147.世間話
「そういえば切り抜き動画とやらのサンプルが届いたよ」
最近では、僕の配信全般は全て洋士が管理してくれている。例えば先日のAIモデレーターの件も洋士が設定してくれた。それで昨夜、GoWからログアウトしたあとに洋士からサンプル動画が届いていると言われたので一緒に確認してみたのだ。
「どうだった? 今見れるかしら?」
「ん、公式の動画投稿サイトに僕限定で公開してくれてるから、この端末でも見れるって洋士は言ってた。でも見方が分からないんだよね……」
何せ昨夜も洋士が開いてくれたので開き方はさっぱり分からない。
「GoWは生体認証だからその端末に指紋と虹彩を読み取らせるだけで自動でログイン出来るわよ?」
「あー、うん……? なるほど?」
ちょっとなにを言われているのか分かるようで分からない。僕の返答的に理解していない事が分かったのか、ヴィオラは僕の端末の画面を覗き込みながら一から説明してくれた。
「まず、端末の検索画面からGoWの公式サイトを開くのよ。……検索画面の出し方は——」
十分後。なんとか無事にログインが出来ました。
「限定公開なら招待リンクがお知らせページにある筈だから、それを開いて——」
ようやくお目当ての動画に辿り着く。僕は昨夜の時点で確認したので、主にヴィオラに確認してもらう感じ。
「……良いんじゃないかしら? 編集技術も高いし、変に内容が誤解されるような部分を切り抜いている訳でもない。私の方はこの人に決めちゃって構わないと思うわよ。まあ本格的に依頼するとなると、一度や二度位トラブルを覚悟する必要はあるから、契約云々については洋士くんに任せた方が良いかもしれないけど」
どうやらヴィオラは洋士の能力を高く評価しているようだ。というよりも、多分あまり馬が合わないだけでお互い一目置いている節がある。対等な関係みたいで正直ちょっと羨ましい。僕は洋士の庇護下にある、って感じだもんなあ。これじゃあどっちが親なんだか分かりゃしない。まあ五百歳超えと九百歳超えを捕まえて親子もなにもないかもしれないけれど。
「それじゃあ、正式にお願いって事で返答しておくよ。……ところで、クランはきっと確実に作るよね? って事は今後はさすがに自動配信は解除した方が良いか。そうすると配信を開始するタイミングが難しそうだけど……なにかコツとかってあるのかな?」
「そうねえ……ダンジョンに挑む!とか最初からテーマが決まっているならそのタイミングで開始すれば良いと思うけど。正直蓮華くんの場合は変なタイミングで変な称号を手に入れたりするから、手動で適切なタイミングに配信をオンにするのは難しいと思うのよね……」
そう言って少し考えるように黙り込むヴィオラ。少ししてから悩ましげな表情でゆっくりと口を開いた。
「正直クランを設立するにしても、それによって蓮華くんが不利益を被るのは違うと思うのよ。今一緒にクランを作ろうとしているメンバーは、元々蓮華くんが配信している事を知っているじゃない? それにナナちゃんも配信はしてる。だから今更手動に切り替える必要はないと思う。
ただ、クランの方向性にもよるとは思う。例えば本気で攻略をする方針なら、他者に隠したい情報は今後出てくるだろうし自動配信だと不都合が生じるかも。でも、元々蓮華くんはクラン設立に乗り気じゃないんだし、それでも無理に一緒にやってほしい、という雰囲気なら自動配信を続ける事を加入条件にすれば良いと思うわ」
確かにダニエルさんから説明を聞くまではあまり乗り気ではなかったけれど、今は割とクラン設立に前向きだったりする。だってクランがあるのとないのとじゃ活動の幅に差があると分かったしね。それにヴィオラだけがクランに入ってしまえば僕とは疎遠になってしまいそうだし。それはちょっと寂しいな……なんて思ってしまった訳だ。
「個人用の部屋とか商売用の紋章の為に、設立するのも良いかなーって今は思ってるよ。皆でわいわいするのも楽しいしね」
「何か売るつもりなの?」
「んー、まだ分かんないけど。もしかしたら料理を売るかもしれないし……。前回のクリスマスとか年越しイベントで参加費を取ったでしょ? もしかしたらオフィス街だからセーフだっただけで、ジョンさんの店の一角を借りたりしてたらアウトだったかもしれない。面倒な事にならないように権利はあった方が無難かなって」
「そういう理由ならクランに加入すべきかもね。ちなみに生産職の人達は商売の為にソロクランを作ったりしてるみたい。でもそれだと仲間と一緒に遊ぼうってなったときに不便なのよね。クランは一つしか加入出来ないみたいだから」
「あー……紋章の為に一人でクランを立ち上げるって事? 初期資金の一金を自腹って凄く大変だよね。それだけ受け入れてくれるクランが少ないって事なのか……」
「掲示板を見る限りそうみたいね。クラン紋章で商売が出来るといっても、しっかり帳簿をつけなきゃいけない。普通の人にいきなり商業簿記をつけろなんて無理な話よ。かといってそれが出来る人をクランに引き入れるとなると、勿論ただでという訳にはいかないから、報酬を払う必要が出てくる。結局それってもう企業と変わらないでしょ? 一方で、ソロクランを設立すれば自分一人だから複雑な計算をせずともギルドからの請求金額を納付すれば良いだけ。そういう理由でコミュニティの場としてのクランを捨てて、ソロクランを選ぶ生産職の人は多いみたいね」
「せめて複数のクランに所属できれば生産用の自分のクランと、仲間と一緒に楽しむ為のクランとに参加出来るのだろうけれど。出来ないとなるとやっぱり生産の方を優先するか……オークションの手数料は結構高いし、オーダーメイドとか柔軟な販売には向かないもんね」
「複数クラン加入については運営に問い合わせてる人が結構居るみたいよ。まあそう簡単に変更になったりはしないでしょうけれど、少しは生産職の人に優しいシステムになると良いわね。……それはそうと、次のメンテナンス明けからイベントが来るみたいよ」
「お、どんなイベント? 前回のお正月イベントはスルーしちゃったんだよなあ……着物は自前の物があるから」
「えーと、節分とバレンタインですって」
「あー、そんな時期か。豆とかチョコの材料が売られる……訳じゃないよね?」
「ええ、今回はお正月同様、モンスターを狩って材料を集めるタイプのイベントね。節分は集めた豆を使って鬼を退治……、バレンタインは集めた材料を使ってチョコレートを作って他の人に渡すみたいね」
「モンスターを狩って材料を集めるとは……」
モンスターから取得したチョコレート?とかを使って人へのプレゼントを作るというのはあげる側も貰う側も精神的に嫌な気がするんだけれども。
「まあゲームだから、としか言いようがないわね。課金でチョコレートが売ってたら一部の人しか楽しめない訳だし。で、ここからが本題よ。チョコレートの効果が、熟練度上昇率二倍だったり、攻撃力増加だったり、要するにバフ料理の強化バージョンなのよ。材料同様にドロップするラッピングで包めば、賞味期限がなくなるのも太っ腹な措置よね」
「なるほど、今後の為にも大量に集めるって事か」
「自分で作ったチョコレートを自分で食べても効果はないんですって。だから誰かと交換する必要がある。蓮華くんは当然私にくれるわよね?」
わあ、笑顔な筈なのに全然笑顔に感じない。
「勿論、他に渡す人も居ないしね。そういうヴィオラも僕にくれるんでしょ?」
「ええ、他に渡す人なんて居ないもの。でね、前回のお正月イベントのときは、王都周辺のモンスターが根こそぎ狩られちゃってリスポーン待ちで大変だったのよ。だから今回は王都から離れてみない?」
「ああ、例の神様が言ったことも気になるし、遠出してみるのもありかな? どこへ行きたいとか希望はあるの?」
「特にないわね。ギルドの依頼次第かしら。ランクDからは遠方への護衛依頼とかも受けられるらしいから、そのついでに行くのが効率的よね」
今後の方針はまとまった。それにしてもバレンタイン……もっと甘い?イベントを想像していたんだけどなあ。こんな殺伐としたイベントで良いのだろうか。
話している間にもバーガーセットを完食した僕達。さて家に戻るべきかもう少し時間を潰すべきか……と悩んでいると、洋士から連絡が。どうやら和泉さんから呼び出しのようです。怖い……。
知らぬが仏、のんきな回です。