167.豪勢だね
昨日はあれからGoWに戻り、フロストウルフケープを入手した。文字通り氷狼の毛皮から出来ているケープらしく防寒性に優れているとの説明に、既存の防具の上に着られる点も鑑みて即決。ただし氷狼の毛皮を傷一つなく確保するのが難しいらしく、それなりに値が張った。
ヴィオラをコンビニまで送り届けたあとはオフィス街の執筆部屋で新刊に掲載する分の短編を執筆。これがなかなか……本編を知らない人でも楽しめる内容となると難しく、あっと言う間にヴィオラを迎えに行く時間になっていた。
帰宅後、ヴィオラは三時間だけ仮眠をとると宣言。それだけで大丈夫なのかと心配になったけれど、前のコンビニでもそれ位だったと聞いたのでひとまず様子見。あまり寝過ぎると昼夜逆転してしまうので嫌なのだそうだ。
朝九時、眠そうなヴィオラを引きずるように千里さんがこちらの部屋にやってきたので、五人揃って朝食を食べた。ふらふらだけど本当に大丈夫なのだろうか……。
「ゲームをしている方がうたた寝しないで済むから」というヴィオラの意見を尊重し、十時丁度にゲームを再開。
「……って訳で僕はフロストウルフケープを着る事にしたよ」
そして今、昨日の進捗を共有中。
「あら、お揃いね。じゃああとはテントと騎乗動物の確保かしら?」
「うん。昨日情報収集した感じだと、ちょっと値は張るけどフロストビソンのテントが良いみたい。あと、手っ取り早い防寒対策として火属性の魔核を加工した『ヒートコア』なる商品が売ってたから二つ買ってみた。手に握った状態で自分の魔力を流し込めば、身体が温まるんだって」
「便利な道具があるのね。でも……エンチャントと言い、その道具と言い、段々魔法必須の流れになってきたのが……」
ヴィオラの顔が一気に曇る。事情を知らない視聴者さんからは「試しにやってみれば?」といったコメントが多数届いているけれど、彼女の事情を知っている僕はどう返答すれば良いだろうか。
「んー……僕とパーティを組んでそれなりになるし、ヴィオラの魔法熟練度自体もまあまあ上がってると思うんだよね。だからプレイ当初よりも魔力感知の難易度は下がってる筈だし……やってみる? 上手くいくかは分かんないけど、僕がヴィオラに直接魔力を流し込めば、感覚を掴みやすいかもしれないし」
暗に「これはゲームであって現実じゃないから一旦試してみてはどうか」というニュアンスを含めて提案してみた。熟練度という目に見える数値がある以上、どこかのタイミングで強制的に魔力感知が出来るようになるのではないかと考えたからだ。
「そう、ね。じゃあお言葉に甘えてお願いしようかしら」
「おっけー、じゃあアイシクルピークで色々修業しよう。あと騎乗動物についてだけど……スノウラビットで大丈夫? 動きがちょっと特殊で慣れるのに少しかかるらしいけど」
子爵領とは違い、騎乗動物にはいくつか選択肢があった。その中で「最悪返却しなくても済む動物はどれか」と確認した結果「スノウラビット」だと言われたのだ。なんでも繁殖率が高いので多少減っても元が取れるかららしい。ただ他の動物と違って飛び跳ねるように移動するので、慣れないと振り落とされる危険性があるとも教わった。
「氷狼の強さが分からないから死に戻りする可能性もある。他に選択肢がない以上、慣れるしかないわね」
「ん、じゃあテントを購入して氷華亭でご飯を食べたら、フロストラビットを借りて出発しようか」
「ええ、そうしましょう。テントのお店は目星をつけているの?」
「うん、そっちも冒険者ギルドで色々聞いた上で下見をしてきた。この辺りは血の気の多い生物も多いし風も強いから、多少値が張っても長期補償してくれるお店で買った方が良いって言われたんだ。安い店じゃ数回使用して壊れるとかざらなんだって」
「そういう所は現実と大差ないのねー……特に旅人は事情を知らないからカモになりやすいでしょうし」
「下見をした感じはとっても親切だったよ。ヒートコアもそのお店の店主さんに教えてもらったんだ」
そう言って早速目当ての店へとヴィオラを案内する。昨日のうちに複数人で使える大きめのテントをいくつか紹介してもらって目星をつけているし、意見さえあえば割とすぐに決まるのではないだろうか。
「おお、昨日のあんたか。待っていたぞ。あれから色々引っ張り出してきたから、ゆっくり見ていってくれ」
そう言って目の前に運ばれてきたのは五つのテント。昨日は三つだったから、二つ増えたらしい。
「えーと、昨日説明を受けた三つは僕から説明するね。左から順に、まずこれが一番無難なテント。フロストビソンの皮で作られてて暖かいみたい。付加価値はなし。次が軽量化されたテント。多分僕達にはインベントリがあるから関係ないね。その隣が火の魔核が使って更に暖かさを追求したテント。寒がりな人にお勧めみたいだけど、中に居る人の魔力を吸うみたいだから切羽詰まったときは困るよね」
という事で僕としては一番無難なテントで良いのではないかと思っていたのだけれど。
「残りの二つはこっちで説明しよう。左も三つ目と同じく暖かさを追求したテントだが、ロストテクノロジーを使用して外部の冷気を熱に変換してテント内を温める構造だ。使用者の魔力を必要としないのがメリットだな。そして最後に一番右のだが……こいつは凄いぞ、ロストテクノロジーてんこ盛りだ。まず広い。見た目に反して中はだだっ広い部屋になってる。ベッドも余裕で置けるし、キッチン完備だからうまい飯も食える。それに何より、寒暖どちらにも対応した内部空調機能つきだ。……だが、ちっと値が張る」
「寒暖どちらにも対応……って事はどの地域でも関係なく使えるって事か。良いなあ……でも高いんですよね? おいくらですか?」
「まあ、デメリットもあってな。ロストテクノロジーを修理出来る奴なんか居ないから、壊れたらどうしようもない。だから多少値引いて……三金だな」
「さ、さんきん……」
三十万か。機能を考えたら安いのかもしれないけど、数十銀で済む他のテントと比較したらとんでもなく高い。
「一番最後のを買いましょう、蓮華くん。私が全額払うから」
驚く事に、ヴィオラが即決した。え……? まさかキッチン完備に惹かれた訳じゃないよね……。
「この先どこへ行くにしても絶対必須な物なんだから、少しでも快適に過ごせる方が良いでしょう? それにこれなら灼熱地域でも使えるから荷物も減るし。中が広い部屋なら、今後人数が増えても平気じゃない?」
「た、確かに……。でもロストテクノロジーの故障は怖くない?」
「まあそうねえ……でもぶっちゃけゲームよ? あえて故障する設計にしてると思えないんだけど」
ゲームと考えれば確かにそうか。それに僕達プレイヤーはロストテクノロジーに使われている古代文字が読める訳だから、修理方法が分かる可能性もある、かも? ふむ。
「じゃあ一番最後のにしようか。でも全額ヴィオラが支払うのはおかしくない?」
「普段から料理を作ってもらってるもの。材料は現地調達とはいえ、調味料や調理器具は蓮華くんの私物だし、なにより料理という労働に対する対価だと思ってここは払わせて。ふふ、立派なキッチンを提供すると思えば安いものだわ。……と言う訳で、これをちょうだい」
「ねーちゃん太っ腹だなあ! 毎度あり!」
「ちょ、そんな勝手に!」
って言うか色々御託は並べてたけど、やっぱりキッチンが目当てだったんじゃないか!
「四の五の言わせないわよ?」
そう言ってヴィオラはさっさと店主さんに代金を支払ってしまった。まあ確かにさっき生地を買って財布が心許ないから助かると言えば助かるけど……。うーん、アイシクルフェザードリフトの生地でヴィオラ用のインナーを作れば多少は恩返しが出来る、かな……?
≪中が部屋とか、そんなロマン溢れる商品あるんか……≫
≪さ、三金は高いけど欲しい≫
「さて。じゃあ氷華亭でご飯を食べましょうか」
店主さんにお礼を言ってから三人で店を出る。それにしても……。
「ヴィオラ最近豪勢だねえ……」
「ん、まあ……ぶっちゃけ子爵領と王都で結構な収入があったし、王都でがっつりポーションを売りさばいたから懐は潤ってるのよ。だから価値ある物を手に入れるのにお金を惜しむ必要はないかと思って」
「確かにこのテントは相当な価値だもんね。でも氷華亭で二回も食べるとは」
「王都を拠点にするなら、最北端なんて今回を逃したら二度と来ないかもしれないじゃない?」
そんなもんか。まあ旅行中はある程度豪華な食事を食べたりするし、それに近いと思えば納得は出来る。
氷華亭で、前回頼まなかったコース料理をそれぞれ注文したあと。今が丁度良いタイミングだと思い、僕はインベントリからラッピングされたチョコを取り出してヴィオラに手渡した。
「はい、これ」
「え、なに? イベントのチョコ……とは形も違うしラッピングも豪華ね。どうしたの、これ? ってちょっとバフが二種類あるんだけど!?」
「ヴィオラがログアウトしたあとにちょっと実験をしてみたんだよね。手動でチョコレートを作ったらそうなった。で、折角の手作りチョコだからラッピングも豪華にしようと思って雑貨屋で買ってきたんだ。それ、ただの飾りじゃなくて髪留めなんだ」
「本当だ……綺麗ね」
そう言って髪留めを包装から外すヴィオラ。じっと観察してから、おもむろに自分の髪の毛をぐっと上にまとめ始めた。
「慣れないと難しいわね……どう? ポニーテールにしてみたつもりなんだけど。似合うかしら?」
軽く後ろを向いてこちらに髪を見せるヴィオラ。予想通り銀髪には青い髪留めは良く映える。
「ん、似合ってるよ。とっても綺麗だ」
≪う、うなじが……≫
≪見てるこっちが恥ずかしくて見てらんないんですけど!≫
≪かーっ!蓮華さんがすけこまし過ぎて‼≫
視聴者さんが凄いざわついてる。そんなに変な事を言ったかな? いや、それよりもうなじって。一体どこを見てるんだか。





