175.引き寄せる理由
僕、アイン、ヴィオラの三人がかりで押し寄せてくる魔獣の群れをちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す事暫し。
「落ち着いた……?」
「みたいね……」
「カタカタ」
ようやく波が収まり、交代で一息つける程度には落ち着いたようだ。
「テントの中じゃなくて洞窟に入ろうとする辺り、やっぱり狙いは幻の華みたい……だけどそれよりも」
ちらり、とテントの隣に優雅に寝そべる生物と改めて目を合わせる。
≪いやいやいやいや……≫
≪なんで居るのw≫
≪ふつくしい≫
「初めまして……?」
「多分グラシアルムースよね……? どうしてこんな所に……」
他の魔獣のように洞窟の中に突進していく様子は一切見られない。テントの横に陣取っている辺り、どちらかと言えば僕達の方に興味があるといった感じだ。
「もしかして大豆ハンバーグ目当てだったりするのかしら。私の分がなくなるのは困るんだけど……」
——安心しなさい、大豆ハンバーグとやらには興味はありません。……いえ、貰えるのなら少し味見はしてみたいものですが。
突然響き渡った声に僕達は思わず飛び上がった。……それにしても当たり前のように食べるつもりだったんですね、ヴィオラさん。
「喋れるんですね?」
——ええ。そろそろあの花が咲く頃だろうと思って鑑賞しに来たんですけど。それよりも貴方達の方が興味深くてついつい見蕩れてしまいました。
こんな殺伐とした雰囲気の中、花見の感覚でやってくるなんて。美しい物が好きというのは本当のようだ。
「なるほど。えーと、もしかしてこの騒動の理由をご存じですか? 知っていたら教えて欲しいんですが」
——ええ、勿論知っていますよ。まさか知らずに関わっているのですか? てっきり貴方がたも参戦しているのかと思っていましたが。ふむ、どこから話しましょうか……魔核……についてはご存じですね、貴方の武器にも使われていますし。あの花は今魔核を生成中なんですよ。ここに居る魔獣達は、あの子の魔核を狙っているのです。
思わぬ内容に僕は耳を疑った。魔核を生成中? 魔核を狙う? なにがなにやらさっぱり分からない。
「魔核……があるんですか? と言う事は……魔獣……、つまり植物ではなく動物の類いという事でしょうか」
——正確にはこれからなる、という所でしょうか。普通の魔獣は産まれた時から魔核が存在しています。私達にとって魔核とは、貴方達にとっての心臓と同じですから、魔核がない魔獣は存在しません。ですがあの種族は特別で、今は一風変わったただの植物ですが、開花のタイミングで花の中心部に魔核が作られ、魔獣の仲間入りを果たすのです。
「なるほど……どうして魔核を狙うんですか? 貴方達の主食は魔核なんですか?」
——想像以上に私達について知らないのですね、人間。私達の主食は動物同様、種族によって違います。ですが、魔獣としての力を高めるには食事とは別に魔核を取り込む必要があるのです。通常、魔核は自分と同じ属性でなければ取り込む事は出来ません。ですがあの子の魔核は……無属性です。全ての属性に対応し、取り込んだ魔獣は他の魔核の比ではない力に目覚めます。……それこそ力だけでなく知能も身につけ、新たな種族と言っても差し支えないほどに変化します。
無属性の魔核。確かそれについてはデンハムさんから以前聞いた記憶がある。魔核によるエンチャントは属性毎に特徴があるけれど、無属性はその全てが非常に上がるとか……。でも入手方法が良く分からないんだっけ?
「……貴方もそうなの?」
ヴィオラの一言で我に返った。貴方も……? そうか、こうして言葉が通じるのは魔核による能力向上かと聞いているのか。
——鋭いですね。ええ、私も昔あの個体の魔核を取り込みました。スノウファウンを知っていますか? ……元の私はそれでした。今は同じ種族に見えないのでしょう、いつの間にかグラシアルムースと呼ばれるようになっていますね。
スノウファウンはホワイトブレイズキャッスルのフルコースに出てきた筈だ。既に料理になっていたので元の外見については一切分からないけれど、目の前に居る美しいグラシアルムースを食べようという人は誰も居ないだろうから、多分よく見かける平凡な鹿だったのではなかろうか。
「なるほど……それで、貴方はもうこの戦いに参加するつもりはないと? 魔核は取り込めば取り込むほど強くなるんですよね?」
のんびりと寝そべっている辺り、戦意はないのだろうけれど念の為確認しておきたい。この知能の高さだ、もしかしたら僕達が全ての魔獣を一掃した後に急襲……なんて事を考えているかもしれないし。まあ聞いた所で本当の事を言っているとは限らない訳だけど。
——元々私が魔核を取り込んだのは、美しくなりたかったからです。私は私の見た目が好きではなかった。それこそ、氷狼のような美しい毛並みを風になびかせてみたいと何度も願っていました。当時の私は知識が足りず、願いを叶えてくれる石として魔核を認識していたのです。でも戦いに加わる勇気はなく……いつも通り草を食んでいたとき、たまたま誰にも気付かれずに息絶えた個体を見つけました。そして魔核を取り込みこの姿に。……ふふ、今の私は美しいでしょう? ですからこれ以上を望むつもりはありませんよ。
「そうね。貴方、とても綺麗よ」
——ありがとう人間。貴方の髪も美しいですよ。……まるで私の毛並みを見ているようで。
どうやら随分とナルシストの気があるようだ。でも自分と似ているという理由でヴィオラの髪を気に入ったのであれば……もしかしたらテイム契約を結んでくれる可能性はあるかもしれない。
——……そろそろ完全に開花します。貴方の美しさに敬意を表して一つ。もうすぐ、最も気高く、最も欲深い氷狼がやって来るようです。気を付けなさい。貴方達は強いですが、万が一あの者に魔核を奪われるような事があれば厳しい戦いとなるでしょう。美しい者が醜く朽ち果てる姿はあまり見たくありません。花は散り際も美しいですけどね。
あくまで基準が美しさな訳か。花は散っても美しいから見学をするけど人間はそうではない、と。うーん……なかなか癖のある考え方だな。
「『最も気高く、最も欲深い氷狼』……。もしかして、他の氷狼を従えた氷狼……ボス氷狼の事? 氷狼を従えてるって事は……貴方と同じで過去に魔核を取り込んだって事かしら。味を占めてまた魔核を狙いにきたって訳ね。確かに欲深いかも」
「依頼完了まであと少しって所だし、出来たら邪魔しないで欲しいんだけどなあ……無理か」
——開花が完了し、完全な魔核が生成されれば晴れて魔獣となり、あの花は動けるようになります。足の速さは氷狼をも凌ぐ故に皆、完成直前を狙いに来るのですよ。もし貴方達も魔核が欲しいのであれば、その前に摘み取ってしまいなさい。私ほどの効果は現れないでしょうが、それでもあの氷狼のような力を得る事は出来ます。
とても親切ではあるけれど、さらっと怖い事をおっしゃるグラシアルムースさん。
「僕達の目的はあくまであの花が咲く所を映像に撮る事ですから、そんな事はしませんよ。でも、逃げた所で魔獣はあの生物の居場所が分かる仕組みがあるんですよね? 生き残れるんでしょうか」
——さて。私も息絶えた個体しか見た事がありませんから。でもこの時期以外に魔獣がこうやって集まる事はありません。恐らく、生き延びた個体が居ないのか、或いは追跡されない方法を知っているのでしょう。
そこへ、オオォーン……と大きな遠吠えが辺りに響き渡った。いよいよ氷狼の集団がこちらへ接近してきている。先頭にいる個体が他よりも一回り以上大きい所を見るに、あれが氷狼のボスだろう。
——言葉は通じますが、話は通じません。私と同じだと考えては駄目ですよ。
元よりテイムを持ちかける為に力は示すつもりだったので問題はないけれど、随分と辛辣だ。仮にも憧れていた種族なんだよね? 見た目だけ? 見た目だけ好きだったの?
そんな事を考えている間にも、どんどんと肉薄してくる氷狼集団。だけどはなから僕達には一切興味がないらしく、脇目も振らずに洞窟へと駆け抜けるつもりのようだ。はいそうですかと通す訳にはいかないので、僕らの頭上を通過せんと跳躍したタイミングで上空に向かって抜刀術と、風圧を利用した風魔法をお見舞いしてみた。ちなみに音の響きが一緒なのは魔法のイメージがし易いからであって、決してネーミングセンスの問題ではないんですよ?
僕の魔法はボスの後ろにいた狼の鼻筋を掠めたらしく、ぎゃいんっ!と悲鳴が聞こえた。おや? 変だな、見立てでは確実にボスに当たる筈だったんだけど……避けられたような。
そのまま洞窟の方に行ってしまう……かと思いきや、こちらを振り向き敵意をむき出しに唸り声を上げる狼達。どうやら無事に敵認定をしてくれたようだ。