194.ギルドマスター
≪戻ってキタ━(・∀・)━!!!!≫
≪やっとか!!!≫
≪コメントが削除されました≫
≪引退しなくて良かった!≫
≪おかえり!≫
およそ十日ぶりのログイン直後だからか僕の視界左端ではいつも以上の速度で文字が流れ、追いかけるのにえらく苦労をした。
ふむふむ……どうやら長く不在にした事もあって、引退したと思ったらしい。直接、或いは間接的に「政府の発表に関係して」引退したと考えた人達も少なくないようだ。
「いやあ、ちょっと色々忙しくて」
≪それってやっぱり例の発表に関係して……?≫
≪蓮華さんは人間なの?≫
≪コメントが削除されました≫
「まず、例の発表とログインしなかった事は全く無関係。それから、僕の種族についてはノーコメント。一応ソーネ社公式からもゲーム内で個人情報を聞き出すのは違反行為に該当するって告知があるでしょう? 配信コメントも当てはまるみたいだから、処罰されない為にも皆発言には気を付けてね」
≪コメントが削除されました≫
≪うむ≫
≪まあ当然だな≫
毅然と対処しているけれど、これらは全て事前に洋士と打ち合わせたお陰だったりする。実際魔法の修行の為に不在だっただけで、嘘をついていないので挙動不審にもならなかった。
「さて……だいぶ時間が空いちゃったせいで前回なにをしていたのかも覚えてないな……」
≪アイシクルピークから戻って来たとこでログアウトしたはず≫
≪幻の華の報告待ち≫
「あー、そうだったそうだった。皆ありがとう!」
で、ヴィオラから聞いた話だとクランハウスはナナが代理で契約してくれたんだよね。まさか渡した副マスター権限が早々に役に立つとは……やはり第六感は馬鹿に出来ない。
「それじゃ、ヴィオラもログインしたみたいだしまずは報告かな」
MAP上に表示されているアイコンから、彼女がここに到着した事に気づき階下へと降りる。久々にジョンさんの手料理を……と言いたいところだけど、やる事が多いのでまずはギルドへ直行する事に。
「お久しぶりです、無事に戻って来られてなによりです。私が対応します、と言いたいところですが……すみません、マスターの方からも色々と話があるそうなので、上でお願い出来ますか? 案内します」
案内があるなんて珍しいと思いながらも、上に行く事はなんとなく予想がついていたので特に質問をする事なくギルド職員に従って階段を上る。通路右側、手前から二番目のいつもの扉……は素通りし、通路左側最奥の扉をノックする職員さん。ここがギルドマスターの執務室なのかもしれない。
「蓮華さんとヴィオラさんをお連れしました」
「どうぞ、入って」と聞こえた女性の声に少し違和感を覚えながらも職員さんに続いて部屋に入ると、部屋の中央奥に置かれた立派な執務机にアキノさんが座っているではないか。
「ご苦労様、貴女は下がって良いわよ」
「はい、では失礼いたします」
僕達を残して去って行く職員さん。いや待って……さっぱり状況が掴めない。下で一言くらい説明があっても良かったんじゃないのかな? ダニエルさんはどこへ行ってしまったの!?
「久しぶりね、二人とも。座って? そうね……まずは自己紹介からするわね。先日付で冒険者ギルドシヴェフ王国本部のギルドマスターに就任したアキノ・リュウセンよ。……急な事で驚いたでしょう?」
「えっと……ダニエルさんはどうしたんですか?」
「ダニエルは……正式に王族として認められて公爵位を与えられたわ。今はクローデル公爵よ」
「王族!? 公爵!?」情報量が多すぎて僕も視聴者さんもびっくりしてしまった。
「クローデル家は取り潰されたと聞きましたが?」
「そうね、少し長い話になるけど……ダニエルは現国王とメイドとの間の子らしいわ。丁度王妃が妊娠中に出来たんですって。庶子とはいえ彼の存在は将来必ず火種になる。それで生まれたあとすぐに国王が、信頼するクローデル侯爵家に養子として出した。でもそんなもの、所詮書類上の操作。国王の血を引いている事に不安を感じた人達によって、クローデル侯爵家は濡れ衣を着せられて一族全員処刑された。……ただ、当時のクローデル侯爵は国王から赤ん坊を預かった段階でその未来を予想していたんでしょう。ひっそりと国外へと赤ん坊を逃がしていた。それがダニエルで……逃れた先のカラヌイ帝国で私達は出会ったの。まあこの辺りの事情は私もついこの間知ったんだけどね。で、ダニエルは私に付き合って冒険者になって……色々あってこの国に腰を落ち着ける事になった。正体がバレれば命を狙われる。だから身元は隠していたみたいだけど……、私が行方不明になったあと、情報を集める為にギルドマスターになったんですって。その為に危険を冒して自分の正体を明かした上でクローデル侯爵家の濡れ衣を晴らしたって訳。まずはここまでオーケー?」
アキノさんの言葉に僕とヴィオラは頷いた。後ろでカタカタ聞こえるので、アインも頷いているのかもしれない。
「……先日の騒動で、前大神官代理とマリオット公爵が死刑になったのは知ってる? ここからは一部私の推測も混じるけど、多分公爵家がフィアロン家だけになってしまうのはまずいっていう内部事情があるんだと思うわ。クローデル家の罪も冤罪だったと立証されているし、王族なのは間違いない。ダニエルは条件にはぴったりだったのよ。……冒険者ギルドはあくまで中立組織、だから公爵がギルドマスターを兼務する訳にはいかない。そういう意味では本来、教皇の母である私がギルドマスターになるのも問題なんだけどね? そこはそれ、公爵になる為の条件としてダニエルが手を回したみたいで。お陰で私も教会を監視する大義名分は出来た訳だけどね……」
「私達が居ない間に随分と状況が変わったのね。ところで、私達が北へ行く前、貴女は前ギルドマスターの事を信用出来ないと言っていなかった? その様子じゃ誤解は解けたのかしら」
「まあ、ヨハネスを守ってくれなかった事に思うところはあるけどね。それでも私を捜す為だけに自分の身を危険に晒していたのは分かったから。この国の貴族だって事も故意に私に隠していたという訳じゃなかったし……ひとまずは様子見ね」
ともかく、これで教会側もアキノさんを無下に扱えなくなった訳だ。先日のハリーさんの様子的にそんな心配はなさそうだったけど、彼女の目標はヨハネスを自由にさせる事。今後の行動次第では煙たがられるのは目に見えていたので一安心。
「さて。自己紹介も情報共有も済んだ事だし、依頼の報告をしてもらおうかしら?」
「あ、そうですね。幻の華の撮影依頼は無事に完了しました。こちらがその映像になります」
事前に渡されていた映像撮影用のロストテクノロジーをアキノさんに差し出す。
「……確かにちゃんと映ってる。凄いわね、たった二人で成功するなんて。正直ダニエルから引き継ぎを受けた時、絶対失敗して帰ってくると思ったわ……、二人の事を見誤っていたみたいね。依頼主に映像を渡してから報酬を渡す事になるから、もう少し待っててくれる? ついでに、移動や食事にかかった諸経費がいくらか分かると助かるんだけど」
「あー……そうですねえ……防寒装備がそれぞれ一金、同じく防寒機能のついたテントが三金。あと食事が……」
「二人合わせて二十四銀。諸経費として請求出来るって事をすっかり忘れてて、特産品のフルコース料理を堪能したり、テントも今後の事を考えて奮発しちゃったのよね……」
合計四金二十四銀、細かい諸々を含めればほぼ五金。さすがにほぼ成功報酬と同額を諸経費として請求するのは問題があると思う。十金って百万円相当だし……。
「全額貰えるとは確約出来ないけど、とりあえず伝えておくわね。映像クオリティが高いから、成功報酬の方に上乗せがあると期待しましょう」
そう言って苦笑いするアキノさんにお礼を言ってからギルドをあとにした。さて、あとなにをすれば良いんだっけ? 装備を調えるにしても報酬が手に入ってからじゃないと厳しいし……。