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159.被害届

 夕飯を食べながら、なにかを忘れているような……と考えて気付いてしまった。


「あれ……今日って警察に被害届を出しに行くんじゃなかったっけ……ごめん、僕のせいで行けなかったんだね」


 そうだった、元々ヴィオラと警察に行く予定だったのだ。


「良いのよ別に。洋士くんが居るときにしましょう、その方が安心だわ。色んな意味で」


「……そうだな。今の父さんはいつ倒れるか分からないし、とてもじゃないが外出時の護衛は不安で任せられない。かといって一人で留守番もさせられないから全員で行くのが良いだろう。なにかあっても俺なら色々切れる手札はあるからな」


 確かに最近やたらと気絶する事が増えてしまって護衛としては役立たずな自覚はある。でも……なんだか足手まといと言われているようで少し傷つくなあ。僕が一人項垂れている間にも、洋士とヴィオラの間で話は続いている。


「権力ってこういうときには頼りになるわよね……」


「褒めたってなにも出ないぞ。……明日なら少し時間がある。明日にするか? ゲーム内で急ぎの用事があるなら別日でも構わないが」


 こうやってゲームに対する理解がある辺り、洋士は絶対にモテると思うんだけど。誰かいい人居ないのかなあ。正直ヴィオラとはお似合いだと思うんだけど。まあ洋士に結婚願望がないのなら話は別だけどね。


「明日空いてるなら明日にしよう。こういう事は早めに対処しておいた方が安心出来るし」


 放っておくとヴィオラはクエストを優先しかねないので、彼女がなにかを言う前にと急いで口を挟んだ。さすがにゲームとストーカーでは優先順位は比べるまでもない。


「……ええ、そうね。迷惑かけてごめんなさい」


 ヴィオラがなにか言いたそうな表情でこちらを見ている気がするけれど……気のせいだよね。


「千里達はお留守番ですか?」


 と、小首をかしげながら千里さん。


「いや、お前達だけで部屋に居るのが不安なら一緒に来ても良い。どっちでも構わないぞ。どうする?」


「んー。千里は行きたいのです。ジャックはどうするです?」


「一人で家に居てもつまんないからついてくよ」


「じゃあ決まりなのです! 明日は皆で遊びに行くのです!」


 ぱあっと顔を輝かせて高らかに宣言する千里さん。いやいや、とっても可愛いけれど一応被害届を提出に行くのであって、遊びではないんだよ……?


「いや、遊びじゃないからね……?」


 悲しませるだろうけれど一応釘は刺しておこう。


「まあ警察の帰りに遊びに行く分には良いだろう」


 なにを思ったのか、洋士がそう言い出した。あれ、さっきの口ぶりだとちょっとなら時間が空いてるって感じじゃなかったっけ……? 遊びに行く暇なんてあるのだろうか。なんとなく、洋士は千里さんとジャックさんに甘いんだよなあ。別に悪い事じゃないのだけれど。


「千里は前から気になっていた所があったのです……明日皆で行きたいのです」


「あら、どこに行きたいの?」


「ハンドメイドのドールショップなのです。前に住んでいた家の人が行きつけのお店みたいなのですが……千里のサイズにぴったりのお洋服が売っているみたいなのです」


「あ!」


 千里さんの発言に、たまらず声を出してしまった。そうだ。考えてみれば千里さんもジャックさんも普段から二、三枚しか洋服を着回していないじゃないか。どうしてそんな大事な事を失念していたのだろう……。


「ああ、なるほど洋服か。丁度良い。ドールサイズと、人間サイズ、どちらも買っておくか。人間サイズになったときに着る服がないと困るしな」


「でも千里お金持ってないです……お洋服はお高いですか?」


「金額については気にするな。全部俺が出す。それから、るな、お前もついでだから服を買っておけ」


「ええ? 私は要らないわよ」


「俺が構うんだ。その服でスーパーだなんだとマンション内を歩き回られた日には俺の評判が下がる」


 有無も言わせぬ強い口調で洋士が断言した。まあ言い方はあれだけれど、多分洋士は世間体なんて気にしていない。単純に千里さんとジャックさんだけに新しい服を購入する事が気になっただけだと思う。


「今回は仕方がないが……ドール服は着心地やアクティブな動きは想定されてないのが普通だろう。それにデザインも単純になりがちだ。下着の問題もあるだろうし……、いっそ職人を雇うか」


「そうね、それが良いと思うわ」


「うん、僕も賛成」


「え、ええ!? 千里達の為にそこまでしてもらう必要はないのです、この待遇は千里達の働きに見合っていないのです」


 自分の発言が大事に発展してしまったと慌てる千里さん。まあ今回に関しては僕も洋士に全面的に賛成。さすがにドール用の下着は色々行き届いてないと思うし、ドールハウス同様しっかりと使用に耐えうる物をオーダーメイドするべきだと思う。


「いや、こいつの部屋を掃除してくれるだけで十分だ。俺はあそこまでひどい部屋の掃除はしたくなかったからな」


「ちょっと! ひどいってなによ!? グッズと書籍が多いだけで別に不衛生でもなんでもないんだけど!」


「物が多すぎて無理だ」


「はあ!? あんたが少なすぎるのよ!」


 いつの間にか洋士とヴィオラの言い争いに発展しているけれど、これはいつもの事なので気にしなくて良い。その間にさっさと全員分の食器を下げて台所へ運んでしまおう。洗い物は千里さんとジャックさんが手分けしてしてくれるとの事なので、お言葉に甘えて僕は仕事に戻る事にした。


「ほら、いい加減喧嘩は止めて。今日はもう仕事しようと思ってるけどその前に色々決めておかないと。明日は何時頃家を出るの? 朝ご飯は食べていく?」


「ああ……明日は外で食べるか。少し早めに出るとして……八時位に出るか?」


「了解。ところで警察に被害届を出すときって身分証の提出は必須だよね? 結局どうなったんだっけ?」


「前もって和泉から管轄警察に話が通っている。被害届は原則本人じゃないと認められないから行く必要があるが、身分証は後日発行してから提出出来るように根回し済だ。それから盗聴器を含めた証拠物は明日持っていくつもりだ」


「話が通っているなら安心だね。それじゃあヴィオラ、今日は早めに寝るんだよ?」


「分かったわ。お休み、蓮華くん、千里ちゃん、ジャックくん。……洋士くん」


 ぼそっと最後に付け足すように洋士にも挨拶をし、ヴィオラは千里さんとジャックさんと共に隣の部屋へと帰っていった。全く、この二人は仲が良いんだか悪いんだか。喧嘩するほどなんとやらって言うし、やっぱり仲良しなのかな。


   §-§-§


 次の日。朝ご飯も外で食べて、すがすがしい気分で警察署に赴いて。


 僕達は現在進行中で不愉快な思いをしています。さっきまでの気分を返してほしい。


 多分和泉さんからの連絡は上層部で止まってるんだろうな……担当刑事は「朝森るな」の名前を告げてもピンときた様子はない。それどころかストーカーの被害に遭っていると告げた段階で「常日頃からそうやって男を侍らせているから要らぬ誤解を招くんじゃないですか?」と開口一番告げられた。喧嘩なら買いますよ?


「これは驚いたな。仮に要らぬ誤解を招いてストーカー化したとして、家に無断で侵入してありとあらゆる生活雑貨に盗聴器やGPSを仕込む事を日本の警察は黙認するって事ですかね?」


 洋士がこめかみに血管を浮かべながら笑顔で馬鹿丁寧に対応している様子は、正直身内から見ても怖すぎる。


「そ、そういう訳ではないですけどねえ……そもそも恋人でもない男性が家を知っているという段階で……」


「ほう……あんた、ストーカーの意味を理解してないのか? 普通に職場から家に帰ってる所を後ろからこっそり後をつけるからストーカーっていうんだ。なにもこいつが自分から家に招待した訳じゃない。いや、仮にそうだとしてなにか問題があるか? 友人や恋人がストーカー化する事例だって数多くある。あんたの言い分じゃそもそも友達も恋人も作るなと言っているように聞こえるんだが」


「いえいえ、そんな事は言っていませんよ。ただちょっと迂闊だなあと思っただけです。あー、ストーカー被害でしたっけ? ……我々も慈善事業じゃないんですよ。仕事は山積みで手が回らない。それこそ相手も特定しているのであれば、被害届なんか出さずに自分達できちんと話し合いをして誤解を解けばよろしいのではないでしょうか」


「……らちがあかないな。悪いが一本電話をしてくる。少し席を外すから待っててくれ」


「ん、分かった」


 これは和泉さんにチクるつもりだな……。まあこの刑事は「被害届を受理したとしても捜査は行わない」と宣言しているようなもの。告訴すると言えば絶対に捜査を行ってもらえるけれど、大前提としてヴィオラに対する捜査官の印象が悪いのだ、本腰を入れて捜査をしてくれるとも思えない。


 後回しにされながら適当な捜査……きっと長い時間がかかるだろうし、その間ストーカーが野放しになっているのはヴィオラの精神衛生上よろしくない。さっさと圧をかけて真剣に取り組んでもらった方が早いのは確かだと思う。


 一番厄介そうな雰囲気の洋士が居なくなったからか、刑事の態度はあからさまに悪くなった。


「君達、平日の朝から来るって事は仕事してないの? 彼はスーツを着てたし仕事を抜け出してきてるんだろうけどねえ……いっそ民事訴訟でお金をむしり取った方が君達の為になるんじゃないの?」


 もはや敬語すら使おうとしないとは、どこまで舐めてかかっているのだろう。まあ僕より洋士の方が年上に見えるし、ヴィオラはジーンズだから余計に若く見えるのかもしれない。


「はあ……」


 やっぱり僕ってそんなに頼りなく見えるのかなあ。そう思って溜息をついただけなのだけれど、何故か刑事は誤解したようで眉間にしわを寄せてこちらを睨んでいる。お、馬鹿にするのは良くて馬鹿にされるのは許せないんですか、そうですか。


「ところで、証拠がなくて被害届が受理されないというのは良く聞きますが、今回の場合は明確な証拠があります。何故受理するつもりがないのでしょう? それから、今回の事は刑事・民事両方で対処するつもりですからご心配なく」


 洋士を真似してにっこり笑ってみたけれど、どうにも覇気が足りないのか意にも返されなかった。な、何故なんだ……。


「あの盗聴器とやらが本当にストーカーによる被害だという証拠はないじゃないか」


「ああ……つまり自作自演だと言いたい訳ですか」


「いや、まあそんなつもりで言った訳じゃないけどね。もしかしたらなにかの手違いで……」


「手違いで生活雑貨に盗聴器やGPSが紛れ込む状況になった事があるんですか? 凄いですね」


 先程から僕達を馬鹿にした態度をとっているけれど、明確に責め立てるような言葉を使わないように巧みに避けている辺り、常日頃からこういう事をしているような気がする。どうやら最悪な人が担当になってしまったらしい。これは圧をかけるついでに、担当の交代も願い出た方が良さそうだ。


「本当にらちがあかないな。時間の無駄過ぎる」


「なんだと……!? こっちが下手に出ていれば……!」


 下手に出てもらっていたとは驚きだ。だけど僕がそう言い返すよりも早く、個室の扉が大きく開いたので皆の注目はそちらに移動した。


「も、申し訳ありません……手違いで通達が行き届いておらず」


「しょ、署長!?」


「この馬鹿者が! 廊下にまでお前の怒鳴り声が響き渡っていたぞ! この方々を誰だと思っているんだ……!」


「誰って……まさか朝会で通達があった……?」


「ストーカー被害と聞いてピンとこないとは情けない。お前はひとまず茶でも持ってこい! ……失礼いたしました、ただいま別の担当の者を連れてきますので、大変お手数をおかけいたしますが、もう暫くお待ちいただけますでしょうか」


 驚いたな。てっきりヴィオラの件そのものが現場に通達されていないものとばかり思っていたのに。通達がされていたにもかかわらず別件だと判断していたなんて……。


 署長と呼ばれた人物は汗をだらだらと流しながらペコペコと頭を下げている。可哀想に、今回の件は通達義務を怠った訳じゃないし署長に責任はないのに。……いや、こんな横暴な刑事を野放しにしているという意味では責任はあるかな。


 ひとまずこれで、被害届の受理と捜査は行ってもらえそうなので一安心だ。

そんなつもりはなかったのにヴィオラはトラブルホイホイって異名がつきそうな展開になってしまった。

蓮華のシリアスホイホイとお似合いだね……(白目

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― 新着の感想 ―
[一言] 日本の警察は交通違反以外真面目に取り締まろうとはしてくれないから仕方無いね。
[一言] お前のせいで降格したと言って襲ってくるまたはストーカー化するに一票
[一言] いや、こんな刑事がいる署じゃ、まともな捜査はして貰えないのが決まってるから、別の署から手を回して貰えるようにもっと、もっと上から圧力をかけてもらう方がいいかもね そう、世論という圧力を…
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