203.混沌の息吹
そう言えば雪風達どうしたの?という事に気付いたため、急遽「201.ナナと罠」にてダンジョン前でお留守番の方向に修正しました。。。
……と勇んだ自分を叱りつけたい。
僕達は今、窮地に陥っている。何故って……そりゃあもうデウストラーの攻撃が規格外過ぎるから。ここの施設の人達は一体なんの目的でデウストラーを生み出したのだろう? 国一つ沈めるつもり……いや、下手したらそれ以上のつもりで作ったとしか思えない!
出だしはまあ、好調と言えなくはなかった。頭こそぶつける事はないけれど、デウストラーは室内で動き回るには大きすぎる。それに起動直後だからか動きが少々ぎこちなくて、その場に留まって光線銃?を撃ってくる程度だった。遠距離攻撃は脅威だけれど、長年の整備不良がたたってか五回に一回は不発に終わるし、威力も多分本来の何分の一とかに落ちているんじゃないかな、脅威というほどではなかった。
ただ、光線銃を撃っている間も常時展開している半透明のシールドが問題だった。あれのせいで僕達の攻撃は殆どダメージが入らない。長期戦になれば集中力と料理バフが切れてしまう。そうなれば均衡は崩れ、僕達は負ける。
状況を打開すべく、シールドの死角を狙って攻撃したり、シールドが割れる事を願って集中攻撃したり……試行錯誤を重ねた結果、シールドが時々消失するようになった。更には胸元に埋まっている透明な物体が弱点である事も分かり、ようやく順調にダメージを与えられるようになった……のだけど。
デウストラーのHPが半分を切った直後から、踏み潰しや叩き付けなどの近接攻撃が加わってしまい、やたらと動き回るので胸元を狙いにくくなってしまった。それでもどうにかこうにか交代で囮になって弱点を攻撃し続け、ようやく残りHP25%に差しかかった頃。
「自己修復プログラムを起動します」という音声と共にデウストラーのHPがみるみるうちにほぼ満タンに回復してしまったのだ……。正直あれには全員絶望したと思う。
また回復されたらどうしよう? そんな思いを抱えながらも再び残HP25%まで削ると、再びあの「自己修復プログラムを起動します」の音声。ところが先ほどとは違い、「起動に失敗しました」と続き、デウストラーのHPは1%も回復しなかった。
たまたまなのか、それとも一戦闘に一回だけなのか――ヴィオラは後者じゃないかと言っていた――、早く終わらせたい一心で攻撃を再開した直後、今度は「エネルギー充填を開始します」の音声と共に、僕達のステータスに奇妙なアイコンが現れた。
「混沌の息吹が漏れ出ています。注意が必要です……?」
バフやデバフと違って非常に曖昧で、具体的な効果の説明が一切ない。「これはなんだろう?」と首を傾げていると、「エネルギー充填……残りHPも考えると、大技の準備かしら?」とヴィオラ。
「混沌の息吹……。注意を促してるなら良いものではない……ですよね。大技のダメージを上げる類いとか?」
「そうは言っても逃げ場なんてどこにも……」
元々この部屋にはデウストラーくらいで、遮蔽物となりそうな物は机一つなかった。その状況でどう気を付けろと言うのだろう。
逃げられないなら叩くしかない。無謀だけど、エネルギー充填完了前に倒せないかと全員で胸元に攻撃を行ったその瞬間。
ピカッ!と思わず目をつぶってしまうほど眩しく太い光線がデウストラーの胸元から一直線に放出され……そして今に至る。
光線が直撃したらしいオーレくんはHP0%で床に倒れ伏し、少しかすった程度の僕達五人ですら、50%を切っている者が半数以上。「混沌の息吹が漏れ出ている」という奇妙なステータスアイコンも消えていた。
「……っ! 範囲回復後、オーレくんを蘇生するのでデウストラーを引きつけてください! 蘇生中のHP管理は各自でお願いします!」
「分かった!」
蘇生魔法が使えるの!?という驚きはあったものの、今はそれどころじゃない。デウストラーがオーレくんとえいりさんの方を向かないよう必死にヘイトを集めつつ、例の音声と自分のステータスを気にするという、僕にとっては難易度の高い事を必死に行っていると。
――なんじゃ、我の可愛いヨハネスの気配がすると思ったら、居ないではないか。ふむ……その巻物からヨハネスの力を感じるぞ? どのように手に入れたのか答えよ。
聞き覚えのある声だと思ったら女神シヴェラのご登場だ。どうやらえいりさん自身の蘇生魔法ではなく、治療用魔法スクロールの蘇生版を使用したらしい。
「ヨハネス様……大神官猊下からお借りしたのです。決して無理に奪い取ったものではございません」
――ああ……お前は確かヨハネスの世話をしている神官見習いだったな。……ふむ、気は進まぬがヨハネスの思いを無駄には出来ぬ故、致し方ない。特別に力を貸してやろう。
女神シヴェラの宣言と共に、グレーアウトしていたオーレくんのステータスバーに色が戻り、HP残量が5%程度回復した。
――魂は戻しておいた。あとはお前がどうにかするが良い。
背後からはえいりさんの慌てたような「ヒール」が聞こえる。女神シヴェラは帰ったようだ。
「ぷはぁ……! まじですいません! 蘇生スクロールって今の一枚きりっすか……? うわあどうしよう、貴重な一枚を俺なんかに使わせるなんて……」
蘇生した途端賑やかなオーレくん。ぐるり、とデウストラーの首がオーレくんの方に向いたのを察した僕は、デウストラーの顔面目がけて魔法を放ち、強引にこちらへと意識を引き戻させた。
「ほらほら、あんまり騒ぐとまた目を付けられちゃうよ?」
「全く……それだけ高い魔法の威力で卑下されると嫌みにしか聞こえないわよ」
「あー、そうか。意識してなかったけど、今回はタンクが居ないからヘイト管理しないといけなかったのか……」
「……そうね。多分今の蘇生で、あいつのヘイトはえいりちゃんに向いた。皆、自分にヘイトを向けるつもりで攻撃するわよ!」
「「了解!」」
猫の姿で軽やかにデウストラーの胸元まで駆け上がり、人の姿で弱点を一閃、華麗に着地するナナ。彼女の動きに翻弄されているデウストラーの足下では、ガンライズさんが見事な回し蹴りを披露している。
二人の連携のお陰でデウストラーはよろめき、転倒寸前だ。この機を逃してはならないと感じた僕は、コントロールに不安がある魔法ではなく、太刀で追撃を行った。
――ドスン!
狙い通り、大きな音を立て尻餅をつくデウストラー。その隙を決して見逃さないのがヴィオラだ。座り込む形になった事で狙いやすくなった胸元目がけ、すっかり見慣れた鉄製の矢を放つ。吸い込まれるように透明な物体に命中した瞬間、バリン、と大きな音を建てて埋め込まれていた透明な物体が砕け散った。
「自己修復プログラムを起動します。……起動に失敗しました。エネルギー充填を開始します。……神核結晶の破損を検知しました。エネルギーの充填が出来ません。修理を行ってください」
どうやら胸元の物体は、エネルギーを溜め込む場所だったらしい。破壊した今、もう大技は発動出来ないという事だろう。
あれさえなければ怖いものなし。様子を見ていたオーレくんも復帰し、既に故障寸前のデウストラーへと一斉攻撃を開始。極たまにデウストラーからの反撃があったものの、さして時間もかかる事なく「致命的な損傷を検知。パイロットの保護……オートモードの為不要。情報保護モード発動。その他全機能停止プログラム起動……完了しました」の言葉を最後に、デウストラーは沈黙したのだった。
「はあ……なんとか勝てたわね……」
「前情報なしでこれはキツイな……それにやっぱタンクが居るのと居ないのとじゃ大違いだ」
「皆……、付き合ってくれて本当にありがとう。一人でここに来てたら絶対死んでた……」
「んーん、ネックレスは無事に入手出来たし、まずは一安心だね」
「えいりさんあざっした! さっきのスクロール代、いくらっすか!?」
「ええ!? 要らないですよ。ヨハネスくんが『なにかあった時に使って』と渡してくれたものですから」
「いや、でも蘇生が出来るプレイヤーなんて現状聞いた事ないですし……勿体なかったっすよ……」
「でも蘇生はヨハネスくんの力ですからお代はいただけません。それに私は攻撃が得意じゃないので一人で王都の外に出るのはなかなか……。そう考えたらほら、Win-Winじゃないですか?」
絶対に一銭も受け取らないという強い意志を感じるえいりさんの声に、オーレくんはなんとも困ったような表情をしてから、微かに笑って頷いた。
改めて入ってきた扉のドアノブをひねってみると今度はすんなりと開き、全員が安堵の溜息をつく。さすがに疲労感を感じたのですぐに出る事はせず、少し休憩をとる事にした。
「いつでも出れるって分かって一安心だな。ところで……アレの素材、剥ぎ取るか? っていうか剥ぎ取れるのか?」
「なにが使えるか分かんないけど、金属は売れそうだし……確認するだけしてみようか」
「今の戦闘で記憶と力の一部を取り戻したって告知が出てるわ。デウストラーの素材の使い道が分かるかもしれないし、剥ぎ取る前に確認した方が良いんじゃないかしら?」
「お、本当だ。全然気付かなかった。きっとイベントシーンに突入するだろうし今のうちに確認しておくか」
「戦闘で記憶を取り戻すのは初めてです……なんだかドキドキしますね」
「って事は俺達デウストラーと面識があったって事っすよね? ……製作者とかだったら嫌だな」
皆にならって、僕も告知文から『記憶』を選択。雪風の時同様デウストラーの筐体から光が浮かび上がり、僕の身体へとスッと入ってきた。そのまま視界が暗転、イベントシーンが開始したようだ。





