180.ホワイトガーディアン
さて、テレポート機能が再び使えるまでなにをしよう。そう思って何気なく時間を確認したら、零時直前を示していた。そうか、もうヴィオラは寝る時間なのか。
慌てて門の前に引き返し、ヴィオラ――ではなくイゼス――に群がった人々には丁重にお帰り願い、なんとか彼らを救出。
「凄い人気だったね……」
「ええ、びっくりしたわ。本人はご満悦のようだけど」
「私が美しいのは知っていましたが、これほど多くの人達に囲まれるのは初めてです。今日の事はきっと忘れません」
心なしかイゼスの毛並みが更に輝いて見える。どうやら精神状態が毛艶に直結するタイプらしい……。
それにしても、幻の華の撮影にはもっと時間がかかると思っていたのに。襲撃だなんだと想定外の事が起きすぎて、六時間の強制退出時も五分で食事を詰め込んで再ログインするような有様だった。今日一日は、和泉さんが聞いたら怒りそうなくらい現実世界の事を放棄してしまっている。まあ普段からずっとログインしっぱなしだから今更と言えば今更だけど、いくらなんでもこれは酷い。そしてそんな状況のお陰で、洋士と顔を合わせずに済んでほっとしている自分が居るのも事実で。我ながら色々酷すぎて内心落ち込んでいる。
「さて……宿を取らないと。氷華亭……は無理かな。そもそもこの大所帯で問題ない宿があるのかどうか……門番さんに聞けば良かったな」
氷華亭に厩舎のような施設は併設していただろうか。あったとしても、このサイズの七頭を預けられる広さがあるのか怪しい。
「スノウラビットの返却ついでに、職員さんに聞いてみる?」
「そうだね、騎乗動物を預かっている人ならそういう事にも詳しいかも」
一縷の望みをかけて、騎乗動物専門店へ。早いところ宿を決めないと、移動するだけで周囲の人々に迷惑をかけてしまっている。第二級警戒対象である事が住人にも広く知れ渡っているのか、それとも単純に本能的な恐怖心故か。目が合った途端にびくりとし、次いで少し視線を下げてほっとした表情を浮かべる。ほぼ全員共通の反応だ。まあ、そのお陰でイゼスとヴィオラが囲まれる事なく進めるので良しとしよう。
騎乗動物店を覗くと、受付カウンターには誰も居なかった。裏で動物の世話をしているのかもしれない。
「ごめんくださーい」
声をかけると「はいはい」と言いながら誰かが顔を出した。お、この顔には見覚えがある。出発前にもお世話になった男性店員さんだ。
「いらっしゃ……おお、あんた達か。随分早かったんだな? スノウラビットを乗りこなせなかったか?」
笑いながらスノウラビットを受け取る為に表へと出てきた店員さん。
「いえ、アイシクルピークでの用事を済ませたので、返却しに来たんです」
「ほう、そりゃまた……いや待て、花を探しに行くと言っていなかったか? 後ろのでかいのはどういう事だ?」
「あれ、言ってませんでしたっけ? ついでに氷狼をテイム出来たらなーと思ってたんです」
「……、ついででテイム出来る奴らじゃないだろ!? ましてや六頭……、しかも後ろの異常にきらきらした奴はなんだ? まさか……まさか……」
店員さんは青くなったり赤くなったりと大忙しだ。
「いや、悪い。ちょっと取り乱してしまった。氷狼同士の群れといい、グラシアルムースといい、死ぬまでにお目にかかれるとは思っていなかったからな。しかしまあ、うちのスノウラビットが怯えないって事は、案外気性は穏やかなのか」
さて、それはどうだろうか? 僕達の力が彼らに劣っていたら、今頃この都市に死に戻りしていたであろう程度には気性が荒かったと思う、うん。
それに店員さん、間違ってますよ。スノウラビット達は怯えるどころか雪風の仲間に蹴りを入れる程度にはおてんばでした。やっぱりサイズが同じくらいあると、狼に苦手意識を持たないのかなあ……。
「まあ良いさ。確かに、スノウラビット二頭の返却は承った。正直、アイシクルピークへ向かうと聞いて間違いなく無事では済まないと思っていたんだ。まさか本当に連れ帰ってくるとは……こんな事なら初心者でも扱いやすい動物を勧めるべきだったか? 悪かったな、こいつらは乗りにくかっただろう」
「いいえ、慣れれば馬よりもずっと早かったし……何より可愛かったから問題なかったわ」
真面目な表情でヴィオラが言う。なるほど、もふもふ全般が好きなのか。でも隣でイゼスが不服そうな表情をしているからね、それ以上言ってはいけない……。
「ところで……見ての通り大所帯になってしまったんですが、どこか良い宿屋はありますか?」
「ああ、その人数を受け入れられる宿屋となると……ギルド近くの一軒くらいだな? 名前はステイブルスクエアだ。まあその名の通り馬鹿でかい厩舎があるから行けばすぐに分かるだろう」
「ありがとうございます!」
「なに、礼を言いたいのはこっちの方だ。それだけの大所帯でここに来るのは面倒だっただろう。『スノウラビットは氷狼に怯えて逃げてしまった』とか、信憑性が高い言い訳は十分出来る。それなのに見殺しにせずに連れて帰ってきてくれたんだ。……スノウラビットがここに戻ってくる事がどれだけ珍しい事か、あんたらには分からないかもしれないがな」
店員さんの声が少し湿っぽかった事には、気付かない振りをした。
§-§-§
「うわ、本当に大きい厩舎……」
冒険者ギルドの近くをぐるっと歩いてみると、ステイブルスクエアはすぐに見つかった。なにせ厩舎が大きい。それこそこの都市の宿全部の厩舎よりも大きいのではないだろうか。もしかすると、有事の際に避難所や援軍の騎乗動物の収容所として使う事も想定しているのかもしれない。
さっそく玄関をくぐり、宿泊したい旨と連れが多い旨をさくっと伝える。そのような対応になれているのか、具体的な人数を伝えても店員さんは表情一つ変えずに厩舎を案内してくれた。まあちらちらとイゼスの事を見ているのは隠しきれてないけれど。僕の雪風にも注目してもらって良いですか?
「ああ、王都からいらっしゃったんですね。アイシクルピークへ行く前はどこにご宿泊に? ……氷華亭ですか、参ったな。高級宿の位置付けであるあの店と同等のサービスが出来るかどうか」
「気になさらず。我々も遠出をしたので奮発しただけですから。ね、ヴィオラ?」
「ええ。ここはここで、違った料理が楽しめそうだし」
サービスの話であって料理の話ではないんですけどね? まあ正直、フルコースはそろそろ胸焼けしそうだし、こういうお店の料理の方がありがたかったりする。
「確かに、料理でしたら当店も自信があります! 家庭料理ですが、この地域特有の料理を楽しめるという意味では満足していただけるかと」
三泊分の宿代を払い、部屋の鍵を受け取る。二階の角部屋とその隣だ。ここの宿は人数単位での料金らしいので、一応部屋は分けた。ちなみにアインは特別にカウント外。厩舎の使用料が結構かかっているのでおまけしてもらった感じだ。
二階への階段をのぼりながら、一階レストランの様子を伺う。氷華亭とは違い、それなりに盛り上がっているお客様が多いようだ。まさに「中世ヨーロッパの酒場」のイメージ通りといった感じ。
部屋の前まで来てから、隣室に入ろうとするヴィオラへと声をかける。
「ヴィオラは今日はもうログアウトするよね?」
「ええ」
「じゃあまた明日ね、お休みヴィオラ」
「お休みなさい、蓮華くん」
「さてそれじゃあ僕は……仕事の前にちょっとこの場所の成り立ちについて調べてこようかな」
どこに行くのが良いだろう? 図書館とかあるのかな? それとも案外、グラシアルムースのように伝説として語り継がれているのかも。それなら下のレストランで誰かに聞けば教えてくれる?
「そういえばちょっと前までお祭りをやってたんだっけ? 話のとっかかりとしては丁度良いかも」
まずはレストランで話を聞いてみよう。誰も知らないようなら調べられそうな場所を聞けば良い。
テーブル席の相席を頼む勇気はないので、素直にカウンター席を選ぶ。これなら隣の人に話しかける勇気がなくても、最悪カウンター内の店員さんに話を聞けるからね。
「なににしますか?」
「えっと……この土地特有のお酒とおつまみをお願いします」
僕のオーダーに頷いてから、テキパキと用意し始める店員さん。これは話しかけられる雰囲気ではない、商品が出てきてからにした方が良いな。そう判断した直後、横から声をかけられた。
「お兄さん、どこから来たの?」
僕のオーダー内容を聞いて、外からの客だと判断したのかな。丁度良い、この男性に聞いてみようか。
「王都からです」
「へえ、王都。ここと違って雪が降らない時期があるって本当?」
「本当です。というより、雪も降るには降りますが、ここのようにどっさり積もる事はないですね」
「そっかー、一度くらいは行ってみたいんだよねえ。冒険者になったら行こうと思ってたんだけどさあ、ここの依頼だけで十分暮らせちゃうから外に出なくって……そもそもそっちって夏は暑いんでしょ? それに耐えられる気もしないしさ」
「確かに夏は暑いですね……冬もここに比べたら全然寒くないですし」
「そっかそっか。教えてくれてありがとね、ところでここにはなにしに来たの?」
「依頼で来ました。アイシクルピークで幻の華を撮影してほしい、と」
「あーあれか。毎年このくらいの時期になると一組くらいは来るんだよねえ。でも失敗するってそりゃ。俺達だってほとんど見た事ないし。で? 代わりに氷狼をテイムしてきたの? 凄いね」
失敗した体で話されているけど……まあ否定するほどでもないし良いか。下手に肯定して映像を見せろとか言われたらそっちの方が面倒そうだ。
「どうしてそれを?」
「そりゃいきなり厩舎が賑やかになってたら人目を引くって。地元の人は皆顔見知りだから絶対違うの分かってるし、そうなると、ね?」
「まあ成り行きですけどね。ところで、この辺りで少し前までお祭りをやっていたって聞いたんですけど。どんなお祭りなんですか? 見逃しちゃったので気になってて」
「ああ、ホワイトガーディアン祭の事かな。毎年この時期に開くんだけど、うーん。何て説明したら良いのかな。ざっくり言うと、この都市の誕生を祝った祭りなんだ」
とっかかりにするつもりが、どうやらいきなり核心に行き着いたらしい。
「その話、もっと詳しく聞かせてもらっても?」
「お、興味ある感じ? 俺らからしてみれば耳にタコが出来るくらい小さい頃から聞いた話だから、なんだか新鮮だなあ。えっとね――」
多少お酒で出来上がっている状態なので呂律が怪しいけれど、要約すると多分こういう事だ。
その昔、この地域にはひっそりと人が住んでいた。何故こんな極寒の地に住んでいたのかは分からないけれど、多分他国から山を越えて逃げてきた人々なのではないか、と。そしてその人達は着の身着のままやってきた為、魔法を使ってどうにか耐え忍んでいたらしく、まともな生活を営むことが出来なかったという。そのうち更に多くの人がやってきたので、なんとか皆で周辺の木々を使って家屋を建ててみたものの、風が強くてあっと言う間に吹き飛ばされたのだとか。
季節はそろそろ冬といった頃合い。今ですらこんなに寒いのに、冬になっても家が使えなかったらいよいよ魔法だけではどうにもならず、全滅する恐れがあった。そんな時に一人の建築士がやってきて、周囲をぐるっと高い壁で囲えば良いと言った。それも材料の作り方から全て、惜しむ事なく自分の知識を授けてくれたと。
「俺達はその子孫って事。だからこの時期にはその建築士に感謝の意を込めて祭りをするんだ。俺達はここで、今も無事に暮らしてますよってねえ。まあ……先祖もうっすら気付いてたんだと思うよお、その建築士が神様だって。だから祭りで踊る舞は、神舞なんて呼ばれてるんだあ……」
半分寝ながらも律儀に教えてくれる男性。うーん、やっぱりあの映像と一致する……て事は僕達は記憶と力を失った神様で確定、かな?
「防壁はその当時から変わらずなんですか? 修復したりは……」
「記録にある限りは直してないねえ。本当不思議だよね、普通は絶対とっくにどっかしら崩れてると思うし。まあだから神様だって言われてるんだけどお……」
「教えてくれてありがとうございます。えっと……余計なお世話かも知れませんが、寝るならおうちに帰った方が……」
「大丈夫大丈夫、まだまだ序盤だよお。ま、それに明日はフリーだから多少飲み過ぎても平気ってね。ところでさあ、君さっき綺麗な女の子と一緒じゃなかった? 彼女? 明日にでも紹介してよお」
「え、嫌です」
「嬉しいなあ……きっと彼女がグラシアルムースの契約者さんでしょ? 心も美しいんだろうなあ……って、え? 今断った?」
「はい。紹介はしない、と言いました」
「うそお……折角お祭りの事教えたのにそれはひどい」
いやだって、最初からヴィオラ目当てで僕に親切にしたって事は僕でも分かったよ? 悪い人じゃないのかもしれないけど、ゲーム内とはいえ今ヴィオラに男性を近づけたくないんだもん……。
「ちぇー、まあそれだけ大事にしてるって事かあ。良いなあ、僕も恋人欲しいぃ。結婚したいよおぉ」
おいおいと泣き始める男性。これは完全に泣き上戸だな……。
≪運営が酔っ払って作ったNPCかな?w≫
≪まるで自分を見ているようでいたたまれない≫
≪蓮華君の即答に笑った≫
≪大事な話してたはずなのに最後ので全部吹っ飛んだw≫
「気にしないでください、お客さん。こいつはいつもこうなので」
店員さんも呆れた様子で男性の肩を叩いている。そうか、いつもこんな感じなのか……。
そろそろ5章を終わらせたい。。。
早く王都に戻れよ二人とも!!!!