161.実験
洋士から詳しく聞いた話では、ナナはあくまで人間であり、他種族の存在には気付いていないらしい。夢で見た「赤と黒の化け物」に関しても厳密にそれが一体なんなのかは理解しておらず、なにかの比喩だと思っているとの事。
ひとまずナナにはガンライズさんが怪我をした話をして、夢が現実になった事を伝えて保護はした。でもまだガンライズさんや僕達の正体については明かしていないからGoW内での発言にはくれぐれも気を付けろと念押しされた。まあ配信中だから迂闊な事は元々言わないつもりではあるけれど、なにせ僕だからね! ……洋士が心配するのは分かる。
「さて。丸一日経過しちゃったし急いでホワイトブレイズキャッスルを目指しますか」
≪もう二人が同じタイミングでログアウトしてる事に慣れつつある≫
≪デートか。デートなんだな……≫
≪バレンタインを目前にデートとか……くっ≫
「いざ、氷狼を目指して……!」
「駄目だ、ヴィオラはもう狩り欲に支配されている。バレンタインなんて物は覚えちゃいないようだ……」
≪雰囲気もなにもなかった≫
≪草≫
「それはそうと、氷狼をテイムしたいって言ってたわよね。方法は分かるの? アインくんのときは成り行きだったけど」
「ん、一応事前に図書館で調べたり、アリオナさんに確認したりしたから大丈夫。氷狼自体のテイム前例もあるらしいし」
「ふーん……テイミング、良いなあ……私も氷狼テイミングしたい。もふもふしたい」
「すれば良いんじゃない? ヴィオラはまだテイミングした事ないんだし、契約枠は空いてるでしょ?」
「空いてはいるけど氷狼の餌代って高そうじゃない……」
「うっ、確かに……」
一回につき生肉○キロ……とか? いや、むしろキロで済むだろうか。魔獣なんだもんね?
「アリオナさんから聞いてないの?」
「聞いたけどわざわざ最北端まで行く人が居ないからか、氷狼との契約記録が少ないみたい。しかも個体によって食べる物はまちまちだって。魔核が主食なんて個体も居たとか居ないとか……」
「魔核に比べたら生肉の方がまだ調達目処はつくわね」
「うーん、なにを食べるのかはテイムするまで分からないし、一度テイムしてしまえば契約を破棄するのは簡単じゃないみたい。だから現実世界で動物を飼うよりもずっとリスキーかな」
少なくとも現実世界では飼う前に食べる物や量の下調べは出来るし。
「確かテイミングってログアウト中とかに食べ物が尽きたら数日後に解除されるわよね? 最悪その手が使えるんじゃないの?」
ああ、アインがなにも必要ないから気にしてなかったけど、前に洋士からそんな話を聞いたなあ。
≪それは絶対駄目≫
≪あかん≫
≪それで泣きを見たテイマーが何人居るか……≫
「あら、なにかペナルティがありそうね?」
≪契約が解除されるというよりも、逃げられるってのが正しい。テイム対象が居なくなってもテイム出来る枠は埋まったままだから、テイム熟練度も上がらず追加契約も出来ず、実質詰む≫
≪一応逃げた相手を見つけてなだめすかせば戻ってくるみたいだけど、そもそも見つけるのが無理ゲー≫
「なるほど……絶対にインベントリか倉庫内の食事は切らせないね。常に補充しておかないと。……あれ?」
「どうかした?」
僕の様子を見て、ヴィオラが首をかしげる。いや、前に洋士に聞いた事そのまま復唱したはいいけれど、考えてみれば倉庫という言葉に聞き覚えがない。インベントリとは違うのだろうか?
「えっと……倉庫ってなに……? インベントリとは違うの?」
≪は?≫
≪ああ……≫
≪まさかの知らなかった≫
「嘘でしょ……今までインベントリだけでどうにかしてたって事? やだ、これは説明してなかった私の責任かしら」
≪ヴィオラ先生しっかり≫
≪先生の責任ですね≫
≪本来クエストで説明あるもんな……≫
「えっとね、倉庫っていうのはゲーム内通貨を払って借りられるの。都市や町中にある倉庫を契約すれば、システムメニューのインベントリ内に『倉庫』のタブが追加されて、自由に出し入れが出来るようになるわ。ただ、都市や町中以外では出し入れが出来ないの。ダンジョン内で倉庫が使えるのもおかしな話でしょ?」
「なるほど……気軽に使える位安いのかな?」
「容量によるわ。インベントリと同じで一列十枠なんだけど、列毎に契約が出来て料金も上乗せされていく感じ。ちなみに支払いは買い切りじゃなくて月額よ。確か一列……十銅?」
およそ百円か。安いとはいえ塵も積もれば山となる。何列も借りれば費用が嵩むし、なんでもかんでも入れる訳にはいかないな。
「氷狼とテイム契約する事を念頭に考えて、ホワイトブレイズキャッスルで一列借りて食事用にするのが正解かな……」
本当は東の森、ヤテカルのダンジョン内で拾った遺品を真っ先に倉庫に入れたいんだけど……入れたら最後整理しないで眠ったままになりそうだし、なにより数が多すぎてとてもじゃないけれど入れられない。もう暫くインベントリ内で一緒に旅をする事になりそうだ。
≪これだけ色々歩き回ってて倉庫なしって、縛りプレイにもほどがある≫
≪遺品らしき物がずっとインベントリに入ってるなあと思ったらそういう事……≫
≪すぐ遺族に返すと思ってたのに教会がなんちゃら、子爵領がなんちゃらでばたついてたもんなあ≫
「そうそう。いい加減遺品の選別をして返さないと……。でもどこまで返すか悩ましいし、ペンダント系も軽く調べただけじゃどこの誰の持ち物なのか全く分かんなかったんだよね。これは時間がかかりそう」
≪ゲーマー目線で言うと、ただの遺品(換金アイテム)なのか、特別なクエストとか称号が発生するアイテムなのか非常に気になるところ≫
≪そもそも遺族に返すって発想がないよな。絶対換金するわ≫
「ええー……そういえばヴィオラもそんな事言ってたか。今までもずっとそうしてきたみたいだし、角が立たないように換金するのが正解なんだろうけど……」
「ま、蓮華くんが納得出来る方法で良いんじゃないの? 私はまだ倉庫に余裕があるから急がなくても構わないし」
「う、うん……」
でも倉庫にお金がかかるって聞いたから急がない訳にはいかないよね。今度こそちゃんと選別しないと。インベントリのアイテム説明欄に【○○さんの遺品】とか書いてあれば楽だったんだけどなあ。……鑑定熟練度が高いと分かるとかないだろうか。
ひとまず今日も目標の五十キロを進んだ訳だけど、現実時間で丸一日分後れが出ているのでもう少し先まで進む事にした。
一番良いのは、村や町で馬を交換する事前提で全力疾走する事なのかもしれないけれど、初めての村で果たして馬が借りられるのかとか、次の村や町で返却出来るのかが分からない。それに僕の地図上には町や都市は載っていても村の記載まではない。町と町の距離がありすぎてこの案は実現不可能と判断したのだ。
あと、いくら開花期限が短いと言ってもプレイヤーが依頼を受ける事前提で設計されている限り、現実世界での仕事とかも考慮した期限が設けられているのでは?というのがヴィオラと視聴者さんの見解だ。昨日は丸一日出掛けたけれど、今日以降は一切用事がないので余裕で間に合うと判断した。
まあ、視聴者さんからは「ニートうらやま」というお言葉をたくさん貰った訳だけど。ぼ、僕はニートじゃないしヴィオラもストーカーと身分証の件があって仕事が出来ないだけだから!
夕飯のあとも軽く進んで、どうにか六十キロの距離を踏破した。これで王都から百十キロ、ぎりぎり行程の半分に届かず、といった所だ。道なき道をひたすら直線ルートで突っ切っているので通常の旅路よりは圧倒的に早いけれど、道中魔獣や動物の類いとときどき遭遇するのでどちらが良いとは一概には言えない。ヴィオラ的にはこっちの方が良いのだろうけれど。僕も何個か魔核が取れたし満足ではある。
ちなみにドロップ品のイベント材料を見て、ヴィオラはようやく旅の目的を思い出しました。
「ふわあ……私はそろそろ寝るわね……続きはまた明日にしましょう」
「ん、お休み」
≪おやすー≫
≪良い夢を≫
粒子のようなエフェクトと共にヴィオラの姿が消えたのを見届けてから。
「さて……ちょっと実験をしようと思います。あ、これはヴィオラには内緒にしてね?」
≪お、なんだなんだ≫
≪当たり前のように蓮華くんは居残るのね≫
≪たまにはぐっすり寝ないと本当に身体が心配≫
「大丈夫大丈夫、いたって健康だよ。で、実験っていうのはね……。このバレンタインイベントの材料なんだけど。カカオ豆がドロップするでしょ? んで、そのままインベントリ内で作成を押したら……」
≪カカオマスとかが出来るね≫
「そう。どうせ自動で出来るならカカオ豆からチョコレートが直接出来ても良いと思うんだよね。なのに段階を踏んで出来るって事はさ……もしかしてこのカカオマスとかカカオバターって、自分で調理も出来ちゃうんじゃないかって。一応生クリームとか砂糖とかは事前に買っておいたんだよねー」
≪蓮華君のー≫
≪さんぷんかーん≫
≪では終わらないクッキングー≫
≪お前ら息ぴったりかよ≫
「出来るか出来ないか分かんないし、野外だからとりあえず簡易的に作っちゃうけどね。まずは砂糖と生クリームをボウルに入れて混ぜて……とにかく混ぜて……これでもかというほど混ぜる」
≪ボウルまで持ち歩いてんのね≫
「次に別のボウルでカカオバターの湯煎……水魔法と火魔法で良いか」
≪突然のファンタジー≫
「んでカカオバターとさっきの砂糖と生クリームを混ぜる」
≪ホワイトチョコレートの完成か≫
≪有識者おるぞw≫
「さて。さっきのボウルを水魔法で洗って……今度はカカオマスを湯煎にかける。良い感じに溶けたら、ホワイトチョコレートの素と混ぜる。……あー、凄く良い匂い」
≪配信だと匂いが伝わってこないんですけどおおおおお≫
≪夜に飯テロは駄目だよ蓮華くん≫
「これであとは型に入れて……冷やすのは……水と風魔法で氷とか出来るのかな?」
≪ノリノリで型まで用意してるのウケる≫
≪これで倉庫の存在知らなかったんだぜ……?信じられるか?≫
頭の中で水が風で冷やされて氷が出来るイメージを……あ、升みたいな形と板の二つを作れば簡易的な冷蔵庫になるかな。
≪しれっと派生魔法試すのね≫
≪魔法の研究理由が料理の為……シモンさん怒……らないか≫
≪よくやった!とか良いそうで草≫
「お、おー! 良い感じに氷が出来た。あとはこれにチョコレートを入れて、と。どれ位で出来るかなあ。多分他の料理同様、待ち時間は短いよね」
≪十〜二十分くらいで済みそう≫
≪これ自動作成じゃなくてもバフ効果ついてるのか気になるな〜≫
「あー、バフ効果か……確かについてないなら貰っても嬉しくないよね、ヴィオラは」
≪他の人は喜びそうだけどヴィオラちゃんはね……≫
≪いやいや、食いしん坊だからバフに関係無くチョコレートは欲しがる筈≫
≪君らの中でヴィオラちゃんのイメージどうなってんのw≫
トッププレイヤーとして攻略に有利になる物最優先のイメージを持つ人と、クリスマスパーティとかのイメージから食いしん坊のイメージを持つ人に分かれてる感じかな。まあ僕の中のヴィオラも割と後者よりだけど……バフ効果がついていたら二倍喜びそうだな。
視聴者さんと適当に雑談しながら定期的にチョコレートの様子を確認。
「お、良い感じに固まったんじゃない? ……大体二十分か。さて、じゃあ型から外してラッピング袋に入れて口を閉じると……?」
【告知:限定称号『甘〜い関係』を獲得しました。装備効果及び設定はキャラクター画面より行うことが出来ます】
≪知 っ て た≫
≪甘〜い関係……くっリア充め!≫
≪これは誰でも取得出来るのか要チェックだなあ≫
≪肝心のチョコレートのバフは?≫
「あ、ああ……バフね、バフ。びっくりした、称号なんて出るんだね。えーと、熟練度上昇率2倍、攻撃力増加5%」
そして見慣れた「※この効果は、他人から貰ったチョコレートにのみ発揮します。必ず誰かから貰ったチョコレートを食べましょう」の記載。手作りだろうが自動作成だろうが、自分のチョコレートでは意味がないのは一緒らしい。
「お、おー……なるほど、自動作成だと効果は一種類だけど手作りだと二種類なのか。へー、運営さん、ちゃんと考えてるんだなあ」
≪とんでもないもの生み出してて草≫
≪効果二種類って……二種類って……≫
≪野外だから簡易的とか言ってなかった?本格的に作ったら上がるんだろうか≫
「なるほど。これはどこかの都市で本格的にお菓子作りを研究しないと駄目な予感!」
僕も欲しいなって思ったけどヴィオラは果たして手作りしてくれるのか……いや、そもそも作る事が出来るのだろうか。
チョコレート食べたくなってきたでござる。