154.魑魅魍魎
既に朝日が昇っていたという事もあって、マッキーさんの家で洋士が待っていた。
「あ……洋士」
「なんのための携帯だと思ってるんだ? 朝になるならなると一報を寄越してくれ、心配するだろう」
そうだった。日中も活動出来ると分かってるのは僕だけで、事情を知らない洋士からしたらそりゃ勿論心配するに決まっている。
「その……実はホレさんと色々話した結果、実は日光アレルギーが治ってるって判明して。一人で帰れるし時間は気にしなくても良いやって思ってた……本当ごめん」
「それは本当か? そりゃめでたいが……だとしても状況位連絡してくれ」
「本当ごめん、次からは気を付ける」
マッキーさんに別れの挨拶をして洋士の車でマンションへ。マンションの駐車場についてから少し会話。
「多分今日辺り和泉からストーカーの身元報告が来る。父さんが外を歩けるなら、そのままあいつと被害届を出しに行ってても良い。それから、昨日あいつの家の中を調べた結果、寝室にある雑貨のいくつかからGPS機器と盗聴器が出てきた。この部屋の階数的に盗聴器が使えていたかは微妙だが、バーガーショップへの経路で待ち伏せされてた事を考えると使えていたんだろうな、多分。一応俺達の家も全て調べたから大丈夫だとは思うが、念の為会話の内容には注意してくれ。今日中に業者を入れて確認させるつもりだ」
「……やっぱりそうか……。もっと早くに気付いてれば良かったね」
「失態だったな。あれだけボロい家なんだ、とっくに侵入されて色々仕込まれてると仮定して荷物は全て捨ててくる位するべきだった」
「ストーカーの相談って、基本的に警告で終わっちゃうイメージなんだけど、ちゃんと処罰して貰えるのかな……」
「GPS機器と盗聴器は、家の中に侵入してた確固たる証拠になるだろう。指紋がついてなかったら言い逃れされるかもしれないが、昨日の動画だけでも十分立証は出来る筈だ。そこに和泉からの口利きもあれば、警告で済ませるなんて事はしないだろうな」
「権力を乱用してるみたいであれだけど、ヴィオラの事を考えたらちゃんとしてもらいたいからね」
「使える物はなんでも使え、ってな。これに関しては和泉も了承してる事だ、気にしなくて良い。さて、俺はこのまま仕事へ行くからあとの事は頼んだ」
「了解。行ってらっしゃい仕事、頑張って」
「……ああ、行ってくる。帰りは遅くなる、夕飯は俺抜きで食べてくれ」
「行ってらっしゃい」、「行ってきます」が言える家族が居るってやっぱり良いなって思う。家族を避けて田舎に引きこもっていたのは自分の意思だけど。だってやっぱり僕は……洋士から家族を奪った人間だから。
「僕のコクーンもそろそろ完成するだろうし、早く家に帰らないと……」
これ以上ここに居たらきっと離れられなくなる。
でも原初の人々の事があるからすぐには離れられないのか。
「参ったな……」
気を紛らわせる為に朝食を作り、それでもまだ余計な事を考えそうだったので昼食の下ごしらえをして。
そうこうしている間にヴィオラ達が起きてこちらの家にやってきた。
「おはよう、良い天気ね……あー……私にとっては」
「おはようなのです! 千里にとっても良い天気なのですよ」
「はよ。天気ごときで気使うって面倒臭いな」
一気に賑やかになった声を聞いて、僕は料理を続けている振りをして背を向けて少し泣いた。そうだ、昔もこんな風に賑やかだった。妻と、息子と、義両親と両親と……。まるであの頃みたいだ。
――あんたさえ居なければ……。
突然脳裏に響いた声に僕は思わず包丁を取り落としてしまった。ガシャン、と音を立てて床に落ちる包丁。気付いたヴィオラが慌てて駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「ちょっと……、……!? 天気の話が……に気に食わなかったの!?」
「そんな……いでしょ。ちょっと、あんた本当に……夫?」
二人が遠くでなにかを言っているのがかすかに聞こえる。でも僕の意識は脳内の声に向いていた。頭のどこかで、これは思い出してはいけない記憶だと訴えている。血液の効果がとっくに薄れて動いていない筈の心臓が、どくんどくん、と大きく波打った気がした。
――頼むから消えてくれ。
「何故……。……許さない。お前達の事必ず……」
必ず殺してやる。
§-§-§
景時が死んだ……。謀られたのは明白だ。三年前、頼朝様亡きあとからこっち、頼家様の動きが実に不気味だ。未だ頼朝様が生きてるかのような振る舞いをし、京へ届けず二代目に正式に就任するにいたっていない。それもあって朝光は「出家する」と宣言した筈だ。それがどうして景時が排斥される結末になってしまったのか。今の鎌倉殿はまるで魑魅魍魎の住まう所に変じてしまったようで薄気味が悪い。いや、真実魑魅魍魎が住んでいるのだが。
朝光も人の身でありながらなにかを感じ取ったからこそ出家を言い出したのだろう。景時の事は残念だが、あいつは常日頃から物を考えずに口に出す癖がある。きっとそんな性格が災いしてこの結末に繋がったのだろう。
次は自分の番だろうか。いや、きっとそうだろう。あれは私が人ではないととっくに勘付いている筈だ。あれもまた人ではないのだから、仲間にならないのであればと排除するだろう事は目に見えている。
こんな事なら三年前、異変を感じたときにさっさと西国へ移り住むべきだった。年老いた両家の親や親族の事を考えて断念したが、こうなってしまっては妻と子の命すら危うい。
あれを祓う事は可能だろうか。いや、あれが頼家様の身体を自由に使っている段階で、既に頼家様の魂は常夜に向かわれてしまったのだろうか。なにも分からない。いや、なにも知ろうとしなかったと言った方が正解か。頼朝様亡きあとから、なにかをしようとする気になれない。だからだろうか。そんな気持ちが頼家様の周りに良くない物を呼び寄せてしまっていたのだろうか。……いや、頼朝様が亡くなったときには既にあれが主導権を握っていた。となればもっとずっと前の話か……。
§-§-§
見知らぬ天井。いや、そんな事はない。周りをよくよく見れば見慣れたリビングだ。仰向けになる事がなくて天井に見覚えがないだけだった。
「……気が付いた?」
ヴィオラの声が聞こえた。そういえば僕は何故寝ていたのだろう。また気絶でもしたのだろうか。……してたんだろうな。なにか夢を見ていた気がするし。
「……気絶したんだっけ……」
言いながら身体を起こそうとすると、ヴィオラに止められた。
「まだ安静にしてないと駄目よ。急に倒れたんだから」
「なんか言ってた? 僕……」
「だいぶ物騒な事を言ってたわよ。覚えてないの? 本当に大丈夫?」
「うーん……あまり大丈夫じゃないかも」
物騒な事か……確かに誰かを殺そうとしていた気がする。これも恐らくエレナに封印されたという過去の記憶なのだろう。エレナが言うには身体にさわりがあるから封印を解いて記憶を取り戻さなければならない。けれど、果たして記憶を取り戻したあとに僕は自我を保っていられるのだろうか。何百年も前の事だという事も忘れ、過去の人物を殺しに鎌倉に乗り込んでしまうのではないだろうか。
エレナが封印した記憶は妻に関する事だと言っていたけれど、関連して鎌倉時代その物の記憶がかなり曖昧になっている。さっき気絶していたときにもなにか懐かしい、けれど怖い夢を見ていた気がするし……。全く手がかりらしい手がかりが一向に掴めない。無理をするなと言われたけれど、無理をせずにどうやって記憶を取り戻せるというのか。
「ヴィオラ……もし、もし僕が僕じゃなくなったら。どうか迷わず僕を殺してほしい」
冗談でもなんでもなく、もしも僕を殺す事が出来る人が居るとしたらヴィオラだけだと思う。同族の方が身体能力は高いけれど、自慢じゃないけど多分僕を殺すには数人がかりになる筈。吸血鬼は肉弾戦を得意としているから、きっと彼らも無事では済まない。それに比べてヴィオラは弓を使う。狙いは正確。安全な場所から確実に僕の息の根を止めてくれる筈だ。
そう思ったのだけれど、僕の言葉を聞いた途端、ヴィオラはこちらがびっくりする程大きな声で一言「馬鹿!」と怒鳴ってどこかへ行ってしまった。
確かに突然だった。手を汚してくれ、なんて言われたって普通怒るよね……それはそうだ。ちょっとそこまで考えられる程頭が覚醒してなかった。あとでちゃんと謝らないと。
「皆ちゃんとご飯食べたのかな……今何時だろう。うわ、昼回ってるじゃん……お昼ご飯は下ごしらえまでしかしてなかったからきっと困っただろうなあ」
あの時代は通称で呼ぶのが普通のようなので、平三とかになるわけですが……「いや、誰」となるので現代風の呼び方(本名)で記載してます。
……ずっと気になってるんですが、なんかもうSFっていうかファンタジーじゃない?って思ってます。が、VRMMOがSFジャンルなのでね……(遠い目