162.面接
「警察から連絡があったわ、証拠は揃ってるしひとまず逮捕したって。取り調べはこれからみたい」
朝食に集まったタイミングでヴィオラが報告をしてきた。
「随分早かったね。とりあえず一安心かな?」
「あれだけ念押ししたんだ、むしろ遅い位だろう。……絶対に示談には応じるなよ?」
仮想ディスプレイで新聞を読みながら洋士が言う。確かにヴィオラなら安全よりお金を取りそうだ、と僕も一瞬思ってしまった。
「ああ、それから昨日はお前が寝てたから言えなかったが……新しい身分証が出来たそうだ。遅くなって悪かったと言っていたぞ。携帯にインストールするで良いんだよな?」
「ええ。今時物理身分証があったってどうせ使わないもの」
ぐっ、ここに物理身分証しか使っていない人が居るんですが……。
「銀行口座、学歴、職歴その他諸々のデータは和泉が必死に手を回して前の身分証から引き継いだそうだ。当然名前も変わらずだ」
「本当に助かるわ。今までずっとその辺りが本当に面倒で。……もし知り合いにあっても名前を誤魔化す必要がないって事ね。あ、身分証が出来たって事は、もう仕事を探しても良いのかしら?」
「好きにしろ。だがいつ原初の人々が来るか分からないからな、父さんの送迎つきだ。気絶を考慮してなるべく家の近くで選んでやってくれ。それともこっちで仕事を紹介するか? 実入りも良いぞ」
僕の体調のせいでヴィオラの選択肢が狭まるのは忍びない……。とはいえ今の僕では護衛として不安なのも事実。洋士も忙しくて護衛は出来ないし、安易に「遠くても大丈夫」とは言えない。
「折角のお誘いだけど……あまり貴方達に頼りきりになるのは怖いし、仕事は自分で見つけるわ。一応ここから歩いて数分のコンビニに目星をつけてるし……それでも送迎は必要かしら?」
洋士の提案をきっぱり断ったヴィオラ。どうやら実入りよりも経済的自立を選びたいらしい。仮に仲違いしたからといって、洋士は私情で仕事を取り上げるような人じゃないけれど、ヴィオラからしてみればなにかあったときに生活基盤全てを失う可能性があって不安なのだろう。
送迎も気が引けるらしい。数分なら一人で歩いても良いのではないかと考えたみたいだけど、洋士は首を振って否定した。
「たかが数分、されど数分。殺られるときは殺られるからな。……本当は勤務中も安全とは言えないが、さすがにそこまで父さんの時間を拘束する訳にはいかない。かといってお前にこれ以上家に居ろと言うのも酷だ、外出は良いだろう。その代わりに送迎は我慢してくれ。ああ、それと前もコンビニだったか? 名前が変わらないとはいえ、マイナンバーの類いは変わってるから同じ会社に勤めるとややこしい事になる。そこだけは気を付けろよ」
「前とは別会社だから大丈夫よ。それじゃあ早速このあと面接を受けられるか聞いてくるわ。蓮華くん、一緒に来てくれる?」
「ん、了解」
食事を食べ終わったあと、各々外出準備を終えて玄関で合流。今日は見事な晴天だ。本当、昼間も歩けるようになっていて良かった……。ホレおばさんには感謝だ。
「こうやって蓮華くんと日中帯に歩けるなんて新鮮ね」
「うん。僕も未だに慣れなくてどきどきしてる」
「着いたわ、ここよ。一応表に募集の張り紙は貼ってあるけど締め切ってるかもしれないし、面接を受けられるか聞いてくるから待っててくれる?」
「おっけー」
適当に商品を眺めつつ、ヴィオラの様子を横目で見ているとレジの店員と共にバックヤードへと入っていくのが見えた。その直後、案内した店員さんだけが再び表に戻ってきた。ふむ、もしかしてこのまま面接を受けるのかな? それならもう少しかかりそう。
最近のコンビニは色々な物を売っているから見ていて飽きないし、イートインスペースもあるから時間つぶしに関しては特に心配が要らない。お、このチョコレート美味しそうだな……。
二十分ほどのんびりと待っていると、バックヤードからヴィオラと店員さんが出てくるのが見えた。
「それじゃあ早速今夜からよろしくお願いします」と男性の声が聞こえる。あれ、もう決まったんだ。履歴書とかどうしたんだろう?
「お待たせ、蓮華くん」
僕を見つけて声をかけてきたヴィオラに軽く頷き、僕達はコンビニを出た。
「もう決まったんだね? 履歴書持ってきてたの?」
「いやだ、知らないの? 携帯にインストールしてある身分証に、学歴も職歴も全部一元管理されてるのよ? 企業側に共有許可をするだけで良いの」
「ええ、なんてハイテク……」
「退職した際には携帯から手続きをすれば、五年後に自動で情報の共有も解除される仕組みよ。個人情報保護の観点と、企業側の管理コスト軽減の観点からもう十年位前に導入されたんだけど……」
例によって例の如く携帯そのものを使っていなかったのでそんなシステムは微塵も知らなかった。そもそもどこかの企業に属して働くって事もなかったし……うん。書く小説も時代小説ばかりだったから、全然その辺りは調べた事がなかったんだよなあ。
「私が言うのもなんだけど、物理的な身分証だとどうしても犯罪に使用されやすいから「電子で一元管理しましょう」って事になったのよ。ここ五・六年なんて出産直後の赤ん坊に対して生体情報と身分証を紐付けてるから、いずれ身分証の売買は出来なくなるでしょうね」
「へえ、凄い。……そうなったらヴィオラはどうするつもりだったの?」
今回に限らず今までもずっと身分証を買い取っていたんだろうし、きっと困るに違いない。
「日本を離れるか、戸籍なしで生きていくか……まあ今の身分証が外見年齢的に使えなくなるまでまだ十数年はあるし、それまでに考えれば良いしと思って深くは考えていなかったけど」
「それじゃあ和泉さんと繋がれたのはヴィオラにとって幸運だったって事か」
「ええ。だから蓮華くんと洋士くんには感謝しているわ」
話している間にもマンションに到着。本当に徒歩数分なのであっと言う間だ。これなら寝坊しても一安心だろう。……寝坊しないに越した事はないけれど。
「さて。今日の夜からって事は今日は遊ばずに仮眠をとる感じ?」
「うーん……寝るにしても夕方ね。それまでは進めちゃいましょう、花の開花時期が気になるし」
「了解、無理しないでね。寝たくなったらちゃんと言うんだよ?」
玄関前で別れて各々の部屋へと入る。今日は家で仕事をしているらしく、リビングから「遅かったな」という洋士の声が聞こえてきた。いつも飛び出してくる千里さんとジャックさんの気配は感じない。きっとヴィオラの所に居るのだろう。あっちの方が漫画とか小説とかたくさんあって面白いって言ってたし。
「ただいま。その場で面接してその場で決まったみたい。今日の夜から早速バイトだって」
「そうか。時間制限のあるクエストを抱えながらバイトをするとは、余程金に困っているのか? それなのにどうして頼ってこないのか不思議でならないんだが」
「いやあ……お金を出してもらって当たり前って考えの人も居るだろうけど、普通はやっぱり気兼ねするよ。食事一つとっても自分で払うなら好きな物を選べるけれど、他人に払ってもらうならなるべく安い物を……ってなるし。生活費に関しては最近は割り切ったみたいだけど、やっぱり趣味を我慢するのは辛いんじゃない?」
「あの部屋中に積み重なってるあれか。……あれだってこっちが出した所で痛くもかゆくもないんだが……まあ良い。今の所は原初の人々の目撃情報もないしな、外に出る事自体が気分転換にもなるんだろう」
多分「推し活」とやらこそ自分のお金でやりたいんじゃないかな。他人のお金で自分の推しを推すのは絶対嫌なのだと思う。僕自身に推しは居ないから分からないけれど、最近GoW内でヴィオラと視聴者さんがそういう話で盛り上がっているからなんとなく理解しつつある今日この頃。
「さて。ヴィオラが夕方から仮眠をとるらしいから、それまでGoWに入り浸りになるね。まあお昼ご飯を作るから数時間後に一旦ログアウトしてくるけど」
「作る時間が勿体ないだろ、今日は俺が出前を注文しておく」
「あ、そう? それじゃあお言葉に甘えてぎりぎりまで遊んじゃおうかな。あれ、ヴィオラって夜食とか要るのかな……お昼ご飯のときに忘れずに確認しないと」
「……段々保護者みたいになってきたな」
「洋士も十分保護者だと思うよ?」
「ふ、うちには子供が三人居るって事か」
軽く笑いながら言う洋士。三人……千里さんとジャックさんか。
「今の言葉、ジャックさんが聞いたら絶対怒ると思う……」
見た目が小さいし千里さんにいたっては話し方がつたないので幼く見えるけれど、彼らは立派な成人だ。まあ僕も正直、洋士と千里さんとジャックさんは親子にしか見えないと思っているので強くは言えないけどね。