
「パーティメンバも一緒に拠点を移動します。諸々の準備の為に遅れていますが、あとから来るはずなのでその時はよろしくお願いします」
「そうですかそうですか! 名高い方が二人も来てくださるなんて嬉しい限りです。新しい拠点は我が国である事を祈っていますよ……勿論、無理にとは申しませんが」
「はい、色々見て回って考えます」
「そ、そんなあ……お考え直しを……」
思ったよりすんなり?出入国の許可が降りたので、雪風と共に門を潜る。さて……この先は異国の地。気を引き締めていきますか!