178.目覚め
「雪風なんてどう? ほら、元気に走り回って雪を舞い上げる感じが」
――良いな! 俺様にぴったりだ!
雪風くん(仮)は嬉しそうに尻尾を振っている。とても気に入ったようだ。
≪イッヌって言われてるような気がするけど狼的に良いのかそれ≫
≪ダメだもう、俺の中の氷狼イメージががらがらと崩れていく≫
≪キリッとした一匹狼を想像してたんだけどなあ……≫
視聴者さんは雪風くんの性格に思う所があるようだ。可愛くて良いじゃないか! 相棒としては色々心配にはなりそうだけど。
「それじゃあ契約を……ええと、正しい契約の仕方ってどんな感じだったっけ?」
≪血を交換するとか言ってなかったっけ?≫
≪自分の血と相手の血を触れ合わせた状態で、テイムする相手に名前をつけるとかなんとか≫
「おー、皆よく覚えてるね。ありがとう、試してみる」
≪むしろ氷狼テイムするつもりだったのに契約方法忘れてるとか≫
≪ちゃんと教育しておいて下さい、ヴィオラ先生≫
「そうね……今の発言には私も耳を疑ったわ。蓮華くん? あとでちょっとお話しましょうか?」
「えっ……あ、はい。ごめんなさい、許してください」
謝ったら許してもらえました。次からは気を付けます。……という訳で気を取り直して契約に集中。怪我を治したばかりなのにまた傷をつけるのは申し訳ないけれど、雪風くんは快諾してくれた。
「それじゃあちょっと失礼して……」
僕の指の腹と雪風くんの肉球に脇差で傷をつける。そしてそっと、ハイタッチをするように血液同士を合わせ、僕は問いかけた。
「ええと、君の名前は雪風だ。……僕とテイム契約を結んでくれますか?」
――勿論だ、頭領!
合わせた手の平の間から、微かに光が漏れている。あれ、アインとの契約時にもこんな感じだったっけ……? そうか、あの時は僕が光魔法っぽいなにかを使用していたから、契約の光に気付かなかったのかも。
「成功した……で良いんだよね?」
光は収束したけど、特になにも変化はない。いや、アインの時も言われるまで気付かなかったしこんなものなのかな。
「大丈夫だ頭領! ばっちり成功だ!」
「あれ、なんか……ちゃんと喋ってる」
さっきまでは周囲から聞こえてきているように感じていた声が、ちゃんと雪風くん本人の口から聞こえてくる。これが契約の恩恵? アインは喋れないからその辺りは知らなかったな。
「一種の進化のようなものだな。今ならなんだって出来る気がするぞ頭領!」
尻尾ぶんぶんの雪風くん。
「よしよし、興奮して傷が広がってしまう前に肉球を治療しておこうね」
興奮しているだろうに、大人しく前足をこちらに差し出す雪風くんが可愛すぎて、治療後に頭をわしゃわしゃと撫でてしまった。
「さて、それじゃあ今度は私達の番かしら? 名前ねえ……Ice……氷と、Goddess……女神をこねくり回して……イズリス……まあrは響きの良さから採用しただけだけど。もしくはイゼスなんてどうかしら?」
――なるほど……センスが良く私に相応しい名前です。非常に悩む所ですが、強いて言うならば後者の方が好みですね。
≪テイム契約にどっちが上とかないのかもしれないけど……≫
≪イゼスのがどう考えても主導権握ってる感じがするよなあ≫
≪仮に機会に恵まれてもこいつとだけは契約したくねえわ俺www≫
「そう。それじゃあ契約しましょう。切る場所は……足の裏は無理そうね。毛を傷つけないと約束するから、腕でも良いかしら?」
――勿論です。ふふ、そこまで配慮してくれるとは、私は良いパートナーを選んだようです。
「それじゃあ改めて、貴方の名前はイゼスよ。私と契約してちょうだい」
――良いでしょう人間。いえ、パートナーとなるのだから名前で呼ぶべきですね。……ヴィオラ、これからよろしくお願いします。
僕と雪風くんの時同様、ほのかな光が発生し、すぐに収束する。どうやら契約は上手くいったようだ。
「そういえば、君は? 契約をしないにしても名前がないのは不便なんだけど……」
――ぼく、名前ある。グレイシオンっていうの。よろしくね。
「あ、そうなんだ。名前がもうあるんだ……? ええと、グレイシオン、改めてよろしくね」
――グレイでもシオンでも、好きに呼んで。
「あ、本当に? じゃあお言葉に甘えて……シオンって呼ぶね」
僕が元幻の華さんと話している間、ヴィオラは真剣に空中をにらみつけていた。詳細は分からないけれど、青いウィンドウが浮かんでいるのでシステムメニューを開いているのだろうけれど、なにかトラブルでも発生したのだろうか。
「ねえちょっと貴方、男性だったの? もう、知らないから女神の意味をつけちゃったじゃない。どうして止めなかったのよ?」
ヴィオラが不機嫌そうに声を上げた。イゼスは男性だったのか。雪風くんは……まあ確認しなくても大丈夫かな。
「良いではないですか。女だろうと男だろうと関係なく、私の美しさは不変ですよ。むしろ一般的に女神は美しいと評される事が多いでしょう。私はそれも含めて気に入ったのですが?」
本人は女神を名乗る気満々のようです。まあ、由来さえ忘れてしまえば「イゼス」という音の響き自体は綺麗だし、良いのではないだろうか。
≪まさかの男w≫
≪蓮華君にライバルが現れた!?≫
≪この鹿がライバル……色んな意味で辛い≫
――頭領、これからよろしく頼みます!
――僕達がこの山を離れる時が来るなんて……!
「あれ? 今雪風くん喋った?」
「いや、喋ってないぞ。俺が頭領と契約をしたから、こいつらも多少影響を受けてるんだろ」
「なるほどー……これは一気に賑やかになるなあ」
――姐御を頼みます!
――姐御の伝説がここから始まるんすね……!
ん? 姐御……?
「ねえ待って……雪風く……あ、えーと雪風はもしかして女性だったり……」
「なにを当たり前の事を聞いてるんだ、頭領は? まさか性別を間違えるなんて失礼な勘違いをしていたのか? あそこの鹿みたいに紛らわしいならともかく、俺はこんなに分かりやすいじゃないか!」
≪ど っ ち も 紛 ら わ し い≫
≪嘘だろwww≫
うわあ、やっちゃった……。いや名前は大丈夫、本人も気に入ってるし、雪風は女性でも通じる、筈! 愛称は雪だろうし、うん。
「ゆ、雪風ちゃんって呼んだ方が良い……?」
「なんだその気色悪い呼び方は! 頼むから普通に呼び捨てしてくれ!」
「えっとごめん。じゃあ雪風。これから改めてよろしくね!」
なんだか今日は短時間で随分と謝っているような気がする。
「あー、そうだ。どうやって帰ろう?」
報酬の中に移動費用も含まれるとの事だったので、当初の予定では帰りはテレポートスクロールを使用するつもりだったのだけど。僕、ヴィオラ、アイン、契約したであろう氷狼とグラシアルムース、それに騎乗動物であるスノウラビット二頭を含めれば七人なので、スクロールは二枚必要だけど僕とヴィオラがそれぞれ一枚ずつ使えば事足りると考えていたのだ。
「まさか十三人なんて大所帯になるとは……テレポートスクロールが使えないなあ」
≪最悪兎を捨てて帰るとか……≫
≪↑幻の華が増えたから兎抜かしても十一人なんよ……≫
なにか良い方法はないかとシステムメニューからインベントリを開いて睨めっこ。うーん、やっぱりテレポートスクロールは五人までしか使えないし、NPCやテイム対象も数には含まれるみたい。
そういえば、さっきから画面上部でちかちか光っていて鬱陶しい。『告知:記憶と力の一部を取り戻しました。任意のタイミングで確認してください』か。王都イベントの時と違って強制イベントシーン突入ではないみたい。うーん、記憶にせよ力にせよ、今の状況を打破出来るとは思えないけれど、とりあえず確認するだけしてみようかなあ。
光っている文字に触れ、まずは記憶を選択してみる。すると雪風の身体がうっすらと光り、そのまま僕の身体へと光だけが入っていく。
直後視界が暗転し、いつものようにイベントシーンへと切り替わった。つまり、雪風の身体の中に僕の記憶と力の一部が取り込まれていた……という演出なのだろうか。
§-§-§
「おーい、少しずれてるぞ! もうちょっと右だ!」
突然男性の声が聞こえたかと思えば、周りの風景はアイシクルピークではない別の場所へと切り替わっていた。男性が話しかけている方向には、巨大な防壁を建築する人々の姿が。あれ、この壁には見覚えがあるような……。
「建築士様! 来てくださったんですね」
叫んでいた男性が、突然こちらを振り向いて駆け寄ってきた。建築士? 元々僕達プレイヤーは建築士だったのだろうか。
「ええ。順調なようですね」
「はい。これで我々もこの極寒の地域でも、安心して暮らせる事でしょう。本当に感謝しかありません」
「いいえ、自分の知っている事を教えたまでですから、感謝されるような事ではありませんよ。では僕はこれで。また完成する頃にお伺いします」
そう言って男性の元を離れる僕。十分な距離を稼いだ所で、突然背後から声をかけられた。
「またお前は、人間の世話なんか焼いて。本当にお人好しだな」
「フリク! 君はまたこっそり僕のあとをつけていたな? ついてくるのは良いけれど、隠れてこそこそするのはやめてくれと言ってるじゃないか」
「悪かったよナティ。だけどお前は僕が居る時と居ない時とで人間に対する態度が違うんだ。お前にとってもあいつらにとっても、僕が居ない方が良いだろうさ」
「態度を変えているつもりはないよ。でも、確かに。君が彼らになにをするか分からないからついつい肩に力が入っちゃうんだよ……」
「ナティ、お前は俺をなんだと思っているんだ? 俺がお前のお気に入りに手を出すとでも? それにだ。お前も知っての通り俺は『無秩序と変化』だ。あいつらの行動は俺の目にも興味深く映っている。壊すような真似はしないさ。それで? あの壁はなにをする為の物なんだ?」
「なんだ、僕のあとをつけていたのなら知っているんじゃないのか? この辺りは人間には寒すぎる。それに雪も年中降っているし、風も強くて普通の家では壊れてしまう。だから集落全体を取り囲むように巨大な防壁を作って、その中で暮らすように言ったんだよ」
「ふうん……? だが、普通の材料で作ってもいずれは家と同じ結末を迎えるだろう。お前、あの防壁の材料に加護をかけたな? はなから介入する気満々じゃないか」
「良いじゃないか、ちょっと位。防壁は彼らが自分達の力で作り上げるんだ。僕は材料に安定を与えただけだ」
「ま、なんでも良いが。気を付けろよ? 最近『人間と関わるな』とうるさい奴が多いからな。見つかったらお前も怒られるぞ」
「大丈夫だよ、過度な介入はしていない。あくまで見守ってるだけ。指示を忠実に守ってるだろう?」
「はいはい、その言い分があいつらにも通じれば良いけどな」
§-§-§
再び視界が暗転したかと思えば、目の前には雪風の顔。
「頭領! 急に黙り込むからびっくりしたじゃないか。どうした? 体調でも悪いのか? 俺達のせいか?」
どうやらイベントシーンの間、現実では棒立ち扱いらしい。今後は場所も気を付けないと駄目そうだ。
「あ、えっと、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしてただけなんだ、心配させてごめんね」
それにしてもさっきの防壁……どこかで見覚えがあると思ったら、ホワイトブレイズキャッスルの城壁だ。でもあれが作られてからたった数年……なんて事はないよね。という事はつまり、僕達プレイヤーは一体何歳の設定なのだろうか? それとも前世の記憶とか?
≪へー凄い。プレイヤー単位でちゃんと自分の声とか口調が変わるのか≫
≪なに? ヴィオラちゃんのイベントシーン?≫
≪まじかあ、凝ってるなあ≫
どうやらさっきの映像は僕仕様で、ヴィオラはヴィオラでちゃんとヴィオラの声と口調でイベントシーンが流れているらしい。各プレイヤーがストーリーに没入出来るようになっているのだろうけれど……本当に凝ってるな。
前回7月1日……!?間あきすぎですね、すみません!
今まで蓮華さんの移動シーン、馬に乗ってるので脳内で勝手に「暴れん坊将軍」のテーマソングが流れてたんですけど。
今後はミスマッチになっちゃうかもしれないですねえ……氷狼かあ……。