200.遠足弁当
土曜日、朝。昨日はナナの発言に皆頷き、その場でお開きとなったので、今日はその続きから……のはずなのに、何故か僕とヴィオラ以外誰も居ない。おかしいな、パーティメンバー欄を見る限り全員オンラインのはずだけど?
「ごめん、遅くなった!」
ガンライズさんの声と共に四人が駆け寄ってきた。
「んーん、時間ぴったりだし大丈夫。それにしても皆どうしたの? もしかして朝早くからダンジョンの入り口を探してたとか?」
「いや、皆でチョコレート作ったり豆集めたりするのにその辺うろついて、そのまま眠るようにログアウトした感じ」
「ああー、節分とバレンタインイベントって昨日までだったっけ。って事はこの辺にも動物は居るんだ?」
北の地で鬼の里に行って以降、豆は一切ドロップしなくなったし、現実世界でバタバタしていたのでイベントの存在をすっかり忘れていた。そうかー、終わっちゃったのか。また同様のイベントをやってくれないかな? 料理材料として重宝するから、助かるんだけど。
「水場が近いですからね、結構多かったです。お陰でえいりちゃんとオーレくんとの連携も学べて、有意義でした」
せこい考えが頭をよぎったけど、ナナの真面目な発言で我に返った。そうだった、連携……僕達は大丈夫だろうか。思えば最初はヴィオラとの連携にも苦労して、アインが助けてくれてたんだった……。特にオーレくんは魔術師だし、邪魔をしてしまわないか不安。一応子爵領で一度協力しているとはいえ……あの時は司令官としてマッキーさんが居たもんなあ。
「あ、ダンジョンの入り口らしい扉も見つけましたよ!」
「そうなんだ。じゃあ早速そこに行く? あ、その前に食事はしておいた方が良いよね」
「賛成! 扉はすぐそこだし。腹が減っては戦が出来ぬって言うしな!」
この日の為に準備しておいた大判の布を取り出すと、意図を察して皆が地面に敷くのを手伝ってくれた。
「……大したものじゃないんだけど、一応お弁当作ってきたから、良かったらどうぞ」
「へへ……蓮華さん特製弁当、実は楽しみにしてたんだよなあ! って……重箱かよ!」
≪大したものじゃないとは≫
≪蓮華くん、人と基準がずれすぎてて草≫
≪品数からしておかしいじゃん、そもそも≫
「ありがとうございます、嬉しい! ……でも食べきれますかね……」
ナナが不安げな声で呟いている。うっ……確かに作りすぎた自覚はある。
「アナログ設備でも料理が出来るってすげー……尊敬します!」
えいりさんは「料理がお得意なんですね」と微笑んでくれた。
「いやあ……遠足と聞いて突っ走って作りすぎてしまった料理の消費に協力いただき、ありがとうございます」
≪遠足が主目的みたいになってるけど大丈夫?www≫
≪重箱が出てくる辺り遠足というより花見なんだよなあ≫
≪まあ……おせち料理にだけ使うのは勿体ないもんな、重箱……≫
一応重箱は一段に抑えたんだけど、なにせカウントダウンパーティ用に特注した物なので、元々の大きさが通常の何倍も大きい。でも六人も居るし、完食出来るよね!と判断したのだけれど。皆が言う通りやっぱり多すぎたかなあ……。
「あ、一番最後に食べる料理によって発動する効果が違うみたいだから……、ちょっと手間だけど、考えながら食べてね」
料理熟練度には自信があるのにバフ料理は今まで一度も出来た例しがない。なので今回改めて調べてみた結果、「聖水」のような加護が含まれた食材を使うか、遠い昔に神が作ったとされる特殊な料理道具を使用する必要がある……という事が分かった。
そうと分かれば、と早速幻の華撮影依頼でたんまり貰ったお金――結局諸経費込みでほぼ十金貰えた――で神が作った鍋、フライパン、オーブン、陶器の壺、まな板を購入。比較的入手難易度が低いので、目玉が飛び出る金額ではなかったけれど、五つも買えば良い値段になる。今回の料理が洋食中心なのは、食材をオークションではなく、シヴェフ王国の王都内で調達したからだ。
「この西洋海苔巻き風クレープ巻き?が凄く面白いし美味しいです……!」
えいりさんが褒めてくれたのは、僕の力作。今回はオークションに頼らない方向にしたので、「米」が使えなかった。けれど主食をパンにすると遠足感がないよなあ、と考えに考えた結果、マヨネーズで和えたマッシュポテトとゆでた野菜をクレープで巻いて、海苔巻きのようにアレンジした創作料理が出来上がったのだ。
「ちょっと……蓮華くん、料理が最高等級なんだけど……気合いを入れすぎじゃないかしら?」
「確かにバフ六個は凄いな……レイドボスでも挑めそうだ」
「あはは……遠足と聞いて張り切っちゃったからかなあ。そもそもバフの数って自分で調整出来るもんなの? なにも考えずに作りたい料理を作っちゃったから、だいぶ種類に偏りも出ちゃってるんだけど」
西洋海苔巻き風クレープ巻き、ダチョウの卵焼き、エリュウのハーブ漬け唐揚げ、フェアリーキャップのニンニクオリーブ炒め、ほろほろ鳥のマヨネーズ漬け焼き、旬の川魚と野菜の天ぷら、カリフラワーとパプリカのピクルス、ニジマスのハーブ焼き、ベーコンと玉ねぎのトマトスープ、おやつにスイートポテト。全十種の料理バフは、ダチョウの卵焼きだけが例外で四個だけど、残りは全て六個ずつ付与されている。
その内訳も「疲労回復速度増加」が七品の料理で発動していたり、反対に「防御力増加」を始め、一品でしか発動していないバフが四個もあったりとなかなかバランスが悪い。
「私もバフ料理は時々オークションに流してますけど……考えてみればバフの発動条件は全然把握してなかったです。どの料理も似たり寄ったりのバフばっかりで、こんなに数があるなんて初めて知りました」とえいりさん。
「そうね……掲示板を流し見た感じだと、バフ付き料理は『聖水』を初めとした加護付き食材か、加護付き料理道具のどっちかが必要で、後者の方が柔軟に作れるみたい。で、料理の品質は熟練度の高さに依存する。極まれに自分の腕前以上の品質の料理も出来るみたいだけど。……って事は等級は下げられそうにないわね」
「情報ありがとうございます。……それで言うと私は加護付き食材ですね。普段から料理に『聖水』を使っているので」
そういえばえいりさんは神官見習いとして教会に住んでいるんだっけ。バフの発動材料が「聖水」だけだから似たり寄ったりのバフになったのかな。
「えへへ……実は『神が作った料理道具』を一式買ったんだ。それもあってちょっと張り切りすぎたというか、なんというか……」
「なるほどね。えーと、使用した食材の栄養素と、調理方法にバフが紐付いている……。だから使用する食材が多くて、且つ栄養素のバラエティに富んでいる場合、色々なバフが発生するみたいね。まあ具体的な話はまた今度にするとして……、『疲労回復速度増加』はタンパク質と糖質に付与されたバフの一つですって。だから一番多いのね」
「なるほどなあ……バフ付き料理を作る時は、好き勝手に料理したらまずいって事か」
「まあ、見た感じ蓮華くんの料理の中になくて、現時点で確認されてるバフはあと三つだけよ。付与数が少ないならともかく、六個も付くならそう気にしなくても良いでしょう」
そう締めくくってから、食事に集中するヴィオラ。どうやら早く食べたいのに僕が変な質問をしてしまったせいで調べ物を優先してくれていたようだ。申し訳ない。皆も一心不乱に食べてくれているので、僕も食べる事にした。
結局皆、最後まで、どのバフを発動させるか悩んでいた。それというのもあまりにもバフがバラバラすぎて、「あの料理のバフが欲しいけど残りはこっちの料理のバフが良いし……」と悩む事になってしまったから。ちなみに僕は皆ほど悩まなかった。作った本人だからというのもあるけれど、「集中力向上」や「免疫力強化」などの内容が今いち理解出来なかったので、「物理攻撃力増加」など、そのものずばりで意味が分かるバフだけを見て決めたからだ。それでも「物理攻撃力増加」は五品についていたからちょっとかかったけどね、うん。
最終的に皆が選んだバフはこんな感じ。
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西洋海苔巻き風クレープ巻き(ヴィオラ・ナナ)
└疲労回復速度増加
└移動速度増加
└攻撃速度増加
└集中力向上
└視力向上
└HP回復速度増加
旬の川魚と野菜の天ぷら(ガンライズ)
└疲労回復速度増加
└被回復量増加
└免疫力強化
└物理攻撃力増加
└持久力向上
└ダメージ吸収
カリフラワーとパプリカのピクルス(オーレ)
└免疫力強化
└魔法威力増加
└視力向上
└熟練度獲得量増加
└疲労回復速度増加
└回復アイテム効果の増幅
ニジマスのハーブ焼き(僕)
└免疫力強化
└魔法威力増加
└視力向上
└熟練度獲得量増加
└HP最大値増加
└物理攻撃力増加
ベーコンと玉ねぎのトマトスープ(えいり)
└被回復量増加
└防御力増加
└魔法防御力増加
└免疫力強化
└耐寒・耐熱性向上
└集中力向上
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「ニジマスのハーブ焼き」は「免疫力強化」以外の意味が全て理解出来たし、十品の中で唯一魔法と物理攻撃に関するバフが付いていたのでなんとなく僕にぴったりな気がして選んでみた。ヴィオラとナナは、「移動速度増加」「集中力向上」「視力向上」辺りを基準に選んだらしい。ガンライズさんとオーレくんはそれぞれ自分の得意な攻撃手段に合わせ、えいりさんは回復職なので防御力を最優先した形になった。
「さて、じゃあ行きますか! ……なんて先頭切っても僕は入り口を知らないんだった」
重箱と地面に敷いていた大判の布をインベントリにしまってから張り切って宣言……してみたは良いけれど、僕とヴィオラ以外の四人が「入り口らしい扉を見つけた」と言っていた事を思い出し、彼らに先を譲る。
「まあ、まだ『それっぽい』であって確定じゃないから。でも見た感じロストテクノロジーで隠蔽されてたから、多分間違いないとは思う」
そう言って案内してくれるガンライズさん。弁当を食べた場所から程近い場所で立ち止まり、なにやらじっと岩壁をにらみつけ始めた。
「確かこの辺に……おー、あったあった。この突起物の上に物を被せるとほら、岩壁を見てて」
ガンライズさんが指差す先の岩壁を見ると、あら不思議。岩壁に見えていた景色から、急に重厚な金属製の扉が現れたではないか。
「え、なにこれどういう仕組み?」
「えーとほら、マッピング技術って分かる? いわゆる3D映像投影技術。ビルの壁を絵画に見立てたり、なにもない空間に光でクリスマスツリーを出現させたりとか、よく見ると思うんだけど。あれの超進化バージョンって考えれば良いんじゃないかな。この壁の突起物が、その真下の扉を隠す形で岩壁の映像を映してたんだ。なにが凄いって、質感まで表現してるんだよ……岩壁の時はざらざらしてるのに、扉になった途端ツルツルになるだろ? 徹底して隠してる辺り、ここが卒業試験会場かなって。この突起物もナナが気付いたし」
「なるほど……全然ついていけなかったけど、とにかく凄い技術なのは分かった。で、とりあえず入るで良いんだよね?」
「ああ」
「勿論!」
「楽しみね」
「はい!」
「頑張りましょう!」
さて……どんな恐ろしい罠が待ち受けているのだろうか。
栄養素別に4個ずつのバフと調理方法別に1個ずつバフを設定した上で、十個分の料理を決めて、かつ使われている食材を洗い出してそれぞれの栄養素と調理方法を調べて、最終的に選ばれたバフ一覧から確率を割り出して、等級的に発動するバフがこの個数だから~
とか阿呆みたいに設定をこねくり回してたら一週間かかってしまいました。ごめんなさい。
あと二度と複数のバフ料理は出さないと心に決めました。しんどすぎる。