170.許さない
「いただきます!」
翌朝。現実で朝食を食べた直後にもかかわらず、僕達はパンケーキを食べている。GoWのシステム上空腹度はあるけど満腹度は存在しないので、食べようと思えばいくらでも食べられる。とはいえ、朝食の直後にパンケーキというのは視覚的には満腹だと思うのだけど……。
「んー、美味しい!」
ヴィオラさんは全く気にならないようです。なんてこった。
「鬼も絶対喜ぶ味よ、これ! ……豆としてカウントされるかはさておき」
「あ、やっぱり?」
豆が材料に含まれてるだけじゃ豆と言えないかなあ……。
「今日はどうするの? 昨日と同じ位の距離を進む? それともアイシクルピークまで行っちゃう?」
アイシクルピークまでは残りは八十キロメートルほど。就寝時間には多少過ぎてしまうかもしれないけれど、やれない事はない。
「んー……、無理をすれば八十キロいけるかもしれないけど、『アイシクルピークは危険な場所だ』ってホワイトブレイズキャッスルで耳にたこが出来る位聞いたし、無理せず七十キロ進んだ地点で野営をしよう」
「分かったわ」
「あ、それと。出発前にちょっとだけ魔力感知の練習、してみない? 最初に魔力が流れる感覚さえ分かればあとは移動中も練習出来るでしょう?」
もうスノウラビットの移動方法にも慣れた頃だし、魔力感知の練習に集中したからといって振り落とされるヴィオラじゃない筈だ。具体的な数字は分からないけど、僕と一緒に行動している間に上がった魔法熟練度と自発的な練習を組み合わせれば、上手くいけばアイシクルピークに到着する前に魔力感知が出来るようになるのではないだろうか。
「そうね。じゃあちょっとお願いしようかしら」
「手の平を前に出してくれる? それじゃあ失礼して……今からヴィオラの身体に僕の魔力を流す。そこが魔力の通り道だから、移動中はそれを意識して練習してみて」
僕の言葉にこくりと頷き、ぎゅっと目を瞑るヴィオラ。どうやら緊張しているようだ。練習をしても現実同様魔法が使えないかもしれないと怖がっているのかもしれない。だから僕は——。
「えいっ」
「ひゃわっ!?」
ヴィオラの脇腹をつついてみた。目を瞑っていたヴィオラは、突然の出来事に驚いて変な声を上げている。
「ちょっ……なにするのよ! 真面目にやって!」
僕の肩を思いっきり叩くヴィオラ。瞳には怒りが滲んでいるし、顔も真っ赤だ。おっと……思ったよりお怒りだぞ。
「ごめんごめん、あまりにも緊張してるみたいだかったから。リラックスした方が魔力の流れが良く分かるでしょ? ほら、深呼吸深呼吸」
一応僕なりに理由があった事が伝わったらしく、渋々頷いて、深呼吸をしながら手の平を出すヴィオラ。まあさっきよりは肩に力も入っていないし、こんなもんかな。これ以上なにかしたら今度こそ許してもらえないだろうし。
「じゃあ流すよ……」
といっても、僕もそんな経験がある訳ではないので上手くいく保証はない。ただ、直接魔法を発動するよりも魔力そのものを矢に付与したりする事のが多かったので、他のプレイヤーよりは魔力の扱いは上手い筈だ。
それに最近では、普段から魔法の痕跡が見えるようにある程度魔力を瞳と指先に集中させている。これは教皇との会話がきっかけで思いついたのだけど、やり始めてから一気に魔法熟練度の伸びが良くなったのだ。もしも他人の魔力感知の補助に自身の熟練度が関係あるのだとしても、今の数値ならそれなりに上手くいくのではないだろうかと考えてヴィオラに提案したのだ。
ヴィオラの手の平に重ねた自分の手の平から、徐々に魔力が流れるようにイメージする。他人の魔力経路は目視出来ないけれど、無理に魔力を押し込もうとすると軽く反発を感じたので、一切反発がない所を探し出して魔力を流し込む。恐らくそこがヴィオラの魔力経路で間違いない筈だ。
「どう……今流れてると思うんだけど。分かるかな?」
「ええ、分かるわ。……それを自分の力だけで感じれるようになる自信はないけど」
「大丈夫大丈夫、魔術師プレイヤーが結構増えてきてるって事は、練習さえしてればどうにでもなるって事だよきっと。気楽に行こう」
そうやってヴィオラを励ましつつも、僕は僕で大変な事を思い出してしまった。そうだ、魔法陣の練習をしておかないと、王都に戻ったらシモンさんがテストをするって言ってたんだった……。
三人でテントを片付け、アイシクルピークへの道をひた走る。
途中で遭遇した鬼には豆の砂糖菓子を振る舞ってみた所、お礼にと鬼火のランプを貰った。
ちなみに、遭遇したときに「先日ハ助カッタ」と言われたので、多分同じ人物なのだと思う。
交流もほどほどに移動を再開すると、前方に見慣れたシルエットが見えてきた。
「……ヴィオラ、鬼さんが居るみたい」
「ねえ蓮華くん、ちょっと気になる事があるから今度は私が豆をあげても良い?」
「うん、勿論」
スノウラビットから降り、慎重に鬼さんへと近付くヴィオラ。
「あの……これ食べる?」
そっと豆を差し出すも、僕の時と違って鬼さんは敵対心むき出しの状態でヴィオラをにらみつけている。
「今更ナンノツモリダ人間」
「悪いと思って……私は貴方になにかされた訳でもないのに、不確かな情報を元に貴方を傷つけたから」
「フン……オ前カラノ施シハ受ケナイ、ナニガ入ッテルカ分カラナイカラナ」
そう言って突っぱねる鬼さんに対し、そっと布に包んだ豆を置き、その中の一粒を食べてみせるヴィオラ。
「一応、ここに置いておくわ。信じてもらえないでしょうけど、一応毒の類いが入ってない事も証明しておく」
名残惜しげではあるものの、これ以上なにを言っても無駄だと感じたのかヴィオラはその場を離れてスノウラビットの背に跨がった。
「……行きましょう」
「良いの?」
「ええ。確認は終わったから」
そう言って先行するヴィオラ。慌ててあとを追うついでに後ろを振り返ると、鬼さんはその場から動かずにじっと僕らの方を見つめていた。
ふむ……。もしかして、各プレイヤーに対して必ず同一の鬼さんが割り当てられているのだろうか。そう考えれば先程の鬼さんの態度には納得が行く。今まで散々豆をぶつけてきた相手が、今度は急に「豆を食べろ」と渡してきたのだ、警戒するに決まっている。
「だとしたら……なんの為にそんな事をしたんだろう」
ただの節分イベントであれば各プレイヤーの行動に合わせて反応を返す必要もない筈。そうではなく、他のNPC同様に人格を与えてそれ相応の反応を見せるという事は……。
「多分、これはただの豆まきイベントじゃないわね」
僕の独り言が聞こえたらしく、ヴィオラが口を開いた。
「というと?」
「鬼の立場になって考えたら、なにもしていないのにずっと豆をぶつけられる状況を許せると思う?」
「まあ許さないだろうね」
「さっきの反応で納得がいった。きっと今頃、どこかのプレイヤーが鬼に逆襲されてると思うわよ。いえ、まだだったとしても、近いうちに確実に堪忍袋の緒が切れる鬼が現れる筈」
「……運営はなかなかひねくれたイベントを考えるものだね……」
鬼も一般NPCと同様と考えればその結論にいたった人は多かったかもしれないけれど、「節分イベント」と題してしまえば大抵のプレイヤーが鬼に豆をぶつけるイベントだと思う筈。退散するどころか襲ってくるとは誰も思わないだろう。
「公式の告知文を思い返してみたんだけどね。『鬼に豆をぶつけろ』なんて一言も書いてないのよ。バレンタインのチョコレートの件もそう。自動生成なんて言葉は一言も書いてない。私達が勝手に解釈して、勝手に行動を起こしただけ。……蓮華くん、貰った鬼火のランプに効果はある?」
「えーと……『周囲を明るく照らし、隠されたアイテムや魔法を一定確率で見つける事が出来る。また、特定の種族は鬼火を怖がり、行動不能になる』、って書いてるね」
「つまり、ゲームバランスに影響を与えるアイテムよね。でも鬼に豆をぶつけた際に貰えるアイテムは、今の所分かっている限りアバターと家具。目で見て楽しむだけでゲーム的にはなんの能力も持たないアイテムなの。つまりこれは、運営的には蓮華くんのように鬼と仲良くするのが正解のイベントだった……って事じゃないかしら。でも、例え途中でそれに気付いたとしても、さっきのように鬼からの好感度はマイナス。そう簡単には上手くいかないって寸法よ」
「この世界その物はゲームだけど、そこに存在するNPCの行動理念はゲームだと安易に考えてはいけない……って事だね」
「ええ。意地悪いと思わなくはないけど、このゲームの特徴を考えればむしろ納得出来る。でもまだ取り返せる筈よ。好感度百パーセントは無理でも、せめてプラマイゼロまでは戻すつもり。だから蓮華くんは百パーセントを目指してちょうだい」
≪まじかよ……≫
≪今度からイベント告知文も疑ってかかれって事か≫
≪好感度マイナス百%が逆襲だとして……プラス百%の結末は気になるな≫
全く、まさか鬼さんの反応一つでそこまで思いつくなんて、ヴィオラの考察力には驚かされるばかりだ。
その後も時折現れた鬼さんに対しヴィオラは豆を渡し続け、八回目の遭遇辺りでようやく食べてもらう事に成功した。これが好感度ゼロの証なのかどうかは分からないけれど、仮にマイナスでもゼロに近い値まで減少してきているのではないだろうか。
僕の方も、五回目の遭遇時に「鬼の手甲」を貰った。ヴィオラに急かされながら確認した所、前回の「鬼火のランプ」同様ゲームバランスに影響を与える効果がついていた。
鬼の手甲:STR+1。また、特定の種族に対してはSTR+2。
夢にまで見たSTR上昇アイテム。鬼火のランプのときにも思ったけれど、特定の種族とはなにを指すのだろうか。まあ分からなくてもSTR+1だけで十分ではあるか。
≪うわ≫
≪これは喉から手が出るほど欲しいやつ≫
≪そういえばSTRとかのパラメータの意味って分かったん?≫
「あ、そうだ、言ってなかったね、ごめん。+1は一パーセントだった。だから+2は二パーセント……って感じで上がってくんじゃないかな」
≪結構でかいな≫
≪でも熟練度上がったところで感ない?結局攻撃力上がる訳じゃないでしょ≫
≪特定の種族に対してはSTR+2って記載で、攻撃力上がらないってある?≫
≪まあ熟練度システムも未だに謎が多いからな≫
「あ、ちなみにINTのときは複数の熟練度が上昇したから、STRもそう考えたら攻撃力も上がる、かも……? まあ話は戻るとして。アイテム入手って本当のランダム確率なのかな。正直好感度に依存してる気がするんだけど……」
≪豆ぶつけたときは多分ランダム≫
≪同じアイテム被る時多いし≫
≪貰うんじゃなくて、逃げるとき落としたって感じだから≫
≪蓮華君みてると豆貰うときは好感度依存っぽいよね≫
「この感じでいくと、次に貰うアイテムが怖いような……いや、今のが最後って可能性もあるけど」
「もしも好感度に依存しているなら、百パーセントでも何か貰えそうじゃない? それに、好感度百パーセントならもう少しアクションがあっても良いと思うのよ。さすがに食事してアイテムくれて去っていくだけは……」
「じゃあ更に上があるかもって事か……」
「それにしても、まさかパンケーキも豆扱いだなんて……ちょっと納得がいかないんだけど」
「豆が材料に使われてる料理ならなんでも良いのかもしれないね? でもずっとパンケーキじゃ飽きるだろうし、そろそろもう一品くらい考えるかあ」
日付も変わろうかという頃に、アイシクルピークまで残り十キロといった地点まで到達。ここから見る限り、アイシクルピークらしき山は想像以上に大きいようだ。あの頂上にドラゴンが住んでいるのか……。怖いな。
ヴィオラも寝るというし、今日はこの辺りで野営して鬼さんへの新メニューを考えるとしよう。