Side:運営編2
「サービス開始四ヶ月……まさか現時点で誰一人として他国に辿り着いていないとは」
皆が気になっていたであろう事に触れる長谷川さん。
「流石に予想外でしたね」
困った様な笑顔で新人君が同意をする。
「ゲームだからもっと無茶をやるプレイヤーが多いと思ってたんですが。随分と慎重な様ですねえ」
「そうそう。何度も死に戻りしながら他国を目指すと思ってたんだけどなあ……」
「僕らみたいなガチゲーマー視点で考えすぎたかな? ライトな層はそこまでしないんだね」
自分達の見込みが甘かったのかと落胆するメンバー達。現時点でも熟練度制という特性や、その上昇率の低さに対する厳しい意見が数多く寄せられている。それらに対する返答を終え、精神的に疲弊した状態でこの手の話題。開発時には漲っていた僕達の自信を粉々に打ち砕くのには十分すぎる威力だ。
「一応他国を目指したプレイヤーは居るんですけどね。ただ、どうやら世界地図を入手出来ずどの方向に行けば良いのか分からぬまま向かったみたいで」
最近率先してゲーム内でのプレイヤーの動きを追っている新人君の発言に、僕達は更に衝撃を受けた。世界地図は確かに機密事項に含まれるから図書館などには置いていないけれど、商人や冒険者辺りに聞けば比較的簡単に手に入る情報な筈。それすらも入手出来ていないプレイヤーが居るとは……。
「驚いたな。当てずっぽうで歩けるのは内陸国のシヴェフだけだろ?」
「ええ。結局海を見つけてBBQや水泳、釣りを楽しんでいるみたいです」
「そこで足止めか。船は流石にすぐには無理だろうし、再度別の方向に出発するモチベーションはない、と。……まあ遊び方に正解不正解なんてないし、楽しんでいるのなら正解なんだが」
「俺達の想定していた正解とは違ったな」という幻聴が続けて聞こえた気がした。
「うーん、トップ層?がクエストや依頼に固執している印象があるのも気になりますね」
「ああ……、熟練度が上がらないと戦闘が上達しない、結果として冒険者ランクも上がらない。そう考えているのかな」
「長距離護衛依頼はDランクからですからね。依頼ついでに他国に行こうと考えているプレイヤーはランク上げを優先しているのかもしれません」
「どこへ行くのも自由、順番は特に存在しない……日本ではそういうオープンワールド系のゲームを苦手とする人が未だに多い傾向にありますからね。依頼やクエストに依存しがちなんでしょう」
「だがそれじゃあ見逃す物も多そうだが。いや、ある意味正解か? トッププレイヤーばかりが隠し要素を見つけてしまえば他のプレイヤーが追いつきにくくなるから」
「僕たちとしては喜ばしいですけどね。ただ、トッププレイヤーの配信を見て参考にしている人達も多いので結果として見逃されたままって感じです」
「あ、でもそれとは逆に、重要情報のネタバレを防ぐ目的で導入された配信中断システム……あれに対する意見が最近結構来てますね。その大半が『やめてほしい』ですが」
「掲示板でも話題になってたね。『まだ残ってる隠し要素を隠したいんだろうけど、配信が中断した段階で何かあるって言ってる様な物だし無駄では?』って辛辣な意見まで来てて僕はちょっと涙が出てきたよ」
「それについては近日中に対応する必要が出てきそうだね。配信中断を視聴者側の設定に委ねるのか、配信者に委ねるのか、はたまたこのままごり押ししていくのか。全プレイヤーに対するアンケート調査で決めるのも手かな」
「まあ投票が無難でしょうね。僕としてはまだ何か残ってるというヒントがありつつも、自分で探す楽しみがあって良いのではないかとも思うんですけど」
「隠し要素とストーリーのネタバレと、どちらに対しても配信中断が走るでしょ? 例のマカチュ子爵領での話に続いてゲートイベントまで発生したから配信中断が連続したみたいだよ」
「そりゃ視聴者にはストレスだな。連続したのはたまたまだが……その可能性も考慮しておくべきだったか」
「それより僕としては子爵領の今後について本当にあのまま決めちゃって良かったの?って所が気になってるけど。本来はプレイヤー投票だったけど……」
紫音くんの言葉に思わず僕は目を逸らした。あれは悪ノリだった……だが悪い結果ではないと思っている自分もいる。
「皆悪ノリしちゃいましたよねえ。プレイヤーの発言で決めちゃうなんて」
「あ、誤解しないでね、別に僕はあの決定に不満があった訳じゃないんだけど。今後同様の事があったときに、プレイヤー投票で決めたら『何でマカチュ子爵領の土地については投票しなかったの?』ってまた面倒な質問が来るんじゃないかって思っただけ」
「今後も面白い意見がプレイヤーから出たら採用すれば良いのでは? そうじゃない場合に投票をすれば……」
「『面白い意見』っていうのが俺達運営側の独断と偏見だけどな。今回に関しては特別、で良いんじゃないのか? 正直俺は……すまん、トセが消滅する未来も住民が苦しむ未来も見たくなかったんだ」
「長谷川さん涙脆いもんねー。まあ一番良い形に収まったのは確かだし良いか。女神シヴェラも割と乗り気で移住する神様探してるみたいだし」
紫音くんは笑いながら長谷川さんの肩を叩いている。あんな事を出来るのは紫音くん位だろう。
「……で? サービス開始時からずっと止まない熟練度に関する意見については……ぶっちゃけどうなの、熟練度? それなりに上手く攻略してる低熟練度プレイヤーとか、良いペースで熟練度を上げてるプレイヤーも居ると信じたいんだけど」
疲れ切った声で呟くメンバーの一人。僕としても彼の意見に全面的に同意する。低熟練度でも攻略出来ているプレイヤーや、それなりの速度で熟練度を上げているプレイヤーが居るのであれば熟練度制の失敗とは言えない。しかし、それを判断する為にはある程度の期間プレイヤーの行動を分析する必要があり、現時点ではそういった問い合わせには明確な返答を出せずにいた。
「ゲーム開始時に比べれば熟練度がそれなりに伸びているプレイヤーは多いですが、体力や敏捷熟練度に比べて筋力熟練度と各武器の熟練度は伸び率が悪いですね。恐らく先日の告知以降、ジョギングなどの軽めの運動を生活に取り入れた人が多い反面、本格的な筋トレを始めるには至っていない、といった所ではないでしょうか。生活系熟練度は比較的伸びていますから、現実を疎かにしない、という当初のコンセプト自体は成功とみて良いと思います」
「熟練度の数値別戦闘データは?」
「やはり戦闘熟練度一万以上のプレイヤーは戦闘が安定してきますね。ですが千、二千の熟練度でもパーティを組んだ場合や毒物といった補助用品の使用、魔法によるエンチャントを使用したスタイルであれば安定しています」
「つまり裏を返せばソロプレイヤーかつ魔法や毒といった物を使いたくない近接プレイヤーには戦闘は厳しい、と」
「……そうなりますね」
「そもそも魔法の習得難易度に対する意見も数多く寄せられてたよね? プレイ開始直後に魔法が習得し辛くて、かつ近接系の武器熟練度も低かったら、確かに投げ出したくなるんじゃないかな? 皆が皆友達や知り合いとゲームを始める訳じゃないだろうし」
「魔法は一度習得してしまえば使い方次第では熟練度に関係なく強力な武器となり得る。出来れば習得までの日数は現状のまま維持したい所だが。近接の熟練度上昇率を少し調整するべきか?」
「恒久的な修正となると大がかりになるし、いっその事次のイベントに組み込んじゃえば良いんじゃない?」
「次の……節分とバレンタインイベントに? どうやって」
「例えばバレンタインチョコの効果に熟練度上昇率○○倍……をつけるとか。今って称号はともかくチョコ自体には何も効果ないでしょ?」
「確かに、材料集めて作って渡して終了じゃ味気ないな」
「節分の方にも似た様なシステムを考えないと。僕らみたいな非リア充はバレンタインチョコの交換出来ないからね」
「ぐっ……」
「熟練度と配信中断に関する対応はそれで良いとして。他国への移動については何か対応しますか?」
「……他国へ行けるのか行けないのか、一部のプレイヤーが掲示板で不安になってはいるみたいだけど、ストーリー上は今すぐ行く必要はない。サービス開始半年の段階でまだ一人も、となったら少し考える必要はあるかもしれないけれど、現状確実に発動しなければならないクエスト関連で遅れがある訳でもないし、対応はしなくて良い……と思うけど皆はどう思う?」
「それで良いんじゃないですかね」
「僕も良いと思う」
「はい、賛成です。引き続きモニタリングはしておきます」
「俺もそれで良いと思います。個人的にはランクDプレイヤーにでも動いてほしい所ですが」
「あー……でも動いたら動いたで想定より早くクエストが発生しちゃったりとか、運営泣かせな所があるからなあ」
「それもオープンワールドMMORPGの醍醐味と言えば醍醐味だが。ただランクDの割にあまり広範囲に移動をしていないのは確かに気になるか」
「ゲートイベントが発生したし、もしかしたら今後は動いてくれるかも? とりあえずは様子見かな」
「それじゃあ、今日の会議はここまでにしよう。イベントアイテムの修正と期間告知だけ早急によろしくね」
眼球が爆発する