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番外編:それぞれの一日その2(一周年記念短編)

10月1日、今日で連載一周年です!凄い!最近更新出来ていませんが。。。

という事で記念短編と題していつぞやの番外編の続きを書いてみました。

■マッキー(教授)の場合


 大学の仕事も洋士さんの手伝いもない、奇跡のような一日は趣味を堪能するに限る。


 朝六時、散歩がてらブックカフェでモーニングを摂る。これは最近蓮華さんからもたらされた「食事をしても問題ない」旨の情報を元に始めた事だけど、存外気に入っている。人族の食事を美味しいとは感じられなくなってしまったけど、紙とインクの臭いに珈琲や紅茶の香りが混じった店内の雰囲気や、控えめに流れるBGM、そして目的を同じくした客達が本を捲る音、その全てが僕にとって癒やしとなっていて、食事の不味さは一切気にならない。


 十時、おもむろに立ち上がって会計を済ませる客達。勿論僕もその中の一人だ。なんといっても……すぐそこの大型書店が十時に開店する。言わばここの常連達は皆その為にここで身体を温めているのだ。


 特段言葉を交わした事はないが、僕は彼ら全員に対して一種の仲間意識を持っている。そう、例えばあそこの男性はいつもSFコーナーに向かうし、隣の女性は比較的手広いジャンルを求める傾向にある事も知っている。


 そして僕は……いつも通りミステリーコーナーに直行する。今日は僕が敬愛して止まない作家さんの新刊がいくつか出る日なのだ。胃を痛めるような仕事の連絡もない折角の休日、思う存分堪能しようではないか。


 ああ、でも今日はもう一つ大きなイベントがある。そう、映画だ。これまた僕がずっと追いかけ続けている推理小説のシリーズ作品が現在公開されているのだ。これを見ずに過ごすなど、死んでも悔いが残る。勿論、死ぬ予定もなければ、仮に死んだとしても家にある積読の類いを読了しない限りは墓場からでも蘇るつもりだけど。


 冗談はさておき、あっと言う間に映画の時間が迫っている。やはり書店というのは恐ろしいね、時間が過ぎるのが早過ぎる。


 十五時、映画も見終わったしどうしようか。このまま家に帰るのも良いけど……どうせならこの感動を誰かと分かち合いたい。そうだ、同族が経営している店に行こう。大丈夫、僕が知る限り今日洋士さん(あの人)に来店予定はない。休日を脅かされる心配をする必要はないのだ。


「へえ? そんなに面白かったんだ、その映画」


「はい! シリーズ未視聴でも楽しめますから時間がある時にでも是非」


「教授に教えてもらった映画に外れはないからなあ……、明日にでも観に行こうかな」


 よし、新規顧客一名ゲット。そのまま原作にハマってくれれば最高だ。


「そういえば前にもどっかで聞いたんだよなあ……書店とか映画とか……。誰だっけ? ああ! 思い出した、洋士さんだ。休日の行動まで洋士さんにそっくりなのな? 凄いよ教授」


「ええ……」


 嫌がる僕をよそに「やっぱり教授は洋士さんの片腕だけあるな!」と持てはやす先輩吸血鬼。


 そ、そんな馬鹿な……。恐れてやまない洋士さんにそっくりだって? 勘弁してほしい。もしかして洋士さんが僕にばかり仕事を振るのも、思考が似ているから多くを説明せずに済むと考えているとか……。


 別に洋士さん自体が嫌いな訳ではない。いや、時折二十四時間働く事前提の無茶な仕事を要求してくる傍若無人さにいらだちを覚える事もなくはないけど、問題はそこではない。僕は日本吸血鬼の中で最年少。そんなぽっとでの若造が、洋士さんの片腕だって? 目の前の先輩は面白がって笑っているだけだけど、同族皆が快く思う訳ではない。


 大学という小さな空間でも面倒臭い事が起こっているのに、その上こっちでも似たような状況になるのはごめんだ。しかも大学では「僕が最年長だ」という余裕が内心ある。打って変わって、こっちでは最年少で……。


「ウイスキー割りをお願いします」


 素面(しらふ)では立ち向かえない事案は酔って忘れるしかない。血液のウイスキー割りが僕の優雅な休日最後の記憶となった……。


■ガンライズ(銃一)の場合


「まーじでだるかった……土曜日補講は本当勘弁……」


 隣を歩く友人達がぼやいている。俺はこうして友達に会えると思えば悪くないと思っているが、ここは空気を読んで同調すべき状況だろうか? 未だにどう反応するのが正解なのか分からず、上手くやれていないのではないかと時々不安になる。


「お、俺は皆に会えて嬉しいけど……でもたった一講義の為だけに登校するのは確かに面倒臭いよな!」


 素直に自分の意見を言えないのは友達とは言えないだろ!と考えて思い切って口を開きつつ、最後には同調する事も忘れない。こうすればきっと空気が読めないと思われる事はないはずだ、多分。


「おー? しゅーいちくん赤くなってますよー? 自分で言って照れちゃった?」


「おい、そんな可愛い事言われたら補講も悪くないなって思っちゃうだろうが! お前は教授の回し者か!?」


「ち、違えよ!」


「分かってる、冗談だよ、冗談」と言いながら友人達は少し考える素振りを見せた。


「なあ、じゃあ今からどっか行かないか? どうせ昼飯食って帰るだろ?」


「え? あ、ああ……うん。俺は大丈夫……」


 入学してからそろそろ一年、こういう誘いにはいい加減慣れても良い頃合いなのに、未だに返答する時には心臓がうるさくなる。


「どこに行くかねえ。ついでだし、銃一(御曹司)がまだやった事がない事しよーぜ」


 彼らは時々、ふざけて俺を御曹司と呼ぶ。どこに行っても初めての経験に興奮する俺を見て、どこの箱入り息子だと驚いたのが発端だ。バイトもせずに遊ぶ金が出せている事もあって、半分本気でそう思われている節もある。


「あ、じゃあカラオケは? カラオケ自体は新歓で行ったけど……前回は歌わなかっただろ? 別に嫌なら無理強いはしないけど今日はどうだ?」


 そう、あれは四月、新入生歓迎会の時の話だ。ここに居る友人達とは同じゼミに振り分けられた縁で仲良くなった訳だが、あの当時は今以上に右も左も分からない中で、初めて連れて行かれたカラオケで俺はただ楽しそうに歌う皆を眺める事しか出来なかった。


 それが良くなかったのか、気を遣って曲を入れる機械を回してくれたり、恐らく皆が知っているのだろう有名な曲の時にマイクを渡してくれたりした人も居たけど、俺はどうする事も出来なかった。曲の入れ方も、その有名曲も知らなかったのだ。だけどそれを皆に上手く伝える事も出来ず、場の空気が悪くなった事を察した俺はトイレに逃げた。


 結局トイレで半泣き状態だった俺を見つけたこの二人が、俺から事情を聞いて皆に説明してくれて丸く収まった。だけどそれ以来、誰からもカラオケに誘われなくて……。


「だ、大丈夫! あれから色々と聴いて練習したんだ! へ、下手かもしれないけど……!」


「じゃあ決まり、行こーぜ。昼飯もカラオケで食えば良いし。フリータイムで入って夜まで歌いまくるぞ!」


「初心者がそんなにレパートリーあると思ってんのか!? はしゃぎすぎなんだよ、馬鹿!」


 そのやりとりに俺は自然と笑っていた。人狼に生まれた以上、破壊衝動がゼロになる事はないけど、それでも今はGoWのお陰でこうして真っ当に生きる事が出来ている。


 一年前からは想像もつかなかった未来だ。


 カラオケで食事の注文の仕方、曲の入れ方を友人に教わりながら——採点勝負ではビリだったけど——、夕方まで楽しんだ事を夕食時に両親に話し終えたあと、特に言おうと思っていた訳でもないのに感謝の言葉が口をついて出た。


「父さん、母さん……俺がどれだけ問題を起こしても見捨てないでくれて、あんなに高いコクーン(機械)を買ってまでどうにかしようとしてくれて、本当にありがとう。俺は二人の子供に産まれて幸せだ」


「銃一……」


「なにを言うの、銃一。まだまだこれからなんだから気を抜いちゃ駄目よ。……でも今を思いっきり楽しみなさい。我慢してた分思いっきり、もう遊び飽きたと感じるくらい遊ぶの。その上で他の事も頑張りなさい」


「おい母さん、いくらなんでも無茶な……」


 父さんは止めようとしているが、俺にはこれが母さんの照れ隠しだと分かっている。眉間にしわを寄せている辺り、きっと涙腺が緩むのを我慢しているのだろう。本当に俺は幸せ者だ。


■ナナ(陸)の場合


「今日は遊ぶぞ」


「えっと……それはどういう……」


 開口一番、水原さんは意味不明な事を言った。私は今日、「臨時で仕事を手伝わないか」とこの場に呼ばれたはずだけれど……?


 母は私と水原さんの接触を嫌がっているので案の定、良い顔をしなかった。それでも仕事だと伝えたから出てこれたのだ。遊ぶとなれば話が違ってくる。


俺の遊びに付き合う(・・・・・・・・・)という仕事だ、金は出す。だから安心しろ」


「分かりました……?」


 そう返事をしたものの、分かってはいない。遊びに付き合う仕事とはなに? そんな仕事が本当に存在するとは思えないけれど。


「まずは……そうだな、書店に行こう。俺はどうも特定の作品しか読まない癖があるからな、たまには第三者が選んだ小説を読んでみるのも良いだろう」


「わ、私も小説なんて久しく読んでないですし……」


「だからなんだ? 新刊である必要はない、君が読んだ事のある作品を薦めてくれれば良い」


「ですが……」


 薦めるにしても、ある程度相手の好みに沿った物でなければ怒られてしまう。水原さんの好みなんて知らないし……どうしよう。そんな不安はあったものの、既に水原さんは上着を着て私を待っている。断る事は出来ない……よね……。


   §-§-§


「あ、これはどうですか?」


 そう言って私が手に取ったのは、高校時代、読書感想文の課題図書として読んだ書籍。評判も悪くなかったし、そこそこ話題にはなったけれど大ヒットした訳でもないから水原さんも読んでいないと思う。無難なラインではないだろうか。


「……君はこの作品が好きなのか?」


「え? 勿論、好きで……」


 水原さんの視線の鋭さに、思わず「す」という言葉を飲み込んだ。嘘をついても良いのだろうか。正直私はこの主人公が理解出来なかったし、読み終わったあとも到底好きになれなかった作品だった。けれど私はその気持ちを書かず、無難な感想文を提出した。実際、同じクラスで素直に面白くないと書いた人は先生に注意され、再提出を命じられていた。つまり、この作品を悪くいう方がおかしいという事で……。


 でも私はその人の感想文の方が好感が持てた。どこがどう面白くないと感じてたのかを事細かく書いていて、きちんと気持ちが伝わってきたのはあの感想文だけだったから……。


「正直好きでは……なかったです。でも、話題になった作品で、評判も悪くないですし……」


「好きでもない作品を他人に薦めるのか? いつもそういう仕事をしていると解釈しても?」


 ガツンと頭を殴られたような気がした。そうだ、これは仕事なのだ。水原さんの好みが分からない以上、失礼のない対応をするには私の気持ちが伝わらなければいけないのではないだろうか。


 でも「好き」な作品とはどれだろう。「好きではない」と思う作品はいくつかあった。けれど好きだと思う作品は特に思いつかない。


「ゆっくりで良い、思い出してみろ。一つくらいはあるはずだ、今でも思い出すような本が」


 そう言われ、一つだけ思い当たる本がある事に気付いた。でもあれは誰でも知っている有名な絵本で、水原さんに薦めるには不向きなのは分かりきっている。


「その顔はなにか思い当たったな、言ってみろ」


「でも……絵本なんです。それも有名な。既に水原さんもご存じだと……」


「構わないさ。多分読んだ事がないからな」


 そう言って児童向けのコーナーへと足を運ぶ水原さん。本当にこれで良かったのだろうか。


「昼は俺が予約した店で食べるぞ」


 水原さんに連れられて一流レストランで食事。こんな所に来た事はないし、結局水原さんは絵本を購入してしまったし……。あとで文句を言われるのではないかと思うと、味なんて感じている余裕もないまま食事は終わっていた。


「よし、次は買い物だ。洋服を買うぞ」


「はい……」


 これは本当に仕事なのだろうか。最初の言葉通り、本当にただ遊んでいるだけなのでは?と思い始めたけれど、だからといってなにが変わる訳でもない。水原さんは人にお金を払ってでも遊び相手が必要なのかもしれないし、人の事を詮索するのは良くないよね。


「君はどんな服が好みなんだ?」


 また質問、何度目の質問だろう。困った、母や妹が選んだ物を着るだけで、服の好みなんて考えた事がない。でもとにかく答えなければならないし、かといって書店の時のように適当に誤魔化しては怒られてしまいそう。


「これでしょうか」


 そう言ってラックから手に取った洋服は、普段私が来ている系統の服。いくら母が見繕っても「嫌い」だと感じる服はほとんど着ないし、普段から着ているという事はこの系統は「嫌いではない」はずだ。


 ところが、水原さんは目を細めてこちらをじっと見てくるではないか。書店でも思ったけれど、どうしてこうも眼光が鋭いのだろう。今回はやましい事はないはずなのに思わず目を逸らしてしまった。


「ふうん……てっきりもっとカジュアルな服が好みかと思ったんだが。色は何色が好きなんだ?」


「色、ですか……」今手に取っている紺色の服をじっと見つめて考える。普段からこれに近い色を着ているし、デザイン同様、多分好きなはず。


「青……、だと思います」


 自信を持って口にしたはずなのに、水原さんと目が合った途端に分からなくなってしまった。本当に? 「嫌いではない」と、「好き」は同様なのかな。


「話は変わるが、ナナのキャラメイクはどうやって選んだんだ? テンプレートではないだろう?」


「えっ」


 驚きすぎて大きな声をあげてしまった。まさかここでナナの話が出るなんて思わなかった。水原さんはGoWのプレイヤーではないはずなのに、キャラやテンプレートの事を知っているなんて。


「えっと……とにかく私とはなにもかも逆のキャラクターを作りたくて」


 だから身長を少し低めにして、青の反対であるオレンジ色の髪や服を選んだ。どうせなら性格も正反対にしようと、明るい子を演じていたら、いつの間にかそれが楽しいと感じ始めて……。


 ナナには私の憧れを全て詰め込んだのだ。


「オレンジ色が……好きなのかもしれません」


「そうか。君にも似合うだろうな」


 それっきり、会話らしい会話はせず、水原さんは洋服選びに没頭したようだった。拍子抜けはしたけれど、それがかえって良かった。あの場で「じゃあオレンジの服を選べ」なんて急に言われても困ったから。


「さて、そろそろ夕飯の時間だが……君が食べたい物を教えてくれ」


 またか、と思ったものの、今度はあまり焦る事なくすんなりと思った事を口に出来た。


「ファストフード店に行ってみたいです」

お楽しみいただけたでしょうか。

蓮華さん、洋士、ヴィオラの三人の時とは違って文字数がだいぶ多いですね。

休日の過ごし方、と考えて書き始めたんですが、今回のメンバーはまともな生活を出来ていない気がしたんですよね……。思ったより難しかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 銃一 > 陸 > 洋士 > 蓮華 > 亡妻 生きている人達...両思い...ナイ!?
[一言] 「死んでも悔いが残る。死なないけど」 鉄板吸血鬼ギャグなんかな? 「危うく灰になっちゃうとこでしたよ〜HAHAHA」みたいな マッキーさん順調におっちゃん化しとりますな><
[一言] 妹だって、おかしいと気づけないようなら、保護者をそれほど離れてもいない姉がやる必要は無いので、今、いくつだか知らないけど、中学を卒業してるなら、働きながら高校を卒業することも出来るし、高校生…
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