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186.ナナの過去

 ナナが語った内容は大まかにこうだ。


 幼少期から、極たまに夢を見た。まだ小さい子供の話し相手というのは、兄弟が居ない限りは両親が主になる。それで、ナナは夢の話を両親に語って聞かせた。最初こそ「面白い夢だ」とか「怖い夢ね」と笑いながら聞いていた両親も、一つ、また一つと夢の内容が現実になってからは、徐々に口数が減った。


 ただ、それは全てもう少しあとになってから気付いた事だ。まだ小さかったナナは、直接「夢の話をしてはいけない」と言われた訳でもなかったので、一方的に報告し続けていた。ところが、それから暫くして、父と顔を合わせる回数が段々と減った。


「父は私を気味悪がって、家に寄りつかなくなったんです」


 でも、それに気付かずあの頃は夢の内容を話していた。もしかすると、無意識に自分の中でもその夢が重要な物であると気付いていて、どうにかしたくて両親に訴える為に話していたのかもしれない。でも、両親は気味悪がるだけで行動に移してはくれなかった。


 だからナナは、段々と夢の内容を両親に語る事をやめた。ただ、なんとなく忘れてはいけない気がして、ノートにだけは書き連ねていった。


 ある日見た夢に、ナナの父に良く似た男性が出てきた。その男性は、母ではない見知らぬ女性と車に乗っていた。そしてその車がカーブを曲がりきれず、崖下へと落ちる夢だった。


「私はその夢を、母に言わなかったんです。……その夢は暫く後、現実となってしまいました。私のせいで家に寄りつかなくなった父は、職場の女性と不倫関係になっていて。それである日、父はその女性とドライブに行って、夢の通りの事故に遭って……」


 二人とも亡くなった。更に悪い事に相手の女性には旦那さんが居て、ナナの母親は慰謝料を要求されてしまった。車を運転していたのはナナの父だから、と。


 当時の事はまだ小さかったナナはその辺りの事は詳しくは分からなかった。慰謝料については自動車保険で賄えたのかもしれない。けれど赤ん坊だった妹と、もうすぐ小学生といった幼いナナを女手一つで育てたのだから、どちらにせよ並大抵の事ではなかったのではないか、と語った。


 慰謝料を要求された時、実は相手の旦那はナナの母にこうも言っていた。「俺と結婚すれば慰謝料の要求は取り下げてやる」。相手にも子供が居たらしい。要するに多分、代わりに子育てしてくれる人を求めていたのだと思う。最初に慰謝料という絶望を味あわせ、次に結婚を申し込めば要求を飲むと考えたのかもしれない。


 ただ、それについてはナナの母親はきっぱり断っていた筈だ、とナナは言う。事実、ナナの母は今も独り身だ。


 だから、とナナは続けた。


「疲れてどうしようもなくなった時、母は言うんです。『全部お前のせいだ』、と。多分どこかのタイミングで私のノートの内容を見たのでしょう、『どうして言わなかったのか』とも言っていました。……私も母の言う通りだと思っています。それなのに私を捨てずに育ててくれた。だから私は納得した上でお金を渡しているんです。無理に働いたせいか、母は身体を壊してしまって今は働けないですし……」


 それ以来、ナナは極力夢の内容を口にせず、ノートに書く事もやめた。でも、一度起こってしまったことはもう元に戻らない。だから全て、自分のせいだと語った。ナナが夢の話をしなければ父親は浮気もせず、今も四人で幸せに暮らしていたかもしれない。或いは、事故の夢を母親に話していれば……。


 全ての話を聞き終わり、暫しの沈黙が空間を支配した。けど、やっぱり僕は納得がいかなかった。


「……陸さんの言いたい事は分かるけど、僕は間違ってると思う」


「ああ、俺もだ」


「俺も間違ってると思う」


「私もよ」


「どうして……? どこが間違ってるんですか? 私が母と妹から父を奪ってしまったんです。私が悪いのは間違いないです」


「一番怖いのはそんな夢を見続ける陸さん、貴方だ。それを気味が悪いから家に寄りつかなくなる? 挙句に浮気? 百パーセントお父さんが悪い。もしも夢の話をされるのが嫌だったのなら、ご両親は陸さんに対して、はっきりと言うべきだった。もしくは陸さんを手放す提案をするとか、お母さんと離婚するとか。それもしないで逃げて、離婚する訳でもなく浮気をして残された家族に迷惑をかけた。それに、お母さんも大変だったのは分かるけど、絶対に子供に言ってはいけない言葉を吐いて、今も縛り付けている。相手の男にいたっては最悪だ。浮気したのは自分の奥さんの意思なのに、脅迫じみた事をして。ふざけるなという話だよ」


「父さんの言う通りだ。運転手が君の父なら、配偶者の死亡に対する慰謝料は妥当かもしれないが、それは普通保険で賄える筈だ。金銭的に余程苦労したというのなら、多分不倫に対する慰謝料だなんだと色々請求してたんだろう。なんとしても結婚の提案を飲ませる為にな。それを断ったのは立派かもしれないが、もしも本当に君を許せなかったのなら、それこそ施設に預ければ良かったんだ。それをずっと呪詛のような言葉を吐いて自分達の近くに縛り付けて……過去を理由に君という都合の良い金づるを離したくないだけとしか思えない」


「小難しい事は分かんないけど、俺なら絶対にその男もお母さんもぶっ飛ばしてる」


「妹も居るし、お金を家に入れるのは分かるけど……家と会社の往復以外一切認めないなんて、私ならとっくに投げ出して、行方をくらましてる自信があるわ。逃げずに頑張ってるなんて、凄いのね、陸」


 皆から一斉に母親を否定されて……、でも自分の事は褒められて。どう反応すれば良いのか分からないといった表情で呆然としている。


「まあ、事情は分かった。家族に対する罪悪感からすぐには離れる決断が出来ないと言うなら、それも仕方がない。だが、君はもう少し視野を広げてみるべきだ。そういう意味ではGoWは丁度良いだろう。副業とやらの金は俺が払う。なんならもっと額を増やすから、暫くじっくり遊んで、色んな人と交流してみると良い」


「水原さんにそこまでしていただく理由は……」


「いや、俺は君の能力を高く買っている。部下になるにせよならないにせよ、君が伸び伸びと実力を発揮出来る環境を整える位は協力したい」


 洋士ったら、普段は全く他人に興味ないくせにやけに陸さんに対して積極的だなあ……。そう思って、ふと怖い事を想像してしまった。一応確認しておかないと。


「念の為聞くけど、その能力って夢の件じゃないよね?」


「いいや、そっちじゃない。記憶力と……把握能力とでも言えば良いか? とにかく秘書にぴったりなんだよ。だからって強制するつもりはない。それじゃ陸を閉じ込めている檻が、家族から俺に変わるだけだからな。なんの解決にもならない。俺は、陸……君自身に、自分の人生を決める権限を取り戻してほしいだけだ」


「私の人生の決定権……」


 依然として呆然としたままだけど、洋士の言いたい事は伝わったようで、噛みしめるように呟いている。しかし夢という特殊能力じゃなく、普通の能力で興味を示すとは……ナナはよっぽど優秀なんだな。


 「ナナ」としての彼女は、シーフになりたいとか、節分やバレンタインイベントに参加せずにアキノさんから色々教わりたいとか、僕が知る限りでもそれなりに自分の意思をしっかりと表明出来ている。このまま行けば現実世界で家族に対して意思表明を出来る日もそう遠くないかも。多分、洋士もそれを知っているからそう言ったんだろうな。


「さて、じゃあ暗い話はここまでだ。今日は祝いの席なんだから、もっと楽しめ」


 そう言って洋士はまたどこかへ消えていった。ああ、今日は祝いだったね……そう、「僕と洋士の同居祝い」とかいう恥ずかしい名目だったんだ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何年になるのかな? お父さんが無くなった日から、ひとりで母親がナナを自力で育てたのは ナナのお金に寄りかからずに子育てをしたのは 妹も、ナナと離れてても五歳だよね それな…
[良い点] 恥ずかしい名目のお祝いwww
[一言] 更新有り難う御座います。 う~ん? 母親が……ねぇ?
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