201.ナナと罠
2024/03/06 雪風達の存在を完全に失念していたので、ダンジョン前でお留守番の旨を追記しました。
「それじゃあ……開けるね」
ナナの言葉に一同が頷いた。筋力的にはガンライズさんか僕が開けた方が良さそうな見た目ではあるけれど、シーフ向けに罠が多いと聞いている以上、ナナが先頭の方が良いと判断した。開けた瞬間に罠が発動して、パーティが分断されました……じゃ困るからね。
ちなみに雪風達にはダンジョン前でお留守番をしてもらう事にした。連れて行くべきか悩んだけれどどんな罠があるか分からない以上、プレイヤーと違ってリスポーン出来ない彼らを連れては行きたくないという判断になった。一応「不審人物が入らないように見張ってほしい」とお願いしてきたので侵入者については心配しなくても良さそう。
「よい……しょっと」
メンテナンスがされなくなって久しいのだろう。ギギィ……と大きな音を立てて扉はゆっくりと開いた。試験会場として今も使われているみたいだけど、古代遺跡だからメンテナンス方法が分からなかったのかもしれない。
「うん……入ってすぐ罠、ではないみたい。ただ……多分設置型の罠よりも巡回モンスターを警戒すべきかも」
ナナの言う通り、扉の奥からは複数のなにかが動いている気配を感じる。一番手前、視認出来る範囲にはロボットが見えた。もしかしてこの施設の警備員かな?
「どうしようか。仲間とかに連絡されたら困るし、戦うよりは見つからない方向のが良い……よね、きっと?」
「そう思います。どれだけの敵が居るか分からない以上、体力を温存する為にも慎重に進みましょう。……でも、あまりにも時間をかけすぎると料理のバフが切れちゃうから……可能な限り素早く慎重に」
なかなか難しい単語を呟くナナに、ひとまず頷いておく。実行できるかどうかはさておき、方針としては間違っていないと思ったからだ。
「先に行って、あのロボットのルートと、なにに対して反応するのか調べてきます。皆は私がチャットで合図したら付いてきてください」
そう言って素早く暗闇に消えていくナナ。今更だけど、彼女の足下からは一切音がしない事に気が付いた。特殊なブーツを履いているのかもしれない。僕もそういう物を選んで履いてくるべきだったのかな?
暫くのち、一瞬だけ奥から光が漏れた。
――カツン。
次いで物音。その直後、ナナからチャットで『物音に反応するみたいだから、気を付けて来て!』と連絡があった。
そうは言っても装備と床の相性的に無音は厳しいぞ、と思いながら一歩踏み出すと僕達の足下からも一切音がしなかった。理由は分からないけれど今の内にと、急いでナナの元へと向かう。途中、遠方から二回ほど小さな音が聞こえた。きっとナナがロボットの注意を引いてくれたのだろう。ひとまず合流出来た事に安堵すると、すぐに次のチャットが飛んできた。
『いつロボットが戻ってくるか分からないから、この先はチャットで。見た限り、正面奥と少し先、右手に扉がある。皆はどっちに進みたい?』
『このダンジョンはナナの為の試験で、私達はナナを守る為に来ただけ。ナナが決めるのが良いと思うけど……どう?』
丁度似たような文章を入力している最中、一足先にヴィオラから提案があったので頷いておく。薄暗いけれど、皆が同じ意見なのは見て取れた。
『うーん、じゃあ奥へ誘導したロボットが戻ってくる前に右の部屋に入ろう』
そうチャットで宣言してからスッと立ち上がったナナの後ろを、極力音を立てないように静かについて行く。
「実験室A」と書かれたプレート横の扉に手を掛け、ゆっくりと開いて身体を滑り込ませるナナ。手の平をこちらに突き出し「待て」と伝えてきたので大人しく待っていると、少ししてから手招きに変わった。
中には先ほどの通路と同じような見た目のロボットが一台。部屋の隅をゆっくりと回るように進んでいる。
『時計回りに進んでるみたい。足音さえ立てなければ後ろを付いていく感じで奥の扉に辿り着けると思うから、なるべく固まって付いてきて』
左手にも扉があるけれど、そちらではなく直進する事に決めたようだ。あまり近すぎるとお互いの装備がぶつかる音で気付かれてしまうので、つかず離れず、適度な間隔で固まって移動。金属装備の人が居ないので難なく「実験室B」と書かれたプレートの扉へと辿り着いた。先ほど同様ナナが慎重且つ素早く扉を開けて中へと入る。この部屋の巡回ロボットが戻ってくる前に「入って良し」の合図が出たのですかさず滑り込んだ。
『多分敵は居ないけど、罠がないとは限らないから音、光は出さないように気を付けて進もう』
散らばった資料や乱雑に謎の機械群に触れないように気を付けながら慎重に進んでいく。部屋数がいくつあるのか、目当ての部屋がどこにあるのかは分からないけれど、ナナのお陰で今のところは順調だ。
先ほどとは違い入り口真正面の壁には扉はなく、向かって左手にだけ扉があった。扉横のプレートには「資料室」と書かれており、ナナ越しに見えた扉の先には、部屋中に設置されたラックと、隙間なく並べられた書籍らしきなにか。
『面倒な罠があるけど、解除はこの部屋じゃ無理……だと思う。部屋中に糸が張り巡らされてて、触れるとなにかが起こる仕組みみたい。私が手本を見せるから、皆同じ場所を進んでこれる?』
高度な移動法を求められて困ってしまった。とはいえ進めないと言ったところで打開策があるかというと……、「実験室A」に戻ればもう一つ扉があるけれど、そちらの扉の先が安全とも限らないしなあ。行くしかないか。
『自信はないけどやってみる。これ、万が一死んだらどこに戻るの?』
『ダンジョン内で死んだ時は、ダンジョン入り口に戻るはずよ』
ヴィオラの返答に少し安心した。王都と言われたらどうしようかと思っていたのだ。
そーっと、ナナの動きをまねるように、一歩ずつ進んでいく。確かこの辺りのタイルに右足を置いて、左足はかなり高めに持ち上げていたような……。ああ、よくよく目をこらせば足下にうっすらと糸が張ってある。あれを避ければ良いのか。
頭上に張ってある糸もあるらしく、中腰になりながら進む場面もあった。とはいえ、上下どちらにも糸、なんて意地悪な事もなく。これなら順調に進めそうかな……と思ったところで、背後からガタン! ガコン!と立て続けに音がした。
「――っ!」
振り返ると、声にならない叫びと共にオーレくんとえいりさんの姿が消えていた。
『あああああ、すみませんミスったら急に床が抜けて落ちました!』
『ごめんなしあ、私も落ちました……』
チャットからはえいりさんが相当焦ったらしい事が窺える。いきなり床が抜けたら驚くか……。むしろ二人とも悲鳴を上げなかったのが凄い。
『了解! えっと、どうしようか。自力で戻って来られそう? 階段とか、はしごとか……』
『はい、探してみます。私達の事は気にせず先に進んでください』
どうする? とナナの方を見ると、彼女も悩ましげな表情をしている。
『うーん……もし二人が自力で上がって来れないなら、スタート地点にしに戻りをした方が早い。けど、そこから二人でまたここに戻ってこられるのかが微妙だし……だったら私達も死に戻り前提でちょっと先に進んでみる、とか……?』
『良いんじゃないかしら。この部屋も左と奥に扉があるみたいだけど、どっちに?』
『まずはこの建物の全体像を把握したいから、奥に。二手に分かれてどっちも探索って手もあるけど……二人が戻って来られるならそれに越した事はないし、万が一別の罠を踏んで敵が増えたり警戒態勢を敷かれたら困るから、四人で慎重に行こうと思う』
方針が決まったので、奥の部屋を目指して進む事に。少し糸の密度が増したような……? ガンライズさんもヴィオラも難なく進めているのを横目に、必死に糸の罠をくぐり抜ける僕。
どうにか到着した扉横のプレートには「制御室」の文字が。ほほう……、もしやここで罠を解除出来たりするのだろうか。
今まで同様、ナナが先頭を切って一人で室内に入っていく。暫くのち、手招きではなく満面の笑みでナナが顔を覗かせてきた。お? もしかして安全地帯だったり?
『多分敵も罠もなし。あと、あの機械でロボットとか罠も停止出来るみたい。……止めちゃって良いかな? そしたら二人もこっちに戻って来れるし』
入って正面、横一直線に並んだ機械群を指差して説明するナナ。
『お、良いじゃん。帰りも安全だし、ついでにお宝とかないか安心して探索も出来るし』
ガンライズさんに続き、僕とヴィオラも頷いて同意を示す。ホッとしたような表情で機械に向かうナナ。四回くらい指を動かすのを確認したところで、天井からピーッと甲高い音が鳴り響いた。
――セキュリティを停止します。
――セキュリティの停止が完了しました。
「……」
本当に停止したのか確認する為、元来た扉を開け、資料室の様子を窺う。確かにあの細い糸は綺麗さっぱり消えているようだ。
「大丈夫そう、かも? 少なくとも糸はなくなった」
ようやく肩の力が抜けたところで、改めて制御室の中をぐるりと見回す。入り口から向かって左手には今まで同様の扉が一つあり、プレートには「動力室」と書かれている。そしてそれとは別に正面の機械群の右横にこじんまりとした扉も存在しているけれど、プレートらしきものはなにもない。
「入り口の位置的に、『最奥のモンスター』はこの小さな扉の先、だよね?」
「多分……」
そんな話をしていると、オーレくんとえいりさんの二人が制御室に入ってきた。
「遅くなりました! 道中のロボットとか全部止まってたんですけど、罠、解除出来た感じっすか?」
「うん、そうみたい。二人とも無事で良かったよ」
「りょーかいっす。本当、すいません。まじで糸には気を付けてたつもりだったんすけど……」
「こうして無事に合流出来たんだから気にしなくて良いわよ。ゲームなんだし気楽に行きましょう」
「はい! ところで、さっきから気になってたんすけどなんでこんなに足音が静かなんですかね? 俺別に魔法でどうこうとかしてないんすけど」
「あ、実は昨日の滑り止めには静音効果もあるんだ。多分このダンジョン抜けるくらいまでは保つはず。……って、事前に説明しておけば良かったね、ごめん!」
「なるほど……、ナナさんあざっす!」
バフが切れる前にボス部屋へ行こうという話になり、当たりを付けていた小さな扉の前に並ぶ六人。さて……腕にかけられたネックレスを取ってくれば良いんだっけ? 無理に倒す必要はないとも言っていたけれど、どうなる事やら。