表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

200/316

166.説明とロストテクノロジー

 視聴者さんのコメントに見送られながら、道の端っこによって簡易ポータルを使用する。と、まばたき一回の間に見慣れた執筆部屋の玄関へと移動していた。靴を脱いで上がる。黎明社側に通知は届いているだろうし、佐藤さんが来るまで少し仕事でもしようかな。


 十六時丁度。来訪を告げるシステムウィンドウと共に『黎明社:佐藤真人』の文字が視界に表示された。『解錠』ボタンをタップしてから席を立ち、玄関へと向かう。


「ああ、蓮華先生こんばんは」


「こんばんは、佐藤さん」


 そういってソファへと誘う。僕のインベントリからお茶を二人分取り出してローテーブルへと置く。危険な行為は禁止されているものの、飲食物などはある程度自由に持ち込めるので重宝している。したがってこの部屋の冷蔵庫の中は空っぽのままだ。


「あ、わざわざすみません。……ではまずサイン会の件ですが、現時点での先生のご意向をお伺い出来ればと」


「サイン会の実施そのものは了承していますし、異議はありません。ですがその、『綴じの庭』書店……でしたか。そのオープン記念イベントとなると、想像以上の規模感で正直困惑しています。僕以外にもっと適任の作家さんはたくさん居ると思いますし……」


 「別の方へオファーをした方が良いのではないでしょうか」と続けようと思ったが、佐藤さんが困ったような表情で僕を見つめるので途中で止めてしまった。うう、そんな表情をするって事はここで断ったら黎明社に迷惑がかかるって事だよね……でもイベントがこけたらそれこそ損害どころの騒ぎじゃないだろうし……。


「先生はどうもご自分の知名度をあまりご存じないようですね」


「知名度、ですか? 確かに何作品かはメディア化していますが、そこまで人気というほどではないですよね」


「最近は出版業界の冷え込みも強く、第二回SDGsなどの運動などの影響もあって紙の書籍と書店は減少の一途を辿っています。ですがやはり、読書家の多くの方は紙の書籍を求めます。そしてその中でも特に、ファンの年齢層が比較的高めの時代小説のジャンルは紙での売上が依然として高いように思います。我々としても紙での販売は続けたいという思いはありますが、コスト削減を考えると印刷工程を挟まずに済む電子書籍はとても魅力的です。『綴じの庭』書店は言わば出版業界の起死回生の手段として計画されました」


 この話からどうやって僕の件に続くのかは分からないけれど、ひとまず佐藤さんの言葉に頷き先を促す。


「この書店はリアル書店のように実際に手に取って電子書籍を購入、閲覧する事が売りになります。なのでどちらかといえば紙書籍派の方々に来ていただきたい。ですが、電子書籍を苦手とする方はテクノロジー全般を苦手としている事もあります。ですからそもそも高い機材を用意してまで、VR世界へと本を買いに来ようという決断をしません。そこで各社がそれぞれ懇意にしている先生へとお願いし、合同サイン会を行おうという話になったのです。弊社内では蓮華先生に白羽の矢が立ちました。直木賞の受賞歴もあり、メディア化もされるほどの知名度を誇っているにもかかわらずサイン会の類いを一度も行っていなかった先生が、VR空間で初のサイン会を行う……。ファンであればどうにかして参加したいと思うでしょう。それに実は、新シリーズである妖怪物は時代小説であるにもかかわらず比較的若い世代の方々も購入しています。ですから元々電子派である方々に対してのアピールポイントともなるのではないかと。……ご納得いただけましたでしょうか」


 ああ、僕一人だけではないのか。それならイベントがこける心配はそこまでないかもしれない。ただ、僕の場所だけ閑古鳥が鳴いてしまえば黎明社の面目は丸つぶれ。果たして僕にそんな大役が務まるのだろうか。


「理由は分かりましたが……普通サイン会というのは、新刊の発売に合わせて行うものではないでしょうか。妖怪シリーズは現在連載中ではありますが二巻が単行本として発売されるのはまだ先でしょうし、新刊もなくサインを行うのは厳しいとと思いますが」


「元々弊社から出版している単行本の『刀匠と桜』を文庫化する話が出ていたかと思います。先日文庫限定書き下ろし短編もいただけた事ですし、こちらをサイン会当日に発売出来ればと」


「サイン会まで……あとひと月しかないんですよね? 間に合うんですか?」


「本編原稿となると厳しいかもしれませんが、書き下ろし短編部分であればこちらのチェックもそこまで時間はかかりません。それになにより、電子書籍は印刷工程がありませんからひと月あれば十分間に合います。で、ですね……ここからがご相談なのですが、その文庫本に宣伝も兼ねて妖怪シリーズの短編をつけられないかと。出来れば妖怪シリーズを読んだ事がない読者も楽しめる内容だと尚良いのですが。期限はサイン会一週間前までのおよそ四週間とタイトになりますが、お願い出来ないでしょうか?」


「う、うーん……書き下ろし短編を書くのは問題ないですが、サイン会の規模の大きさに尻込みしていると言いますか……正直、僕のブースだけ不人気だったとしたら黎明社さんの面目丸つぶれですし……」


 あはは、と笑いながら佐藤さんが僕の肩を軽く叩く。随分と馴れ馴れしい……いや、そんな事思ったら失礼か、気さくな人だ。


「そんな事気にする必要ないですよ! 複数人の作家のサインが貰えるとなればファン以外の方も並ぶ筈です。不人気ブースにはなりようがありません」


 確かに佐藤さんの言う事も一理ある。きっかけが好きな作家さんのサインを貰いに行く事だったとしても、どうせなら他の作家のサインもついでに欲しい!と言う人は一定数居る筈。それなら過度に心配する必要もない、のかな?


「そうですか……では普段からお世話になっていますし、お引き受けします。妖怪シリーズの短編についても承知しました。四週間というと、具体的にはいつまでですか?」


「サイン会が三月三日の土曜日ですから、その前週、二月二十五日の日曜日中にいただければ問題ありません」


 今日が一月三十日の火曜日……四週間に少し欠ける位か。執筆速度はそこまで遅い方じゃないし、短編程度なら間に合う。問題は良いネタが浮かぶか、だ。


「分かりました。文字数はどれ位でしょうか?」


「おっと、失礼しました。……三千から五千文字程度でお願い出来ればと。サイン会の出演料や具体的な動きについては弊社の別部門から改めて話があると思いますので、よろしくお願いいたします」


「はい、よろしくお願いします」


「では僕はこれで失礼します。お時間いただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」


 佐藤さんを見送ってほっと一息。篠原さんと比べてしまうからか、悪気はないのかもしれないけれど、ちょっと失礼な人に感じた。いや、今までずっと黎明社の好意に甘えていた事を考えると篠原さんが親切過ぎただけで、余計な仕事を増やす僕は他の編集者さんからしてみれば迷惑作家以外の何者でもない。あれが普通の対応なのかもしれない。


「さて……机に向かってぺンを握ってネタが浮かぶわけでもないし、GoWに戻って情報収集と買い物の続きでもするか」


 あ、待てよ、その前に。ロストテクノロジーがこの空間で使えるのならパラメータについて確認しておきたい。


 インベントリを操作し、ロストテクノロジーを取り出す。出てきたって事は使えるって事……だよね、多分。


 薄い小さなプレート……ギルドカードそっくりな見た目のそれを、じっくりと観察する。ボタンの類いがある訳ではないようだ。ふむ、どうやって使えば良いのかさっぱり分からない。


 と、何度もひっくり返して見ているうちにプレートの表面になにやら文字がたくさん浮かんでいた。もしかしてこのプレートに触れるだけで情報が表示される仕組みだったのか。


「えーと……? 関係ない熟練度は怖いから読み飛ばすとして。今つけている装備はINT(インテリジェンス)+1の指輪とMND(マインド)+1の称号だから、その辺りのなにかを見れば良いのかな。INTはきっと魔法だから……」


--------------------------------------------------

魔法派生

└魔法:16783(+167) 消費魔力の減少(極小)

魔法派生

└テイム:10962(+109) 契約対象との熟練度上昇共有(極小)

--------------------------------------------------


「なるほど……もしかして+1というのは自分の熟練度の一パーセント相当って事かな。うわ、これSTRなんかつけた日には僕の熟練度はとんでもない事に……いやでも、元の数値が高いと上がった所で逆に大した差はないのか」


 数値の仕組みの謎は解けたものの、まだまだ分からない事は多い。例えば9999の熟練度に+1で99足されて合計が10000を超えた場合も、パッシブスキルは発生するのか……とか。


 他にも、その物ずばりの知力熟練度にも一パーセント加算されていた。といっても知力熟練度がなにに影響しているのかは全く分からない。パッシブスキルも存在していないようだ。


「MNDは今の所精神力熟練度と魔法防御か……魔法防御っていつ発生したんだろう? やっぱりシモンさんとの模擬戦でかな。あれ、って事はVITをつければ物理防御が上がる……? やっぱり付け替えるべきか……」


 いや、でも元々僕は現実に即した戦い方が身についている。基本的に物理攻撃は身体が勝手に反応して避けようとするから、避けようがない魔法防御が上昇する方が良いかもしれない。むしろ悩ましいのは+のあとの数値が高いアイテムや称号を手に入れたときだ。特に必要としていないパラメータでも、数値が高い物を採用すべきか否か。この辺は入手したときにでもヴィオラに相談してみよう。


「熟練度は見せられないけど、パラメータの効果は視聴者さんに教えるとして……あと一人で確認する事ってなにかあったかな……」


 多分ない。うん、忘れていなければない筈だ。あとから思い出したら仕事の振りしてオフィス街に戻ってくれば良いや。よし、そろそろホワイトブレイズキャッスルへ戻ろう。防寒服を手に入れないとね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2024年4月20日2巻発売!

吸血鬼作家、VRMMORPGをプレイする。2巻

二巻表紙


1巻はこちら

― 新着の感想 ―
[気になる点] 「158.シリアスホイホイ」にて、「~子爵領でテイムの熟練度が二万になったみたいで、~」とテイム熟練度に関する話題がありましたが、今話で1万台になっている点。 魔法派生のほかにも別種…
[良い点] 200話おめでとうございます! 蓮華くんかなりの知名度では!?本人無自覚なのがまたw 数値はまた、騒つく案件ですねw コメントも掲示板も荒れ狂うやつw [一言] これからも楽しみにしてま…
[一言] おくればせながら、200話おめでとうございます✨! 今気づきました笑 面白半分で配信者兼作家だとばれてほしいけど、蓮華くんのこと考えるとなぁ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ