169.節分
昼休憩後に再びログインし、アイシクルピークを目指して出発してから少しあと。
遭遇した動物やら魔獣やらを狩り、カカオやラッピング袋、豆がたくさんドロップした。カカオとラッピング袋はともかくとして、節分イベントには参加していないのでインベントリ内の豆の数は増えていく一方だ。
「ねえ、どうして節分イベントに積極的じゃないの?」
期間限定でフィールドに出現する鬼に狙いを定めながら、ヴィオラが不思議そうな表情をしている。実はヴィオラが居ないときにも鬼が出現し、視聴者さんに同じ事を聞かれたのだ。でもそのときも理由をつけて豆をぶつける事はしなかった。
「んー……別になにかをされた訳でもないのに豆をぶつけるのが可哀想で?」
と、それっぽい理由を答えておく。全部が嘘ではない。単純に、僕の家に度々居座っている妖怪集団の中に鬼が居るからだ。彼は飲兵衛だし、やる事なす事がさつだけど、決して暴力的ではない陽気な性格なのだ。勿論、中には暴れん坊の鬼も居るかもしれないけれど、だからといって自分の知り合いまで一括りに「鬼」と呼ばれて豆をぶつけられるのはあまり気分が良いものではない。
吸血鬼や人狼、妖怪の類いが人々から疎まれる存在なのは分かっているけれど、なにか悪さをした訳でもないのに追い立てるのは嫌だと感じる。かといってあくまでこれはゲームだし、僕の考えをヴィオラや視聴者さんに強要するつもりは毛頭なかったので黙っていたのだ。
「……じゃあ逆に、鬼に豆をあげれば良いんじゃない?」
「え?」
「ほら、童謡にもあるじゃない? 『豆が欲しいか、そらやるぞ。皆で仲良く食べような』って。だから一緒に食べれば良いんじゃないかと思って」
≪それ絶対間違って覚えてるw≫
≪皆で仲良く食べに来い、なんだよなあ≫
≪パリピの発想っすね≫
ヴィオラの勘違いはともかく、豆を一緒に食べるという発想には目から鱗が落ちた。豆をぶつけないからといって、その結果が必ずしも傍観である必要はないのか……。
「ほら、試してみましょうよ、あそこの鬼相手に」
僕のケープをぐいぐいと引っ張りながら、鬼へと近付くヴィオラ。しかし良いのだろうか。僕の意見を汲んで行動するという事は、ヴィオラも節分イベントを放棄する事になるような……。
「い、良いの? 別に僕はイベント参加しなければ良いだけだし、ヴィオラは報酬目当てでしょう? 豆をぶつけた方が……」
「限定アイテムはオークションでも手に入るから……鬼と仲良くしたい蓮華くんの隣で、鬼に非道な行いをするほど性格は悪くないつもりよ」
こうなるから言いたくなかったんだよなあ……僕の為にヴィオラが我慢しているようで、どうにも心苦しい。
「変な罪悪感感じてるでしょ。ゲームなんだからいちいち気にしないの! ほら、さっさと豆をプレゼントしましょ!」
どん、と背中を押された僕は、鬼の正面に飛び出す形になってしまった。鬼はいきなり現れた僕に驚いたような表情で固まっている。
「えーと……豆、一緒に食べませんか?」
「クレルノカ……?」
「ええ。お嫌いじゃなければ、ですけど」
「アリガタイ。腹ガ減ッテ動ケナカッタノダ」
そう言うと、鬼は一礼をして去っていった……。
「特になにも起こらなかったね」
「豆をぶつけてアイテムが貰えるのは低確率だもの。豆をあげても、なにかが起こるのは低確率かもしれないわ。とにかく豆を渡す事は出来たし、お礼も言われた。という事はこの展開も想定されていた可能性があるでしょ?」
「確かにそうか……」
鬼も居なくなった以上いつまでもここに留まる意味はないので、再び先を急ぐ。
他愛のない話をしながら進み、時折狩りをする。その繰り返しで七十キロメートルほど進んだ辺りで、時刻は二十三時を指していた。ヴィオラはそろそろ寝る時間だ。
「今日は随分と進めたわね、これもスノウラビットのお陰かしら。この瞬発力ならアイシクルピークで氷狼と戦っている最中も自分の身は自分で守れるでしょうし、良い選択だったかも」
「うん。正直ウサギさんが馬より早いとは思ってなくてびっくりした。……この大きさなら氷狼と大差なさそうだし、捕食される心配もなさそうだね」
「そうねー、狼の所に行くのにうさぎ?って最初に思った自分が浅はかだった。……さて、それじゃあ私はそろそろ寝るわね。お休みなさい、蓮華くん、アインくん」
「あ、どうせならテント出すから睡眠バフとったら? もうたき火を起こさなくても大丈夫みたいだし」
「ん……そうね、そうするわ。テントの中も見てみたいし」
早速買ったばかりのテントを三人で設置。高級なだけあって、元々組み立ても複雑ではない。あっと言う間にテントは組み上がった。
「……本当に広いな」
説明を聞いただけで即決してしまい、中を見た事はなかったので実際に目の当たりにしてとても驚いた。広すぎる。洋士の家のリビング程度の広さはあるのではないだろうか。という事は……三十畳以上? 店主さんが力説していた理由が良く分かる。よもや野宿でこんな豪勢な部屋で寝る事が出来る日が来るとは。
「サービスでつけてもらった家具も素敵ね。野営なのにふかふかのベッドで寝れるなんて……」
ヴィオラはうっとりした表情でベッドに横になった。
「それじゃ、今度こそお休みなさい、蓮華くん、アインくん。また明日ね」
「お休みヴィオラ」
彼女の姿が消えるのを確認してから、僕は口を開いた。
「……よし。作りますか」
「さて、キッチンはどんな感じかな、と……」
現代日本によくあるキッチン設備だ。嘘でしょ、まさかキッチンもロストテクノロジーだったなんて……。使いこなせるだろうか。
「じゃ、きな粉からだな」
≪????≫
≪当たり前のように大豆を調理しようとしている??≫
≪説明省くのやめいwww≫
「ん、ごめんごめん。鬼さんに豆を渡す事にしたし、どうせなら美味しい物をと思って……色々実験してみようかと。既に炒ってある豆だから、ある程度レシピは限られちゃうけど」
ミキサーなんて高度な物はないので、すり鉢とすりこぎを使う事にする。まず始めに、インベントリから取り出した布に、大豆を載せて包み、すりこぎで上からたたき潰す。ある程度形が崩れてきたらすり鉢へと投入し、ひたすらすり潰していく。完全に力作業だ。
ごりごり、ごりごり、ごりごり……。
きな粉を作っていると、例の知人の鬼を思い出す。きな粉が豆から出来ているのを知ってか知らずか彼はきな粉がとても好きで、うちに来る度にきな粉餅を酒の肴にどんちゃん騒ぎをしていたのだ。
≪夜中に一体何を見せられているのか≫
≪チョコだけじゃ飽き足らず、大豆まで……≫
≪今の所飯テロっぽくないからセーフ!≫
「ちょっとした手間で美味しさは倍増、ってね……ふるいにかけてカスを取り除けばきな粉の完成! さてこれで……」
≪ごくり……≫
≪餅はないよね?≫
≪どうするつもりなんだ……≫
「薄力粉を使って……パンケーキを作りたいと思います!」
≪うわあああ≫
≪夜中にやるもんじゃねええええ≫
≪ひどい拷問だ!≫
「分量は……まあ適当で良いか」
薄力粉、ベーキングパウダー、きなこ、砂糖、卵、牛乳を順番に混ぜていく。なんだかんだ便利なので、実は薄力粉やベーキングパウダーは、クリスマスパーティ以降常にストックするようにしている。子爵領で無水シチューが作れたのもその為だったり。オークションに流してくれている生産者さんに感謝だね!
「そして焼く」
≪めっちゃ美味しそうではあるけど、これは豆を渡した事になるのか?w≫
≪もはや豆の原型がないぞw≫
≪ざ、材料が豆だからセーフ!?≫
≪どちらかと言えばほぼ小麦粉w≫
「あー、確かに……美味しいは美味しいだろうけど、これだと豆と言えるか怪しいな。じゃあ次はもっと豆っぽい物を作ってみよう」
フライパンに砂糖と水を加えて一煮立ちさせたタイミングで炒り豆を投入する。砂糖がさらっとしてきた所ですぐ火を止める! はい! 今だ! そして混ぜる!
「ん、これなら良いんじゃない?」
≪まあ豆だね≫
≪これなら大丈夫そう≫
≪節分イベントってなんだっけ?レベル≫
≪バレンタインならまだ理解は出来たんだが……≫
どうやら視聴者さんは豆を調理するという発想についていけないらしい。ふっ、まだまだだな……。豆を貰う鬼さんだって、美味しい物が食べたいに決まっている!
「でも、個人的にはいつも豆をぶつけられているなら豆っぽい食べ物って見たくないと思うんだよね。だからパンケーキの方を気に入るに一票」
まあ味覚が日本人に近いなら、パンケーキよりも豆の砂糖菓子の方が気に入るかもしれないけど……。
≪蓮華くんは北に何しに来たんだw≫
≪当初の目的忘れてそう≫
「いやいや、ヴィオラじゃないんだから覚えてるよ。氷狼とグラシアルムースとテイム契約を結ぶんだよね。……ん?」
自分で口に出してからなにか違和感が。大事な事を忘れているような……。
≪依頼の存在忘れてるw≫
≪幻の華どこいったw≫
「あ、そうだった……ヴィオラみたいなミスを犯してしまった」
≪本人居ないところでディスってたってチクるぞw≫
≪悪口w≫
「いやー、でも実際さ。ひんやりした生地とか超高性能なテントを手に入れて、その上新たな仲間が増えたとしたら、ぶっちゃけもう依頼が達成出来なくても十分だよね。正直幻の華って言う位だし、本当に撮影に成功するとは思ってないからさ……骨折り損にならないならそれで良いかな、と」
≪まあね≫
≪でもちょっと見てみたい≫
≪忘れてた事を誤魔化そうとしているな≫
≪実は蓮華くんが一番キッチン目当てだった説……≫
いや、本当はキッチンの為にこんなに高いテントは要らないと思ってたんですよ? でも実際に見て使ってみたらやっぱり良いなって……思っちゃったんだよね、これが。





