149.ギルドの依頼
ホレおばさんを訪問するにしても、池や井戸に飛び込まなければならない。東京都内に人目につかずにそのような事が出来る場所は限られる。と、そこで洋士が「心当たりがあるから少し確認させてくれ」と言った為、この件はひとまず棚上げとなった。
「これからの事についてだが。ひとまずストーカーに住居が特定されているとしても、あのマンションのセキュリティ的に内部に侵入される事はない。例え業者を装ったとしても、だ。だから安心して帰宅して良い。そしてそのままゲームをしろ」
「ゲーム? こんなに世間で騒がれているのにのんきにゲームをしてて良いの?」
「騒がれているから、だ。当事者じゃないかと言われている二人がなに食わぬ顔でログインしていれば、やっぱり別人だったのでは?と思う筈。まあさすがに二人同時にログインすれば怪しまれる、そこは適当にタイミングを調整してくれ」
なるほど、洋士の言う事は正しい。確かに顔にモザイクがかかっている以上、僕達だと断定出来るのは直接目撃した人達だけ。GoWは注目度が高くプレイ人数こそ多いものの、熟練度制が肌に合わずに引退していく人も少なくはない。その上僕達も話題に事欠かない配信者ではあるけれど、決してランキング上位に食い込むようなレベルではない。目撃者の中に「GoWプレイヤー且つ僕らの配信の視聴者」という希有な人が居ない限りは「知らぬ存ぜぬ、他人のそら似では?」で押し通せばなんとかなりそうだ。
「ん、分かった。それじゃあ千里さんとジャックさんを連れて家に戻るよ。……洋士は? このあとも仕事?」
「仕事はあるがまだ時間はある。心配だから家まで一緒に行く」
僕が何かをやらかす度に洋士が過保護になっていく気がする……しかしやらかしているのは僕なので当然拒否は出来ない……。どうやったらやらかさずに済むのだろう。こればっかりは「気を付ける」しかないのかなあ。
帰り道は誰も一言も発さなかった。いつもならわいわい賑やかな千里さんとジャックさんですら無言。まあ先程の件があったばかりなので、洋士のスーツの胸ポケットで騒がれたら困るし正しいと言えば正しいのだけれども。
エレベーターで五十九階まで上がり、ヴィオラとは別れた。洋士はヴィオラと、千里さんとジャックさんは僕についてきた。洋士は念の為盗聴器やGPSの類いがないか確認するらしい。確認が終わり次第、先にヴィオラにログインしてもらう事にした。僕が先にログインしてしまうと、質問攻めにあったときに「ある事ない事言ってしまいそう」と全員の意見が一致したからです。ちなみに千里さんとジャックさんがヴィオラの配信を代わりに見ていてくれるので、僕は状況報告を受けるだけ。なにからなにまで他人にお世話になっている……。僕に出来る事は今日食べたバーガーの完全再現、そしてそれ以上に美味しくなるように改良をする事ですね!
黙々と材料と格闘する事二時間半。うーん、完全再現はともかく、割と美味しいのではないかと思える和風バーガーは完成した。味見をしてくれた千里さんとジャックさんも太鼓判を押してくれたのできっとヴィオラも気に入ってくれる筈。さて、それじゃあそろそろログインしようか?
「状況はどう? 結構荒れてる?」
「ヴィオラさんのあしらい方は上手いですよ! 『朝が苦手なのは皆知ってると思ってたけど』で皆黙っちゃいました」
「それは……それでどうなんだろうね……?」
朝が弱い事が周知の事実になっていますよ、ヴィオラさん。
「変に『別の場所に居た』と言い訳するよりも『寝ていた』と言う方が安全でしょ。それにこの言い方なら『あの場に居なかった』とは断言していない。今後僕達の情報が公開されて『ほらやっぱり!』と言われたときにも言い訳は十分に出来るんじゃないの」
「なるほど……確かに」
「でもあんたじゃ同じあしらい方は出来ない。そもそも普段からほぼ不眠不休でログインしてるのに今日に限ってログインしてない段階で皆黒だと思ってる筈」
「うっ」
腹芸も出来ない馬鹿と言われているようで辛いけれど事実。ジャックさんの言う通り仕事にせよゲームにせよ、普段からログインはしているし……不眠不休プレイがこんな所であだになるなんて。
「仕事用のアカウントが別なら言い訳も出来たんだけどね。正直バーガーショップでの動画にはばっちり声が入っちゃってるから、しゃべり方とか会話の内容で絶対確信は持たれてると思う。その上で男の服装が着物だし、普通に考えて言い逃れするのは無理でしょ。まあ、『体調不良で休んでた』とか適当に濁しておくしかないんじゃない? 有無も言わさぬ態度でそれ以降の質問は答えない感じで」
「分かった、極力その方向で頑張ってみるよ」
「期待はしてないけど頑張って」
自室に向かう為に背を向けると、ジャックさんからの辛辣な言葉。でもアドバイスをしてくれただけ初対面のときに比べれば十分親しくなったと言える筈。要するにジャックさんが呆れる位僕がポンコツなのが悪いのだ。
「さて……えーと、そうそう、メンテナンス明けからイベントが始まるから、その前に王都を離れるって話だったっけ。まずはギルドの依頼確認からかな」
ああでも、どれだけの間離れているか分からないからクラン問題だけは解決してから王都を離れたいな。まずはクラン名と紋章デザイン、それに手数料だっけ。クランハウス……は皆今すぐ欲しいのかな?
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「どれどれ依頼は……」
依頼を探しにきただけなのでギルドの一階掲示板に直行。二階に上がらずに済むなんて、新鮮だ。それに最近じゃモーゼ現象も少なくなって、皆と一緒に掲示板を覗くことが出来ているし、ようやく僕も一プレイヤーとしてゲームが出来ている気がする。
「うーん、これがちょっと気になるな」
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依頼者記載事項
依頼者:ルーシー・ウィンザー
依頼内容:幻の華の撮影
撮影用ロストテクノロジーを貸与するので、アイシクルピークの氷河洞窟の中にだけ咲くという幻の華の撮影をお願いいたします。
気候条件によって洞窟が出来ず、華が咲かない事もあるかと思います。
その場合は移動にかかった代金など、成功報酬を除いた諸費用プラス労働力分の代金をお支払いします。
ギルド記載事項
成功報酬額:五金
実施報酬額:応相談
受諾条件:ランクE以上(ランクD以上推奨)
アドバイス:
・アイシクルピークの山頂にはドラゴンが住んでいる為、刺激をしないように少人数推奨。
・氷狼魔獣や狼の集団の拠点。
・極寒の地の為、準備は万全に。
・幻の華の開花時期は非常に短い為、移動に時間をかけると撮影に失敗する可能性あり。
・氷河の洞窟は毎年場所が変わる、或いは条件を満たせず出来ない事もあるので注意。
・突然気温が暖かくなるなど、洞窟が崩壊する可能性もあるので状況を見極める事。
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幻の華か……。僕もちょっと見てみたい。ロストテクノロジーの紛失・破損の危険性はあるけれど、直接使用せずにインベントリに格納しておいて、システム側の撮影機能を用いれば不安は減る筈。何より報酬額が破格だし、アイシクルピークといえばシヴェフ王国最北端にある山脈……だった筈。一番最初に王都へ向かう道中、商人のおじさんから一通り地図を見せてもらったんだよね。まあ自分のマップ上に反映されている訳じゃないし、記憶が正しければ、だけど。最北端ならイベントの為に王都を離れるという条件も十分に満たせる。ランクもD推奨という事だし、ヴィオラと相談かな?
まあのんきに依頼を確認している間にも、視聴者からのコメントはひっきりなしに来ている。その大半が動画についての件だけれど、質問ですらなく確信を持って「一体何の種族が正解なんですか?」と来ているのは何故だろう。これではジャックさんと一緒に考えた僕の言い訳が出来ないじゃないですか……。
「何の話か分からないなあ。僕が選んだのは人間族だよ? それは皆知ってると思ってたけど」
≪ゲームじゃ無くて現実の話≫
≪人間じゃ無い事は立証されている≫
≪てか法的措置取った方が良くない?≫
≪そうそう、モザイクあったって誰なのか一目瞭然だよ≫
≪動画に加工の痕跡はないらしいけど、どうやって撮ったの?≫
勿論、中には作り物だと判断した上で撮影方法を聞いてくる人も居る。まあ残念ながら作り物じゃない訳ですけど。しかし「モザイクがあっても誰なのか一目瞭然」か……。一応肖像権の侵害の基準は、映っている人物が特定出来るか否からしい。そういう意味では特定されてしまっているのでは?と思わなくもないけれど、それを根拠に法的手段をとってしまっては僕が映っている人物だと言ってしまっているようなもの。当然却下だ。
「ねえ、それよりこの依頼ちょっと面白そうじゃない? ちょっとヴィオラに一緒に行くか聞いてみよう」
≪あからさまな話題転換で草≫
≪嘘がバレやすいからって話題変えてもなあ……≫
≪普段律儀に質問に答えてる人が話題転換する事自体、答えだと学んだ方が良い≫
≪まあそのイベントは確かに気になるけど≫
≪報酬が破格すぎて逆に怖い≫
≪貴族かな?≫
「ルーシー・ウィンザー……ウィンザー伯爵……って居なかったっけ」
そう呟きながら、パーティチャットをヴィオラに送る。えーと、ギルドの依頼掲示板確認しましたか……興味深い依頼がありました、と。
≪いや知らん≫
≪貴族とはお近づきになりたくないな≫
≪メリットよりデメリットのがでかそう≫
≪実際の所、あの動画が二人なんだとしたらストーカーがやばい≫
≪恋人だと思い込んでるのもやばいからな……蓮華君逃げて正解、よくやった≫
≪まあその逃げ方が問題で取り沙汰されてるわけだけど≫
≪でも家特定されてそうじゃない?今ゲームしてて大丈夫なの?≫
ヴィオラからの「今行く」との返事を確認してから、視聴者さんのコメントにも目を通す。うーん、触れないのも不自然だけど触れたら墓穴を掘りそうな……。
「皆がなんの話をしているかは分かんないけど、文脈的に恋人だと思い込んでるストーカーが居るのかな? それなら確かに逃げるのが正解だろうけど……家が特定されてるんだとしたら怖いね。家のセキュリティが高い事を祈るしかない」
≪警察に相談が正解≫
≪蓮華君達じゃない体は分かったけど、これだけは言わせて。「愛の巣」発言は下手したら住居侵入してる可能性がある。加えて新居を特定してる辺り、GPSか何かを仕込んでる可能性も。一旦家の中の物全部調べた方が良い≫
「……なるほど。ヴィオラもストーカーが居るって言ってたし、一旦確認した方が良いかもしれないね」
まあ実際には洋士がもう確認を終えている筈だけど。こうやって親身にアドバイスをくれる視聴者の存在は純粋にありがたい。