197.シヴェフ王国と錬金術
アリオナ=NPCテイマー
セルヴァリス子爵=行方不明の錬金術師
ドルフィニア男爵=セルヴァリス子爵の姪、錬金術師、クランハウスの大家
です。
マカチュ子爵家を辞したのち、僕は鍛冶屋へと向かった。正式にアインがマークさんだと分かった以上、生前の彼の事をよく知っていそうなデンハムさんに話を聞くべきだと思ったからだ。ちなみにヴィオラは不在中の話を聞く為クランハウスに顔を出していて、別行動中だ。
「おお、なんだあんたか。今日はどうした? メンテナンスか?」
「あ、いえ、今日は……少し話を伺いたくて」
丁度作業を中断しているタイミングだったらしく、待たずに話す事が出来たのは良かったものの、どう切り出すべきか。
「話だあ? 装備の話……じゃなさそうだな。ここを酒場かなにかと勘違いでもしてるんじゃないだろうな?」
「そんなまさか。ただちょっと、アインの……マークさんの話を聞きたかったんです」
僕の言葉に、デンハムさんは眉をぴくりと跳ね上げ、硬い声音で「今なんと言った?」と聞き返してきた。
「アインが、マークさんであると言いました。ですがアインには記憶がありません。ですから少しでも情報を集めようと、ここに」
「…………確かなんだな?」
デンハムさんからの念押しに、僕はゆっくりと頷いた。伊達や酔狂でこんな事を言うはずがない。
「そうか……やはりマークだったか……、薄々そんな気はしていたが。さてじゃあ、どこから話したものかな。……まずは俺とマークの関係から話すとするか……」
そう言って聞かせてくれた話は、おおよそ僕の想像の範疇だった。デンハムさんは父親の居ないマークさんにとって父親のような人だったらしい。少し予想外だったのは、武術の師匠でもあった事か。見るからに人嫌いのデンハムさんがマークさんにだけ試作品を大量に作っていた理由が分かって納得した。
「いい男に育ちすぎたのが死因だと思うと、やるせねえよなあ……」
泣き笑いのような表情でデンハムさんがぽつりと呟く。自慢の息子のはずが、それが理由で結果として命を落としたのだから心中は計り知れないだろう。
「あの、マークさんは王都で亡くなったんですよね? でも僕とアインが出会ったのは森なんです。もしかしたらアインの身体が別の人のものという可能性もありますが、この辺りについてデンハムさんはなにかご存じだったりしますか?」
「別人か……いや、試作品はあいつの体格に合わせて作ったものだ。直しもせずに使えている辺り、間違いなく身体もマーク本人だ。だが確かに、森で出会ったとなると……。前子爵にマークが殺されたあと遺体の返還はされていない。俺達も貴族相手じゃ強くも出れず、泣く泣く諦めた訳だが……わざわざ森に移動させた誰かが居るって事か?」
やはり、王都で亡くなった事と誰かが森に移動した事は確実なようだけど、デンハムさんも分からないらしく犯人の特定には至らなかった。その人物なら真相を知っていそうなのだけど……残念。
「……つかぬ事をお聞きしますが、ドロシーさんの今についてご存じだったりしますか……?」
「知ってはいるが、まさか直接会おうって言うんじゃないだろうな?酷な事を言うようだが、もうあの子の事はそっとしておいてくれないか……」
「ドロシーさんの姿を見たら、アインの記憶が戻るかな、と。直接彼女と話をするのは無理だと思いますが、遠くから一目見るだけでも……」
「そもそもどうして記憶を戻したいんだ? マー……アインも記憶が戻っちまったら、色々と辛いだろう」
「いえ、それが本人の希望なので。なにか大事な事を忘れている気がするから思い出したい、と……。ドロシーさんの事を考えると確かにこのままの方が良いのでしょうが、僕としてはアインの意思を尊重したいんです、すみません」
「だとしてもだ、」
「おじさーん、居るー? また作業に没頭して食事をまともにとってないんでしょー? 持ってきたからこれ食べて! っと……ごめん、お客さんが居たんだね」
デンハムさんの声を遮るほど大きな声で呼びかけながら工房に入ってきたのは、一人の女性。あれ、この人どこかで見た事が……と思った瞬間、デンハムさんの切羽詰まった声が耳に飛び込んできた。
「マーク! おい! 大丈夫か!?」
「ア……ア……」
僕を押しのけて後ろに居るアインに駆け寄るデンハムさん。慌てて振り返れば、うめき声らしき音をあげながら身体を痙攣させているアイン。
「アイン!? どうしたの!?」
「おじさん、この人病気かなにか!? 待って、スケルトンって病気になるのかな!?」
突然見知らぬスケルトンが痙攣し始めたのだから恐怖を感じただろうに、女性は逃げるでもなくアインの側に駆け寄り、僕達同様どうにかしようと頑張り始めた。そしてはた、と気付いたように「マーク? マークって言ったの、今?」とデンハムさんに詰め寄った。
「いや、あー、たまたま同じ名前なだけだ」
「嘘! 今この人が別の名前で呼んだの聞いてたわよ!」
「……だからその、呼び間違えたんだ」
「…………おじさん? そんな下手な誤魔化しが通用するとでも?」
女性の声音が険を帯び始めた頃、ようやく僕は思い出した。そうだ、彼女はマークさんの元婚約者のドロシーさんだ。
「……」
「マークなのね?」
黙り込むデンハムさんに念押しするドロシーさん。観念したようにデンハムさんは溜息をつきながら「そうだ」と認めた。
ドロシーさんがデンハムさんに詰め寄っている間も痙攣し続けていたアイン。けれど最後に一際大きく跳ね、そのまま一切動かなくなってしまった。
「……アイン? ……ねえ、どうしたの?」
――痛い痛いって叫んでた……。多分気絶、したんじゃないかな……?
「痛みで気絶……じゃあもしかしてなにか思い出したのかな……?」
「なに、どういう事!? マークはどうなったの!?」
シオンの言葉に僕が独りごちると、それを聞いたドロシーさんが僕の首を絞める勢いで詰め寄ってきた。く、苦しい……。想像していたよりもだいぶ行動的な人のようだ。
「あ……ごめんなさい。マークと聞いて、いてもたってもいられなくて……。その、私はマークと婚約していたの、だから……」
「ごほ……、そういう事情であれば慌てるのも当然だと思います。アインは……僕がテイム契約を結んでいるスケルトンで、詳細は伏せますが、彼が生前マークさんだった事は立証済みです。ただアインに生前の記憶はありません。本人が『大事な事を忘れている気がするから記憶を戻したい』と言っていたのでデンハムさんに話を聞いていたんですが、突然倒れた感じで……正直僕にもよく分かりません。アインが目覚めるのを待つしかないと思います」
「それじゃ目覚めない可能性もあるって事じゃない……誰か詳しい人は居ないの?」
「一応確認してみますが……そもそもスケルトンをテイムした前例がないそうなので、詳しい人はいないと思います」
望みは薄いけれど、ギルドでアリオナさんに繋ぎを取ってもらうとしよう。
「アインをゆっくり休ませたいので僕はこれで……ええと、僕達はエリュウの涙亭に滞在しているのでなにかあれば訪ねてもらえれば」
「分かった。……マークが目覚めたら教えてくれる? おじさんに伝えてくれれば良いから」
「分かりました。それでは失礼します」
アインを背負いながら暇を告げ、ひとまずエリュウの涙亭へ。自室にアインを寝かせてからギルドへ向かう事にした。
§-§-§
「……という訳でアリオナさんに一度診てもらいたいのですが連絡を取れたりしますか?」
「そうですねえ……そういった事象は私も聞いた事がありませんし、必ずしも良い返事をいただけるとは限りませんがひとまずアリオナさんに聞いてみます」
ギルドの受付職員さんが請け負ってくれた事に安堵し、踵を返そうとすると慌てて呼び止められた。
「あ、すみません。ギルドマスターから一件、蓮華さん達に指名依頼があるとの事です。恐らく執務室にいらっしゃると思うので直接説明を聞いてもらえますか?」
「了解です」
改まって指名依頼とはなんだろうか。不思議に思いながら二階へと上がって執務室の扉をノックする。中からは「どうぞ」とアキノさんの声が聞こえた。
「ああ、蓮華くん。わざわざ呼びつけちゃってごめんなさい、折り入ってお願いがあって。座ってくれる?」
勧められたソファに腰掛けると早速と言わんばかりにアキノさんが切り出してきた。
「西……バルティス共和国やレガート帝国の動向を内密に調査してほしいの。そのついでに、ナナの卒業試験を手伝ってくれるとなお嬉しいわ」
「西ですか? 開戦の兆しがあるのでしょうか?」
「貴方達が最近クランハウスとして申請した邸宅の前の持ち主……セルヴァリス子爵失踪に関して、ドルフィニア男爵からセルヴァリス子爵の捜索願いが出ている。国王はそれを認め、調査隊自体は編成された。ここからが厄介なんだけど……使える物はなんでも使う方針の国王は錬金術賛成派だけど、大抵の貴族や国民は錬金術反対派なのよ。セルヴァリス子爵は有名な錬金術師だから、誰も積極的な捜索を行っていない。……先日のマリオット公爵の反逆も、国王が錬金術賛成派である事を理由に協会と組んだと供述していたし、私達外部の者が考える以上にこの国の錬金術嫌いの根は深いと思うわ。で、国王としては当てにならない自国の民にさっさと見切りをつけて、冒険者ギルドに依頼をしたい。けど使えないからと自国の民を無視して大々的に冒険者ギルドに依頼しては貴族からの反発も大きい。だから秘密裏に頼んできた……というのが今回の背景よ。それにね、国王はこの件の黒幕がレガート帝国だと睨んでいる。だから余計に表立っては動けないのよ。……依頼内容は主に二つ。西二国の動向調査と、可能であればセルヴァリス子爵の足取り調査及び救出。なにか質問はある?」
「そうですね……何故この二国、主にレガートが怪しいと考えているのでしょう?」
「私もあまり詳しくはないの。ただこの国とレガート帝国は、今でこそ平和に見えるけれど昔から海と鉱山を巡って何度も争ってきたらしいわ。ドルフィニア男爵家は何代か前にレガート帝国から亡命してきた家系なの。レガート側からしてみれば、亡命した家系から突出した錬金術師が生まれ、敵国シヴェフの防御力底上げに貢献している……腹立たしい事態でしょ?」
なるほど。亡命されるような荒れた国だったのが悪いとは思うものの……、そんな背景があるのであればレガート帝国を疑う余地は十分ありそうだ。
「ちなみに、この件の調査をしているとバレれば『貴族を誘拐したと言い掛かりをつけられた』との大義名分を掲げて確実に戦争を起こすでしょう、レガート帝国は。だから絶対にバレてはいけない……かなり危険な依頼けど、引き受けてくれるかしら?」
【Tips:このクエストはクランクエストです。受諾すると、クランメンバー全員に参加権利が与えられます】
【ヘルプに「クランクエスト」が追加されました】
表示された告知文を見る限り「僕達の腕を見込んで」ではないらしい。クランクエスト……って事は受けない選択は出来ないよね。クランハウスの契約内容は「ドルフィニア男爵と屋敷の護衛」だったはずだけど、根は随分と深く、かなりの大ごとだったようだ。……なんだか騙された気分だな。
「分かりました、お受けします」
【告知:クランクエスト「セルヴァリス子爵を追って」を受領しました】
【告知:クランクエスト「イヴェッタ嬢」のクエスト情報が更新されました】