191.エルフと魔法
「ちょっ……それは一体どういう事ですか!?」
「蓮華くん、落ち着いて……私が聞くから」
思わず食ってかかった僕にヴィオラが諭してきたけれど、友人が死ぬと言われて「はいそうですか」と黙っていられる訳がない。
「落ち着いてちょうだい、『このままいけば』よ。回避方法はある。でもまずは理由を説明させて」
リレンデルさんの言葉に僕は頷いた。回避方法があるなら良い。でもそれならそうと最初に言ってほしかった。
「ヴァイオレット、貴方の髪……見覚えがあるんじゃないかしら? 艶があってなめらかな同族の髪……今の貴方の髪は彼らと同じよ。ただし少し光りすぎね」
「これが……」自分の髪の毛を引っ張りながらヴィオラは呟いた。
「問題は」と、リレンデルさんは続けた。
「髪が発光した事に驚いて私達に連絡をしてきた事よ。光った髪を見て驚いたという事は、エルフや魔法についての知識がないはず。このまま放置すれば間違いなく死に至るわ」
頷き、ヴィオラは話の続きを促す。
「エルフは髪から魔力の吸収と放出をする。本来は自然界に存在する魔力を自動で吸収し、体内で自分用の魔力として加工し、魔法を発動する。例えば森暮らしの場合、自然界からの魔力の吸収量は多いけれど、その分なにをするのにも魔法を使うからバランスが上手く取れている。貴方のように都会で暮らしている場合は、吸収量と使用量、どちらも少ないでしょうからバランスが取れているはず。……バランスが取れなくなった時、魔力の過剰摂取、或いは欠乏で死んでしまうのよ。貴方には今、過剰摂取の予兆が現れている」
「分かるかしら?」とリレンデルさんはヴィオラの方を真っ直ぐ見つめながら続けた。
「貴方は、魔力を溜め込むだけで消費していない。だから自衛本能が働いて必死に魔力を放出している。非常に危険な状態なのよ。悪い事は言わないから一週間、或いはもう少し……ここで色々学びなさいな」
ヴィオラにとって絶対に必要な事だろうけれど、エルフ達と一週間共に過ごすというのはヴィオラにとっては苦しい決断だろう。リレンデルさんが信じられない訳じゃないけれどエルフという種族がヴィオラに与えた傷は決して浅くはないはずだ。
「……」
沈黙を拒否と受け取ったのか、リレンデルさんが続ける。
「急にこんな事を言われても私達を信用出来ないわよね。友人達も勿論一緒で良い。それでも嫌かしら?」
「私は……。……蓮華くん、構わないかしら?」
「僕は最初からそのつもりだよ」
「俺も可能な限りは滞在する予定だ」
「それじゃ、五名滞在ね。あとでエレナに案内させるわ」
一度も姿も見せていない千里さんとジャックさんの存在をさらっと指摘するリレンデルさん。ヴィオラのポケットの中に居るので、彼女の気配で気付かないかと思ったけれど、どうやらかなり鋭いようだ。
「あら、内緒だった? ごめんなさいね。隠れたままじゃ不便かと思って。ひとまずヴァイオレットの魔力は私が貰い受けるわ。……今日はゆっくり休んで勉強は明日からにしましょう」
そう言ってリレンデルさんがヴィオラの方へ手をかざすと、うっすらと空間が揺らぎ、みるみるうちにヴィオラの髪の輝きが薄まっていった。
別におかしな事を言っている訳ではないし、そもそもエレナの友人なので悪い人ではないのだろうけれど、どうにも感情が読み取れず、不気味に感じる。僕が警戒し過ぎなだけだろうか。
§-§-§
「悪いね、なんの説明もしなくて驚いただろう」
リレンデルさんとの顔合わせが終わった後、部屋へ向かう道中エレナが言った。
「急を要する事でしたし仕方がないですよ」
「あいつも少し緊張していたのさ。私達以外の吸血鬼と会うのが初めてだからね。本当に自分達の敵じゃないのか見定めながら話していたんだろうさ」
言われてみればそうか。僕はヴィオラから話を聞いていたからエルフにあまり良い印象を持っていなかった。けれど相手は相手でこちらに良い印象を持てる訳がないのだ。エレナの知り合い兼、移住先の国の先住民族だから顔を立てていただけか。
「さて……この先が客間だ。部屋数はどうする? 五部屋居るかい?」
「三部屋で大丈夫です……良いよね?」
「ええ、問題ないわよ」
いつも通り、千里さんとジャックさんはヴィオラと共に過ごすようだ。その方が僕としても安心だ。
「この並びの部屋は全て空いてるから適当に使ってくれ。さて、じゃあ……虎とこー坊、ちょっと付き合ってくれるかい?」
「僕達二人だけですか?」
「不安なら全員でも構わないが、多分明日にでもリレンデルから同じ話を聞く事になるぞ?」
「私は大丈夫よ、部屋で少し休むわ。積もる話もあるでしょうしゆっくりしてきて」
一緒に居ると言った直後に別行動をするのは少し気が引けるけれど、本人が良いというのを無理に連れて行くのも違う気がする。なにかあれば千里さんとジャックさんが知らせてくれるだろうし、素直に僕と洋士の二人で行く事にした。
エレナは階段を上がり、建物の二階、とある部屋に僕達を招き入れた。
「さて……君達二人にもここのエルフについて知っておいてほしくてね。リレンデルには許可を取ったから聞いてほしいんだ」
エレナの言葉に僕と洋士は頷いた。
「ここに居るエルフは、皆自分の生まれた集落を追い出された者達ばかりだ。リレンデルの見た目はエルフの特徴が出ている、他の者達の大半は君達の連れ同様、人間そっくりの容姿をしている」
「つまりそれだけ多くのエルフの外見が変異していると……? ……人間とのハーフという可能性は……」
「いいや、皆れっきとしたエルフ同士の子供だ。先祖に人間が居たかどうかは分からないけどね。ただまあ恐らく、我々が原初の人々と呼ばれる者達の弱点を克服したように、彼らもまた生き抜く為に進化したのだろう。今ここに居る者達は、多分各々の集落で最初に進化した者達だ。リレンデルはそういうエルフ達を保護して、新たな集落を作った立役者でね。進化したエルフは根本的に身体の作りが違い、成人するまで絶対に魔法が使えないらしい。皮肉な事に、その事が既存集落の中で彼らの立場を悪くした要因なのだが……」
見た目が人間そっくりである事、そして魔法が使えなかった事。エルフの成人年齢が分からないけれど、ヴィオラから聞いた話と一致している。
「少し細かい話になるが、エルフは魔力を自分仕様に変換する必要がある。今までのエルフは産まれた時から体内に魔力を作る為の器官が存在し、それによって魔法を使えた。ところが進化エルフは百歳以降に初めてその器官が体内に出来上がる。だから頑張って魔力を吸収したところで、魔法は絶対に使えないのさ」
ここに来るまでにヴィオラが言っていた、名前の由来。つまりヴィオラは相当な努力をして魔力を吸収したけれど、どうあがいても魔法は使えず、自衛本能が吸収した魔力を髪の毛から放出していた。……だから髪の毛が紫に光っていた事がある? 彼女は魔法の練習を四百年ぶりに再開したと言っていたし、それは成人前のはずだ、辻褄が合う。
「大体分かりました。けど、そもそもどうして進化したのでしょう? 原初の人々にとって弱点が多すぎるというのは死活問題だったでしょうけど、エルフの生態に弱点があったとは思えませんが……」
「さあ、進化したと言うのも推測に過ぎない。だけどまあ、時代背景を考えれば納得がいく。人間が起こした戦争によって、森の安全が脅かされていた時代だ。それに魔女狩りなんてのも横行していた。見た目からして違う彼らは見つかれば終わり。その不安を母親の胎内で感じ取った赤ん坊が、見た目から少しずつ進化していったんじゃないかと思うがな。リレンデルは見た目こそエルフらしいが、魔法が使えないのは皆と同じ。だから捨てられたんだよ」
「魔法が使えないのは身を守るという意味では致命的な気がしますが……ああ、でも人間に溶け込むという意味ではその方が好都合なのか……、赤ん坊がうっかり魔法を使ったら困るし。なかなか思うようにいかないものですね」
「まあ、エルフに関して知っておいてほしい事はこれくらいだ。それでだ……こっからが本題なんだが。虎、魔法を習ってみないか」
「え、僕!? いやいや、僕達吸血鬼に魔力を作る為の器官? なんてないですよね」
「まあそうだがな。実はリレンデルと研究して、一つ分かった事がある。エルフは体内の魔力を使って魔法を使うが、原初の人々は周囲の魔力をそのまま利用して魔法を使っているらしい。我々は彼らと敵対する中でその方法の大半を失ってしまったようだが……例えば瞳の色を変える魔法なんかは今も使っているだろう?」
「あれって魔法だったんですね……」
確かに妖術のようだとは前々から思っていたけれど。魔法……魔法かあ。
「別に原初の人々のように蝙蝠や狼になれとは言わないが、あいつらの逃亡を阻止するという意味で、理論を学んで対策を立てるのは悪くないと思ってね。私も今学んでいるんだが、才能がないのか、或いは私の能力が邪魔をしているのか……これがなかなか上手くいかなくてね。今居る仲間達も全然芽が出ないし、十中八九特殊能力のせいな気がするが、確信を持つ為にも検証してほしいんだよ」
「そういう事なら勿論良いですけど……エルフとは全然違うんですよね? どうやって習うんですか?」
「基礎的な理論をエルフ達が、原初の人々の魔法については我々が教える。あとはどうにか頑張って対抗策を編みだしてくれ」
要するに丸投げな訳ですね……。青森では危ない戦い方をしてしまったし、備える事が出来るのであれば大歓迎だけど。
「どうして俺じゃないんだ」と洋士。まあ絶対反対するだろうなあとは思った。
「適材適所と言うじゃないか。戦闘面で虎に頼るのは間違っちゃいないだろう? 別にこー坊も学んで損はないが……」
「頭脳戦は洋士の方が得意だから、対抗策を編み出すのは洋士に任せても良い? 僕はそれを再現する感じで。それに僕にはエレナの封印がかけられているし、念の為洋士も学んだ方が良いかもね」
「それもそうだな。じゃあ明日からは二人とも、頼むよ。今日は歓迎会だ、楽しみにしておくれ」
すごく間 空いちゃいました……。
仕事の関係で暫くこんな感じかもしれないです。
感想は全部目通してますよ!!!!いつもありがとうございます。