165.髪飾り
「さて。では早速……この簡素なラッピングに映えるなにかを探しに行きますか」
≪優先順位おかしいw≫
≪アイシクルピークの情報収集ではないのか≫
≪騎乗動物の調査どうしたw≫
≪テントは……?≫
≪その前に称号効果教えて欲しいな……≫
え? だって折角の手作りチョコレートなのに、ラッピングだけ簡素で、イベント感丸出しじゃない? 中身が手作りならラッピングにも手を加えたいよね? 皆感性がずれてるなあ。
「ん、称号効果? ああ、『甘〜い関係』のか。えっとねー……『VIT+1。チョコレートを手作りするほど恋い焦がれる相手を思うと生命力がみなぎってくる。目指せ、相思相愛!』。あ、……うん。最後が余計なお世話過ぎる」
≪VITとか予想の斜め上過ぎる≫
≪精神とかのが上がりそうなのにw≫
≪貰った方じゃなくて作った方が生命力上がるんかい≫
≪これは運営の悪ノリ称号だろwww≫
「書いてある事はさておき、生命力上がるのはちょっと良いかもしれないね。スパイピオンと戦ったときも一気にHP半分位削れちゃったしねー、ボス戦のときにつけると良さげ?」
目当ての店を探しながら、視聴者さんと一緒に考察。あ、そういえば折角ロストテクノロジー手に入れたのに、パラメータの意味を調べてないな……。いや、でも色々怖いから一人で配信外に確認しよう。
「お、このお店良くない? 女性が好みそうな雑貨店」
窓から良い感じの可愛いリボンが見えているお店を発見。早速扉を開けて中を覗いてみる事にした。
「おお、髪飾りがたくさん……なんかさっきのスープみたいにきらきら光ってる」
≪スープと同列はちょっと≫
≪あれは強烈な絵面だった≫
≪髪飾りにすると綺麗だな≫
≪もう完全に恋人へのプレゼント選びじゃん、リア充じゃん……≫
「お客さんこの辺りは初めてかい? だったらこのアイシクルフェザードリフトの髪飾りはおすすめだよ!」
「あ、やっぱりそれなんですね。さっき飲んだスープに似てるなって思ったんですよ」
「ああ、なるほど。アイシクルフェザードリフトという鳥はね、美しい羽を持っているんだ。羽に氷晶……と言えば良いのかな。氷みたいに冷たいのに、溶けないカラフルな結晶がとにかく無数についている。ここらではそれを加工して、主に装飾品として売ってるんだ。他じゃまず滅多にお目にかかれない代物だよ! スープに入っていたのは、結晶をすり潰した氷粉さ」
「なるほど、そうなんですね。……でも羽についていた結晶がこうやって生地になるなんて想像がつきませんね」
「はは、そこは企業秘密って奴だから細かい事は教えられないが……まあ一つ一つ丁寧に羽から外して、紡績してから織るのさ。この生地の特徴はとにかく軽い事だ。だから洋服なんかでも良いんだが……出来上がった生地はアイシクルフェザードリフトの特徴を受け継いで、ひんやりしちまうから使い物にならんのだ」
「ほう……。良ければ反物を買えるお店を教えていただきたいんですが……」
「ひんやりして軽い生地」と聞けばこことは逆に暑い地域……例えば子爵領の砂漠だとかで着る服に使えるのではないだろうか。ただ、惜しむべきは本格的に取引をしようとすると途端に厳しくなる事。ここは王都の冒険者でも嫌がる極寒の地域。難易度の高い商隊の護衛を引き受ける人物は更に少ない筈だ。あまりにも高い料金を護衛に払えば利益も出ないだろうし、大抵の人はここで諦めると思う。
だけど僕は……。そう、僕達プレイヤーにはインベントリという強い味方がついている。やろうと思えばいくらでも商売が出来る筈だ。
でもなあ、アイシクルフェザードリフトの生地……ここにある装飾品を見る限り、ド派手に違いない。そして恐らく色は青地に虹色が散らばっている、ここにある物だけだと思う。実用性という意味では高いかもしれないけれど、ファッション性ははっきり言って皆無だ。売れない可能性は十分にある。せいぜいが下着とかそっちかな……でも下着にこんな値の張る生地を使うのもどうなのか。あの土地は今財政難だし、飛びつく人は一部の富豪だけに違いない。やっぱり商売は難しいな。
「……はあ、なんだ、あんたもか。生地屋はうちの裏にあるよ。旅行者は大抵あんたと同じ事を言うから、行ったらすぐに売ってくれると思うぞ。全く、商品を売り込もうと思ってるのに何故か皆生地を欲しがるんだよなあ……」
残念そうに呟く店主。おっといけない。僕は別に売れるか売れないか分からない生地を買いにきた訳ではない。ヴィオラへ渡すチョコレートのラッピングにつけるアクセントを求めてきたのだった。
「あ、勿論こちらのお店でも買いますよ。実はこのラッピング袋になにか映える飾りをつけたいと思っていたんですが」
「ほう、チョコレートか。なんだ、想い人にでもあげるのか? だったらこの辺なんかはどうだ。ただのリボンでも良いが……どうせならそのあとも使ってもらえる物のが良くないか? 髪留めなら引かれる事もないだろうし、丁度良いだろう」
「そう、そうですね……髪も長いので髪留めは良いかもしれません」
服と考えれば派手かもしれないけれど、髪留めならば多少派手な方が良い。それにヴィオラのキャラは緑と青が混ざったような瞳に銀髪。きっとこの髪留めが似合うだろう。
早速購入して、ラッピング袋の口をまとめて髪留めで軽く結んでみた。
「……うん、良い感じ」
「メッセージカードでも」と思っていたけれど、決めてしまえばこっちの方がずっと良い気がする。
「ありがとなー」
ワイルドな笑みで手を振って挨拶してくれた店主さんに頭を下げて、店を出る。さて、じゃあ次はこの辺りの防寒事情かな。
「ひんやりする生地があるなら、保温性に優れたあたたかい生地もある筈……もしかして子爵領をもっと探索していたらあったのかなあ」
少し後悔したけれど、そもそもあのときはまさか最北端に来るとは微塵も思っていなかった。探索した所で、生地の材料になる素材を手に入れられたかは怪しいか。
なにはともあれ情報収集。生地屋で反物を買うついでに聞き込みをしてみよう。
「いらっしゃいませ」
雑貨屋の裏の生地屋へ入店。色とりどりの生地がうずたかく積み上げられている。そして店内には見慣れた青地の生地が大量に用意されている一角がある。これがアイシクルフェザードリフトの生地だろう。
「すみません、アイシクルフェザードリフトの生地はこの色だけですか? もしくは、他にひんやりする生地はありますか?」
「アイシクルフェザードリフトの生地はこの色だけなんですよ。どれだけ脱色してみても、上書きするように染色してみても絶対に色が変わらないのでどうしようもなくて。それからひんやりする生地も今の所はこれだけですねえ。……研究をすればもっとあるのかもしれませんが、生憎この地域では需要がないもので」
「なるほど。ではアイシクルフェザードリフトの生地を一反ください」
「かしこまりました。こちらの生地は希少性が高いので一反九メルトルですが問題ございませんか?」
店主さんが少し不安げな表情で確認してくる。よくよく見れば他の場所にある反物よりも巻かれた布地の厚さが薄い。他の生地同様の厚さまで巻いてしまうととんでもない金額になるからこうしているのだろう。
「はい、それで大丈夫です。おいくらですか?」
「一金五十銀になります」
おお、十五万円……。値段からして凄く希少な事がうかがえる。店主さんに代金を手渡しながら、仮に下着を作った場合の売値をざっと計算する。下着一式に二メートル五十センチ程度の生地が必要と仮定すると、布代だけで四、五万はする。それに職人の人件費や利益を足すとなると、とてもじゃないけど売り物に出来る金額ではなくなる。うん、今後子爵領以上の灼熱地域に行くと仮定して自分用に確保するに留めておこう。
クラン設立でそれなりのお金も出ていったのでそろそろ財布が薄くなってきた。早いところ幻の華とやらを見つけて撮影しないと、王都に戻る頃にはもやしを食べて生きていく羽目になりそうだ。
「はい、確かにちょうだいいたしました。よろしければお包みの上荷馬車まで運びますが……」
「いえ、大丈夫ですよ、このままで」
そういって無造作に布を手に取り、インベントリに格納する。古代魔法だと気付いた店主さんが目を丸くして僕を見ている。
「あ、そうだ。このあとアイシクルピークへと向かう予定なのですが、ここは思ったよりも肌寒くて。この地域特有の防寒服やテントなどはありませんか?」
「ああ、それなら冒険者ギルドの近くに、旅人向けのお店がいくつかありますよ。ここからですと店を出て右側の大通りに戻って、そこから更に城側へと歩いた先にあります。ギルドは大きいですから、すぐに分かると思います」
「なるほど、ありがとうございます! 早速行ってみます」
とても親切な店主さんにお礼を言って店を出た。よし、今度こそ防寒対策だ。
≪テントとか防寒服とか買う金は残っているのか≫
≪蓮華くん結構散財してるよね≫
≪まあでもなんだかんだ依頼で結構稼いでるよね?≫
≪配信収益も結構な額じゃない?≫
≪蓮華氏、金で無双するのか……≫
≪まあ金使わなくても無双してたし……≫
「まあ防寒服買う分位はあるよ。テントも折半だろうし……あ、騎乗生物の存在忘れてたな。まあそれもギルドとかで聞けば良いか」
これからヴィオラはバイトだから出発は明日。騎乗生物の入手は明日で良いとして、今日は情報収集に留めておこう。
「さあて、この道をまっすぐ城側に歩くとギルドがあるって言ってたよね……、ここからでも目立つ、あのどでかい建物がギルドかなあ」
随分大きい。一体王都の何倍あるのだろうか。それだけここら辺には冒険者の需用があるという事だろうなあ。まあ、あのコース料理の食材の豊富さを考えると狩りの依頼はひっきりなしにあるのだろうし。
正直ここに来るまでは極寒の地というから、冬の間は皆閉じこもって閉鎖的な場所を想像していたのだけれど……予想とは真逆で活気に溢れた都市だった。よくよく考えてみれば、比較的年中寒い地域なら、皆慣れてるから冬に閉じこもる必要もないのかもしれない。
しかし、この規模のギルドがあるのに幻の華とやらの依頼を誰も受けないのは何故だろう。寒さに耐性のない王都の冒険者ならともかく、ここの冒険者に依頼を出せば一発で解決してくれそうなものなのに。……もしや、ここの冒険者でも嫌がる理由があるのだろうか。なんだか段々依頼を引き受けた事を後悔してきたぞ。
「おっと大変、もうすぐ十六時だ。ごめん皆、一旦オフィス街で仕事をしてくるよ」
視界の右端で現実時間の時計が十五時五十分を指している。今から行けば一息ついてから佐藤さんと打ち合わせするのに丁度良い。
≪いてらー≫
≪仕事、気になる≫
≪稼いでらー≫
リア充だ……リア充してるよ蓮華さんが……





