142.出前と報酬
ユリウスさんとの話もまとまったタイミングで僕達は一度GoWの世界にお別れを告げた。夕飯の時間である。ちなみに今日は妖精二人の要望に応えて洋士が出前を手配したらしい。僕達がログアウトしたタイミングでインターホンがなり、妖精二人が嬉々として品物を受け取っていた。よくよく見れば僕達の分もちゃんと揃っていたので、何の準備もしないまま席に着く。一瞬、後ろめたい気持ちが湧き起こった。ゲームをして、人家で世話になって、果てはお金まで出してもらって食事をして……ひょっとして僕はかなり堕落した生活を送っているのではないだろうか。
そんな気持ちも美味しそうな料理の匂いを嗅いで五人揃って「いただきます」を言えば一瞬で霧散する。はて、今僕は何を考えていたのだろう?
「うーん……それにしても今回は今まで以上に濃い時間だった……」
「今までなかった謎解き要素もあったものね。……いえ、もしかしたら私達が気付かないだけで今までもあったのかも。今回の謎解きも、気付かずにそのまま再度出口の扉に向かっていたとしても普通に脱出出来たって事だものね?」
「鑑定用ロストテクノロジーと日記はあくまで謎解きの報酬。地下施設からの脱出はボスっぽい蜘蛛を倒した段階で恐らく出来る様になっていた、か……。うん、確かに。もしかしたら今までもそういう要素はあったかもしれないねえ……」
「ねえ、謎解きの最中私達の配信、中断してたわよね? どうしてだと思う?」
「どうしてって、そりゃ運営側がまだ内緒にしておきたいから……あれ?」
つまり、あの謎解きは最初の発見者だけでなくて今後も有効という事だろうか。
「鑑定用ロストテクノロジーなんて高価な物、発見者報酬以外ありえないと思うのよね。となると特に配信を中断して情報を制限する必要はない。それなのに制限された……という事は、まだあの施設には他にも謎があるって事なんじゃないかしら?」
「なるほど。ちょっと思ったんだけど、あの蜘蛛の討伐難易度高くなかった? 攻撃力、耐久性もそうだけど、特に厄介だったのが制限時間五分間っていうルール。もしかしてあれと戦わずに済んだルートがあったって事じゃない? ほら、僕達が見つけた二つ目の日記。最初に書斎に案内された段階であの謎に気付いて日記を読んでいたら、実は回避の仕方が書いてあったとか」
「あり得るかもしれないわね。あんな厄介な機械相手に五分間なんて、熟練度が相当高い人を揃えるか、人数を集めるしかない。でもあの通路は実質人数制限がある様な物……。トセさんに案内されて機械を停止しに行った際に、何か特殊な手順を踏む事で巨大蜘蛛との戦闘を回避出来たのかも。まあ、試そうにも私達はもう強制討伐のルートを選んでしまったし、確かめようがないけどね」
「配信を中断されたって事は、鑑定用ロストテクノロジーはともかくあの日記自体は後続の人達も入手出来るって事かな」
「多分そうじゃないかしら。まあ日記を読んでも称号は獲得出来ないかもしれないけど」
なるほど、過去の出来事をつまびらかにしたときは確かに配信中断されなかった。という事はあの称号は最初の一チーム限定だった可能性が高い。
「あ、ねえ。話が凄く飛ぶけど……僕、マッキーさんに何かしちゃったかな?」
「やっぱり気のせいじゃないわよね? 最初の王都クエストのときはもっとフランクに接してくれていた記憶があったけど……。私の事もヴィオラさんって呼んでたし、一体何なのかしら」
「あいつが二人の正体に気付いたからだ」
「「え!?」」
「前回緊急集会を開いたときに居たんだよ。つまり、俺達の同族って事だ。で、父さん達の年齢が自分より上だと気付いて慌てたんだと」
「ええー……そんなの気にしなくて良いのに。僕より年上の人の方が多分珍しいよ? それにネットゲームってそういうの気にせずにわいわいするものだと思ってたんだけど」
「私も別に年上だとか年下だとか気にしてないし、私自身がどんな相手だろうと平等にため口よ。それが嫌な人なら離れていくか敬語を使ってくれと言ってくるでしょうし」
「理由も分かった事だし前みたいにフランクに接してくれってお願いしてみようかな。……というか、同族って事はもしかしてマッキーさんは教授? それならあの洞察力も納得だけど」
「ああそうだ」
「そっかー。集会のときは仕事モードの和泉さんとも渡り合っていたし、ヴィオラにも失礼にならない範囲で質問していたし全然慌てている様には見えなかったのに。まだ百歳ちょっとって考えたらまあ分からなくはないか……」
「後日泣きべそをかきながら俺に電話してきたからな。あいつは自分の感情を押し殺すのが上手いんだ。仕事柄なのか何なのかは知らないが。ああいう場では重宝するから俺的には問題ないが」
どうやら洋士は教授の事を気に入っているらしい。内心感心していたとしても、口に出して褒めるという事を滅多にしない筈なのに。もしかしたら政府との仕事は教授も手助けしているのかもしれない。
そんな話をしている間にもご飯を食べ終わり、各々自由に過ごし始めている。最近千里さんとジャックさんは割とヴィオラの部屋と洋士の部屋を頻繁に行き来する事が多い。どうやらお互い見たいテレビ番組が違うときなどがある様だ。好んでリビングで仕事をする洋士も何故か咎める事なく放置している。本格的な家も手配している辺り、実はあの二人の事も気に入っているのだと思う。
ゲームに戻る前に出前の容器を軽く洗ってしまおうと僕が席を立つと、後ろからヴィオラがついてきた。何かを言いたげにもじもじしている。うん……? 何だろう。
「どうかした、ヴィオラ? 先にログインしてて良いんだよ?」
「え、ええ。そうなんだけどね。えっと、話があるっていうか……」
しどろもどろになりながら言いにくそうに口をもごもごさせている。一体どうしたというのだろうか。
「どうしたの? 僕ちょっと人の機微に疎いからはっきり言ってもらわないと分からない事が多くて。何でも言って?」
僕がそう促すと、ヴィオラは意を決したように口を開いた。
「明日の朝ご飯は、一緒に外に食べに行って欲しいの! ファストフードなんだけど!」
「うん? それ位お安いご用だけど……一応洋士に確認とってからね? まだ治安が良くなったとは断言出来ないから」
「それは勿論」
ほっと安心した様な表情を見せるヴィオラ。一緒に外食したいって言うだけでこんなに緊張していたという事だろうか。変なヴィオラだ。
洗い終わった容器を水切りかごに伏せてから洋士の元へ。どうやら洋士自身は明日、どうしても外せない用事があるらしく少々渋りながらも許可をしてくれた。千里さんとジャックさんも行きたがったけれど、行って帰ってくるまでの間変身が解けない自信がないらしく、お留守番。その代わりお土産を頼まれた。どうやら千里さんはファストフードが好物らしい。
§-§-§
再度ログインついでに、明日の午前中はログイン出来ない事を伝える事にした。といっても明日は月曜日なので大半の人が午前中はログインしていない筈。僕達がログインしないからといって、特に困る事はないだろう。
他のメンバーはまだ戻ってきていないらしく、視界の端に表示されたパーティメンバー一覧の名前は僕とヴィオラ以外は全てグレーアウトしている。
僕がログインしたタイミングでNPCも行動し始めた様だ。具体的にはアキノさんはギルドへと二年前の依頼の報告へ。教皇は魔法を使ってハリーさんに、ギルドのゲート使用許可を申請してほしい事、ゲートには子爵も同行する事を伝えている。先にログインしている筈のヴィオラは……どこだろう。
僕はといえば、子爵邸でナタリーさんとマリーさんのご両親から感謝の意を伝えられていた。実はナタリーさんの両親は子爵家にも出入りする様な商家を営んでいるらしく、この辺りでは知らぬ者は居ない程の豪商なのだとユリウスさんが教えてくれた。
何でも、最近地面の揺れが一段とひどくなった為、ナタリーさんとマリーさんだけでも逃がそうとありったけの護衛を雇って王都方面へと出発させたらしい。ところがご両親の願いもむなしく道中護衛共々妹のマリーさんが流砂に飲み込まれ、ナタリーさんだけが着の身着のまま砂漠に放り出されてしまった。命からがら村へと辿り着いたときにやってきたのが僕達、という事らしい。
「その節は娘達が大変お世話になりました。それに聞いた所ではこの地域の揺れや砂漠化の原因も突き止めてくださった様で、なんとお礼を言って良いか……まずはこちらをお納めください。その上で、私共で出来る事があればいつでもおっしゃってください。全力でお力になります」
そういって手渡されたのは十金。いくら家族の命の恩人だといっても、『まずは』と言って百万を渡してくるなど正気の沙汰ではない。丁度どこかから戻って来たらしく、話の途中から合流したヴィオラの顔も引きつっている。丁重に断りを入れても柔和な表情とは裏腹に頑として返金を拒まれてしまい、結局受け取る事になってしまった。ご両親は僕達が受け取った事に満足した様で、商会名を告げた後にさっさと引き上げていった。僕の気が変わる前に退散と言わんばかりの勢いだ。流石商人、押しが強い。
まあ僕とヴィオラ、それに教皇の三人で分けるのだから一人当たり三十三万程度になる。先程の金額に比べれば幾分マシと言えよう。そう思ってヴィオラに説明しながら自身の手持ちのお金で両替し、三等分しているとヴィオラが待ったをかけてきた。
「あら駄目よ。ヨハネスくんの分を差し引いた残りの額は私とアインくんと蓮華くんで三等分する約束でしょ?」
そう言って僕の取り分を増やそうとしてくるのだ。
「いや、今回は僕もアインも殆ど何もしてないから。むしろ道中、ヨハネスの事もナタリーさんの事もフォローしてたのはヴィオラだし。今回は二等分にしよう? それに僕と違ってヴィオラの方が矢が消耗品な分、お金がかかるでしょう。僕と行動を共にしてからは満足に制作時間を確保出来ていないから完成品の矢を購入している筈だし、ポーションの方も全然オークションに出品出来てないんじゃない?」
「それは……そうだけど。……うーん、そうね。それじゃあ遠慮なく」
図星だったのだろう、少し言い淀んでからすんなりと受け取ってくれた。うんうん、良かった。ヴィオラとの話もついたので、教皇に残りのお金を渡すと、彼は驚いた様に声を上げた。
「こ、こんな大金貰えないよ……!」
「いや、何かあったときの為にも取って置いた方が良い。こんな事は言いたくないけれど、またいつ今までみたいな事が起こるかも分からない。そうなったとき、今のヨハネスなら外の世界を多少知ったし逃げ出してもどうにか生き延びられる筈。でも逃げ出す為にもお金は必要。だから、ね? ナタリーさんからの依頼は僕達だけじゃなく、ヨハネスも受けたも同然なんだからこれは正当な報酬なんだよ」
もし万が一ナタリーさんに何かあっても、僕達じゃどうにも出来なかった。けれどヨハネスが「回復なら自分が」と言ってくれたからある程度安心して動く事が出来たのだ。これは非常に大きい。人によってはNPCにお金を渡すなんて、と思う人も居るかもしれないけれど、僕はヨハネスにお金を渡すのは当たり前の事だと思っている。ヴィオラも反対しなかった辺り、同じ考えか意を汲んでくれているのだろう。
僕が大神官代理に監禁されていたときの事を暗に口にすると、教皇は少し悩む素振りをしてからぎこちない動きで受け取った。
「分かった。でもこれは母さんに預けておく。それにもしかしたら母さんの為に使うかも」
アキノさんは二年ぶりの帰還。住む場所すらなくなっているのだから、勿論何かと入り用だろう。
「勿論、母君の為に使おうが、貯めようが、全てヨハネスの自由だよ。僕達に断りなんて要らないんだ。これはもうヨハネスのお金なんだからね」
僕がもう一度言うと、ぎゅっとお金を握りしめながら今度こそ教皇は少しだけ笑った。とっても可愛い。