207.情報収集
洋士のアドバイスに対する答えは出ていない。政府が他種族に求める動きや可決予定の法案を考えれば黙っているのが正解なんだろうけど、世間の反応を見る限りそう簡単に割り切れるものでもないのでは?と言うのが素直な気持ち。
法治国家である以上、法律的に問題がなければOKだと分かっているけれど、「黎明社やサイン会イベントに迷惑をかける可能性」に心当たりがあるのに黙っていると言うのは決まりが悪いと言うか……、息がしづらいのだ。それらも踏まえて夜にゆっくり考えるつもり。
ヴィオラ達と一緒に食器を洗い、時計を見れば集合時間間近だったので慌てて自室のコクーンからログインをした。いけないいけない、今は団体行動中なんだから集中しないと。
僕とヴィオラがほぼ同時にログインすると、他のメンバーは既にログイン済みで、早速音声チャットが脳裏に響いた。
『お帰りなさい! 今は各々消耗品の補充の為に各自行動してます! ……どこかで集合しますか?』
『西の情報集めるんだよな? だったらこのまま買い物がてら情報収集もした方が良いんじゃないか?』
『あ、俺はもう聞き込み始めてます!』
三人の言葉に僕は頷き、口を開いた。
「皆ただいま! 各自行動の方が都合が良さそうだし、集合時間だけ決めておこうか。その前に共有したい情報があったら適宜チャットで、って感じで。どう?」
『良いんじゃないかしら? ……十六時半くらいに冒険者ギルド前でどう?』
『了解!』
『はーい!』
『じゃあまた!』
音声チャットが静かになった事を確認し、どうするかを考えてみる。
「うーん、まずは冒険者ギルドの場所を確認しておこうかな……」
≪冒険者ギルドは北西方向にあるやで≫
「あ、本当に? ありがとう。どうせだからギルドでセルヴァリス子爵について聞……いたとしても答えてくれる訳ないか」
アキノさん曰く極秘依頼みたいだし、むしろ話題に出すのはまずいかもしれない。
悩んでいても仕方がないので、ひとまずギルドに着いてから考えよう……。ログイン地点が都市の東門だから、真逆に向かえば良いのかな。
雪風を肩の上に乗せてから――一緒に入りたいとだだをこね、入門時に再び仔犬サイズになったのだ――、表通りを外れてざっくりと北西の方向に向かって路地を歩く事暫し。突然角から飛び出してきた少女にぶつかられてしまった。
「あっ……ごめんなさい!」
そう言って慌てて僕の後ろに走り去っていく少女。ほう?と思いながら見送っていると、続けて厳つい男性二人組がやってきて問いかけてきた。
「おい、そこのあんた! 今ここを痩せこけたガキが通らなかったか!?」
「ああ……、もしかしてさっきの子の事かな? それならこっちではなく、あっちの方に直進していきましたよ」
「……、そうか、悪いな。助かったよ」
バタバタと走り去っていく足音を聞きながら、僕は「行ったみたいだよ、お嬢さん?」と口にした。
「……分かってたの?」
もじもじしながら後ろから出て来たのは先ほどぶつかってきた少女。手には僕の胸元から盗み取ったペトラ・マカチュ令嬢のペンダントが握られていた。
「まあ……さすがにそれはまずいと思って返しに来てくれたんでしょ?」
≪えっ、どういう事≫
≪全然わからん。スラれたって事?≫
「お兄さん、何者? あたしの腕を見破るなんて」
「いやいや、そんな大げさな。胸元をまさぐられたら誰だって分かるよ」
「そんなにバレバレだったらあたしはとっくに奴隷落ちしてるって。……あーあ、それにしてもついてないなあ。捕まる時は絶対にお腹いっぱいご馳走を食べてからって決めてたのに。現実は見た事もない服装相手にテンパった上、なにも盗めず空腹か……うう」
「どうせ捕まるつもりなんてないでしょう? もうすぐお仲間が迎えに来る手筈になってるのかなって思ったんだけど」
「……うっそ、そこまで分かってんの? やだもう、兄ちゃーん、完敗! この人は無理!」
少女が声を上げた瞬間、バタバタと厳つい男性二人組がやってきた。
「はあ……やっぱりか。でたらめな方向を教えてくるからおかしいとは思ったんだ……」
「あたし達の計画、最初から全部分かってたって事?」
「ううん。ただ……二人に嘘の方向を教えた時、妙な反応をしたから。最初から逃走方向を分かってたんだろうなって思ったんだ。それなのにわざわざ僕に話しかけて時間を浪費する辺り、本気で追いかけているとは思えなかった。となると……最初から狙いは僕だと言う事になる。そうだなあ、ただのスリならわざわざ追いかける役なんか用意しないだろうし、お兄ちゃん達が僕の財布を取り返したフリをして、そのお礼を貰う……っていうのが計画だったのかな?」
現物さえ戻ってくれば大事にしないって人物はそれなりに居るだろうし、盗みと違って謝礼金ならなんの罪にも問われない。かなり上手い手だ。
「なるほど……妹の技を見抜いたのも信じられないが、頭の方も相当良いようだな」
「カシラが気にしてたのはそれが理由なのか?」
「カシラ?」
突然の展開に、僕は首をひねった。誰だろう。この町に知り合いなんて居ないけれど……。
「俺達も理由はよくわからない。ただ、カシラがあんたの事をえらく気にしていて、素性を調べてこいって言われたんだ。……まあ調べ方なんて分からないし、ひとまず財布の中身と、謝礼金の額で様子見をみようと思った訳だが……」
僕が騙されなかったから降参したって事か。ふむ? 「カシラ」が誰かは分からないけれど、会えばセルヴァリス子爵についてなにか分かるだろうか。
「その方に直接会う事は出来ますか? 全部バレちゃったんだし、今更隠しても仕方がないですよね」
≪フラグ立てたんだろうけど何がそれだったのか分からん≫
≪ただギルドに向かって歩いてただけなのに……≫
≪イベントホイホイの異名も追加されちゃう≫
視聴者さんが好き勝手言っているようだけど、それは僕も思ってる。一体なにが原因でこんな展開になったのかな……?
「まあ、俺達としてはそのほうが助かるが。……言っておくが、妙な事は考えない方が身の為だぞ? 腕っ節に自信がある連中がカシラの周りにはたくさん居るからな」
曖昧に頷くに留めて三人に案内してもらう事数分。辿り着いた先は一見普通の酒場だった。
「いらっしゃいませー……あら、あんた達今日は随分と早いわね? 後ろのいい男を紹介する為に来たの?」
「よせよせ、この人はあんたの手に負えないだろうさ。それより、カシラは居るか?」
「あの人なら上に居るよ。全く、どいつもこいつもカシラカシラって……ここはあんた達のアジトじゃないんだって分かってる!?」
「分かってるよ、だが金はそれなりに落としてるんだから文句はないだろう?」
「まあね。ほら、早く行った行った! 営業妨害だよ!」
自分から話を振っておいて営業妨害とは随分面白い人だ。そんな店員さんに追い立てられながら二階へ上がると、男性は迷う事なく角部屋の扉をノックした。
すると中から、これまた屈強な男性が扉を開けて通してくれた。その他にもがたいの良い人達がが複数人と、その人達を見回せる場所、部屋の最奥に座っている男性が一人。
「……素性を探れって言ったんだ、なにいきなり連れてきてんだ……」
頭に手を当て、呆れたような表情で呟くその人がこの部屋の主である「カシラ」らしい。
「すいません! いつも通りやったんですが、全部お見通しで……手も足も出ませんでした!」
「なに? サヤの腕が見破られたのか?」
「それどころか計画も言い当てられちゃった……」
「……そりゃ……まあ仕方がないな。あー、ようこそ、俺達のアジトへ?」
そう言って人好きのする笑みを浮かべた男性はとても人の素性を探れと言うような人物に見えなくて、僕は「あ、よろしくお願いします」と間抜けな返答をしてしまったのだった。
最近サボりすぎて申し訳ないんですが、最近いただいた感想に返答しました。
過去、返答やめてしまった地点まで遡って全量返せるのが一番良いんですが……ごめんなさい……多分無理です。





