181.好感度百パーセント?
「あれ、そういえばさっきのイベントシーンって皆見えてたの?」
≪俺は見えてた≫
≪慌てて設定解除してきた≫
≪ネタバレ怖いから見えないようにしてる≫
「うん……? もしかしてなにか仕様が変わった? 前は問答無用で配信中断になってたよね?」
≪アップデート入って、配信者側と視聴者側で選べるようになったんやで≫
≪配信者側だとデフォルトでネタバレ配信許可。んで、視聴者側でも視聴有無を選べるようになった≫
「なるほど……、まあ最近配信中断する事多くて皆も困惑してただろうし。個別に設定出来るようになったのは良かった。でもコメント欄でネタバレとかあり得そうだし、視聴しない設定にしてる人は不便そう?」
≪まあぶっちゃけ誰かの配信見てる段階でネタバレは覚悟しとけよって感じではあるから……≫
≪そこまでは面倒見切れないよね、運営側も≫
≪他にも色々アップデートあったから確認した方が良いよ≫
≪オフィス街に関してのアプデは蓮華君も関係あるだろうし≫
「なるほど……えーと……ここでも見れるんだっけ?」
ヴィオラも何度か見ていたしここからでもブラウザは見れる筈だけど、僕でも出来るのかどうかは自信がない。
≪システムメニュー>その他>ブラウザで開けるよ≫
≪ブックマーク内に最初から公式サイトは入ってるから≫
「あ、これか……自分で検索しなくても良いのは助かるな。えーと? 配信設定はさっきの話だろうから……オフィス街については……」
画面を指でスクロールしながら文字を目で追っていく。
「簡易ポータル使用場所の自由化!? え、町とか都市の中じゃなくても、どこからでも好きな場所からオフィス街に行けるようになったって事?」
これは確かに重要且つ朗報だ。
≪そそ。まあその場に十分くらい分身が残るけど≫
≪危ない場所でのテレポートは、戻って来たときに死んでる事を覚悟するしかない≫
≪緊急離脱みたいな裏技には使えない。純粋に仕事用途でオフィス街に行きたい人専用≫
≪まあそもそも一般プレイヤーは簡易ポータルなんて持ってないからな≫
「なるほど。まあ別に死んだところでねえ……今はちゃんとプレイヤーだから復活出来るし? 心配する事はないんだよね」
ちょっと前だったら死んだら最後だったからね。このアップデートがあろうがなかろうが僕は都市からしか行けなかったけど。
「さて……ひとまずこの都市の歴史も分かったし、ヴィオラも寝たし……大豆ハンバーグが腐る前に鬼さんに渡してこよう」
≪大丈夫? ヴィオラちゃん怒らない?≫
「大丈夫大丈夫、ヴィオラの分はまた作れば良いだけだから」
≪もう節分イベントのアイテムじゃなくて、ただの食材としてみてるよな、豆≫
≪おかしいな……節分の常識がどんどん崩れていく≫
「あー、あと、ついでだから魔法陣の練習とかしてこないと……このまま帰ったらシモンさんに怒られる……」
正直魔法陣の図式を忘れてないか不安だし、描く練習それ自体はしてないから、よれよれになりそうだ。
≪PT行動あるある≫
≪一人でやらなきゃいけないタスクたまりがちだよね≫
なるほど、そういうものか。確かに僕もヴィオラも比較的他の人達よりも時間に自由があるから、ずーっと一緒に行動してるもんなあ……。
宿の厩舎から雪風だけを連れ出して、門から外へ。子分達が哀しげな表情をしていたけれど、さすがに僕一人で六頭の面倒を見るのは無理なので雪風に説得してもらった。まあ、雪風が統率してくれるから大丈夫かな、とも思ったけれど、そんなにぞろぞろ引き連れていたら鬼さんが逃げちゃいそうだしね……。
「さて、鬼さんはどこに居るかなあ……」
≪鬼さんこちら、手の鳴る方へ、ってね≫
「目隠し鬼だっけ? 懐かしいなあ」
僕が子供の頃にはなかったけれど、江戸時代にはそういう遊びが流行っていた。洋士が泣きながら「誰も捕まえられない」って言うから、人の気配を読む術を教えたんだっけ。ふふ、あの頃の洋士はちっちゃくて素直で可愛かったなあ……。
視聴者さんのコメントを拾って雑談をしつつ、雪風に乗って適当に辺りを散策する。だいたい木陰とか岩の後ろとかから顔を覗かせてたりするんだけど……、お、居たいた。
「こんばんは。今日も料理、どうですか?」
「アリガタイ。貰オウ」
腹を鳴らした鬼さんの腕が皿の上から大豆ハンバーグを掴み取る。
「ウム……美味イ。感謝スル」
皿の上にあった五つのハンバーグのうち三つを食べたあと、礼を述べてから鬼さんは静かに立ち去っていった。
「残っちゃった……あげた分全部を一回に食べる訳じゃないのか。ハンバーグ自体はまだまだあるし……全部食べてもらうまで粘るかな」
今までの感じから行くと、探せばまた出てきてくれる筈。多分休みの日にまとまった時間をとってプレイするスタイルのプレイヤーにも配慮した結果だとは思うけれど、一日に渡せる料理の数自体には上限はないみたいだし。
「雪風、さっきの人にまた会いたいから、適当に走ってもらえる?」
「匂いを辿ればすぐ見つけられるぞ頭領!」
「そっか、い……じゃなくて狼は嗅覚が鋭いもんね!」
危ない危ない、危うく犬と言う所だった。
宣言通り、雪風はすぐに鬼さんを見つけてくれた。本当に凄いな……。
「えーと、食べますか?」
「アア、アリガタイ」
黙々と大豆ハンバーグを食べる鬼さん。さっきも食べたのにお腹を鳴らしながら食べる様子とか、鳴らしている割には三個で満足して帰っていく姿を見ると、やっぱりゲームなんだな、という感じ。
ひたすら雪風に鬼さんを見つけてもらい、黙々とインベントリの中の大豆ハンバーグを減らしていく。
何度目だろうか。そろそろ最後の大豆ハンバーグ、という所で遭遇した鬼さんの様子は、今までとだいぶ違っていた。
「世話ニナッタ。礼ヲシタイ。ツイテキテクレナイカ」
「えっ、あ、はい」
いままでは食べ終わるや否やすぐに立ち去っていたのに、今回は話しかけてきた。しかもついてきてほしいと……。一体どこに行くのだろうか。ヴィオラ不在の今、少し不安ではあるものの、慌てて返事をしてついていく。
≪これはもしや好感度百パーセント達成か?≫
なんてコメントがちらほら視聴者さんから上がっているから、悪い方向ではないと思いたい。
前後左右どこも真っ暗でよく分からないけれど、ホワイトブレイズキャッスル周辺ではない気がする……。足元の感覚が雪を踏みしめている感じじゃないしし。そんなに距離を歩いている訳でもないのにこれだけ様変わりしたという事は、一種の無幻路――怪達が好んで使う道――のような物だろうか。
「ツイタ。我々ノ里ダ。歓迎スル」
「えっと……ありがとうございます……? ところで、どうして僕をここに?」
「俺、腹減ッテ動ケナカッタ。人間、助ケ求メテモ逃ゲルか攻撃シテクル。助ケテクレタノ貴方ダケダッタ」
「なるほど」
この言い方からすると、やっぱり好感度が百パーセントになったと見るのが正しそうかな。
「コノ里ニシカナイ物モアル。ユックリシテイクト良イ」
僕の言葉に鬼さんは一つ頷き、そう言って去って行った。え、置き去り……? どうやって帰れというのだろう。
マップを開くと、羊皮紙っぽい雰囲気の画面に、ぽつんとこの里の名前だけが表示されている。いくらズームアウトしても、見慣れたシヴェフ王国の文字は表示されない。完全に陸の孤島……或いは別世界という事だ。
「ええ……本当にこの状態で放置なの……?」
とにもかくにも、ぼうっと突っ立っていてはどうにもならない。まずは里の中を歩き回ってみよう。
元いた場所から少し進むと、茅葺き屋根の建物が建ち並び、人……もとい鬼がたくさん往来を歩いている様子が窺える。規模はそれなりのようだ。
≪そういえば、好感度マイナス百(であろう)プレイヤーが襲われたね≫
≪やっぱり逆襲されたか≫
≪でも仙人に助けられてそっちの住処に招待された≫
「へえ……じゃあどっちが正解とかはないのかな? プレイヤーを助けてくれたって事は、きっと仙人と鬼は敵対してるんだろうね」
もはや節分イベントとはなんなのかという話だけど、節分の由来そのものが邪気を打ち払う方相氏――神様――の役割がいつの間にか、邪気そのもの――鬼――のように扱われるようになったのが始まりだから、もはやなんでもありといえばなんでもありなのかもしれない。
そもそも現代では節分は立春の前日だけのように扱われているけれど、本来は季節の変わり目全てを節分というから年に四回行われていた儀式だった。豆だって、元々は節分違えと呼ばれる、方違えの節分版のような儀式を行っていたのが、段々と簡略化されて魔を滅する――魔滅――という音の響きから豆を使うようになっただけだし、時代が変われば行事も変わるか。
季節の変わり目には誰だって体調を崩す。それを邪気という目に見えない悪しき者の存在のせいだとしていたのが起源だし、昔の人間というのは実に面白い考え方をしていたものだ。勿論、中には本当に見えざる者の仕業という事もあったけれど。
ふむ、それにしても何故仙人と鬼は敵対しているのだろうか。仙人は不老不死と言われているし、迷信を信じて鬼を毛嫌いするというのは考えにくい気がする。となると、過去に人間に悪さをした鬼が居たのか、はたまた単純に仙人と鬼の相性が悪かったか、それとも仙人がろくでもない集団か。僕が出会った鬼さんだけを見て判断するのであれば、鬼が悪いとは思えない。
まあどちらにせよ、今は集落を見て回って帰る方法を調べるのが先決だけれど。
食材や布が売っている店が多い。今の所目新しい物は特に見当たらないけれど、基本的に地産地消だからか、他国産をオークションから購入するより安い物がちらほらある。特に穀物系。米や黒米なんかは目を見張る安さだ。ごくり……欲しい。
「ここ……いつでも来られるのかな……」
≪もう虜になってる≫
≪戻れない× 戻らない○≫
「いやいや、さすがに戻るよ。ただ、いつでも来れるなら良いけど、そうじゃないなら買い溜めしたいな、と……」
まあどうせヴィオラは就寝中だからと帰る方法そっちのけで店を見ているのは事実。だって……時々掘り出し物が目に留まるんだもん。
そうやって言い訳しながら様々な店を冷やかして歩いていると、とある店が目についた。鍛冶屋だ。
「刀身が赤い刀がある……格好いいなあ」
「人間トハ珍シイ。ソノ刀ハウチノ里デ作ラレタ物ダ。アンタガ同族ナラ勧メタガ……」
「同族じゃないと扱えないんですか?」
残念。見た所とても質も良さそうだし、打刀だから欲しかったのに。
「イヤ、ソウイウ訳ジャナイガ、似タヨウナモノダ」
店主さん曰く、この辺りで採れる鬼魂石という鉱石から作られた刀との事。この鉱石を使用した装備は、文字通り鬼族に最適化されており、それ以外の種族が使っても真価を発揮出来ないのだという。例外として、鬼族と良好な関係であればあるほど、力が解放され、恩恵を受けられるとか。その代わり、敵対した場合は使用者でも容赦はなく、使うだけでダメージを受けるという。なんともファンタジーな設定だ。
「マア、コノ里ニ来タとイウ事ハ、ソレダケデ十分使ウ資格ハアル。試シテミルカ?」
説明は理解したけれど、具体的な能力値が全く分からないので「鑑定」を行ってみた。
『緋■■ 効果:攻撃力+20。自己修復能力があり、耐久は徐々に回復していく。※この刀はまだ目覚めていないようだ。鬼族との絆が強くなれば共鳴するだろう』
今使用しているデンハムさん特製の太刀の攻撃力は+25。こちらの打刀の方が劣ると言えば劣るけれど、話を聞き、鑑定した限りでは成長型なのでこの先更に性能が上がるのではないだろうか。それに自己修復能力があると言うのが地味に嬉しい。値段もそれなりに安いし、試しに購入するにはぴったりかも。それにしてもこの値段……この辺りで採れる鉱石で、かつ同族専用、しかも自己修復能力となれば商売としての需用はあまり見込めないから安いの? でも需用が低いなら単価が上がりそうなものだけど。不思議だ。
「そうですね、是非。あと……その隣の漆黒の短刀も気になります」
「コレハ夜影鋼カラ出来テイル。夜、或イハ薄暗イ空間デ真価ヲ発揮スル代物ダ。使用者ハ暗闇ノ一部ニナレルダロウ」
『黒翼刃 効果:攻撃力+15。夜もしくは暗闇で手に握っている時に限りスキル発動可能。二十秒間気配感知遮断熟練度+100000。』
「なるほど……暗殺向きですね」
≪しれっと怖い事言うなあ≫
≪暗殺www≫
「えー、だってもしこの鉱石で太刀とかを作って気配を消して近付いたとしても、風切り音で気付かれる可能性があるでしょ? 短刀なら、こう、首か心臓を一刺し、的な?」
気配感知遮断熟練度が十万も上がればほとんどのNPCには気付かれずに済みそうだし。……間違った事は言ってないよね?