152.クランマスター
ダニエルさんから笑顔で注意勧告を受けたあと。北への旅路に向けて買い物をしている途中で続々と皆がログインしてきた為、僕達は買い物を中断して今後の話し合いの為に一度集まる事にした。
場所はギルドのレストラン。大人数で集まるとき、なんだかんだギルドは都合が良いのである。食事もあるしね。
「で、僕達はしばらく北に行く予定だから、もしクランを設立するならその前に申請書を出しておきたいんだ」
「なるほど、イベントの為に王都を離れる、か。確かに前回のイベントのときは混雑して大変だったもんなあ。俺達もそうするか? ナナ」
僕の説明に、ガンライズさんが納得したように頷き、それとなくナナに対して遠出を提案する。
「んー、私はパスかなあ。今の私の力量じゃ王都近くのモンスターで限界だし。それに今は、アキノさんに色々教わらないと」
「あー、そうか。そっちがあったか」
心なしかしょんぼりとしたように見えるガンライズさん。まあ王都から出ないという事はイベントへの参加を辞退すると言っているようなもので、ナナからチョコレートが貰えないと確定したようなもの。ガンライズさん的には精神的ショックが大きいのかもしれない。それにしてもここでアキノさんの名前が出てくるとは。
「ん、ナナはアキノさんに弟子入りしたの?」
僕の問いかけにナナは勢い良く頷いた。
「そう! そうなんですよ、そうたいちょー! 実はアキノさんはシーフらしくて! 罠の解除方法とか宝箱の開け方とか、シーフらしい事を教わってる所なんですよー!」
「あら、アキノさんはシーフだったのね。てっきり魔術師だと思っていたわ。待って、という事は、やっぱり罠のあるダンジョンがあるって事よね!?」
おっと、ヴィオラの好奇心に火がついたようです。きらきらした目でナナに詰め寄っている。
「アキノさんからはそういう場所もあるとは聞いてますー! 私も今から楽しみで!」
「今後はナナちゃんを頼る事も多くなりそうね。何せ私達のパーティにはシーフは居ないから。先日の森のダンジョンだって、宝箱一つ開けるのに勇気が必要だったわよね……」
「あー、そうだった。結局アインが代わりに開けてくれたんだよねえ……。と、いけない、話が逸れた。だからクランの申請に必要な事柄を早々に決めておきたいんだ。必要なのはクラン名とクラン紋章のデザイン、それから設立手数料として一金、だったよね?」
「ええ、そうね。早速で悪いけど、誰か良いアイディアはない?」
「そうっすねえ……人狼、獣人、人間、天族……、髪の色も黒、銀、青緑、オレンジ……全く共通点も見いだせないし難しいっすね」
「共通点がないなら逆に個性を前面に出す感じではどうですか? 例えば十人十色、みたいな意味合いの……」
「あー、なるほど! でも個性はありつつ調和が取れてるみたいな感じが良いな」
「でしたら万華鏡はどうでしょう? 色々な色や形が混じり合って一つの綺麗な模様を生み出している様は、調和が取れているように思えますが」
マッキーさんの提案に、皆一斉に頷く。
「万華鏡! 良いね! でももう一声欲しいな。ただの万華鏡じゃつまらないし」
「手っ取り早く集団である事を表す同盟とか……万華鏡同盟。なんだか急にうさんくさくなるわね。やっぱり却下で」
と、突然弦楽器の音と澄んだ男性の歌声が耳に飛び込んできた。見れば少し離れた所で男性が歌っている。
「吟遊詩人かな」
「綺麗な旋律ですねー! ……一つ一つの音はなんて事ないのに、合わせると音楽になるなんて不思議」
ナナが感慨深げに呟いたその何気ない単語。旋律……一つ一つの音はなんて事ない。
「それだ! 万華鏡の旋律、なんて良いんじゃない!?」
「お、良いな。綺麗にまとまった感じがする」
「紋章にも描きやすそうっすね」
「そういえば、紋章のデザイン……誰が描くの? 自慢じゃないけど僕は絵心まっっったくないよ」
「あ、じゃあ俺が」とたかしくん。
インベントリから取り出した筆記用具に、さらさらといくつかのパターンを描き上げた。
「……もの凄く上手い」
「あ、ねえ。万華鏡は十角形にしない? 十人で作るんだから」
「なるほど。じゃあ……こんな感じ?」
ヴィオラの提案にさらっとたかしくんは図案を修正していく。それにしても皆当たり前のようにアインを人数に数えてくれているので、なんだか嬉しい。
「旋律を表す音譜も十個じゃくどいかな?」
「大きさでバランスを取れば違和感はないと思う。……どう?」
「おおー、あっと言う間に万華鏡の旋律の紋章が出来上がっちゃった」
「へへ、たかしは凄いんすよ!」と何故かバッカスくんが得意げに語っている。
「うん、我ながら良い出来だと思う」
たかしくんも満足げに頷いている。
「凄いねー! クラン名を知らない人でも万華鏡と旋律だって絶対に分かるよ」
「クラン名にクラン紋章……という事は、あとは手数料さえ用意すれば申請出来るのかしら?」
「そうだね。手数料は一金だから……」
「切りよく割れないっすね。一人当たり十一銀十一銅? あれ? 合ってる?」
「合ってる合ってる」
それじゃあ決まった内容を申請書に書き込んで……と思ったら、申請書に大事な事が書いてあった。
「ところで、クランマスターは誰? 申請書に『必ずクランマスターが記入・提出してください』って書いてあるんだけど」
「え? 蓮華さんだろ?」
「そうたいちょーですよね?」
「蓮華くんでしょ?」
「蓮華さんでは?」
「蓮華さんっすよね?」
「れ、蓮華さんだと思ってました」
「蓮華さんでしょう」
「皆さんに同意」
「カタカタ」
「なんで満場一致なの!?」
というかしれっとアインまで皆の側についてたのは見逃してないからね!?
「いやー、だって分隊長とか総隊長とかやる位人をまとめるのに長けてるし、そもそもログイン時間的に……なあ?」
「はい、マスターがいつでもログインしてるとメンバーは安心するものですよ」
「逆に蓮華さんは誰がやると思ってたの?」
「え? それは勿論……」
あれ、誰だろう。そう聞かれてしまうと案外思い浮かばない。
「あ、ヴィオラとか良いんじゃない?」
「ちょっと蓮華くん、それ本気で言ってるの? わ・た・しが、本当に人をまとめられると思っているの?」
おかしい、人をまとめられると言われてなんでちょっと怒ってるのだろう。普通喜ぶんじゃないの……?
「え、でも実際最初の王都クエストのときだって二回目の王都クエストのときだってなんだかんだまとめ役をやってたよね? 適任だと思うけれど」
「冗談言わないでちょうだい。それは総隊長の貴方を補佐をしただけであって、私自身が人をまとめた訳じゃないわよ。全部貴方の指示通りに動いてただけ」
「えー……」
心底嫌そうな顔をするヴィオラ。そんなに嫌か……そしてその嫌な役回りを僕に押しつけようとするのか……。しかし実際、ヴィオラ以外は人をまとめているイメージが思い浮かばない。まあまだ全然知り合って間もないからというのが大きいんだけど。
「とりあえずやってみたらどうかしら。補佐なら喜んでするわよ?」
「むう……」
「別に一万人の指揮をしろって訳じゃないから。たった十人のクランだし、そもそも全員に指示する事なんてないよ」
そう言われれば確かに? 考えてみれば戦闘時にはマッキーさんが主体となって指示出ししてくれてた訳だし。クランマスターで面倒そうなのは商売部分の管理かなって思うけれど、それに関してはそこまで心配してない。多分現状、このクランで本格的に販売を主眼に置いて生産をしている人は少ないだろうし。
「うーん、そこまで言うなら。きつくなったら言うから、皆手伝ってね?」
「任せて!」
「おう!」
マスターが僕に決まった所で、申請書を記載。その間にヴィオラが全員から手数料を徴収してくれたので、早速ギルドへと申請書を提出しに行く。といってもここは併設のレストランだから、隣の受付に出しに行くだけなので楽ちんである。
「……はい、必要事項は全て埋まっていますね。ではこれより設立審査に入ります。審査完了までは日数を要する事もございますので、ご了承ください。クランハウスをご検討されている場合は、こちらの証明書をご利用ください」
そういって渡されたのは、いつぞやにダニエルさんから説明された仮許可証。
「はい、ありがとうございます」
【クラン機能の一部が使用可能になりました。詳しくはクランメニューをご確認ください】
【告知:称号『クランマスター』を獲得しました。装備効果及び設定はキャラクター画面より行うことが出来ます】
「あ、なんか称号ゲットした」
≪おめでとー!≫
≪クランマスターの称号はバフ効果ついてるぞ≫
≪ひとりでNPCプレイしていた蓮華くんがクランマスターか……感慨深い≫
≪視聴者に孫を見るおじいちゃんが居て草≫
まあ僕も感慨深い。数ヶ月前の自分に今日の話をしても、絶対に信じないだろうなあ。