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171.坂本隆太

ちょっと出掛けるんで早めにあげておきます!

「坂本隆太が出頭要請を無視したらしい」


 新たな豆料理を開発したりオフィス街で仕事をしたりしたあと、六時間の強制排出で出てきた僕へ投げかけられた第一声がそれだった。


「坂本隆太って……誰だっけ」


「プッツン星人と言えば分かるか? 父さんのクリスマスパーティを台無しにしたやつだ」


「ああ! ……え、無視したって? 一体なんだってそんな事を」


 名前にばかり気をとられて彼がなにをしたかを気にしていなかったけれど、なかなか危うい橋を渡っているようだ。出頭要請その物に法的拘束力はないけれど、要請を無視すれば印象は悪くなるし、それが元で正式に逮捕状が出される事もある。余程の事情がない限り要請は断るべきではないし、日程が合わないのであれば調整をしてもらえば良いだけの話だ。


「最近は毎日遊び歩いているようだから、郵便受けを見ていないだけじゃないか? いや、両親と一緒に暮らしていた筈だが……愛想でも尽かされたか。それか、気付いた上で無視しているのか。ゲーム内の印象だと、そっちの線も十分あり得そうだ」


「でも正直意外だったな。被害規模という意味では他の大きな犯罪に比べれば大した事はないけれど、証拠は完璧に揃ってたからとっくのとうに処罰を受けていると思ってた」


「まあ、VR空間初の刑事事件だからな。注目度が高いと判断して慎重に動いているようだ。和泉がまだなのかとぼやいていたよ。多分だが、今にいたっても期日連絡がない事を考えると少額訴訟の方も同じなんじゃないか。本来は裁判所が審理を引き延ばしてまで刑事訴訟の結果を気にする事はないが、今回の件は裁判所もどう扱って良いのか分からないのかもしれないな。元々オフィス街は日本の法律が適用されると定められているんだからなにも迷う必要はない訳だが……国の求めている結果を気にしてるんだろう」


「ああ……有罪にするべきなのか無罪にするべきなのか、注目度が高いからこそ求められてる答えを探ってるって事か……警察や裁判所が根拠にするべきは法律なんだから、国の意向を気にしてちゃ駄目な気がするけど」


「まあだが動きが遅いだけで起訴をする方向で進んでいるのは確かなようだ。そう気にしなくても良い筈だ。そうなれば裁判所の方も動くし問題ない。俺としても綴じの庭書店の件があるからな……そろそろ逮捕されてニュースになってくれた方が良いんだが」


 オープン記念サイン会となれば、ゲームに興味ない人も一定数来る筈。その前にオフィス街での違法行為が現実同様の処罰を受けるのだと、大々的に公表されて欲しいのだろう。気持ちは分かる。僕も自分が参加するイベントで揉め事が起きるのはごめんだ。


「そうだねえ。まあ、気長に待とう。出頭要請を無視したんだから逮捕状が出てもおかしくない訳だし、案外すぐかもよ?」


「そうだと良いがな。そういえば、あいつからストーカーの件についてなにか聞いたか? 警察は動いてる筈だが……」


 珍しく洋士が他人を気にかけている。いや、洋士にとってヴィオラはもはや他人ではないのだろう。彼女が洋士と家族になってくれればと、思わなくもない。こればかりは本人同士の問題だし、口出しすべき事ではないけれど。


「いや、なにも聞いてない。なんでも報告してくれるような性格じゃないし、単に言う必要がないと思ってるだけかも? 今日の朝食のときにでも聞いてみる?」


「いや、少し気になっただけだ。別に順調ならわざわざ聞く必要はない。なにかトラブルがあれば相談してくるだろう。……あとバイバイ草の件だが、ネットから拾える情報の中には少なくとも存在してなかった。やはり運営の中にエルフが居ると見て間違いないようだ」


「そっか……朝食で話す内容としては少し重いけど、ヴィオラに伝えない訳にもいかないね。狙いはなんだろう。まあ単純に働いてるだけって可能性はあるけど、それならエルフだけが知り得る薬草の知識を大放出するなんて無茶はしないよね。敵……吸血鬼がゲームをプレイしていないとも限らないんだし」


 日本の吸血鬼は人を襲わないけれど、それは僕達が決めたルールであって他種族は知るよしもない。現に僕や教授を初めとした何人かの吸血鬼がこのゲームをプレイしている。マンドラゴラやバイバイ草といった植物が原因で正体が露呈する可能性は十分考えられた筈だ。


「自分達以外知らないと驕っているのか、その情報を餌にする事で他のエルフを見つけ出すのが作戦なのか。なににせよ、この件は一応ソーネ社の代表には伝えている。彼女からの情報を待つしかないな」


「ふー……ここ数ヶ月だけで随分と色んな事が立て続けに起こってるね……百年分位のトラブルが一気に来た感じがするよ」


 それにその殆どが解決の糸口が見つかっていない。正直いつ何時どうなるか分からない状態が一番精神的に来る。


「はは、そりゃ大げさだな、せいぜい十数年分だろう。一体どれだけ平和ぼけした毎日を送ってたんだか」


「田舎の生活なんてそんな物だよ。洗濯して掃除して仕事して……ちょっと庭いじりと鍛錬をしたらあっと言う間に一日が終わる。つまらないと思うときもあったけど、今はちょっと懐かしいかも」


「……家に戻りたいのか?」


 ふと、真面目な顔をして洋士が聞いてきた。


「元々コクーンの改造の為だけにこっちに来てた訳だし、勿論用が終われば帰るよ? 人が住んでないと家も傷むし……」


「『戻りたいから戻る』のか? それとも、『戻りたくないけど戻らないといけない』だけか?」


「ど、どうしたの急に……そりゃ家があるんだから戻らないといけないでしょ。田舎とはいえ長い事空けていたら泥棒に入られるかもしれないし」


「俺が! ……俺が帰らないでほしいと言ったらどうする? ここでずっと一緒に暮らしてほしいと」


「え……」


「なあ、前も言った通り俺は父さんに恩返しがしたいんだ。ここに居てくれないか」


 今にも泣き出しそうな表情で洋士は呟いた。まさか彼がそんな事を考えていたなんて、微塵も気付かなかった。……否、気付いていたけれど気付かない振りをしていた。


「えっと…………ごめん、考えさせてほしい」


「分かった。無理を言って悪かったな」


 まるで僕の答えが分かっていたかのように、洋士はすんなりと引いて自室へと戻っていった。でも最後に一瞬だけ見えた表情は、言葉とは真逆に見えた。納得がいかない、諦めきれない、そんな感情が入り交じった表情。


 リビングに一人残った僕は、どうすれば良いのか分からずに項垂れた。


 洋士はきっと、家族と言う物に執着しているのではないだろうか。母代わりだったエレナは最近になって日本に戻ってきたとはいえ、ずっと海外に居た。だから近場の僕に対してそれを求めている……という事だろう。


 東京で、こんな高い場所に住んで窓の外をよく眺めているのもそれが原因な気がしてならない。だいぶ様変わりしてしまったとはいえ、ここは彼が生まれ育った町、江戸だ。上から見れば今も当時の面影が残っている部分も少しだけ見える。そこに彼の未練が垣間見えるような気がした。


 彼が望むなら家族になってあげたい、いや、僕は洋士を本当に息子だとは思っている。けれど僕には彼に言えない過去がある。その過去がある限り、僕は彼の家族にはなれないのだ。僕だけは絶対に。


 死にゆく洋士を吸血鬼にしてこの地獄のような永い時間へと縛り付けた上に、彼と血の繋がった家族を殺した僕だけは。洋士がずっと憧れている家族を……、この手にかけたのだから。


 謝って許される事ではない。それ以前に僕はその事を未だに伝えられていない。僕は卑怯な人間だ。自分から息子と物理的に距離をとっておきながら、息子に嫌われたくなくてこの事実をひた隠しにしている。


 きっと僕を助けてくれたエレナもこの事実を知ったら失望するだろう。


「は……なんて醜いんだろう、僕は」


 窓ガラス越しに映る自分の顔が、まるで蔑むような声で僕へと呟いている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有難う御座います。 ……そう言えば居ましたねぇ……そんな人。
[一言] さいっこうに暗いゼェ、、♡
[一言] |ω・*)知ってる気がする………………
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