155.報告と新たな依頼
残念ながら下ごしらえをした材料を見てピンと来る料理はなかったようで、三人ともお昼は適当に済ませたらしい。とはいえうちに適当に済ませられるインスタント食品の類いはなにもない。どうしたのかと聞けば、スーパーに買いに行ったと言う。
マンション内に併設されたスーパーとはいえ、一般人の出入りも可能なので一人で行くのは危険。まあ護衛である筈の僕が気絶しているのだからそうせざるを得なかった訳だけど……。僕の表情から考えている事が筒抜けだったのか、ヴィオラは更に続けた。
曰く、一応本人も危険だという自覚はあったのでジャックさんと一緒に行ってきたらしい。戻りが遅ければ千里さんがジャックさんの目を借りて場所を判断し、洋士に連絡する。そういう算段だったそうだ。なかなか考えられている。
洋士といえば、僕が気絶した事を本能的に感じたらしく、ヴィオラに対して電話が来たそうだ。先程「馬鹿!」と言いながらどこかに行ったのは、僕が無事に目を覚ました事を洋士に伝える為だったらしい。戻って来たヴィオラに端末を突き出され、洋士と直接話してくれと言われてしまった。どうやら僕の声を聞くまで無事だと判断出来ないとか言われたみたいだ。通話を切ったあと、暗に信用出来ないと言われたとふくれっ面のヴィオラをなだめるのが大変だった。
そんな感じで目覚めてからばたついていたせいで、すっかり夢の事は失念してしまっていた。うーん、なにか重要な内容だった気がしたんだけど……駄目だ、全く思い出せそうにない。
どうしても夢の内容を忘れたくない人は例えば、「枕元にメモを置き、目が覚めたらすぐに書く」とか、そういう努力をしているみたいだけれど、僕は普段寝る事がないので、夢を見るとき=気絶したとき、だ。そんな状態で枕元にメモなんか置いてある筈がない。携帯に関してもそう。僕の物はヴィオラやガンライズさんと違って腕につけるタイプではなく、一昔前のスマートフォンとやらと同じ板型の物。気絶するような状況で手元にあるか怪しいし、そもそも夢の内容を記録する為の機能を立ち上げるまでに時間がかかりすぎて忘れてしまいそうだ。
「うーん……なにか良い方法はないだろうか……」
今の所、記憶を思い出そうとすると必ず激痛が起こって気絶してしまう。夢の中以外にヒントはない状態だ。
一応、僕が口走ったという言葉や、気絶する直前に脳内で聞こえた言葉は一通りノートに記録した。とはいえこれだけではなにも分からない。分かった事は僕が誰かに対して強い殺意を覚えていたという事だけ。
ただ、エレナからは「妻の最期に関して僕が受け入れられず、何度も自殺を試みようとしたから記憶を封印した」と聞いている。つまり、僕が殺意を抱いた相手がその犯人の可能性は十分にあるという事だ。
いや、一つ大事な事を見落としていた。ホレおばさんから「親しい人の血を飲んだ事がある」と言われていたのだ。この流れからいくと、僕が血を飲んだ相手は妻、もしくは息子の可能性が十分にある。受け入れられない最期とは「僕が妻の血を飲み過ぎて失血死させた」という可能性も十分あるのではないだろうか。
全て憶測に過ぎない。だけどあながち外れてはいない気がする。例えば誰かに命を狙われていたとして、そのときに僕が血液を摂取していなかったとか。ガンライズさんにしたように、血液を分けてもらった可能性はある……かもしれない。
無理に思い出そうとせずに今ある情報をまとめていただけだったけれど、どうやら考えすぎたようだ。ずきずきと、再び頭が痛み始めている。
「いけない、今日はもうやめておこう」
既に一度気絶しているのだ。これ以上考えてまた気絶なんかしたら、今度こそ皆に怒られてしまう。
「とはいえ、なにもしていないとついつい考えてしまう……」
「病み上がりだから」とヴィオラには止められたけれど、やっぱりGoWにログインした方が気が紛れると思う。うん、ギルドからの依頼の件もあるし、北に出発した方が余計な事を考えずに済みそうだ。
ヴィオラに許可を貰いに……と思ったけれど、彼女はGoWにログインしているんだった。仕方がない、少し文句を言われるかもしれないけれどログインをしてしまおう。
「ジャックさん、やっぱり僕もGoWにログインするね。黙ってると手持ち無沙汰で色々考えちゃうから」
「分かった。今日は僕、こっちで過ごす事にしたからなにかあったら言いに来てよ」
どうやら千里さんがヴィオラの護衛、ジャックさんが僕の護衛を兼ねてそれぞれ分かれたらしい。ジャックさんは千里さんと居たいだろうに、僕のせいで申し訳ないな……。
「あ! そういえば今日は業者が来るって洋士が言ってたけど……」
「僕と千里で対応するから大丈夫。あんた達は気にしないでゲームしてれば良いよ」
それはそれでどうなんだろう。見ず知らずの人が室内を確認して回っている中、のんきにゲーム? ……いや、ログアウトして業者のあとをついて回るのもそれはそれで邪魔かな……。でもなあ、ストーカーが業者に変装して入ってくる可能性はないのだろうか。洋士は大丈夫って言ってたけれど万が一って事も……。
「……洋士が選んだ業者だから大丈夫だとは思うけど、万が一って事があるから僕達も同席して見張ってた方が良いんじゃないかな」
「ストーカーが業者に変装してくる可能性があるって事? まあ、うん。だったら千里と俺のどっちかが人間として対応して、どっちかが通常サイズで見張ってれば良いんじゃないか? まあ心配なら業者が来た段階であんたに知らせるけど」
「え、ログイン中にどうやって?」
「……そんな事も知らないの? コクーンの外側に呼び出しボタンがついてるでしょ。外側からプレイヤーに対して通知を出せる機能。それ使ったらゲーム内で通知が出ると思うからログアウトしてくれば良い」
溜息交じりに説明してくれるジャックさん。うっ、GoWをプレイした事がない人でも知っている内容を知らなかったんだから、馬鹿にされて当然だ。
「な、なるほど……分かった、じゃあそれで」
そんな機能があるなんて微塵も気付かなかったな……。そういえばGoWを始めた当初は一人暮らしだったから、気にする必要がないと思ってコクーンの機能については説明書を読み飛ばしてしまった記憶がある。
「あ、ねえ。こんだけ協力してあげてるんだから夕飯は豪勢によろしく」
部屋へ戻ろうとした僕の背中に向かって投げかけられたリクエストに、笑って了承をしておく。出会った当初のように無視されたりするよりも、こうやって言いたい事を言ってもらえる関係の方がずっと良いよね。
§-§-§
「さ、それじゃ準備も整ったし行こうか」
休まずにログインしてきた事についてなにか言いたそうな顔をしていたけれど、視聴者がいる以上迂闊な事は言えない。そう判断したのか、ヴィオラに直接なにかを言われる事はなく、軽く睨まれただけで済んでしまった。
「あ、待って。教会への報告をしましょう」
「あ、そうか。護衛と教会の状況確認だったっけ。王都に戻ってきたときちゃんと報告してなかったね」
「ええ。アキノさんとの親子水入らずの時間に水を差すのも悪かったし。でもさすがに報告もなしに遠方へ赴くのはちょっとね。それにもしかしたら……」
「もしかしたら?」
「いえ、報告すれば分かる事だわ。とりあえず行ってみましょう?」
「あ、うん。そういえばロアルイセンに教会ってあったのかな。地上に出たあとばたついてたから確認せずに戻って来ちゃったな……」
「ああ、それなら私が確認しておいたわよ。大丈夫、トレネと違ってまともだったから。都市だから町よりも情報が早く流通した……というのも理由の一つかもしれないわね」
「あー……。確かにトレネの町の神官の物言いだと、まだ黒髪黒目の人が悪事を働いているって認識だったみたいだもんね」
ふむ。でも情報が流通してさえいれば僕達にあんな態度をとらなかったというと、そんな事はない筈。現にあの神官達の第一声は「貧乏人」だったからね。人を見下す習慣がついている証拠だ。
それにしてもいつの間に確認していたのだろう。地上に出てから王都に戻るまで、全然子爵領を見て回る余裕なんてなかった筈……。ああ、そういえば僕がナタリーさんとマリーさんのご両親からお礼を言われていたとき、ヴィオラはどこかに行っていたんだっけ。もしかしてあのときかな?
軽く雑談をしながら歩いていると、あっという間に教会に到着してしまった。タイミング良く近くに居た神官に、ハリーさんへの取り次ぎをお願いする。どうも先日の一件で僕の顔はすっかり教会関係者に覚えられてしまったようで、名前を告げてもいないのに「ああ、蓮華様。その節は大変お世話になりました。少々お待ちください」と言われてびっくりしてしまった。
「もうすっかり有名人ね」と、ヴィオラからもからかわれる始末。
「う、うーん……なんか気恥ずかしいし、勘弁して欲しいな」
そもそも何故「様」付けなのだろう。それさえなければそんなに気にならないんだけど……。なんて考えながら五分程度待っていると、神官が再び戻って来て奥へと案内してくれた。……あれ、この部屋って確か大神官部屋だった筈。
「大神官猊下もお会いしたいとの事で」
なるほど。教皇も一緒に会うから大神官部屋なのか。ハリーさんが大神官部屋を使っているのかと思って驚いてしまった。元大神官代理のような振る舞いをしているのかと思った……。
案内してくれた神官が扉をノックし、「お連れしました」と告げると中から「どうぞ」と返答があった。
「では私はこれで失礼いたします」
僕とヴィオラが部屋の中へ入った事を確認し、神官は退出。それを見届けてから改めて教皇、ハリーさん、アキノさんの三名と挨拶。
「お久しぶりですね、蓮華様。その節は大変お世話になりました。本日はそのご報告でしょうか?」
「はい。子爵領への道中の教会の様子も含めてですね」
「ああ、その件もありましたね。それでは別々に精算してしまいましょう。まずは護衛に関して。猊下が無事にお戻りですから文句なしの満額支払いとなりますが、問題はありませんよね?」
「はい、大丈夫です」
僕が頷くと、ハリーさんは用意していた布袋を手渡してきた。う、ずっしり重い……一体いくら入っているというのか。
「では次に教会の様子ですが、いかがでしたか? トレネの町に関しては既にご報告いただいてますが」
この問いかけには、実際に確認してきたヴィオラが口を開いた。
「他に確認出来たのはロアルイセンの教会のみですが、こちらは問題ありませんでした。トレネのように人を外見で判断する事もなく、治療費も法外な値段ではありません。また、黒髪黒目の方に対しても分け隔てなく治療している事も確認しました」
短時間で随分と本格的に確認したらしい。ちょっとびっくりした。
「なるほど、それは朗報です。今回の行程であれば……トレネとロアルイセンの教会の二カ所しか通らない筈ですね。ご協力ありがとうございました。こちらが報酬になります」
そう言って同様に布袋を渡してくるハリーさん。
「では、これで全て完了……と言いたい所ですが。王国内の教会全てを確認していただく事は可能でしょうか? ……期間は問いません」
ハリーさんがそう言うと、視界にピコン、と新たなクエストが出現した。なるほど、ヴィオラはこれを狙って出発前に教会へ報告すると言ったのかな?