19.どうぞ他をあたってください
骸骨さんとゾンビさんは、特に分かれることもなく、混ざって突撃してきた。
基本的に皆様徒手空拳。けれど時々、錆び付いた剣や槍、盾を持っている方も居る。これは多分、森に落ちていた武器なんだろうなあ。大半は神官が祈りを捧げたときに持ち帰ってきているみたいだけど、中には見つけて貰えなかったりで、遺体ごと打ち捨てられていた武器もあったのだろう。
錆び付いた武器で切られたら痛いし、なにより破傷風にかかる恐れがある。この世界に治療法があるのか、プレイヤーがかかるのかは分からないけれど、注意するに越したことはないだろう。
と、言う訳で僕はヴィオラと共に、武器持ちを優先して狙っていくことに。
その最中に気付いたけれど、武器持ちにはゾンビさんも結構居る。こちらは見つけて貰えなかったと言うよりも、比較的最近亡くなった方々みたい。武器も比較的綺麗だし。それにしてもとにかく腐臭がひどい。しかもどうやら「嗅覚麻痺」と言うデバフがつくようで……。確かに、仮になにか他に異臭が発生していても、今の状態では気付くことは出来ないなあ。
更に辛いことに、矢でゾンビさんを射てそのまま火魔法で燃やし尽くしたら、腐肉が焼ける匂いが辺りに漂って、追加でデバフが発生してしまった。
しかもこちらのデバフは「食欲低下」と来ていて、食事をした際の料理バフの効果と時間が確率で下がると言う、非常に厄介なもの。
「食欲低下」のデバフは神官による浄化では発生しないんだろうけど、その場合は引き続き腐臭による「嗅覚麻痺」は継続してしまう。
その為、遺物を通じて他の隊長格とも相談し、ゾンビさんはなるべく火魔法で焼き尽くすと言う方向でまとまった。
二回目以降の食事は、食べる時間が限られているので発生するバフ料理の効果は低い。その上で時間と効果まで下がったらほぼ食事しっぱなしになるか、食事バフを諦めるしかなくなってしまうことになるので、中央遊撃部隊Aの方針としては、一回目の食事のバフが消える前に僕とヴィオラで徹底的に焼き尽くすことにした。
僕とかは鼻をつまみながら戦えばデバフも消えるんだけど、他の皆さんは武器を持ってるから確実に無理だしね……。
「分隊長、ゾンビがたくさんこちらに向かって来てるって」とヴィオラ。前方を見れば、遠くで分隊員の一人がこちらに向かって手を振っている。確かに彼の後ろからわからわらとゾンビがこちらに歩いて来ている……。
「一旦皆に下がってと伝えて! 僕とヴィオラで出来るだけ焼き尽くそう! 打ち漏らしたら、そのときは大変申し訳ないけれどみんなの武器で足止めをして貰えると嬉しいかな……!」
僕の声をヴィオラが皆に伝えると、僕の分隊のメンバーはこちらに下がってきた。ゾンビの足が遅いこともあって、問題なく退却完了。
「それにしても……骸骨さんはともかく、まだ肉が残った状態の死体がこんなに森の中に存在してるっておかしくない?
いや、そもそも骸骨さんもこんな大軍……普通、祈りを捧げて供養された死体は、既に魂が抜けているからアンデッド化しないって聞いたけど? 気付いて貰えなかったご遺体が子爵令嬢に感化されてアンデッド化したとしても、数がおかしいよね」
「そう言われればそうね。イベントだからそんなものかと思っていたけれど……」
「あの森はランクが高いから新人冒険者に仕事は回さないってダニエルさんが言っていたし、ベテラン冒険者がこんな大量に亡くなるとも思えない。どう考えてもこの数は森だけじゃない気がするなあ。
まあ、それは最後に考えるとして、今は取り敢えず焼き尽くそうか……早くしないと料理のバフも切れちゃうしね」
「じゃ、ちゃちゃっと射るわよ! エンチャントと着火よろしくね!」
分隊員全員を下がらせたので、ヴィオラは矢を四本ずつ射ることにしたようだ。練習中とは言っていたものの、相変わらず精度は高いし、僕の方も四本全てにエンチャント・火魔法発動をすることが出来る様になったので安定して殲滅出来る。
近接の人たちが下がっているので、僕も片手間に炎魔法の型を使って敵を燃やしていく。特にヴィオラが打ち漏らして、だいぶ近付いてきてしまったゾンビさん。やっぱり弓は至近距離に近付かれたらやりにくくなるし、狙えたとしてもこの距離で弓を射たら肉が飛び散りそうで嫌だろうしね。
近くに来ている分、燃やしたときのデバフもちょっと強力に。「食欲低下・大」だって。どうやら下がる確率が更に上がるらしい。
まあ、デバフの時間自体は匂いが消えるか離れた段階で消失するので、料理バフの効果が続いているうちにゾンビさんを一心不乱に燃やし尽くすのみ。
時々僕ら二人では対応しきれなかったアンデッドが後方に行ってしまうけれど、分隊員の皆さま方が足止めをしてくれるおかげで、僕が遠距離から火魔法を発動してなんとか燃やせている。
とは言え、さすがに手が足りなくなってきた。僕らは遊撃部隊だから、本来は他の部隊がカバーしきれずに打ち漏らしたアンデッドを処理しに行かなければならない。でも、今は急に現れたゾンビさんたちの対応に追われているせいで、本来の役目を果たしに行けなくなっている。
後退してもらった分隊員に打ち漏らしをお願いしても良いけれど、それぞれの隊員が皆ばらばらな位置に行ってしまうと、僕もさすがにエンチャントした自分の魔力を追うことも出来ないし、アンデッドと対峙してる良いタイミングで火魔法を発動させることも出来ない。エンチャントで多少強化されてるとは言え、彼らの攻撃単体では倒すことが出来ないのであくまで足止めになってしまう。最悪、その間に料理バフの効果も切れて、劣勢に陥ってしまうことになる。
かと言って、このままいけば間違い無く何体かのアンデッドが東門まで辿り着いてしまうだろう。
仕方が無い、全体連絡をするしかないか……。
「こちら中央遊撃部隊Aより各隊へ、ゾンビの大量発生により、本来の任務より優先して殲滅中。打ち漏らしのアンデッドは我が隊での対応はしばらく出来ません」
『こちら中央遊撃部隊Bより中央遊撃部隊Aへ、承知した。打ち漏らしは我が隊の魔術師にてなるべく対応するので、ゾンビの方は確実に仕留めていただきたい』
『こちら中央防衛部隊A、承知した。なるべく打ち漏らさないようにはしているが、逃したら申し訳ないが、頼む』
さて、連絡も済んだしさっさと殲滅して通常任務に戻らないと――、
『何を勝手に決めている!?』
おっと、今聞こえた声はマカチュ子爵かな? 声とか聞いたことないけれど、このタイミングでいちゃもんつけてくる人物なんて、彼しか思い付かないもんなあ。
『各隊自分の役割を優先しろ! 遊撃部隊が遊撃しないでゾンビにかかりきりとは何ごとだ!?』
ええー? 今更それ言います? じゃあ僕らが遊撃に戻ったらこのゾンビさん軍団は誰が処理してくれるんだろう? 子爵自らしてくれるんですかね? それとも東門突破されて責任でも問われますか??
「こちら中央遊撃部隊Aより部隊長へ。我が隊が持ち場へ戻った場合、現在応戦中のゾンビさんの大群はそちらに直進するかと思われますが……」
『そんなもの、防衛部隊が応戦するに決まっているだろう!』
この人馬鹿なんですかね??? 応戦しきれてないから遊撃部隊が打ち漏らしを仕留めに行ってるんですが?
ましてや、ゾンビさんは肉が残っている分、近接武器との相性が最悪。一度切れば武器はまともに使えなくなるし、なんなら肉から抜くのにも時間がかかってしまって敵に隙を見せることになる。
だからデバフ云々も含めて、僕ら魔術師が率先して殲滅している訳で……。
「こちら中央遊撃部隊Aより部隊長へ。お言葉を返すようですが、ゾンビは腐乱体の為、近接武器で応戦している防衛部隊との相性は悪いですが……」
しまった、口が滑って「お言葉を返すようですが」、なんて余計なことを言ってしまった。これは火に油を注いじゃうかなあ。
『お、お前は一体何様のつもりだ!? 部隊長の私が命令しているのに口答えをしているのか!? 良いからさっさと持ち場へ戻れ!』
あー……やっぱり怒らせちゃった。やっちゃったなあ。うーん……プレイヤーだけなら最悪どうにでもなるけど、魔術師も含めてNPC冒険者もたくさん居るし、被害が甚大になることは簡単に想像つくから、分かりましたってゾンビさんをこのまま通す訳にもなあ……。
総隊長なら冷静に判断を下してくれそうだけど、さっきまでひっきりなしに総隊長宛の通信が入ってたから、多分その対応で忙しいんだろうなあ。今のやり取りを聞いているとは到底思えない。
これはそろそろ腹をくくらないといけない感じかな、と。かたわらで矢を射ているヴィオラに視線を向け、意を決して話しかける。
「ねえヴィオラ、これ僕が切れて命令無視したらまずいことになるかなあ?」
「……私としてはさっきまでの貴方の判断に不満はないし、貴方が従えないと判断した命令なら無視したところでどうにかなるとは思うけれど」
「うん、ここで僕らが引いたら、間違い無く防衛部隊に被害が出ると思ってる。そうなれば当然子爵にアンデッドが止められるとも思えないし、東門は突破される可能性が高い。おべっか使って聞ける範囲の命令を超えていると思う。命令無視を咎められても、責任は僕が引き受ける。その上で他の分隊員の意見も聞いて貰っても良い?」
「分かったわ。……皆聞いて。例の子爵が私たちにゾンビ殲滅を中止して遊撃に戻れと言ってきたそうよ。分隊長としては命令を無視してこのままゾンビ殲滅を優先したいそうだけれど、貴方たちはどうかしら? もし命令無視についてあとから罰を受けるとしても、責任は分隊長が引き受けると言っているわ。
……そう。分かった、そう伝えておくわ。
分隊長、皆もゾンビを優先することに異論はないそうよ。安心して噛み付いてちょうだい」
にっこり笑ってヴィオラは僕の背中を押してくれた。それじゃあ、彼女の言う通り子爵に噛み付きますか。
「中央遊撃部隊Aより部隊長へ。申し訳ありませんが、その命令は拒否させていただきます。
今現在でも防衛部隊は手が足りていない状況なのに、骸……スケルトンではなくゾンビの相手をすればまず間違いなく腐肉に武器を持っていかれて防衛部隊は壊滅します。
そうなれば確実にアンデッドに東門の突破を許す形になります。
もっとも、そちらに向かったアンデッドの殲滅を子爵自らがしてくださるのであれば、その限りではありませんが……。
指揮官ごっこがしたいのであれば、どうぞ他を当たってください。貴方の馬鹿な遊びに我々を巻き込まないでいただきたい。
私を罰するつもりであれば直接来て力ずくで止めていただければと」
子爵がここまで来られるとは思ってないけどね。
「さて、ヴィオラ、残りのゾンビも急いで片付けようか。ゾンビを殲滅する前に料理の効果が切れてしまうからね。全く、馬鹿のおかげで無駄に時間を費やしてしまったよ……」
『……中央防衛部隊Bより中央遊撃部隊Aへ、我々は貴殿の勇気ある行動に敬意を表する。何かあったら我々も証言する、すまないがゾンビをよろしく頼む。
……あー、ところで、遺物の発言用ボタンを解除していないようだぞ』
おっといけない、馬鹿を馬鹿呼ばわりしたことが馬鹿に聞こえてしまっていたらしい。
もしかしたら馬鹿だから自分のことだと気付いていないかもしれないし、大丈夫かな? いくらなんでもそこまでひどくないか。