Side:ヴィオラ編4
夜勤は比較的来客数が少ない。
客がいないタイミングを見計らい、黙々と掃除と商品の補充と廃棄品のチェックを行ったあと。一息つく為にレジカウンターの中に入ったタイミングで休憩上がりの同僚に話しかけられた。
「やー、だるいっすよね。そう思いません?」
「え?」
「機械になんでもかんでもやらせるのが当たり前なのに、掃除とか自分達でしないといけないのが……特に人が少ない夜勤の仕事みたいなとこあるし」
「そんな事言って……。機械が導入されたらバイトの募集もなくなる。困るのは私達よ?」
「あ、確かに。稼げないのは困るっすね!」
朗らかに笑う同僚。確かに昨今は様々な所で機械による自動化が進んでいる。けどコンビニは比較的遅れがちだ。理由は色々あるみたいだけど、真っ先に上がるのが機械の導入費用。一口に機械と言っても、掃除、品出し、レジ、発注と分野別に揃えれば莫大な資金がかかる。店舗数が多いコンビニだからこそ導入ハードルが高いらしい。
本当、昔に比べて色々変わったわよね……。コンビニと言えば、強盗被害に遭う事がある。昔は本社マニュアルなんて物が存在しなくて、各店舗の責任者判断で対応方法が変わっていたりした。
大抵がカラーボールを投げたりレジ下のボタンで警備会社への連絡なんかを求められるけど、ひどい上司に当たったときは「どうして犯人を捕まえなかったのだ」と凄い剣幕で怒られるときもあった。
だけど……今はそんな苦労はない。監視カメラの性能が向上した事、全ての国民データが電子化した事により、どんな犯罪でも大抵はすぐに犯人が特定出来るようになったからだ。だから本社側で「自分の命を守る事を最優先に傍観に徹する事」というルールで統一された。
まあ、そもそも一昔前と違って電子マネー普及率は七割に上る。レジにほとんど現金が入っていないのだから、余程の馬鹿じゃない限りは強盗なんてしないでしょうね。
毎日ただぼんやりと生きていると気付かないけれど、こうやって改めて振り返るとめまぐるしく変わっているのね。それに気付かせてくれたという意味ではこの同僚は少し面白い。
それになにより、面倒じゃない。言葉遣いこそ褒められたものではないけど、しつこく迫ってくる事も、態度が悪いと怒り出す事もない。まだ初日だから断言は出来ないけど、適度な距離を保ちつつ雑談で時間を潰せるし、仕事仲間としては悪くない。
「そーいや朝森さんはなんでコンビニ夜勤を選んだんすか? や、別に深い意味はないんすけど、男ならともかく女性で夜勤は危ない気がするし、朝森さんのルックスなら芸能界とかでもやっていけそうだなーって。そうじゃなくても仕事は丁寧だし頭も良さそうだし、普通に就職とか出来たんじゃないっすか?」
「芸能界なんて、買いかぶり過ぎよ。そうねえ……バイトの方がシフトの融通が利くから選んだの。夜勤を選んだのは単純に時給が高いから。それに日中帯に働いちゃうと、イベントが被ったときに困るもの」
「なるほど。推し活って奴っすかね。あ、朝森さんだけ答えるのは不公平なんで俺も言いますけど、日中帯だと知り合いに会いそうだったんで。俺馬鹿だから、金の無駄だし大学行かなかったんすけど、やっぱ同級生とかは同情してくるんすよね。それが嫌で」
聞いてもいないのに変な正義感から答えてくる同僚。まあ自分から話を続けてくる分には問題ない。一番困るのは「聞き返してくれオーラ」を出してくる輩だ。興味もないのに質問をするのはだるいし、それで仲良くなったと勘違いされるのはもっと困る。
「そう。別に自分の人生だもの、自由に生きれば良いと思うけど。大学に行ったからって身になるとも限らないんだし、早い内から自分の力で稼ぐのも悪い事じゃないでしょ」
「そうっすよね!? やー、朝森さんいい人だなあ……ま、これからよろしくっす」
同僚が握手を求めてきたタイミングで来店を告げるアラーム音が鳴った。入り口に目を向ければ、見慣れた人物がそこに居た。
「いらっしゃいませー」
「客が来た」から手を握り返さずとも不自然ではない。けどそこに対する安堵より、警戒心が上回った。
「おや、お久しぶりです」
買う物が決まっているのか、来店したと思えばもう品物を手にレジへやってきた。
今気付いたかのように私の顔を見て驚く相手。嘘くさくはない。……けど。
「はい、お久しぶりです」
「いつもご利用ありがとうございます」は違う会社なのでおかしいかと思い、やめておいた。
「お? お二人は知り合いっすか?」
同僚が話題を掘り下げてくる。普段なら面倒だと思うけど、今は少しありがたい。私もこの男性が何故ここに居るのか気になるからだ。
「知り合いというほどでは。僕がいつも行っているコンビニの店員さんだったので」
「あー、そうなんすね。えっと、今は偶然……?」
暗にストーカーなのか?と問いかける同僚。この瞬間、私の中で彼の好感度が急上昇した。やるじゃない。
「いや、別にストーカーではないですよ!? あっちは職場近くで、こっちは家の近くなので……」
別におかしい点はない。むしろこの人が着ているスーツは一目で高級だと分かる物だし、この辺りに住んでいると言われて納得がいった。
でも。少し気になる事はある。会計を済ませ、「それじゃあ」と去って行く男性の背中をぼんやりと見送りながら、携帯に入っていた警察からの留守電を思い出した。
『被疑者は容疑を認めてはいるものの、警告や接近禁止令を飛ばして逮捕された事に動揺しているようです。余計なお世話かもしれませんが……前科がつけば逆恨みをする可能性もあるので、ご自身の為にも示談も視野に入れた方が良いと思います』
なんでも、「話が違う、こんな筈じゃなかった。犯罪者になるなんて冗談じゃない」と繰り返しているらしい。
でも、本当に文字通りの意味だろうか。本当に自分の意思で私につきまとい、警告や接近禁止令が出たタイミングで身を引けば良いと考えていた、と?
なにかが引っかかる。いや、「なにか」ではない。本当は一つ疑っている事がある。でもそれは全く突拍子もない話で、証拠も一切ない。あくまで私の推測の範疇を出ない。
でもまだバイト初日だ。それもここで働くと決めたのは今日の今日。それなのに前の職場の常連が顔を見せたのだ。偶然と思う方がおかしい。
ただ、向こうの表情……明らかに驚いた顔をしていたわよね……。あれが演技だとしたら俳優になれるレベルだわ。本当に私が居て驚いていた感じだったけれど……。
あの男性は前の職場にも足繁く通ってきていたけれど、名前やシフト、連絡先を聞かれた事は一度もない。本当に模範的なただの一顧客だった。あちらでは日勤シフトも組んでいたから昼によく見かけたし、職場の近くと言うのも不自然ではない。
でも本当に偶然かしら? 自分の手は汚さず、他人にストーカーさせていた可能性はないのかしら。それならば犯人の「こんな筈じゃなかった」という発言も辻褄は合う。例えば報酬としてお金を貰っていたら。警告や接近禁止令は前科にはならない。私からの心証が下がる以外にデメリットはなにもないと考え、言う事を聞いていたとしてもおかしくはない。
確か、私があのアパートに住む前から犯人は隣の部屋に住んでいた。となればストーカーをする為に引っ越してきた訳じゃない。私が言うのもなんだけど、あんなにボロいアパートに住んでいるという事はかなりお金に苦労している可能性は十分にある。お金に目がくらんでストーカーの真似事をしたとか……。
「いらっしゃいませー」
来店を告げるアラーム音と同僚の声で我に返る。考えたって仕方がない。第一、もしもお金につられてストーカーをしていたとしても犯人は既に逮捕された。性懲りもなくストーカーをしてくる事はないだろう。
でももし仮にお金を払って他人にストーカーをさせていたならなにが狙いだったのかは気になる。私の情報を手に入れる為? いや、私が住んでいる場所を自力で突き止めたから隣人を囲い込んだのだろうし……他になにか知りたい情報があったのだろうか。
……犯人も今の男性も、人間族の筈。他種族の気配は感じなかったからそっち関連の線はほとんどない……。あるとしたら私がエルフだと確信を持った上で利用したいとか。でもそれならストーカーじゃなくてもっと強硬手段を取る筈よね。
これ以上考えた所でどうにもならないわね。やめやめ! そんな事よりもバイト代でなにを買うかを考えた方が建設的。今月はグッズ系が多いし……先月買い損ねた新刊も欲しい。
ああ、あと蓮華くんの隠し事も気になるわね。視聴者さんとなにかしてるみたいだし……配信アーカイブを覗くのはマナー違反だと思うからやらないけど、いい加減気になって仕方がない。
夜食を買いに来たらしい客の会計を行い、背中を見送る。あと数時間、頑張らないと。