189.イヴェッタ・ドルフィニア
「あのー、どうかしましたか?」
「ん? あ、貴方は! ……かの高名な救国の英雄、蓮華様ではないですか!」
そういう事を大きな声で叫ばれると恥ずかしいのでやめていただきたいですね。
「そういうのは間に合ってるので大丈夫です。ところで、なにかあったんですか?」
「いえ、蓮華様の手を煩わせるような事では」
え、なに? 救国の英雄とやらになったら話一つ聞けなくなるんですか……? それは地味に困りますね。
「そこの露店の店主さんは知らぬ仲ではないので気になるんです」
適当な事を言ってなんとか話を聞けないかとごねてみた。ま、まあ「プレイヤー同士」という事は分かっているんだから、知らぬ仲ではないよね、うん。それにほら、店主さん自体が困った顔をしているんだし。
「そこまでおっしゃるなら……。この青年が無許可で露店を出していたので注意をしていたんですよ。どうやらこの国に来てから日が浅いのか、システムを理解していないようで。ところが話も聞かずに眠りこける始末……どうしたものかと」
露店を開く為にクランに加入する必要があるどころか、安全地帯で睡眠を取らないとデバフが発生して強制的にその場で眠り出す事も知らない……なるほど、完全に初心者ですね。
「僕の知り合いですから、僕から説明しておきます。それとも罰則がありますか?」
「いいえ、初犯ですから厳重注意だけです。では、お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします!」
そう言ってビシッと頭を下げつつ、少しほっとした表情で去って行く見回りの人達。
「あ、ありがとうございます……?」
そう言いながらも、まだ事情が飲み込めていないらしい男性プレイヤー。
「知り合いだなんて言ってすみません。話を聞いている限り、初心者さんのようだったので……」
「やっぱり分かりますか? 知人に勧められて始めたは良いものの、ゲームなんて今まで一度もやった事がないもんで。さっきの人達の話も、無許可が駄目だって事は分かったんですけどじゃあどこで許可を取るのっていうのが分かんなくて……折角説明してくれてるのに勝手に寝始めるし、焦っちゃいました」
「ああ、なるほど。えっと、まずクランっていうものがあってですね――……」
そこからは、とりあえず先日ダニエルさんから聞いた事の受け売り。僕が間違った事を言いそうになったり、説明が足りなかった所は視聴者さんが適宜コメント欄で指摘してくれたので、間違いのない情報を分かりやすく伝えられた筈。
「って感じなんです。あと、急にその場で寝てしまう現象は――……」
「なるほど! 要は組合みたいな所に加入する必要がある、と。あとゲーム内でもちゃんと睡眠をとる必要があるんですね。ようやくチュートリアル? とやらの意味が分かりました。読む前に画面を閉じちゃったり、読んでも意味が分からなかったりで」
「でも露店は開けたんですよね?」
「現実とやってる事そこまで変わらないですから。木材加工して家具を作って並べてしまえば良いだけなんで」
「露店にこだわらないなら、オークションって言うシステムもありますよ?」
「でもそれ、ネットオークションと似たような物なんですよね? やっぱり家具は直接目で見て触って悩んでほしいんで……」
それもそうだよねえ……。
「じゃあ、うちのクランに入るのはどうですか? 生産系のクランではないから切磋琢磨とかは難しいかもしれないけど」
「魅力的なお誘いですけど……少し自分で探してみます。さすがに『救国の英雄』なんて呼ばれる人は、きっと雲の上の存在だというのは僕でも分かるので……こんな初心者が居たら足を引っ張ってしまいますし」
いや、僕も初心者なんですけどね?? 視聴者さんの力を借りて一分の隙もない説明をしてしまったのがまずかっただろうか。でもここで無理強いするのもなんか違うもんなあ。
「そうですか、残念。えっと、今更ですが僕は蓮華って言います。エリュウの涙亭というレストランに住んでるので、なにかあったらいつでも来て下さい」
「あ、俺は柴田って言います。なにからなにまで親切にしてもらってすみません、ありがとうございました!」
≪柴田……w≫
≪おいおい、まさか本名じゃないよな≫
≪ま、まあ苗字だからセーフ≫
≪蓮華さんとどっこいどっこいの初心者だなあ≫≪蓮華さんがいかに成長したかが分かる≫
柴田さんとは別れを告げ、いよいよドルフィニア男爵の家へ。書いてくれた地図が非常に分かりにくくてどうしようかと思ったけど、他の建物に比べて大きく、立派な門構えの建物を見かけてピンときた。平民街にある貴族の邸宅だもんね、きっとこれだろうな……。
そういえば、どうやって訪問を伝えれば良いんだろう? 先触れ的な物は当然の事ながら出していないし、現代と違ってインターホンなんてないだろうし……。
『なにかご用でしょうか?』
門の前でうろうろとしていたら突然門柱から男性の声が聞こえてきたので、思わず身構えてしまった。びっくりした、え、誰? 人なんて居ないよね……? と改めて声のした柱をじっと見つめると、なにやらスピーカーのような物がついている。
「ええと、賃貸物件を探している者なんですが……、近くの食堂でこちらが良いと伺いまして」
『お名前をお伺いしても?』
「蓮華と言います」
『……少々お待ちください、主に確認をしてまいります』
果たして名前だけで通じたのかは分からないけれど、まさか自分から「救国の英雄」などと名乗る自信はない。大人しく待つとしよう。
数分後、自動的に門が開き、次いでスピーカーらしき部分から「お入りください」との声があった。なにからなにまで自動化……、一体どうなっているんだろう、この邸宅は。
正門では女性が扉を開けて待っていた。
「お待ちしておりました、救国の英雄、蓮華様。どうぞ、主の所までご案内いたします」
「う、はい……」
女性のあとをついていきながら、僕は違和感を感じていた。確かにこの辺りの建物に比べれば大きいとはいえ、建物の大きさに対して玄関ホールが広々とし過ぎではないだろうか? 一階は素通りで、二階へと上がる。異様に扉が多い。扉同士の間隔を考えると、どう考えても一畳か二畳程度しかない気が……。
そうして辿り着いたのは二階の、恐らく正面から見て左翼の一番奥の部屋。案内してくれた女性が扉をノックすると、中から「どうぞ」と女性の声が聞こえてきた。
案内してくれた女性は、僕が中に入った事を確認すると扉を閉めてそのまま出ていってしまった。取り次ぎとかはないんですね……。
挨拶をしようと改めて正面を向いても、この家の主人とご対面……する事はなく。どこに居るのかと探せば、積み上げられた書籍やら妖しげな鍋やら、散らばった書類やらに埋もれて、床に顔をこすりつける勢いで丸まっていた。え、「どうぞ」って言ったよね? この状態で言ったの? 本当に?
「すみません、今丁度良い所だったものでこのような体勢で失礼いたします。イヴェッタ・ドルフィニアと申します。なんでも家を借りたいとか……」
「はい。クランハウスとして使用出来る広めの家を探しています」
「なるほど、であれば確かにうちは色んな意味で丁度良いかもしれません……。食堂で詳しい話はお聞きになりましたか?」
「格安でお借りできる代わりにいくつか条件がある、と。『屋敷と貴方を守る事』だけは聞きました」
「なるほど。一番重要な部分ですね。その通り、私とこの邸宅を守っていただきたいのです、あらゆる敵から。残念ながら、具体的に誰が敵であるとは言えませんが。……と、もうすぐ終わるので暫しお待ちを」
そう言うと、素早く文字を書く音がひたすら聞こえてきた。この部屋と彼女の様子を見る限り、なんらかの研究者……、なんだろうなあ。というか、視聴者さんの反応的にどうも「錬金術」とやららしい。
「ふう……、お待たせしました。改めまして、イヴェッタ・ドルフィニアです。爵位は男爵、十七歳の錬金術師見習いです」
「蓮華です。冒険者ギルド所属の冒険者、ランクはDです」
「どうぞ、少し込み入った話になりますからおかけになってください。多分その辺りに椅子が……あった筈なので」
だいぶ適当な案内だなと思いつつ、確かに椅子があったので遠慮なく座る。この部屋も一応掃除されてますよね……? 不安になってきた。
「錬金術師レオヴィク・セルヴァリスを知っていますか?」
「いいえ、残念ながら全く……」
≪最後の錬金術師と呼ばれてる人じゃね≫
「そうですか。一応、ここ百年で唯一国に認められて子爵の位を賜った錬金術師で……私の叔父です。その叔父が、半年前に行方不明になりました。この邸宅は叔父の所有物ですが、この通り錬金術に関する資料が大量にあり慎重に扱わねばならない為、国王様に直々に陳情し既に私が相続しました」
イヴェッタ嬢の説明に、僕は頷いて続きを促す。
「王国法では失踪から二年経たねば死亡扱いとならず、財産は凍結します。屋敷と付随する錬金資料は特例で相続しましたが、爵位を含む他の全ては保留のまま。私は叔父の実子同然で育ててもらいましたが、養子手続きをしていません。とはいえ、この国では事実婚や事実子も相続者として認められますから、もし叔父が見つからぬまま二年経った場合、間違いなく財産は全て私が相続するでしょう」
ようやく話が見えてきた気がする。つまりは一種の相続争いの類いか。
「今現在確認出来ている敵は主に二派。財産と爵位を狙った親戚と、錬金術を憎む人々です。これらの者達から一年半守っていただけるのであれば、この屋敷の二階、この部屋以外を自由にお使いいただいて構いません」
「いくつか確認したい事があります。まず一つ目……、外観と中の広さが一致しない気がしますがこれも錬金術ですか?」
「ええ。この家を建てる際、叔父は錬金術ありきで設計しましたから。扉の数に驚いたでしょう? 部屋の空間は広げられても、部屋の数を増やすのは手間なので最初から数を確保した作りになっているんです」
「二つ目……、一年半と言いましたが、爵位はともかく錬金術を憎む人々はこの先もずっと狙ってくるのではないでしょうか。それと、もし賃貸契約を結んだとして、一年半経過後に我々はここを出て行かなければならないのでしょうか」
手狭になるか拠点を移すか。こちらから退居を申し出る事はありそうだけど、その前に家主に追い出されるのは少々面倒臭い。ゲーム内で一年半という事は、現実世界でおよそ五ヶ月半……あまりに短すぎる。
「おっしゃる通り錬金術を憎む人々は、私が死んで叔父の研究結果が失われるまで狙ってくるでしょう。ですがこの国の大半の人が錬金術に対してあまり良い感情を持っていません。なのでこれを条件にしてしまうと一生守ってもらう事になってしまいます。ですから財産を相続するまでの一年半を期限にしようかと。こちらとしては一年半経過後も、変わらずこの家を利用していただいても構いません。むしろその方がありがたいですし」
「何故錬金術は好かれていないんですか? この屋敷を見る限りでも、かなり便利な代物ですよね?」
「ええ、便利ですよね。……便利すぎるほどです。だからこそ、『神の権威を傷つける邪術』として、およそ三百年前に全面的に禁止され、当時の錬金術師は皆処刑されました。百年前に解禁になりましたが、三百年前の悲劇は語り継がれていますし、関わり合いになりたくないという者が大半だと思います。シヴェラ教の信者からしてみれば、相も変わらず憎むべき学問ですし」
ああ、なるほど……。でも、それなら似たような効力を持つロストテクノロジーだって憎むべき物の一つだよなあ。あちらは国宝扱いで、錬金術師は淘汰されるべき、と? なんだか納得がいかない。
「では最後に……二階部分を見せていただいても良いですか?」
条件を飲むにせよ飲まないにせよ、この屋敷がクランハウスとして使えなければ意味がない。
「勿論です。クランハウスとの事ですから、もし生産関係を行う方がいらっしゃるようでしたら外の小屋を使ってください。そちらも内部の空間は広いですから」
二階の扉は左翼十部屋、右翼十部屋の計二十部屋、中央の廊下が広々としていて、共有スペースのような使い方が出来そうだった。左翼にあるイヴェッタ嬢の研究室を除いても十九部屋と中央の共有スペースが自由に使える……とんでもない大豪邸だ。各部屋は八畳ほどの大きさになっていて、素材さえ用意すればイヴェッタ嬢が拡張してくれるとの事。まあその素材とやらが厄介らしいので、それが通常の賃貸物件に代わる制限事項なのだろう。
最後に見た外の小屋も、外観は本当に物置小屋のようでこじんまりとしていたけれど、中はびっくり、二十畳ほどはあった。必要な設備にもよるだろうけれど、これなら数人は大丈夫そうだ。
スクリーンショットやキャプチャも撮ったので、あとは他のメンバーの反応次第。じゃないや、肝心な事を忘れていた。
「家賃はおいくらですか?」
「私の研究費に充てたいので一金。と言いたい所ですが、本来はこちらが護衛費用をお支払いするべきですから八十銀まででしたら値下げ可能です」
≪交渉下手なNPCだなw≫
≪こんな言い方されて一金払う奴いるか?w≫
うちは知ってる限りでも大学生が三人居るし、一人一万は少し厳しそう。でも八千円と考えたら……なんとかなる、かな?
「持ち帰って検討します」
「はい、よろしくお願いいたします」
【告知:サブクエスト「イヴェッタ嬢」のクエスト情報が更新されました】
【Tips:正式に契約するまでは残り期限はカウントされません】
ほう。極端な話、半年後にクランハウス契約を結んだとしてもそこから一年半の護衛……という事かな。逆に考えれば、契約をするまでイヴェッタ嬢の生命が脅かされる心配はないって事……? まあ確証は持てないし、クランハウスがないと不便という意見は出ているので早いに越した事はないか。
週一更新みたいになっててすみません。





