158.シリアスホイホイ
タイミング良く王都を出る前に業者が来たので、立ち会いを済ませてから改めて出発。北門での審査を終え、馬での移動中に僕はダニエルさんの事について考えていた。
彼が教会と繋がっていて、教皇の跡継ぎを産ませる為に他国からアキノさんを連れてきた? アキノさんを疑いたい訳ではないけれど、どうにも信じ難い話だ。彼の人となりも然る事ながら、わざわざ遠く離れたカラヌイを選び、その中でもあえてアキノさんを選んだ理由が不明だというのがある。でもアキノさんが故意に僕とダニエルさんの間に亀裂を入れたいようには見えなかった。恐らくアキノさん自身は本当にダニエルさんを疑ってかかっているのだ。
それにしてもダニエルさんがこの国の貴族だったのには僕も驚いた。最初の王都クエストのときにバートレット侯爵と同等レベルだと聞いていたけれど、実は本当に侯爵位を持っていたりするのだろうか? いや、でもそれなら今頃家督を継いでる筈。ギルドマスターをしているという事は、貴族の家に生まれたものの爵位を継ぐ事が絶望的だったという事だろうか。そもそも幼い頃からカラヌイ帝国に住んでいたという点が気になる。
「っていうかデルっていうミドルネームも気になるよね。今の所ミドルネームを持ってるのって公爵と王族だけじゃなかったっけ……?」
バートレット侯爵は確かミドルネームを名乗らなかった。名乗らなかっただけで本当はあるという可能性もあるけれど、マリオット公爵もフィアロン公爵も王族も、ミドルネームは全員「シヴェリー」だった筈。つまり王族の血筋だけがミドルネームを名乗る事を許されていて、それは全て首都であるシヴェリーの名を冠するのだと解釈していたのだけれど。デル。デルかあ……。
≪シヴェフ王国から遠く離れたカラヌイ帝国に居たって事は命の危機でもあった?≫
≪どう考えても逃げてたって感じはするよね≫
「だよねえ。でも彼はこの国に戻ってきてもどこかの貴族の当主になってはいない。命の危機は脱したから戻ってきたって事? それに冒険者ギルドはどこの国にも属さず中立なはずだから、ダニエルさんがなれたという事は貴族としての側面は持っていないって事だよね?」
≪クローデルって家名の貴族をそもそも聞いたことがない≫
「確かに。図書館にあった貴族の家名一覧にはなかった気がするなあ……。アキノさんは彼が貴族だって情報をどこで入手したんだろうね」
もしかして、先程アキノさんと話しているときに感じた違和感はこれだったのかな。
「クローデル……って、一族全員処刑されて廃された貴族の家名じゃなかったかしら?」
「えっ……じゃあダニエルさんは他国にいたから生き延びたって事? でもそれならこの国に戻ってきた段階で処刑されちゃうんじゃ……」
「いえ、確かあとから冤罪だったと発覚した筈よ。詳しい話は知らないけど、なにかの拍子にジョンさんから聞いたのよ。なんでだったかしら」
≪前々から思ってたんだけどさ……二人ってシリアスホイホイすぎない?≫
≪シリアスホイホイwwwだれうまwww≫
≪分かる。こんな重い話ばっかり引き出す人は他に知らん≫
「全然喜べない異名なんだけど」
「ちょっと、シリアスをホイホイしてるのは蓮華くんであって私じゃないわよ」
「えっ、そこで裏切るのはひどい」
≪北の依頼も蓮華君が選んだから何か起こったりして≫
「怖い事言うのやめてよ! ただでさえ極寒の地で生存率が低いって話なんだから」
「でも修業にはもってこいよね!」
横でヴィオラが目をきらきら輝かせている。旅支度の一環で、アイシクルピーク周辺の情報について集めている際、あの付近には氷狼なる魔獣が住み着いているとの情報を得たので気になって仕方がないのだと思う。
「氷狼かあ……素早い動きをしそうだよね。こっちが雪とかに足をとられている間に喉元をがぶり……とかありそうで怖い」
「私は足場が悪い場所に慣れてるから良いけど、素早い敵はちょっと苦手なのよね。特に群れだと厄介かも。だからこそ修業には丁度良さそう」
当初の目的ではバレンタインイベントの材料集めの為に王都を離れるという事だった筈……厄介な相手であればあるほど狩るのに時間がかかるので材料集めには相応しくないよね? さてはヴィオラはもうイベントの事を忘れているな?
まあ僕は僕で確かに氷狼なる魔獣の事は気になっている。多分響き的に魔核は水属性だと思うから、武器のエンチャント用に確保しておきたいのだ。氷狼は動物の狼を従えているらしいからちょっと厄介だけど、単体で見るとランクはD。普段使いの武器に丁度良いのではないかと考えている。
ランクの高い魔核は武器自体も良い物を使いたいし、外すのにも良いお値段がするなら慎重にならざるを得ない。でもランクDならツリーマンと同じランクなのでたくさん狩って気軽に使えるという寸法。
≪蓮華君は蓮華君でにやついてるんだけど戦闘狂パーティすぎん?≫
≪どうせ魔核のこと考えてるんでしょ≫
≪エンチャントうらやま≫
≪ランクDなんて夢のまた夢だわ……≫
「魔核は魔核で勿論楽しみなんだけど、もう一個楽しみな事があって」
「あら、なに?」
「色々あって全然気付いてなかったんだけど、子爵領でテイムの熟練度が二万になったみたいで、もう一人テイム出来るみたいなんだよね」
「ああ、それで氷狼……アインくんが盾で氷狼をアタッカーに、って事ね?」
「うん。あと見た目がかっこ良さそう。もふもふしたい」
「そっちが本音ね」
「カ……タ……」
「あ、いや、アインがかっこ悪いとかそういう事じゃないからね! そんな泣きそうな顔をしないで!?」
≪泣きそうな顔とは≫
≪浮気がバレた亭主みたいな言い訳で草≫
≪確かに氷狼……響きがかっこ良い≫
≪移動手段枠必要ないのが心底羨ましい≫
≪それ以前にランクDとかCとかテイミングできる技量よ……≫
「そう言われれば……テイミングの条件ってあるのかな。テイム熟練度とモンスターランクは関係ないって事だよね、アインがテイミング出来たって事は」
「戦闘能力じゃないの? 要するに相手をボコボコにして絶対服従を誓わせるだけの能力があるかないか、的な」
「言いたいことは分かるけれど言葉選びがひどいな。いや、僕がアインにした事を考えたら正しいのか……命だけは助けてほしいってアインも言ってたもんね……」
僕が自責の念に駆られていると、「あ、ねえ」と馬の速度を緩めたヴィオラが言う。
「……大変な事に気付いちゃったわ。このままどこにも寄らずに北まで一直線の予定だったわよね?」
「うん。花が咲く時期と期間が分からないから、とりあえず北には早めに辿り着いておきたいよねって話をしたもんね。教会の事とか他国の事とか考えるのは帰りで良いし。なにかあった?」
「……山までどうやって行くのかしら? 王都からレンタルしてきたこの馬じゃ多分無理よね……」
「あー……、そっか。寒い地域に突入したらどこかの村か町で移動手段を確保する必要があるのか」
馬は可能な限り王都に戻したいけれど、帰りに寄り道をする可能性を考慮して高いお金を払って乗り捨てプランを選択した。だから無理にどこかの村や町のギルドで返却手続きをする必要はないし山の麓まで一緒に、と考えていたけれど……そうか、王都から連れてきた馬じゃ寒さに耐えられないのか。
「北での移動手段は聞いてこなかったな」
「私も失念していたわ……やっぱり寒くなってきたタイミングで、一度情報収集も兼ねてどこかに寄る必要はありそうね」
「今度こそ準備はちゃんとしたと思ったんだけどなあ……」
昔は比較的あちこち移動してたいたからそれなりに旅慣れてると思ってたのだけれど。考えてみれば期限も当てもない旅だったから、徒歩ばっかりで移動手段なんて気にかけた事がなかったな。
「前回の砂漠で学んだつもりだったのに、全然駄目ね」
「ま、これも良い思い出って事で」
前回の子爵領への旅と違って、教皇が居ないので移動ペースはかなり上がっている。とはいえ子爵領が比較的王都に程近いのに対して、アイシクルピークはシヴェフ王国最北端。時間は相当かかる。
現実世界へのログアウトを最小限に、一日かけて移動した距離は体感およそ五十キロ。先日運営に問い合わせて復元してもらったマップで確認すると、アイシクルピークまでは残り五分の四といった所。想像以上に遠い。この国の直径は五百キロメートルほどのようだ。……大体北海道の横幅位かな?
「まだ寒さに震えるほどではないね。もう少しこの子と一緒に進めそう」
餌を食べる馬を撫でながら地図と睨めっこを続ける。商人から貰った地図を元にしたこのマップ上には、細かい村の表示は一切ない。記載があるのは一部の町や都市のみなので、恐らく商人さんが取引先として訪れていた場所なのだと推測出来る。
今現在の体感気温と天候を考えるに、五分の三ほど進んだ辺りから馬には厳しい環境になるのではないだろうか。……となると目指すはこの都市、かな?
「ヴィオラ、ひとまずホワイトブレイズキャッスルって都市を目指そうと思う」
「都市なら移動手段の貸出はやってそうね。……それにしても寒そうな名前」
「だね。もしかして北は割と年中寒いのかなあ。じゃなきゃそんな名前にしないよね」
「寒いと鍋料理が期待出来そうね……」
じゅるり、と音を立てそうな位料理のことを考えているのが丸わかりの表情をしている。まあ確かに寒いと温かい料理がたくさんありそうだけど……なんだか本当に目的を忘れているようで不安になってきたな。