表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

227/316

188.クランハウス探し

 とにもかくにも、まず真っ先にやるべき事は滞在先の厩舎の確認と、クランメンバーへの氷狼引き渡し。


 幸いにもエリュウの涙亭には食事をする人の為に簡易的な厩舎があって、雪風を置いて良いとの許可が出た。トラブルの際の抑止力としても丁度良いと大層喜ばれ、僕同様賃料は無料。本当になにからなにまで親切にしてもらって、頭が上がらない。


 ヴィオラが滞在している宿にも厩舎の空きはあったらしく、こちらも問題なし。残る氷狼集団については、ガンライズさん、ナナ、マッキーさんがログインしていたのでチャットで通達。えいりさんとオーレくんはログアウト中だった為、ヴィオラにメールを送ってもらいつつ、北門の門番さんにもう暫く預かっておいてほしい旨を伝えた。よし、任務完了。


「それじゃ、お休みなさい。ギルドへの報告まで出来たら良かったんだけど……」


 申し訳なさそうな顔のヴィオラ。


「気にしないで、明日にしよう。どうせ僕達はいっつも二階に呼ばれてそれなりの時間を拘束されるから……」


 彼女がログアウトをするのを見届け、クランハウスの候補を探す事にした。ギルド受付横の棚から、物件リストを一枚拝借する。


「即決は出来ないけど、とりあえず下見がてらスクリーンショットを撮れば皆に共有しやすいしね」


≪成長したなあ、蓮華くん……≫

≪スクリーンショットを撮るという発想が出てくるなんて……≫


「ぼ、僕だってそれなりに努力してるんだよ! さすがに王都イベントだー、依頼だーって、頻繁にスクリーンショットとかキャプチャを使ってたら嫌でも覚えるって」


 視聴者さんに冷やかされつつ、ギルドから近い順に候補物件の下見。現実だと一人でぶらぶら下見なんて出来ないけど、ここはファンタジーなゲーム世界。店の防犯装置を応用した技術を使用しているらしく、見学程度は一人で問題ないらしい。


「うーん……思ったより難しいな。十人、しかも生産系プレイヤーが居ない状況では分不相応な規模感か……、物件サイズは丁度良いけどこだわりが強すぎてやたらと高い物件か……」


 いくつか見て回ったけど、どれもこれも帯に短したすきに長しといった所。リストを見る限り大きくて高い物ばかりなので、もしかすると一人向けの小規模の物やそこそこの広さで賃料が安い物件から順に、既に他のクランが契約を結んでしまっているのかもしれない。


「宿の時も思ったけど、建物の総数が決まっていて早い者勝ちって……結構しんどいよね。インスタンスダンジョンなる物があるなら、建物についても同様の事が出来そうなのに」


 規模の割に賃料が高い物件の内覧をしながら、僕が思った事を呟くと、視聴者さんからは思わぬコメントが相次いだ。


≪まあねえ。でも多分、運営はわざとこういうシステムにしたんだよ≫

≪テレポートスクロールはゲーム内マネーでも買えるけど、課金してる奴が大半なんじゃないかな≫

≪資金回収って意味ではアバター同様主力商品だからなあ≫

≪あと、インスタンス化しちゃうと皆首都を拠点にしがちだから……≫

≪多分ばらけさせたいんだろ、活動拠点も≫

≪俺的には蓮華くんの意見に賛成だけどね≫


「なるほど、言われてみれば……。オルカの町の宿が埋まってたから急いで移動しなきゃって思ったんだった」


 そうじゃなきゃ、篠原さんとの約束に間に合うぎりぎりまでオルカの町でのんびり過ごしていたかもしれない。そしたら当然王都クエストには不参加だし、ヴィオラと会う事もなかった……。確かにこのシステムで良かったのかもしれない。


≪まあでも、宿でも何でもないエリュウの涙亭に住んでるし、クランハウスも似たようなパターンありそう≫

≪だとしたら面白いなwww≫


「あー、そうか。拠点は自分達で用意しろって言われたんだった。このリストはあくまでギルドが選んだクラン向き物件であって、他にも物件は山ほどある……?」


 リストは楽をしたいプレイヤー向けで、自分で探せばもっと条件に合う物件がたくさんあるのか。なんなら視聴者さんが言うように、エリュウの涙亭同様、賃貸物件外でも交渉次第ではどうにかなるのかも……。


「なるほど、うん。良い物件と出会うには、王都中を歩き回る必要がありそうだ」


 最初に探すべきは……やっぱり貧民街かな。周辺の治安は悪いかもしれないけど、賃料は格段に安そうだし。


 方針も決まったので貧民街へと歩を進める。タイミング良く孤児院近くの歩道でミルコ少年に出会ったので、どこかおすすめの建物がないか聞いてみた。


「んー、あるにはあるよ。僕らの家のとなりとか。でも、この辺のたてものは壁がうすいから……クラン向きではないかも」


「壁が薄い……話し声が筒抜けなの?」


 僕の質問にこくりと頷くミルコ。なんという事でしょう、どうやら物件の規模と家賃だけではなく、作りも気にしなければならないようです。


「うーん、そうすると多少高くてももっと上の方で探さないといけないって事かなあ……。一人で暮らす分にはこの辺でも良いのかもしれないけど……」


≪そうか、宿じゃなくても家借りるって手があったか……≫

≪俺貧民街に引っ越そうかな≫


 ミルコにお礼を言って今度はもう少し上の方、噴水広場の近くで探す事に。といっても、少年に聞いた限りでは、普通は賃貸物件に張り紙が出ている訳ではないらしい。つまり闇雲に歩いた所で意味はなく、誰かに聞かなければならない。


「仕方がない、食堂で情報収集でもしますか……」


 目の前の食堂から漏れ出る匂いに釣られたというのもある。それにしても、自分達で物件を探すのは思ったより面倒臭いみたい。だから皆ギルド推奨の建物から選ぶのか、納得。


「いらっしゃい!」


 威勢の良い店員さんに迎えられ、僕とアインは店舗中央の空いてるテーブル席に案内された。最近はエリュウの涙亭でばかり食事をしていたから忘れていたけれど、向けられる視線の数が凄い。そうか、アインを連れているからか……。


「おい、あれって……」


「ああ、救国の英雄じゃないか?」


「だったらよ、イヴェッタちゃんの事について相談するのはどうだ? 条件にはぴったりだろ」


「まあ確かに救国の英雄なら名声もあるし……だが、急に言われたって困るだろ」


「だよなあ……」


 メニューを確認していると、なにやら興味深い話が聞こえてきた。へえ、救国の英雄……そんな凄そうな人がこの店に来ているのか。


「あ、すみませーん。えーと、この……ゴブリンパン……?って言うのと、ワイバモドキの串焼きください」


 エリュウの涙亭と違って、やたらとファンタジー色が強いメニューが並んでいる。ふむ……もしかしてあっちはプレイヤー向けを想定して馴染みのある料理だったのかな。それにしてもゴブリンパンってなんだろう。多分きっと創作物の中でスライムに次いで登場率が高いゴブリンの事だと思うけど……肉じゃなくてパン……?


 ドキドキしながら待っていると、ほんの三十秒ほどで出てきた。どの店もやっぱり早いらしい。


 出てきたのは細長い深緑色のパン。なるほど、ゴブリンの体の色を表してるのかな……。縦に半分に切ったパンの中にもぎっしり具が詰まっていて、名前はさておき美味しそうだ。


「いただきまーす。……美味しい! 名前が名前だけにドキドキしたけどこれは予想外!」


「そう言ってもらえると嬉しいね! ゴブリンパンはうちの名物なんだ」


「そうなんですね! あ、ところで……この辺りで、クランハウスに出来るくらい広さがあって、価格が安めの貸し物件とか知ってたら教えてほしいんですが」


 運良く店員さんの方から話しかけてくれたので、このチャンスを逃すまいと僕がそう口にした瞬間、場が湧いた。え、なに?怖い。


「おお! それは丁度良い! このすぐ近くにイヴェッタ・ドルフィニアという男爵が住んでる。いくつか条件はあるが、それさえ飲めれば格安で広々とした屋敷に住める。話を聞いてみたらどうだろう」


「おい、正気か!? いくら救国の英雄と言っても若い男性じゃないか。それをイヴェッタちゃんの屋敷に住まわせるなんて……」


「だがそれが彼女の望みなんだから、我々がどうこう言う事でもないだろう?」


 ……ん? んん? なにやら聞き捨てならない単語が聞こえてきたぞ……。まさか救国の英雄が僕だなんて事はないだろうな。


「あの、救国の英雄って……誰の事ですか?」


「ん? 知らないのかい? 救国の英雄と言えば、アンデッドを撃退し、教会の悪事を暴いた立役者、冒険者の蓮華さんとヴィオラさんの事だよ。その珍しい装いと、テイムしてるスケルトン……あんたが蓮華さんだろ?」


「そうですけど……え、僕達そんな凄そうな名前で呼ばれてるんですか? なんか恥ずかしいな……」


≪救国のwww英雄www≫

≪二つ名ついたのねw≫

≪いいなあ、かっこいいなあ≫


「話は戻るが。イヴェッタ嬢がな、困ってるんだ。俺達の口から詳しい事は言えないが……まあ、住み込みで彼女と彼女の屋敷を守ってくれる強い人を探してる。だが、イヴェッタ嬢は未婚の若い女性、それも男爵だ。堂々と男性を屋敷に住まわせるのはまずい……と俺達は思う。だがあんたほどの名声があれば、不名誉な噂にはならんと思う。クランハウスとしての利用であれば特にな。だからもし興味があるなら、詳しい話を聞きに行ってくれないか?」


「「頼む!」」


 まあ、大きくて安い屋敷に住めるのであれば都合が良い。なにやら面倒な状況になった気もしないけれど、最悪断れば良いだけだし、話を聞きに行くくらい別に良いか。


「分かりました。えっと……どこへ行けばイヴェッタ嬢に会えますか?」


【告知:サブクエスト「イヴェッタ嬢」を受領しました】

【ヘルプに「特別クエスト」が追加されました】


 握手を求められたり話を聞かれたり……とにかく居づらくなってしまったので、イヴェッタ嬢の屋敷への地図を貰ってすぐに食堂を後にした。今度ここに来る時は変装をしないと駄目かなあ。


「えーと、『特別クエスト』とは……特別な条件を満たす場合に発生するクエストです。一例として名声や好感度、外見や武器などがあります。なるほど? 今回は二つ名が出来るほどの名声の高さ……が条件かな」


≪やっぱり名声とか好感度って存在したんだなあ≫

≪目に見えないのが厄介だよな≫

≪逆に誰かからの好感度マイナスで発生とかもありそうだな≫

≪特別クエストでも表記上はサブクエストなのか≫


 本当だ、確かにクエスト一覧を見る限り「サブクエスト:イヴェッタ嬢」になってる……。今回は初めての特別クエストだからヘルプ追加の告知で気付けただけで、今後はそのクエストに条件があるのかないのかは一切分からないって事か。


「さてじゃあ、地図を頼りにイヴェッタ嬢の元へ行くとして……噴水広場を突っ切るのが早いな」


 噴水広場も、最近では露店やパフォーマンスが増えて賑わっているけど、今は現実時間が夜中という事もあって割と静かだ。近道をするのに丁度良い。


「お……五人も客が居るなんて随分と繁盛しているんだなあ」


 人だかりが出来ている露店が目についたので、なんとなく観察してみた。おや、よくよく見れば五人全員NPC。プレイヤーメイド品をNPCが買う事もあるとは聞いていたけど、ここまで興味を持たれるのか。うーん、なにを売ってるのか気になるし、ちょっと覗いていこうかな。


「だから、……がない人は――」


 興味本位で近寄ってみると、なにやら様子がおかしい事に気が付いた。露店の主であるプレイヤーも困り顔で応対している。ふむ? もしかして客じゃないのかな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2024年4月20日2巻発売!

吸血鬼作家、VRMMORPGをプレイする。2巻

二巻表紙


1巻はこちら

― 新着の感想 ―
[一言] なんということでしょう 本人が知らないところで二つ名が(°∆°;) 聞かれても「そうです」って言いづらい><
[一言] 更新感謝ぁ…!! 吸血鬼作家を読まないと絶望する体になってしまった…
[一言] 更新有難う御座います。 蓮華さんも慣れてきたな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ