173.手作りチョコレート
「これ……」
テントを片付けていざ出発、といったタイミングでヴィオラがおずおずと差し出してきた物はチョコレートだった。形からして自動生成で作った物ではない。
「え、どうしたのこれ?」
ヴィオラは僕と違って睡眠が必要だから、必ず夜はログアウトしている。それ以外の時間はずっと一緒に行動をしていたから、作る時間はなかった筈で……。
「貴方にあげられるような、ちゃんとした物が出来るか分からなかったから内緒で作ってたの。一応食べられるレベルの物が出来るようになったから……」
「もしかして、夜僕がオフィス街で仕事をしているときを見計らって?」
オフィス街に居るときには執筆に集中する為にUI系は全て非表示にしている。つまり、パーティを組んだ相手のログイン状態も、チャットの類いも全て見えていないという事。それを逆手にとって、僕がオフィス街に移動した事を確認してからわざわざ再ログインをしていたのか。
そういえば前にヴィオラにオフィス街での表示について質問をされた記憶がある。まさか今回のような事を想定して質問を? 恐ろしい人だ。
「で、視聴者さんは知っていた、と」
グルだったのだろう、先程からコメント欄に『サプライズ大成功』といった文字が流れている。
「まあ……お菓子を作るのなんて初めてだったから、色々とアドバイスを貰ったのよ」
≪アーカイブが残ってたら奮闘ぶりが伝わったのに≫
≪蓮華くんにも見せたかった、残念……≫
≪ヴィオラちゃんを見てたら俺も料理に対して希望が持てる気がしてきた≫
該当の配信は見れないようだけど、視聴者さんのコメントから大体の事が伝わってくる。きっと最初の頃はひどい物が出来上がったのだろう……。他人に希望を持たせる程度には。
≪称号貰ってたよ≫
≪めちゃくちゃ上手いこと言ってる称号なw≫
「え、『甘〜い関係』以外の称号を貰ったの!?」
それは聞き捨てならない。僕も欲しかった……! なんでヴィオラだけなのだろうか。
「言いたい事は分かるけど、貴方じゃ無理だから。『失敗から学ぶ甘苦、DEX+1、MND+1。苦手な事に何度も挑戦し、器用さと精神が急激に向上した』。パラメータが二種類上がるのは嬉しいけど……過程を考えると屈辱的なのよね……」
苦虫を噛みつぶしたような表情でヴィオラが言う。複数項目のパラメータなのだからレア度は高い筈だけど……システムにも「失敗」と断言されている事を考えると、手放しには喜べないのだろう。確かに背景を考えれば僕も欲しい、とは言えない。というか料理が苦手ではない僕には無理な話だった。……どんまいヴィオラ。
「ん、んー……これってバレンタインイベントの称号なのかな。それとも苦手な事に何度も挑戦すれば、いつでも手に入る称号なんだろうか。後者なら僕にもまだチャンスがある筈? 今度なんか試してみようっと」
「そうね、バレンタインだけじゃないと祈るわ。もし今回限りなら、私みたいなプレイヤーを想定してたって事だもの……ちょっと運営に対する殺意が……」
「いやいや、頑張った結果のご褒美と考えれば悪くない称号でしょう。特にヴィオラは弓職だから、器用さも精神力も結構影響が大きいと思うし」
≪確かに≫
≪まあヴィオラちゃんの熟練度の高さを考えたら逆に要らん気もする≫
≪全く必要ないパラメータよりは良いかもしれん≫
「気を取り直して出発しよう。厳しいと噂の山に挑む前に、効果の高いチョコレートと有用な称号を手に入れたと考えれば悪くない筈」
渋々、といった表情だけどヴィオラも頷き、スノウラビットに跨がった。
ホワイトブレイズキャッスルを訪れる前とは違い、あの都市で入手したケープは想像以上に暖かく、道中他愛もない話をする余裕は復活している。
「あ、そういえば魔力感知も出来るようになったわよ」
「え!? 嘘、早くない!?」
「血液が流れる感覚」があった僕だって四十時間位かかったような……。チョコレートを作って魔力の練習もして、となるとまだそんなに時間をかけていないと思うのだけれど。
「蓮華くんの言う通り、ある程度魔法熟練度が上がった状態から始めたからか、事前情報よりもずっと早いタイミングで出来るようになったの。それに蓮華くんが魔力を直接流してくれたお陰でとっかかりもあったしね?」
にこにこと笑顔で報告してくるヴィオラ。魔力感知が出来るようになったのが余程嬉しいのだろう。でも僕は少しだけ引っ掛かった。確かに魔法熟練度や僕のやり方が功を奏したのかもしれないけれど、これだけ短時間で成功したのはヴィオラが現実でも同じ修業をしたからではないのかと。このゲームの修業方法は現実の修業方法に酷似していると言っていたし、現実で修業をすれば熟練度はもっと早く上昇する筈。もしかして、ヴィオラのような魔法が使えないエルフの為のシステムなのではないだろうかと邪推したくなったのだ。
いやいや、そんなまさか。もしもそうだとしたら、ヴィオラのように魔法が使えないエルフが一定数存在している事になるし、ソーネ社に居るであろうエルフは、その状況を打開したいと思っていると受け取れる。集落で暮らすならまだしも、現代日本であえてそんな事をする必要性が分からない。
「まずはおめでとう。魔力感知が出来たって事は、次は指先に炎を灯す練習だけど……」
「それも出来たわ。だから今は視聴者さんにアドバイスを貰って、属性の変え方や離れた場所への発動方法を学んでいる所」
確かに僕は中途半端な状態から森で独学で魔法を使い始めたので、その先の正式な修業方法はよく知らない。それを分かっているからヴィオラも視聴者さんに聞いているのだろう。しかしまさか、もうそこまで進んでいるとは……。もしかして、アイシクルピークに居る間に自力で矢にエンチャントが出来るようになるのではないだろうか。
「ヴィオラが自分で矢にエンチャント出来るようになったら、戦闘の幅が凄く広がりそう。というか戦闘能力もかなり上がるよね。うかうかしてたら僕が足手まといになっちゃいそうだなあ……」
≪それはない≫
≪過小評価が過ぎる≫
≪しかしヴィオラちゃんの習得の早さは異常≫
触れられたくない話題だからか、ヴィオラはつとめて冷静に話題を逸らしてきた。
「ねえ、幻の華についての情報ってどこまで掴んだ? 私はとにかく足が早いって聞いたんだけど……」
「開花から枯れるまでの時期が短いって事か。王都で聞いた特徴と一致するよね。僕は、とにかく静かに見守る必要があるって聞いたよ」
「気配に敏感って事かしら? 誰かが居るときには花が咲かないとか。ちょっと厄介そうな雰囲気よね」
「うんまあ、幻の華の撮影に来たって言ったら、皆に同情されたからね。あの辺りに住んでる人からしてみたら受ける旨みは少ないみたい。確かに博打みたいなもんだしね。それなら氷狼を狩った方が素材の買い取り額も高いし楽だろって言われちゃった。まあ、だから花が見つからなくても氷狼をテイム出来たら良いかなーなんて僕は思ってる」
「私も。ホワイトブレイズキャッスルで美味しい物を堪能した段階で北に来た意味はあったし、依頼に関してはもうどうでも良いのよね。失敗したらそのまま山を越えて隣国にでも行っちゃいましょうか」
「ああ、そういえばそんな話もあったか……。道中色々ありすぎてすっかり忘れてた。もし山越えするなら多少迂回しないとね、ドラゴンを刺激しないように」
「ドラゴンねー……やっぱり戦ったら負けるかしら」
「戦うっていう選択肢がそこで浮かんじゃうのかあ。個人的には対話を試みたい所だけど」
≪俺らレベルは足で一ひねりされるな≫
≪ぷちって効果音が聞こえてきそう≫
≪ドラゴンをテイムとか出来るのかな、将来的には≫
≪いやー……ドラゴンはレイド要素な気がするけど≫
レイドか。対スパイピオン戦のみたいな、複数プレイヤーでボスなどに挑むコンテンツの事だよね、確か。ゲームによって規模は違うらしいけれど、ドラゴン相手となると何百人規模になるのかなあ……、本気で討伐するとなると。
「記憶にも関係ありそうだよねえ」
力をつけよ、って神様?も言っていたし。そうなるとヴィオラの言う通り、ドラゴンとも戦う必要はありそうだ。
「他の国にもこういう感じのラスボス級生物が居ると仮定して、それらを倒して力をつけたらいよいよこの話はエンディング? となるとまだまだ先は長いわね……山を越えるなら無難に迂回をしましょう」
倒せる算段がついたら迂回するつもりはなかったんですね。さすがヴィオラさん。