187.王都帰還
あんな話を聞いたあとに何事もなかったかのように雑談が出来るかというと、なかなか難しい。
それでもなんとかゲームの話で会話は続いたし、ガンライズさんはナナと連絡先の交換をする事に成功していた。まあ僕達全員交換したので特別感はないかもしれないけれど、本人的には満足のいく結果のようだ。
あと僕は僕で、ガンライズさんの件でライカンスロープの人達に何度も何度も頭を下げられた。最終的に僕が怪我させてしまったんだから、あんまりお礼を言われても本当に困るんだけどなあ……。
「さて、じゃあそろそろお開きにするぞ。今日は皆、急な事なのに、父さんとの同居記念パーティーに参加してくれて感謝する」
「もう、恥ずかしいから何度も連呼しないでって!」
「そうは言ってもそれ以外の理由はないからな……。締めの挨拶は必要だろう?」
「まあまあ、蓮華さん。洋士さんがどれだけこの日を楽しみにしていた事か。息子の為だと思って、ね?」
「親孝行ならぬ息子孝行か、面白いな!」
「貴方がたも存外愉快だって事が分かって、我々としては楽しい会でしたよ。それにうちの若いのを助けてくださったお礼も言えた事ですし」
まあ確かに、ライカンスロープの人達と交流出来たという意味ではこの場はとても有意義だった。多少の事は目を瞑るべきか……。
「それでは改めて、僕からも。本日はありがとうございました」
「ああそうだ、ささやかながら土産も用意してる。帰る時に出口で受け取ってくれ。それじゃ、堅苦しいのは抜きで、一丁締めで終わらせるとするか」
皆が一丁締めの体勢になったのを確認し、洋士が声をあげる。
「それでは皆様、お手を拝借! いよぉー」
パンッ!
それを合図に、別れの挨拶を交わして会場を後にする人達。ほぼ全員が出た所で、僕はそっと息を吐いた。
「お疲れ。今日の今日にしては土産まで用意して……随分としっかりした催しだったね。驚いたよ」
「部下が頑張ってくれたようだ。土産物はるながな」
「へえ、ヴィオ……あー、るなが選んだんだ。なににしたの?」
「二日酔いに効く食べ物と飲み物のセット」
「なるほど、それはきっと喜ばれるね」
皆だいぶ飲んでたし。それにしても部下か……パーティーの趣旨は伝えずに準備だけを依頼したと信じたい……。そうじゃなきゃ僕は、今後その人達とどんな顔をして会えば良いのか分からない。
「さて? 片付けって……」
「宴会料金に込みだ。ホテルのスタッフが片付けてくれる」
「あ、そうなんだ。って事は僕達も帰っても良いって事?」
「ああ、そうなるな」
「じゃあガンライズさん、陸さん、今日は本当にありがとう! 降って湧いたようなオフ会だったけど、とっても楽しかった」
「また四人で会えると良いわね」
「だな」
「はい、また今度会いましょう」
ナナも笑顔で前向きな返答を返してくれた事に一安心して、その場は解散となった。ガンライズさんはご両親と、ナナは洋士の部下だという女性と一緒に帰るようだ。僕達は来た時同様、洋士の車だ。
千里さんとジャックさんは、僕と洋士の胸ポケットで眠っている。人間サイズで食べれるだけ食べた結果、満腹で眠くなってしまったからだ。
「さて、じゃあこの後は……家に帰ってGoWにログインして王都へ帰還? 多分もうそろそろ二十四時間経過した頃合いだよね」
「そうね、昨日は私が寝る時間少し手前位の時間だったから……そろそろね」
「あ、でもどうする? 多分ホワイトブレイズキャッスルにも教会はあるよね? 今日はもう寝て、明日見て回ってから帰るって手も」
「帰りに寄るとも限らなかったから、アイシクルピークへ行く前に教会は行っといたわよ」
「さすがヴィ……るな。じゃあ、本当に王都に戻れば良いだけか」
「私の名前はヴィルナじゃないわよ」
笑ってるけど目が笑ってないです、ヴィオラさん。
「ごめん……、もう少ししたら多分慣れるから」
とはいえ、そのうちゲーム内で本名呼んじゃいそうで怖いなあ……。
§-§-§
「と言う訳でこんばんは」
≪なにが「と言う訳」なのか≫
≪今日はデートだったんすか≫
≪示し合わせたように二人とも居なくなるーw≫
「あら、ずっと一緒に居たわけじゃないわよ?」
「そうだね、僕は今日一日殆ど体調不良で寝込んでたから」
≪え、それなのにログインして大丈夫なの≫
「クールタイムは過ぎた筈だから、王都に戻ろうと思って。二十四時間は長いからね……早めに移動した方が良いかなと」
≪教会は?行った?≫
≪前の配信でヴィオラちゃんが行ってた気がする≫
「アイシクルピーク行く前に確認したから大丈夫よ」
「そういえば、教会の雰囲気ってどうだったの? ほら、ここの人達は防壁の作り方を教えてくれた神様を信仰してるみたいだし……それが女神シヴェラだと思ってるなら良いけど、別の神様だと思ってるなら絶対相容れないよね」
「信仰はともかく、治療に関しては差別とかはなさそうだったし、法外な値段って事もなかったわね。……って、その情報いつ知ったの?」
「ん? あれ? ……あ、そうか。昨日ヴィオラが寝たあとに聞いた話だった。なんだかずっと寝てたからか随分遠い昔のような感じがして……」
「まあ良いけど。私も蓮華くんみたいにショートスリーパーになりたいわ」
「いやあ、それは……結構時間を持て余すから良い事ばかりじゃないよ?」
なんて雑談を交わしながら、受付でチェックアウト手続きを行い、雪風達の引き取りの為に店員さんと一緒に厩舎まで向かう。
と、厩舎の外に誰かがいて、イゼスに対して話しかけている。見覚えのあるシルエットはもしや……。
「あれえ? もしかしてやっぱり彼女を紹介してくれる気になったの!?」
「なりません! 王都に戻るだけです!」
「ちょ、ちょっとどうしたの蓮華くん? 声を荒げるなんて珍しいわね」
突然の僕の大音声にヴィオラがびっくりしている。先日あれだけはっきり断ったのに、また接触してくるとは思わなかった。まあ、今日はヴィオラも居るのでもう対応は彼女に任せよう。
「聞いてくださいよお! 僕この前この人と一緒に飲んで、この土地の由来とか色々教えてあげたのに、お礼に美しい女性……貴方の事を紹介してくださいって言ったら速攻で断られたんですよ、信じられますか? ただ働きですよ、ただ働き!」
それにしても、今日も今日とて既に出来上がっている様子の男性。もしかして年中酔っ払っているのでは? 「身体は大丈夫なのだろうか」とNPC相手に要らぬ心配をしてしまう。
「そりゃ僕の一存で勝手に紹介するなんて決めれませんし、貴方いつもべろんべろんに酔っ払ってるじゃないですか……そんな人は信用出来ませんよ」
「蓮華くん……心配してくれるのはありがたいけど、なにかのクエストだったらどうしてくれるの」
≪言ったw≫
≪予想通りで草≫
「うっ……いやまあ、ここで再会するって事はそうなのかなって僕も思い始めている所だけどさ……」
「お姉さん恋人いますか? やっぱりこの人と付き合ってるんですか? もし良かったらあ、僕と付き合いませんか?」
「いやよ」
「お断りします」
「だから、なんで蓮華くんも答えるのよ」
「いやー、はは、ついうっかり。でも良いの? クエストだと思うなら付き合う方が良いんじゃ……」
「それとこれとは別。たとえクエストだとしても年中出来上がってる人はお断りよ」
あ、意外としっかりした判断基準があって良かった。
「まあそう言われちゃうとねえ、仕方がないかあ。えっと……じゃあこの子とも会えるのはこれが最後かあ、残念。またいつか遊びにきてね」
「また機会があれば。……余計なお世話かもしれませんが、お酒はほどほどにした方が良いですよ」
「……忠告ありがとう、でもこれが一番楽なんだよ」
妙な言い回しに後ろを振り向いたけど、彼はもう僕達に背を向けてどこかの建物の影へと入っていく所で、聞き返すタイミングを完全に逸してしまった。
「……なんだか随分と強烈な人だったな。特にクエストは発生しなかったけど」
「もしかしたら前提条件があるのかもしれないわね。もしくは女性限定で、あの人と付き合えばなにか進行するのかしら……」
「だとしたら一生縁がなさそうなクエストだ」
「はあ……許してやってくれ、ある時からずっとあんな感じなんだ、詳しくは言えないが。……それで、もし……、音の鳴らない笛をどこかで見つけたら、持ってきてくれると嬉しい」
「失くしたんですか?」
「いや、売ってしまったんだよ。……下手をすればこの国にあるのかも怪しいし、音が鳴らないからと捨てられている可能性もあるが。気にかける程度で良いから頼む」
「絶対とは言えませんが、覚えておきますね」
宿屋のお兄さんに口約束とお礼を言ってから僕達はその場を後にした。きっと笛があの酔っ払いの男性とのクエストを発生させる前提条件なのだろう。それにしても鳴らない笛とは……、少し興味深い。
「さて……町中で消えて騒ぎになったら面倒だし、門の外からテレポートしようか」
「ええ、そうね」
色んな意味でお世話になった門番の人達にも挨拶をして、僕達はホワイトブレイズキャッスルを出て少し歩いた所で王都を指定し、テレポート機能を使用した。転送させるメンバーは、既にアイシクルピークの時と同じ分け方で選択されていた。親切仕様だ。
OKボタンに触れた後は、前回同様視界がぐにゃりと歪んで王都に移動完了。どうやら転送先は必ず門の前らしい。これも制限のうちの一つなのだろうか。
「あー、懐かしき王都……と言っても北門はそんなに頻繁に出入りしてないから馴染み深くはないな」
見た目は東門そっくりだけど、周囲の雰囲気が若干違うからだろうか。とはいえどうやら勤務場所は門毎ではないらしく、門番さんには見覚えがあった。
「誰かと思えば、いつぞやのスケルトン青年か」
「その言い方だと僕がスケルトンになってしまうんですが」
「はっはっは、悪いな。長い事門番をやっているが、スケルトンの腕を武器代わりにしてた人物は君が初めてだったんでな、いやに印象に残ってるんだ。それにしても随分……大所帯になったな」
「そうですね。まあ色々あって……ところで、この子達って一緒に入れそうですか?」
「さてなあ……厩舎が決まってるなら良いが、そうじゃないなら一旦ここの厩舎で預かるか。本来は商人向けの騎乗動物用エリアだからあまり長くは使わせられないが」
「あ、そうですね。そうしていただけますか? お世話になっている所に厩舎があったかどうか定かじゃないので確認してまた来ます」
「おお、そうしてくれ。厩舎に入れたら門を通って良いぞ」
随分とあっさり入れてしまったけど、良いのだろうか? まあプレイヤーだし良いのか。さて、懐かしの王都……やるべき事がたくさんあるな。