160.ショッピング
お茶を持って来られた所でなにを入れられているのか分かった物ではない。さすがに所謂VIP待遇を周知された人物になにもしないとは思うけれど、要はこちらの気持ちの問題だ。
「……という訳で、被害届を出したいんですが」
ようやくまともに被害状況を伝える事が出来たヴィオラ。新しい担当者はどこかの誰かのように馬鹿な発言をする事なく、粛々と手続きを進めてくれた。
「まずはこの盗聴器から指紋が採取出来るか確認してみますが、出なかったとしても特に問題はないでしょう。第三者が撮影した動画の場所は引っ越し前の場所からだいぶ離れているようですし、居場所を突き止めて待ち伏せする為に盗聴器とGPSを使用した可能性は十分考えられます。今後の流れですが、一般的には警告、禁止命令と段階を踏んでからの逮捕となり、ストーカー規制法第十九条に定められている通り、その方が罪は重くなります。ただ、既にこれだけの事を行っている相手ですから……」
「段階を踏まずに逮捕しなければ、身の危険も十分ありますよね?」
「はい。ご本人もその方が安心出来るでしょうし、我々としても逮捕を念頭に調査を行う予定です。勿論、身の回りの品から盗聴器が出たので住居侵入罪でも立件出来ます。……必要な書類は全てご記入いただきましたから、今日はもう大丈夫です。進展があれば連絡いたしますし、なにかあれば私まで連絡を」
そういって名刺を差し出す刑事さんのしゃべり方は淡々としているし、顔も能面のように無表情ではあるけれど先程の刑事に比べて仕事ぶりは信用が出来そう。比べる方が失礼かもしれないけれど。
「ありがとうございます。ではこれで」
「はい」
結局誰一人お茶には口をつけずに警察署をあとにした。ふう、これでようやく一つ問題は解決しそうかな。
「さて。想定より時間は食ったが予定通り買い物にでも行くとするか」
まずは事前に千里さんから聞いていたハンドメイドのドールショップへと足を運ぶ。
実は今千里さんが着ている服もその店の手作り衣装らしい。前に住んでいた家の子供の人形服のようだけれど、丁度良かったので拝借……もとい無断で持ち出してきたと言っていた。
まさか今更返却する訳にも、洋士が代わりに代金を払う訳にもいかないのでこの件は墓場に持っていくしかないけれど、話を聞いたときの洋士の表情には「一刻も早くその服を捨て去りたい」と書いてあった。まあ要するに盗品な訳だしね。
しかし、たまたま入手出来ただけで、それ以前はどうしていたのか。そう思って聞いた所によると、どうやら妖精族は妖精の国の植物を自分で育てて自分で洋服を作るらしい。特殊な植物で出来たその服は一種の生き物なので汚れる事もなく、洗う必要もないという。
では千里さんとジャックさんはどうしてその服を着ていないのか? ……残念ながらそれに関しては聞く事が出来なかった。きっと二人にもなにか事情があるのだろうし、話したくない事を無理に聞き出すつもりはない。
まあ千里さんは色々なデザインの服を着る事それ自体を楽しんでいるようなので、僕達としては本人が欲しい服を買ってあげるだけだ。
「着いたぞ」
洋士の声で僕の意識は現実に引き戻された。いけないいけない。最近すぐ考え事に集中してしまう癖がついているみたい……。
「お洒落なお店ね。ショーウィンドウに飾られているお洋服も素敵。千里ちゃんが気に入るのも分かるわ」
「確かに人形の服にしては可動性にも優れているようだしな……これならばオーダーメイドするまでの繋ぎと言わずデザイン重視で買ってもそこまで支障はないだろう」
「あ、ジャックさんに似合いそうな服もたくさんありそう! ……とりあえず入ってみようか」
「いらっしゃいませ」
大の大人三人——しかもそのうち一人は人形に微塵も興味がなさそうな見た目の洋士である——が入ってきた事に驚く様子もなく、にこやかな笑みで歓迎してくれる店員さん。
店内には様々なサイズのドールとその洋服が所狭しと置かれていて、人形に特別興味がある訳でもない僕でも思わず見入ってしまう程だ。
さて、千里さん達のサイズは……と。事前に六分の一サイズだと聞いていたので、そのサイズの人形本体を目印にそれらしい売り場を探していく。すぐに素人でも知っている知名度の高い人形と、頭の大きな人形が豪華なドレスに身を包んでテーブルセットに座っている区画が目に入った。間違いない、ここだ。
まさか本人達が堂々と出てきて選ぶ訳にはいかないので、僕とヴィオラが選ぶ振りをしながら意見を確認していく方法で選んでいく。二人にささやき声で話してもらえば聴覚に秀でた僕達にしか聞こえずに意思の疎通を図る事が出来るという寸法。
「これなんて良いんじゃない?」
「確かに似合いそう。……あ、その服とお揃いのボーイッシュな衣装もあるよ」
「良いですね! 千里は気に入ったのです」
「お揃いか……悪くないね」
「じゃあこれとこれはまず決まりね。他はどうする?」
端から見たら僕とヴィオラが仲睦まじく自分達の人形に着せる服を選んでいるようにしか見えない。まさに完璧な作戦!
ちなみに洋士も興味深そうに店内をあちこち見ている。彼が興味をしめすとは、ここの売り物は余程品物が良いと見える。
あーだこーだと言いながら、僕達は計十着ずつの洋服や小物を選んだ。人間の服と違って季節物ばかりではなかったので、ついつい夏服も買い込んでしまったのだ。お陰でポイントカードが今日一日で貯まってしまった。これはまた近々来いという事かもしれない。
「終わったか。さて、じゃあ次は人間の服だな。デパートに行くぞ」
「デ、デパート!? 絶対高い服しかないじゃない……」
「別にデパート以外でも良いが、あちこち移動せずに一定以上の質の服を大量に買うならデパートが手っ取り早い。どうせ金は俺が払うんだし気にする事はないだろう?」
「ねえちょっと……いくらなんでも私は貴方達二人にここまでしてもらう義理が全くないんだけど。これ以上は私の精神が保たないわよ」
「うーん……でもここでヴィオラが断っちゃうと千里さん達も遠慮しちゃうよ……?」
千里さんとジャックさんも人間サイズの服を購入予定なのだ。ヴィオラだけが固辞すれば二人も遠慮してしまう。いや、ジャックさんは遠慮しないかな。
「うっ……そう、そうよね。悪かったわね。ちょっと高い服に袖を通す勇気がなかっただけだから気にしないで……行きましょう」
まあ確かに僕もおろしたての着物でハンバーガーを食べるのにはちょっと勇気がいった。高い服って「汚したら」とか考えて集中出来なかったりするんだよね。でも今後和泉さんを通して政府の人とか会う可能性を考慮したら、それなりの服も必要かもしれないし。
気乗りのしない人に無理やりというのも気が咎めたけれど、全員買えば怖くない、ってね。なんだかんだ、いざデパートで洋服を選び始めたらヴィオラも嬉しそうな顔をしていたので結果オーライという事にしよう。
§-§-§
「いやあ、凄い量を買ったねえ」
帰宅後、リビングに積まれた紙袋やら箱やらの数を見て僕はしみじみと呟いた。結局買い物は洋服だけに留まらず、靴やら帽子やら、果ては家具まで購入する事になり、そちらはヴィオラの部屋へと運ばれている。
まあ前々からヴィオラの部屋の状況には色々思う事があったらしい洋士が、きっちり系統を合わせて家具を揃えたいと言い出したのが事の発端だ、ヴィオラが気に病む事はないと思う。
洋士は物が多いだのなんだのと文句を言っているが、客観的に見てヴィオラの荷物が極端に多いとは思わない。単純に前の家から持ってきた家具と、ここに来て買い足したカラーボックス程度しかなかったから収納数が足りずに物が溢れているように見えただけだ。洋士もそれは分かっていたらしく、この際それを解決しようと思ったのだろう。そして収納に合わせて家具も一新しようと言い出した結果、引っ越しかと思うほどの家具が運ばれてきた訳だ。全く、これだからお金持ちは……。
自分の部屋は業者が出入りしているので、ヴィオラはこちらに退避中。一日中歩き回ってぐったりとソファに腰掛けている彼女を見て思いだした。そういえば前にヴィオラがソファでGoWの情報を見せてくれた事があったな……。
「ねえ、そういえば前にガンライズさんに関しての予知をしてたよね、ナナが」
「そういえばそうだったわね。結局その通りになったし……ナナちゃんは一体何者なのかしら」
原初の人々とガンライズさんに気をとられてすっかり忘れていたけれど、予言が現実に起こったのだから彼女の正体と安否が気になる。でも普通にGoWをプレイしているよね……なにも問題はないのかな。
「言ってなかったか? 家族全員うちで保護をしているぞ」
「全然聞いてないんだけど! いや忘れてた僕が悪いんだけど!」
「あー、あのときはばたばたしてたから伝え忘れたんだな、悪かった。調べた結果、祈里 陸はどうやら巫女かなにかの家系のようだ。本人もその家族もそんな事全く知らなかったようだがな。まあ知らなかったんだから当然その力がどういう物かも継承されていない。だから引き続き調査中だ」
祈里 陸……それがナナの本名か。りく……六だからナナ?
「巫女……そっか。だから予知夢みたいな物を見たのかな?」
「でもわざわざガンライズくんに警告したって事は、ただの夢だとは思わずに正夢になる可能性があると思ったのよね? ナナちゃん自身はうっすらと自分の力を理解してたって事?」
「幼少期から何度か夢が現実になる事があったようだ。だがそれが夢を見た日からどれ位先の未来なのか、或いはただの夢なのかの区別はつかないらしい。だからやたらリアルな夢や、危険が迫っている夢の場合は本人に警告する事もあったそうだ。まあそのせいで気味悪がられて周りから浮いていたようだがな。とにかく、力があると不特定多数に知られている状態だから急いで保護をした」
「なるほど。……ひとまず安心だね」
「まあ下心がなかったとは言わないがな。また赤と黒の化け物の夢を見たら取り急ぎ連絡するよう伝えておいた」
洋士の言葉に僕とヴィオラは頷く。エルフ族もエレナ達吸血鬼も日本に移住した今、原初の人々の動向はニュースに目を光らせるか、ナナの予知夢に期待する以外に方法はない。ニュースになるという事は被害者が出たあと。なるべくなら被害が出る前に気付ける方が良い。
ナナの話出すの忘れてたとかそういう事では……はい。