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157.ダニエル・デル・クローデル

「結論から言うわ。ヨハネスが望むなら教皇位から解放したい。その為の方法を一緒に見つけてほしい」


「それはまた……。何故僕達なんですか?」


「現状、貴方達が一番信頼出来るからよ。ハリーという神官は確かに息子によくしてくれている。でも結局教会の手の者であって、第一に考えるのは教会の事でしょう。教皇を自由にさせるという私の目的はなにがあっても阻止される。私も別にヨハネスが自分から教皇位を望むのであればなにも言わないわ。でもあの子は選択の自由も与えられずに、私が居ない間に教皇として祭り上げられた。そのくせにひどい扱いも受けていた。違う? ハリーから聞いた事だけど」


「あってると思います。聖……ヨハネスからも同様の話は聞きましたから」


 それにしても、前大神官代理の事を外部の人間であるアキノさんに話すとは思わなかったな。ハリーさんがいくら善良な神官であったとしても教会に所属している以上、教会の不祥事は絶対隠すと思っていたのだけれど。それとも、裁判も控えているし調べれば簡単に分かる事だからこそ隠さずに言う事でアキノさんからの信頼を得ようとした、とか? 或いは、神職ではない外部の人間ではあるものの、アキノさんは現教皇の母君。無碍には扱えないという判断もあったのかも。


「私は息子に自由を与えたい。世界を自分の目で見て、その上でこの国で神職を選ぶのであればなにも言わない。でも今のままじゃ駄目」


「であれば、教皇位から解放する方法の前に、彼が自由に世界を見て回る事が出来る方法も考える必要がありますね?」


「……ええ。正直私としては、先に教皇位を返上してしまっても良いとは思っているけど……」


「それでは万が一彼が教皇に戻りたいと思ったときに戻れない可能性がありますね。教皇位を空白のままにしておく訳にはいかないので、誰かが次の教皇になるでしょうから」


「そう、そうね……悪いわね、息子の現状を知ってちょっと冷静さを欠いていたみたい……」


 考えてみれば教皇の性格を考えると、この二年の話を自分から言うとは考えにくい。彼が苦労していたという話は子爵邸で僕がちょろっと話したけれど、具体的になにがあったのかはハリーさんから聞いて初めて知った筈。内心穏やかじゃなかっただろうし、混乱して出会ったばかりの僕達に助けを求めるのは頷けるかもしれない。……でも。


「ダニエルさんとは親しげに見えましたが、彼では駄目だったんですか?」


 ダニエルさんはアキノさんの帰還を喜んでいた。一介の冒険者と、その所属地域のトップ、という関係ではないように見えたのだけど。


「ダニエルは……幼馴染みだし、私が冒険者になると決めたときも一緒についてきてくれた位だから誰よりも信頼していた。でも私が行方不明の間、ヨハネスが教会に攫われた事を分かっていた筈なのに保護をしてくれなかったのよ。信用出来ると思う? しかもダニエル・デル・クローデルですって? 貴族だという事すら今回初めて知ったわよ」


「あれ、アキノさんがここで冒険者として活躍していたときにはダニエルさんは……?」


「ああ、二年前はまだ私とパーティを組んでいたのよ。彼がギルドマスターになったのはこの二年の間でしょう。まあ、パーティを組むといっても年中一緒に行動していた訳じゃないから。子爵領の件は私一人への指名依頼だった。聞いた限りじゃ戦闘力が必要とも思えなかったし理由をつけて断る事は難しかった。だから『原因不明』だと報告してすぐに帰ってこようって思ったんだけど、結局この有様よ。でも正直地下に落ちたときは、ダニエルが王都に居るから息子については心配しなくても大丈夫だと思っていた……それが蓋を開けてみればこんな事になっているとはね。ここまでくると、ダニエルが私の母国で平民として生活していた事すら怪しく感じるわ。私をこの国に連れて来る為に綿密な罠を仕掛けてたんじゃないか、って勘ぐりたくもなるわよ」


 アキノさんの心中は複雑そうだ。許せない、といった表情が前面に出ているものの、やはり長い事共に過ごしていたからかどこか哀しげな、それでいてまだ信じたいのではないかと思わせる表情も浮かんでいる。


「もし罠だったとして、貴方をこの国に呼び寄せる理由があったの?」


 ヴィオラが不思議そうに質問している。確かに、疑心暗鬼になるのは分かるけれど、まさかそんな昔から疑ってかかるなんて一体何故だろう。


「だってダニエルはこの国の貴族だったのよ。それを隠してカラヌイで暮らしていたなんてどう考えても不自然でしょう。……今回の事がなかったら『なにか理由があったのね』で終わらせたかも知れない。でも、今回の事があったから……ダニエルは最初から教会と結託して私に前教皇の子供を産ませようとしていたとしか考えられない」


「それは一体どういう事ですか!?」


「……最初に言っておくけど、私はヨハネスを愛している。でも、あの子の父親の事は微塵も愛していない。いえ、憎んですらいるわ。合意もなく事に及んで私をこの国に縛り付けた張本人だもの」


 合意なく? つまり、無理やり……? 確かに僕は不思議に思っていた。フェリシアさんに聞いた話では、前教皇はいつ亡くなってもおかしくないほどお年を召していたと。それに比べてアキノさんはまだ若いし、教皇も幼い。だから皆前大神官代理が教皇だと思い込むという事態が発生したのだ。人の価値観はそれぞれとはいえ、アキノさんと前教皇は恋愛するにしては随分年が離れ過ぎている。


「えっと……無理やりって……あの……」


 ヴィオラは動揺を隠しきれず、質問を上手くまとめられずにいる。


「言葉通りの意味よ。私はあの男と身体を交える事に同意をしていない。護衛と護衛対象、ただそれだけ。でもあの男は私を襲った。事が済んでから……一応謝られたけどね。焦ってたんですって。でも私には関係のない話。許せる筈ないわ」


「それは前教皇がアキノさんを……好きだったが故に手順を誤ったとかそういう話ですか……?」


 だとしても許せる事ではないけれど。他に焦る理由が思いつかない。


「いいえ。あの男は若い頃になにか大きな過ちを犯し、その結果神の逆鱗に触れた。それで子を成せない呪いをかけられたそうよ。最初は喜んだんですって。やりたい放題だって。でもすぐに気が付いた。『どれだけやっても誰も妊娠しなければ、自分に原因がある事がばれる』、って。そうすれば次期教皇の座も怪しくなる。だからそれ以降は大人しくなって、裏で色々調べたんですって。結果、神の呪いは自国の女性との間にだけ効力を発揮するんじゃないかという結論にいたった。でもそのときには既に教皇になっていて、自由に歩き回れる状況じゃなかった。それで適当に理由をつけて冒険者の護衛を雇う事にした。でも大抵は男性だし、たまに女性に当たっても自国の人間だったりして、なかなか思うようにいかなかった。そもそも護衛をつけて移動する機会すらも滅多にない。それであの歳になってようやく見つけたのが私だったって訳。私の見た目は出自を聞かなくてもこの国の人間じゃないって一発で分かるでしょ? だから手を出したみたい。他の護衛は薬でも使われたのか起きる気配はなかったし、連れの神官共は見て見ぬ振り。それはそうよね、端から見たらずっと禁欲してた教皇が急にやる気を見せたんだから、この際どこの馬の骨とも分からない女でも子供が出来れば良いとでも思ったんでしょ。結果として私は妊娠した。本当、くそみたいな話よ」


「なるほど……だからダニエルさんが仕組んだ事だと思ったんですね。すみません、根掘り葉掘り聞くような真似をして。依頼には全然関係ない話なのに」


「いいえ。かえってすっきりしたわ。こんな話誰にも言えないし、言った所で相手が教皇じゃ信じてもらえないでしょ、一応まともな教皇として知られてた訳だし。……結局そのあとから私には監視がついて、国から出られなくなった。出産後は出られるようになったけれど、ヨハネスと一緒には出られない。王都が私達親子の牢獄よ。私に出来るのは、あの子が教会に連れて行かれないように依頼を最小限に留めて一緒に過ごす事と、極力人目を避けてあいつらが諦めるようにヨハネスに女の子の格好をさせる事位。それから私の留守中は護衛をつけて、小さな子には酷だと分かっていたけどヨハネスには自分の身を守れるように徹底的に魔法を教えこんだ。……本当はヨハネスが成人したら冒険者登録をして、二人で国を出るつもりだった。でもその前に私は依頼に失敗して、その間にヨハネスは教皇にされていた。ダニエルがその為にカラヌイに居たんじゃないかって思ったのはね。私の妊娠が発覚した瞬間から急に態度が変わったからよ。パーティこそ組み続けていたけれど、素っ気なくなったの。だから『ああ、もう用は済んだんだ』って。それに私一人への指名依頼も怪しすぎるでしょ」


 アキノさんの話に一瞬だけ引っかかったものの、それがなにかは分からなかった。特段今の話に怪しい所がある訳ではない筈。一体なにに引っかかったのだろう。いや、それよりもまずは依頼の話をしなければ。


「ええと、依頼についてですが……案外簡単かもしれませんし、逆に難しいかもしれません」


「どういう意味?」


「アキノさんも子爵邸で見かけたと思いますが、ヨハネスには女神シヴェラの加護があり、必要とあらば彼女は自分の意思でヨハネスを守る為に顕現します。この国は女神シヴェラを崇拝する絶対的一神教。つまり、彼女が他の神官に対して命じれば大抵の願いが叶う筈です。例えば『ヨハネスに旅をさせよ』とか。ただ、逆の事も言えます。ヨハネスはまだ幼く、跡継ぎが存在しない現状では彼を手放せば全く縁もゆかりもない教皇を立てるしかありません。その人物がヨハネス以上に女神シヴェラに気に入られている人物だとは到底思えない。となれば教会は、女神シヴェラを降臨させられるだけの能力があるヨハネスをみすみす手放したりはしない筈です。例えそれが女神シヴェラの言葉だとしても従うかどうか……。そもそも女神シヴェラ自身がヨハネスに対して過保護ですから、『旅をさせよ』と命じるかも怪しいですね」


「なるほど。カラヌイじゃ一人の神に信仰が集まる事がないからその考えはなかったわね……。分かった、まずは私が女神シヴェラと話が出来るかヨハネスに確認してみるわ。でも……、どうして息子が一番苦しいときには守ってくれなかったのかしら。神相手に言っても仕方がないのかもしれないけど……」


「確かに気になりますね。……ヨハネスの魔力がなければ顕現出来ないなど、なにか条件があるのかもしれません。彼は二年間、必要なとき以外は魔力封じの首輪をつけられていた筈ですから。今後の事を考えたらその辺りも女神に聞いた方が良いかもしれません」


 僕の言葉にアキノさんは深く頷いた。


「さて……あまり遅いと本当に食事かどうか疑われるから私はそろそろ戻るわ。ごめんなさいね、遠出前に引き留めたりして。戻って来てからも会ってくれたらありがたいわ」


「それは勿論。ね、ヴィオラ?」


「ええ。また食事でもしましょう」


 会計を済ませてからエリュウの涙亭の玄関で別れた。なんとなくアキノさんの背中が小さくなるのを眺めながら深く息を吸い込んだ。


「……ふう。ちょっとすぐには気持ちの切替が出来ないけど……とりあえずアインを連れて出発しようか」


 そういって僕達は再びエリュウの涙亭へと入る。先に教会に寄る事になったので、念の為アインには部屋で待機してもらっていたのだ。どう考えてもアンデッドにとって教会は鬼門だからね。いくらテイミングされてるとはいえ……うん。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >ダニエルは……幼馴染みだし(略) >だってダニエルはこの国の貴族だったのよ。それを隠してカラヌイで暮らしていたなんてどう考えても不自然でしょう。 幼馴染みなら、ギルマスは子供の頃…
[一言] >ヨハネスに女の子の格好をさせる おっと?これに反応した視聴者さん正直に言って?w >ダニエル うーん、その割には教会に協力的じゃないけど…… いやでも、立ち回りは上手い印象なので、もしか…
[一言] これ多分ダニエルは脳破壊された只の被害者だね
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