164.氷華亭
GoWに再び戻った僕は寒さにまた震えましたとさ。現実世界との温暖差が憎い。それでもあと一時間でようやく目当ての町に辿り着く。それまでの辛抱……な筈。
「ごめんね、急に寒くなるとは思わなくてここまで連れ回しちゃって。もうすぐ町に着くから、そしたらゆっくり休んでね……」
王都から連れてきた馬に話しかけてみたけれど、予想よりも平気そうな顔をしている。ふむ、この様子ならもしかしてアイシクルピークにも連れて行ける? いや、今よりもっと寒くなる可能性もある。ひとまずホワイトブレイズキャッスルで情報収集をしてから考えよう。
「ヴィオラには内緒にして」という僕のお願いを視聴者さん達が守ってくれているのか、先程不自然なログアウトの仕方をしたのにヴィオラからはなにも言われなかった。
あまりの寒さに口元を覆っていないと凍り付きそうな感覚があり、ホワイトブレイズキャッスルまでの道中は最低限の言葉しか交わさずにひたすら歩いた。
積雪量も増え、もはや馬から下りたら自力では歩けないのではないかというレベル。街道を通れば除雪がされた道の一つや二つあるのかもしれないけれど、僕達は道なき道を駆け抜けてきたので自力で道を切り開くしかないのだ。
「あー……やっとついた……」
「立派な城壁ねえ……こんな極寒の地でも財政は潤ってるのね」
ヴィオラの言うとおり、城壁はとても立派だった。石壁は空まであるのではないかと思うほど高い。下手をすれば王都の城壁よりも高さがあるのではないだろうか。
王都の冒険者ギルドで渡された書類を提示し、検問をパスする。門をくぐり抜けた先には更に門があった。王都の城壁ですら一つだったのに、ここは二重城壁なのか。
壁の高さは積雪量を考慮しているとして、この守りは……アイシクルピークの山頂に住まうというドラゴンを警戒しているのか。或いは、山という自然の要塞があるとはいえ、ここはシヴェフ王国の最北端。他国からの攻撃に備えて城郭都市へと発展したのか。
いずれにせよ、門をくぐった段階である程度寒さは軽減された。吹き付ける風が遮られるようになったのが大きいのだろう。
「さて。情報収集とか買い物とかあるだろうから、ひとまず別行動にする? 宿……はどうしよう。このあと十六時位から打合せがあるから、オフィス街に行かないといけないんだ。簡易ポータルはセーフティエリアからしか使えないし、出来たら今日はここに留まりたいんだけど……」
「ああ、それなら宿も取っておきましょう。美味しい食事を提供してくれる所が良いわねー」
「じゃあ宿を決めるまでは一緒に行動しよう」
適当な消耗品を購入ついでに、店主さんに料理が美味しい宿を聞いてみた。
「おお、あんたら良いタイミングで来たなあ。ちょっと前まで祭りの影響で満員だったんだ。そうだなあ……料理が美味しいなら、ちと他よりも値が張るが『氷華亭』が良いだろう。この道をまっすぐ行って大通りを右に曲がった所すぐだ。看板が出てるからすぐ分かるさ」
「ありがとうございます、早速行ってみます」
氷華亭、この地域に相応しい名前だ。一体どんな料理が出てくるのか楽しみだなあ。
「祭り……見れなかったのは少し残念ね」
「そうだねえ、一体なんの祭りだったんだろう」
店主さんの説明通りに進むと、一目でそれと分かる構えの店が目に飛び込んできた。店の壁が微かに光っていて、まるで壁に霜が張り付いたように美しい。看板にも『氷華亭』とあるので間違いはないだろう。
扉を開けると暖かい空気が頬を撫でた。
「いらっしゃいませ! お食事ですか? お泊まりですか?」
「どちらもお願いします」
「二名一室の部屋で一泊五銀になります。一部屋でよろしいですか?」
どうやら「一人当たりいくら」ではなくて「一部屋いくら」らしい。一部屋なら一人二千五百円、二部屋なら一人五千円かかるけど……ここは僕が決めちゃうとまずいのかな?
「一部屋で良いでしょう、どうせログアウトするだけだもの」
「かしこまりました。お部屋は階段上がって右手一番奥の角部屋になります。お食事は一階でいつでもご堪能いただけます」
「今食べちゃう?」
「そうねー、食べてから解散の方が時間を気にしないで済むわね」
「ではお席にご案内いたしますね」
店員さんの口調も丁寧で「高級店」という感じがする。さてさて、料理の値段はいかほどか……。
この世界では初めてお目にかかる、各席に仕切りがあってプライバシーが保たれる形式の座席。案内された場所も一番奥で、ゆっくりと楽しめそうだ。
「鍋はあるかしら♪」
着席するなりメニューとの睨めっこを始めるヴィオラ。心なしか声音が弾んでいる気がする。
もう一つのメニューを確認し、ざっと確認。おお、確かに高い。平均金額が三銀、三千円だ。
「……コース料理にしない?」
「え、コース!?」
想定外のヴィオラの言葉に、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。コース……現実世界であれだけ食費を気にしていたヴィオラがコース……。一人六銀もするんだけど……。いや、単品で三銀ならコースのがはるかに安いのか。でもろくせんえん……。
「だってどの料理も美味しそうで決めきれないんだもの。コースの料理はいくつか種類があって、好きな物を選べるみたい。だから……ね?」
「ああ、つまり僕とヴィオラで全部違う物を選んで分け合おうって事か、納得。うん、良いよ。僕もメニューを見てたら全部食べたくなってきたし」
≪うわああ、リア充イベントが発生している……っ≫
≪六銀……ひえっ≫
≪太っ腹だなあ二人とも≫
「じゃあ私は、前菜が『フロストベアのクロケット』、スープが『アイシクルフェザーの氷華スープ』、魚料理が『クリスタルフィッシュのムニエル』、肉料理が『フロストビソンのブラウンシチュー』、サラダが『クリスタルフラワーサラダ』デザートが『スノウベリーのタルト』、飲み物が『ノースポールビーンズのコーヒー』ね」
呪文のような料理名を告げながら指をせわしなく動かしているヴィオラ。ああ、あまりにも量が多いから店員さんに直接注文するんじゃなくて、システムウィンドウから注文しているのか。
「えーと、ヴィオラとは別の料理を注文するって事は……」
前菜:スノウファウンのパテ
スープ:フロストフィッシュのクリームスープ
魚料理:ブルーイセールのホワイトワイン蒸し
肉料理:フロストベアのローズマリーグリル
サラダ:ホワイトファンガスと氷菜のサラダ
デザート:スノウフレイクパフェ
飲み物:スノウベリーティー
間違いがない事を確認してから注文ボタンをタップ。粒子状のエフェクトと共にシステムウィンドウが消失した所を見ると、無事に注文が確定したようだ。
「なにからなにまでファンタジーって感じの料理名だね」
「こういう料理の食材って、動物なのかしら、魔獣なのかしら。割と創作物だと魔獣の類いは美味しくないなんてよく聞くけど……」
「氷狼がここに含まれてないのが魔獣だからなのか、凶暴過ぎて食用として狩るには対費用効果が悪いからか……どっちとも判断がつかないね」
「ま、なににせよ味わって食べましょう。なにせ六銀だから……」
いくら食いしん坊なヴィオラでも、さすがに六銀はちょっと躊躇したらしい。
そんな話をしている間にも早速前菜が運ばれてくる。見た目……にはファンタジー要素は特にない。
「んー! 外はサクサク、中はジューシー! 素晴らしいわ。そっちも一口ちょうだい」
そっと自分の皿を差し出す僕。沢山の料理を食べられてヴィオラはご満悦のようだ。
続いてスープ。ヴィオラはアイシクルフェザーの氷華スープで、僕がフロストフィッシュのクリームスープ……なのだけど。
「なんか凄くきらきらしてるけど、食べられるの、それ……?」
青色のスープに、虹色に輝くなにかがたくさん入っているヴィオラのスープを見て、僕は思わず聞いてしまった。
「出てきたんだから食べられるんでしょう……前菜とは打って変わって随分とファンタジー感溢れる料理ね」
さしものヴィオラも覚悟したような硬い表情で小さく一口飲んでいる。
「あら、とっても美味しい。こんな極寒の地で冷製スープ?なんて思ったけど悪くないわね。ほら、蓮華くんも飲んで」
「え、あ、うーん……じゃあ遠慮なく……。あれ、なにこれ美味しい」
予想に反してあっさりしたスープはとても美味しかったです。食わず嫌いは駄目ですね。
そんな調子で最後まで料理を堪能してから解散。明日も出発前にここで食べていく約束をした。また六銀が飛んでいくのだろうか……。