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184.同居祝い

「時子……」


 エレナが意図的に封じたとはいえ、どうしてこんなに大切な事を今まで忘れていられたのだろうか。


 最近はもうすっかり見慣れてしまったマンションの天井の模様を見つめながら、まるで九百年分を取り戻すかの勢いで流れる涙を僕は止める事もなく流れるままに任せておいた。


「おい、大丈夫か!? どこか傷むのか!?」


 僕の目覚めにいち早く気付いた洋士が部屋へ入ってくるなり、泣いている僕の姿を見てぎょっとした様子で駆け寄ってくる。


 そんな洋士の姿を眺めながら、ようやく現代に戻って来たのだと実感していた。時子との別れの記憶があまりにも鮮明すぎて、実はこちらの方が夢幻だったのではないかと錯覚しそうになっていたのだ。


「大丈夫。昔の事を少し思い出しただけだよ」


 洋士が安心出来るように、僕は未だにこぼれ続けている涙を袖口で拭いながら答える。


「……目覚めて早々で悪いが……一応パーティーの準備は整っているんだ。……どうする?」


 おずおずと聞いてくる洋士に、僕は笑顔で頷いて立ち上がった。


「ん、行くよ。せっかく用意してくれたし、なにより今は一人で居たくないから……」


 本当は思い出した記憶と向き合った方が良いのかもしれないけれど、今はとにかく一人にはなりたくなかった。それにしても、洋士の性格上僕が倒れたにもかかわらずお祝いの準備をしていたとは考えにくい。となると、こうなる事を予期してあえてパーティーを開いてくれたのだろうか。


「それじゃ、移動するか。会場までは車で行く必要があるからな」


「えっ……待って。パーティーって家でやるんじゃないの? 会場ってなに……?」


「いや、最初はそのつもりだったんだが思いの外規模が大きくなってしまってな……いっその事、箱を貸し切って大々的にやってしまおうかと」


 ただの同居記念のお祝いだよね? 大々的にやるような内容じゃなかったよね!? と内心洋士の行動力に戦慄しているが、時既に遅し。今更規模を縮小してくれとは言えないので、大人しくついていく事にする。「大々的に」って、まさか外部の人を呼んではいないよね……? さすがに恥ずかしすぎるよ、それは。


 車で移動する事五分程度。目の前にそびえ立つ建物は……引きこもりの僕でも知ってる超有名ホテルなんですが。


「ちょっと……まさかホテルの宴会場を貸し切ったなんて馬鹿な事は言わないよね? パーティーやるって決めたの今日じゃなかったっけ?」


「まあちょっとした縁でとんとん拍子に会場が押さえられたというか……」


 その縁ってまさか和泉さんじゃないよね? いやだ、たかが親との同居でこんな規模の宴会場を貸し切っちゃうような感覚のずれた子に育てた覚えはないんだけど! お金持ちってなにを考えているのかよくわからなくて怖いよ!


 道理でやたらと格式の高い着物を着る事を勧めてくる筈だ。ホテル、ホテルかあ……。一体いくらかけたんだろう……はあ。


 洋士先導の元、とある宴会場の前に到着。部屋名の書かれたプレートを見る限り、規模が「小」宴会場である事がせめてもの救いだ。


「「せーの! 蓮華さん、洋士さん、同居おめでとうございます!!!」」


 扉を開けた瞬間聞こえるクラッカーの破裂音と人々のかけ声。ふう、色々な意味でもうお腹いっぱいなので帰って良いですか?


 とはいえさすがに準備してくれた洋士にも、集まってくれた人達にも悪いのでそんな大人げない事は出来ない。「ありがとう」と笑顔で頷いてとりあえず会場に入る事にした。


 会場内は立食形式で、決まった座席などはなく、意外と落ち着いて楽しめそうな雰囲気。参加者もよくよく見れば見知った顔ばかりで、最初の祝いの言葉以降は空気を読んで散り散りになってくれている。思ったよりも面倒な会ではなさそうだ。


「もう良くなったのね?」


 しっかりと食事の載った皿を持った状態で、ヴィオラと千里さん達が近寄ってくる。その様子に、「本当に心配してるのかな?」と思ってしまったけれど、どうやらその皿は僕の取り分だったようだ。お礼を言いながら受け取っておく。


「うん、なんとか。それにしてももう夕方とは……随分と寝坊しちゃったみたい」


「仕方がないわよ、事情が事情なんだから」


「それで……このパーティーはどういう事?」


「なんか……洋士くんが張り切って準備してたわ。手伝うって言った手前水を差す訳にもいかないし、そもそも彼の暴走を止められるのは貴方だけだから。まあ、『同居祝い』だと思わずに懇親会かなにかだと思っておけば良いわよ、面子的にも」


 なるほど、ヴィオラが「手伝う」と言ったからこの規模になったのかもしれない。大々的にパーティーを開く大義名分が出来たとか思ったんだろうな……きっと。それにしてもヴィオラがカクテルドレスを持ってるとは思えないし……どれだけの人を巻き込んだんだろう、うちの息子は。


「まあ、確かに……? それにしてもこの組み合わせは意外だったなあ」


 吸血鬼集団、ライカンスロープであろう集団、それにヴィオラ(エルフ)千里さん達(妖精)……と。おや、あれ、は誰だろうか。


「壁際にいるあの女性は誰?」


 大人しそうな、二十代と思しき女性が不安げな表情で壁の花と化している。一応食事は食べているようだけど、なんとなく居心地が悪そうな表情だ。


「俺が呼んだ。あれが祈里 陸だ」


「え、ナナちゃん!? やだちょっと、もっと前に言ってよ」


 そう言ってヴィオラはバタバタと女性の元へと駆け寄っていく。ぱっと見た感じ、ゲーム内のナナとはだいぶ印象が違うようだ。オンラインゲームではよくある事のようだけど、果たしてガンライズさんはどういう反応をするのかな……。


「ところで、どうしてナナ……陸さんをここへ?」


「仕事中に護衛をつける訳にはいかないからな。本人も了承して、ひとまず休職してもらってうちの保護下に入った訳だが……ずっと室内でかくまってる訳にもいかないし、この空間なら安全だろうと連れ出した。まああれの母親は相当ごねたがな」


「ごねた? 仕事を休職させたから?」


「まあそれもある。人質に取られても面倒だから、一応家族全員……陸本人と母親と、それから妹を保護してるんだが。俺としては、あまり一緒にしない方が良いと思う。なんて言えば良いんだろうな。母親と妹が完全に陸に依存しきっているんだ、金銭的にも精神的にも。それで、休職させたり最近やたらと連絡を取っている俺達に良い印象を持っていない。だから当然、『自分達が参加出来ないこの宴会に、娘だけを連れて行くなんて冗談じゃない』ってな」


「ああ、なるほど……確か本人にもご家族にも、詳しい事はなにも説明してないんだもんね? そりゃ余計に怪しまれるか……」


「まあな。だが俺の予想だと……知らぬ存ぜぬと言っていたが、あの母親は陸の能力についてなにか心当たりがありそうだぞ。その上で口をつぐんで、更には否定的だ。娘に依存している癖に娘に言うんだ、『お前が訳の分からない妄想を言いふらしたりするからこんな事になったんだ』と」


 要するに自分達の拠り所となる娘を手放したくないから、本人を責め立てて自信を喪失させるように仕向けているのかも。大人しいのが本人の生来の気質なら良いけど、もし今までの生活の弊害だとすると洋士の判断は間違っていない気はする。


「それにしても、随分詳しいね」


「まあな。一応不便があったら悪いから、部下を一人御用聞きとしてつけてるんだが……そっからの報告だ。最初こそ俺が直接世話を、と思ったんだが、どうも陸は男が駄目なようでな。陸は頭の回転も良いし、うちで働かないかと誘いたかったんだが……なかなか骨が折れそうだ」


 洋士の言葉に僕はそっと頭を抱えた。男嫌いに洋士のお気に入り……これはますます絶望的だよ、ガンライズさん……。


 そこまで情報を共有してもらった所で、ヴィオラがナナを連れてこちらにやってきた。さて、男性が苦手との事だけど、僕とは話してくれるのだろうか……。


「ええと、ナナ? あ、いや、陸さんって呼んだ方が良いのかな」


「あ、えっと、じゃあ陸で……ナナは……私だけど、私じゃないから」


 少し哀しげな表情で意味深な言葉を呟くナナ。もしかしたら彼女は、自分がなりたかった別の自分をGoW内で「演じて」いるのかもしれない。こういう物言いをするという事は、もしもガンライズさんがナナに告白をしたとしても「貴方が好きなのは私じゃない」と断られるのでは? 頑張れガンライズさん。まずは陸さんと仲良くなるんだ。しかし彼女は男性が苦手との事だし、あっちに居るガンライズさんを紹介するのも……どうなのだろう。


「えーと、あ、あっちにガンライズさんが居るけど、挨拶、する?」


「あ、そう……ですね。挨拶だけはしておいた方が良いかも」


 つまり挨拶以外はするつもりがないって事かな。とりあえず今日の所はヴィオラと仲良くなってもらうのが一番かな……とヴィオラに目配せをすると、なにやら不満げな表情をしている。え? どうしたの?


「蓮華くん、私の事も『るな』って呼んで良いのよ」


「えっ、今更!?」


「だってよくよく考えてみたら、蓮華くんはGoWでもここでも『蓮華くん』じゃない。でも私は現実では『るな』であって『ヴィオラ』じゃないわよ? って今、陸ちゃんとのやりとりを聞いてて思ったのよね、本当に今更だけど」


「あ、なるほど。まあ言われてみれば確かにそうか。じゃあ、えーと、るな……さん?」


「ちょっとやめてよさん付けなんて! ぞわぞわしちゃったじゃない!」


「り、理不尽!」


「馬鹿言ってないで、早く行くぞ。挨拶するんだろう?」


 結局、洋士にたしなめられる形で僕達四人はガンライズさんの元へ。ライカンスロープという種族は皆実に体格が良くて、正体を知っていようがいまいが、正直近寄りがたい。こんな屈強な人達にまで恐れ、嫌われているのだから本当に吸血鬼というのは業の深い種族だ。まあ、それでも日本に関してはだいぶ良い方向に進んでいると自負している。


「銃一。ちょっと良いか」


「あ、洋士さん! 蓮華さん! とあとの二人は……? いや、もしかして……ヴィオラさん!?」


 あれ、そうか。ガンライズさんはヴィオラとも初対面なんだっけ。あと気のせいか、洋士とガンライズさんっていつの間にか距離感が近くなっているような?


「ええ、ヴィオラこと、朝森るなよ。よろしくね」


「あ、昇 銃一です! よろしくお願いします! ……そちらの方は?」


「……祈里 陸です。えっと……ナナです……」


「え!? あ!? ナナ!? あ、えっと……よろしく!」


 ガンライズさんがもの凄くパニックを起こしている。まあ、突然オフ会が降って湧いたようなものだし、混乱もするよね。

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― 新着の感想 ―
[一言] オフ会イメージが強すぎて親子同居記念パーティーだっての忘れかけた(笑)
[一言] オフ会で一気に湧いたみんなの家庭事情 リアル感あるな…
[一言] 更新有り難う御座います。 ナレーション:VSまたしても、何も知らない蓮華さん! 蓮華「……"O泉洋"さんもこんな気持ちなのかな?」
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