206.お昼休憩
雪風達の頑張りもあって、僕達は三十分ほどで最寄りの城塞都市ヴァルステッドへと辿り着いた。
予定通りそこでお昼休憩をとる事にし、いったん解散。少し遅くなったからお昼ご飯はサンドイッチにしよう……と思っていたら、ダイニングテーブルの上には既にお昼ご飯が全員分並んでいた。
「これ洋士が用意してくれたの? ありがとう!」
「今日は集団行動だと言っていたからな。作る時間が勿体ないだろうから用意しておいた。店で出すメニューの試食も兼ねてるから感想を教えてくれ」
照れているのだろう、少し咳払いをして告げる洋士。大変優秀な息子である。……でも家でも結局仕事とは、本当に難儀な性格だ。
少し遅れてやってきたヴィオラ達と共に席に着き、改めて机に並んだ料理を確認する。主菜がカレイの煮付け、副菜として小松菜のおひたしと切り干し大根のサラダ、汁物は豆腐とわかめのお味噌汁。香の物と五穀米に、ぜんざいまでついていて実に豪華だ。
お味噌汁を一口飲んでからカレイの煮付けを口に入れる。うん、美味しい。
「あー、五臓六腑に染み渡る……。濃さも丁度良いし、美味しいよ! でも和食なんて珍しいね?」
洋士が経営するお店には何度か行った事があるけれど、確か洋食ばかりだったはず。それとも別の店舗用のメニューなのかな?
「魚料理のリクエストが多くてな……、洋食も良いが、和食も一種類くらいあっても良いと思ったんだ。主菜は固定しないで、その日仕入れた魚を生かす形で考えているんだが、どう思う?」
「うんうん、良いと思う! 日によって違うなら『今日はなにかな』って考える楽しみも増えるし。なにより和食は落ち着く……ってごめん、これは僕の好みの話だからなんの参考にもならないね」
「魚料理って言うのが個人的にはツボね。煮付けにせよ焼き魚にせよ、油汚れとか臭いとか焦げつきを洗うのが大変で。だから家ではやりたくないのよね。まあ最近の家電ならそういうの込みで楽なのかもしれないけど、私は使った事がないから」
「千里は機械が苦手なのです。料理も掃除も自分の手でしたいのです。……そうしないと存在がバレてしまうと言うか……とにかくそう言う事なのです」
確かに、千里さんのような家妖精は家主にその存在がバレたら出て行かなければいけない。定食なんて無縁だったはずだ。
「僕も家で作れる物より、滅多に作れない物を選んじゃうかも。その辺はどうなの?」
「まあ今はなんでも調理家電がやる世の中だから、作れない物があるかは微妙なところだが……、調べた感じ、どこのメーカーも一度に複数の料理を作れるのは上位機種に絞っているな」
「なるほど。皆が皆上位機種を使ってないだろうし、かと言って副菜を自分で作るかと言うと……。定食は需用がありそうだね?」
「私はインスタント味噌汁を用意するくらいね。一人暮らしならそれすらしない人も多そう。……だから外食時には意識して品数が多いメニューを選んでいるわ」
「それならこのメニューは需用が多そうだな。助かった」
満足げに頷く洋士を見ていると、顔色が良くなっている事に気が付いた。
「洋士が家に居るなんて久しぶりだよね。例の件が落ち着いたの?」
「まあ……ひとまずニュース報道は落ち着いた。世間の反応はそう簡単に落ち着かないだろうがな。ああ、それから週刊誌に載っていた失血死事件が海外吸血鬼の仕業だって事と、そいつらに対処する為に神奈川抗争が起こったってのは改めて公表された。隠した政府に対するバッシングは強まったが、俺達に対するバッシングという意味では……少しだけ擁護する意見が出て来たな。代わりに海外勢に対する世間の目が厳しくなったが」
「人目を気にせず防衛が出来る様になったのは大きいね。きっと一般人に死傷者が一人でも出れば、僕達に対するバッシングも再熱するんだろうけど……。ところで、あれから原初の人々は? 全く動きなし?」
「大きな動きはないな。諦めたのか、それとも本隊の準備をしている最中か……。パトロール中に一人、二人仕留めた事を考えれば後者だろう。前回の斥候の生き残りの可能性もあるにはあるが」
「そっか……。僕がまとめた原初の人々対策資料は共有した? 皆順調?」
「いや、まだそれらしい報告はない。そもそも魔法を使うって感覚がなかったんだ、もう少し時間がかかるだろうさ。自衛隊や他種族との合同訓練の合間にやってるから尚更な」
「皆大変そうだし、やっぱり僕もそっちに合流した方が良くない? 戦闘力って意味では十分役に立つと思うよ?」
「いや、前にも言ったが父さんは、るなの護衛だ。二人で行動してくれ。勿論るなと一緒にパトロールに加わるなんてのは論外だ。大人しくゲームを続けてくれ。それに、ゲーム内で戦闘訓練をしているようなものだろ? 政治的な意味でも配信を続けてもらった方が都合が良いしな。……もし本隊が攻めてくるなら、その時には頼りにしてる」
洋士が僕の参戦を認めるとは珍しい。それだけ本隊との戦闘が大規模になると予想しているのだろう。……どれだけの仲間達が生き残れるだろうか。エルフの里で教わった魔法を僕なりに研究して原初の人々への対策方針を同族に展開をしてもらったけれど、それだって机上の空論状態。実際に効くかどうかは対峙してみない限り分からないのだ。
実は先日「他に出来る事はないだろうか」とガンライズさんやヴィオラと話し合った。その結果、洋士の言う通り現実世界での戦闘を想定してGoW内で連携戦闘の練習をしている。勿論ナナやえいりさんやオーレくんが居るので現実同様とはいかないまでも、なにもしないよりは遙かにマシだから。洋士には特に伝えていなかったけれど、今の口ぶりからして察していたのかもしれない。
それにしても……ガンライズさんが心配だ。先日聞いた話では、どうやら大学で自主的に一人で行動しているらしい。
最近ようやく人並みの生活をし始めたとかで、ちょっと前まで僕と同じくらい遊びに疎かったガンライズさん。カラオケやボーリングが初体験だったのは大学校内でも有名だったらしく、先日の政府の発表のあとから「もしかして人外なんじゃ?」と校内で噂になってしまったらしい。友達は変わらず接してくれたけど、それが元でトラブルに巻き込まれたら困るからとガンライズさんの方から距離を置いているとの事。道理で最近GoWのプレイ時間が増えているはずだ。
『まあ……折角出来た友達を守りたいからさ。今は戦闘訓練して、原初の人々に備える方が大事かなって』
と言ったガンライズさんの表情が忘れられない。彼の考え方は立派だと思う。けれど……ガンライズさんの表情を見ると「間違っている」と感じてしまった。どこが、とは言えないのだけど。
「父さんこそ大丈夫なのか? ……サイン会まであと二週間くらいしかないだろ」
はっと我に返り、慌てて頷く。そうだ、それもあったんだった。
「うん、原稿はもうすぐ出来上がるから……、佐藤さんの確認が無事に済めば一応問題ないかな」
「そうか。外見で『蓮華陽都』と『蓮華』が同一人物だと気付く者も居るはずだ。油断はするなよ?」
「分かった、気を付ける」
洋士の忠告に僕は頷いた。……と言ってもなにをどう気を付ければ良いのかは分かっていない。さすがに顔も名前も一緒では「赤の他人です」としらを切れないし、肯定しつつ内緒にしてもらう方向が良いのかな……。
正直な話、最初に篠原さんからサイン会の提案と、顔が知れている事についてのリスクを聞いた時は「僕の配信を見てる人なんてせいぜい十人くらいだろうし、そんな大げさな」と思っていた。
ところが、蓋を開けてみれば僕の配信の登録者数?は数万人単位だったらしい。全員が全員毎日見てる訳じゃないだろうし、その中の何人がサイン会に来るのかは分からないとはいえ、零人とは考えにくい。それに、今は政府の発表の件もある。
僕達の存在を反対している人達が噂を聞きつけてサイン会会場に乱入してきたら? 他の出版社さんや作家さん、綴じの庭書店の関係者さん……たくさんの人に迷惑をかけてしまう事になる。
「……時期が時期だし、場合によっては辞退した方が良いかな……。黎明社に話をしてみる」
もっと早くに思い当たるべきだったと後悔していると、洋士が悩ましげな表情で口を開いた。
「父さんの懸念も分かる……。だが、俺としては、いや、政府としては辞退はしないでほしい。些細な事だと思うかもしれないが、今は『他種族である事』を理由に予定を変更する前例を作りたくない。どんな理由であれサイン会という場で暴れる方が悪い。毅然とした態度で然るべき処置をとってほしい。まあ、これは主催者側の判断次第だろうが……。父さんの事だから迷惑をかけたくない一心で黎明社に種族を明かそうと考えたんだろうが……、身分証から性別の記載欄が削除されたのと同様に、種族も記載しない方向で政府は調整を進めている。現行の差別禁止法にも新たに種族を加える方針だ。既に国際条約には追加されているしな。『人類共存支援』政策発表時にも、他人に種族を問われても答える義務は一切ないし、それを理由に公然の場から排除される理由もないと明言されている。なにも言わず、堂々としていたって文句は言われないんだからな」
「そっか……、うーん、分かった。もう少し考えてみるよ」