141.話し合い
バッカス「くん」だったりバッカス「さん」だったり、表記まちまちになっててすみません……。
あと、今回出てきた時系列について、過去に出てきたときとはちょっと年数が違ったりしてますが今回のが正解だということで。過去分については追って修正します。
僕とバッカスくんで何とか住民の皆さんを引き上げた後。次はプレイヤーの番、といった所で周囲が騒がしくなった。
「君達か? 何やらよく分からぬ施設からの脱出を手助けしてくれたと言うのは」
マンホールの穴から視線を外し、真正面を見据えると、上等な服を着た青年が居た。見るからに貴族といった感じだ。現マカチュ子爵だろうか? それともこの都市の領主か、文官だろうか。
「はい、そうです。古代人が作った施設……ロストテクノロジーがこの地下にありました。流砂に飲み込まれた人達はそこに居たみたいです」
「なるほど。……すまない、自己紹介が先だったな。私はこの領地を治めているユリウス・マカチュだ。爵位は子爵だ。作業の邪魔をして申し訳ないが、知っての通り本来は門を通った者しか入れないのだ。行方不明になっていた者も戻ってきた事でここら一帯は今少し騒ぎになっていてね。悪いが詳しい話を聞く為に、全員が出てくるのを待っていても良いかな?」
「構いませんが……、あと十人か十一人上がってきますよ」
トセさんも上がってくるのか分からなかったので、正確な人数は答えられなかった。一人で地下施設に残る……というのも何だか寂しいし、上がってくるかな。
「急げとは言わない。安全第一で頼む」
どうやら前子爵と違って現子爵は態度が高圧的ではないし、状況もしっかりと理解出来る人の様だ。もっと早くに代替わりが出来ていたらあの様な悲劇は起こらなかったのかもしれない。恐らく彼は前子爵の件で貴族社会では相当肩身が狭い思いをしているだろうし、正当な評価は受けにくいだろう。少し不憫に感じた。
子爵に見守られながら、引き続き僕とバッカスくんは手分けして皆を引き上げる。マンホールから出てきた皆はユリウスさんを見て「この人は誰だ?」という顔をしているし、ユリウスさんはアインを見て「こいつは何だ?」という顔をしているけれど、両者とも口を開こうとしないのがおかしくてたまらない。
プレイヤーと教皇、そしてアキノさんが上がってきたのを確認し、僕はマンホールに向かって声を張り上げた。
「トセさん、聞こえますか? 無理にとは言いませんが登れる様であれば良かったら来ませんか?」
呼びかけてみるも、返答はない。再度呼びかけようとした所で、突然後ろから声をかけられた。
「我は神だぞ。何もわざわざ登らずとも、瞬間移動位出来るさ。ちと館内を見て回って誰も残っていないか確認してきたのだが、問題はなさそうだ」
「あ、ありがとうございます。それじゃあこれで全員揃ったか。……マカチュ子爵、お待たせして申し訳ありません」
「あ、ああ……いや、待て待て待て。今、神と言わなかったか? いきなり現れた様に見えたが」
「いかにも。我はトセ、砂漠の神だ。皆上に行くというので我も着いてきたのだ。よろしく頼む」
ユリウスさんは今にも倒れそうな顔色で頭を押さえている。やはり女神シヴェラ以外の神相手でもそんざいな扱いをするといった事はない様だ。
「どうやら軽く話を聞く程度では済まなさそうだな……良ければ我が屋敷に招かせてくれないか? じっくりと話を聞きたい」
「僕は良いですが……」
プレイヤー陣は皆頷いているが、話を聞くのであれば僕達よりもアキノさんやトセさんの方が適任だろう。そういう意味を込めて二人を見る。
「我も構わんぞ」
「私も問題ないけど……」
ちらり、と教皇を見るアキノさん。地下施設で、自分が教皇になった事をアキノさんに報告したのかもしれない。教皇が子爵家に行くとなればちょっとした騒ぎになる。それを心配しての視線なのだろう。
「僕も大丈夫。ハリーにはあとで説明しておくから」
「そうか。では案内しよう。他の人々も、追って話を聞く必要があるかもしれない。悪いが全員町を出ないでほしい……といっても全員館に招く訳にはいかないな。費用はこちらで持つ。悪いがどこか宿をとってくれないか。それから体調が悪い者は教会に見てもらってくれ、その費用もこちらで持とう」
いつの間に居たのか、お付きの者に目配せをして手配をさせるユリウスさん。出すべき所は惜しみなく金をだす事で、脱出者からの心証を害する事なく町中に逗留させるとは実に非の打ち所がない采配だ。
残りの住人の事はユリウスさんの部下に任せ、僕達はユリウスさんのあとをついていく。ナタリーさんと妹のマリーさんは後で両親と一緒にお礼を言いに子爵邸に来るといっていた。……おや、貴族の邸宅へ来れるだけの身分があると言う事だろうか。
ユリウスさんの邸宅ではトセさんとアキノさんが中心になって話してくれた。ロストテクノロジーの停止方法と脱出方法については僕達が中心に説明。といってもどちらも書いてあった事をそのまま実施しただけとしか言い様がない。
本来であればでたらめを言うなと言われるであろうが、実際に機械は停止したし、ご覧の通り脱出も出来たので疑われずに済んだ。まあユリウスさんが内心どう思っているかは分からないけれど、少なくともトセさんの前で迂闊な事を言うつもりはない様だ。
「では、ロストテクノロジーの自己修復機能とやらがどの程度動いているのかは不明という事か? 今後再稼働出来る見込みは低いと?」
困った様に質問を重ねるユリウスさん。砂漠化の原因が解明出来たとはいえ、今後再び緑化する事がないとなれば領主という立場上、困る処の騒ぎではないだろう。
「施設の中心部は住民の皆さんが蜘蛛から守ってくれていましたし、暴走していた蜘蛛が居なくなった以上、時間が多少かかっても自己修復が出来る可能性はあります。とはいえ、僕らも機械の表面に書いてある説明は読めても機械自体を操作する事は出来ませんから……」
実際の所、もっと書斎にあった書籍を調べればロストテクノロジーのマニュアルの一つや二つ出て来そうな物ではあるけれど、僕としては積極的に提案したいとは思えない。
「何とか施設を復旧させて、緑化させたいところだが……」
「何をもたもたしている? トセを助けたいと言ったのはお前だろう。はっきり言ってやれば良いではないか」
「誰……いや、まさか女神シヴェラ様……!? 一体何故この様な場所に。それに、はっきり言う必要がある事とは……?」
突然現れて発言をする女神に驚愕するユリウスさん。ヨハネスが教皇である事を告げていればまだ違ったのかもしれない。でも実はハリーさんに報告した結果、教皇の身の安全の為にも大事にしない方が良いという方向でまとまったのでユリウスさんにはアキノさんの息子だという事しか伝えていないのだ。
そして今、女神シヴェラはその事を知ってか知らずか、いつもの様に教皇の身に乗り移るのではなく、トセさんの様に半透明な身体のまま直接姿を現している。
「トセは我の良き友であり、我の配下でもある。だがこやつは今、お前達人間の、神をも恐れぬ所業により力が弱まっておる。トセは砂漠の神。ここが再び緑化すれば今度こそ消滅するだろう。我がそれを許すとでも思うか?」
いつの間にかトセさんが女神シヴェラの配下扱いになっている。前に僕が言った言葉を考えてくれたのか、この国での自分の優位性を最大限に利用してトセさんの事を守ろうとしてくれている様だ。
「し、しかし、それでは領民が飢えてしまいます……」
「元々この地を無理に緑化したのはそなた達だ。この地も悲鳴を上げておる。再び緑化した所でそれがいつまで続くのかは我にも分からん。一年後か、はたまた百年後なのか。或いは千年先か。機械とやらの力ですら緑化が不可能になったとき、果たしてこの地はどうなっておろうかの?」
女神シヴェラの発言を、頭ごなしに否定するでもなければ、とにかく神のいう事だからと全面的に肯定する訳でもない。目を瞑って暫し検討をしてから、ユリウスさんは静かに質問を重ねた。
「砂漠のままであれば、不毛の地にはならないという事でしょうか?」
「トセが居るからの。砂漠はトセに力を与え、トセは砂漠を豊かにすると同時に守護する。まさしく共生という物じゃ。故に百年経とうが千年経とうが、また訳の分からん事を人間がしない限りは問題ないだろう」
つまり、トセさんが居る限りはこの地が作物一つ育たぬ荒れ果てた場所になる事はなく、オアシスなどによって人間も多少は過ごしやすい場所を維持する事が出来るという事だ。果たして、ユリウスさんはどうするつもりなのか。
再び考え込む様に沈黙したユリウスさんを尻目に、女神シヴェラはこちらを振り向き口を開いた。
「お前はどう思うのだ? トセを助けたいと言っていたが、やはり人は砂漠を受け入れがたい様だぞ」
「……これは僕個人の勝手な想像ですが、子爵領が砂漠化……より正確に言えば緑化を停止したのがおよそ三年前。そしてその原因を探る為にアキノさんがここに来て行方不明になったのが二年前。それから今までの二年間、ヨハネスは辛い思いをしてきました。それに一年前には痛ましい事件がありました。ペトラ嬢にあの様な縁談が舞い込んだ原因がまさに緑化の停止による子爵家の財政難だと思っています。僕が知る限りでも少なくとも二人の人生が狂ってしまいました。このまま二度と緑化しないとなれば、どれだけの人々の人生が狂うか分かりません」
そこで僕は一度言葉を句切った。ペトラ嬢の名前に、ユリウスさんの表情が一瞬険しくなったからだ。
「生活が豊かなら努力をして、自分で好きな職業を選ぶ事も出来ます。でも、その土台が弱ければ……生活が貧しければ自由なんてありません。生きる為に食べ物を盗み、或いは人を殺します。そう言う事をせざるを得なくなります」
ユリウスさんは頷き、女神シヴェラは不可解と言った表情を浮かべる。誰が聞いてもこの意見の着地点は緑化に賛成だと思うだろう。でも、僕は深く深呼吸をして、それまでの意見を覆す発言を口にする。
「だけど……そういう事を考えた上で、それでも僕は砂漠のままが良いです。だってここを緑化してしまったらトセさんは死んでしまいます。トセさん本人はどこか別の砂漠へ移れば良いだけだって笑っていたけれど、本当はそれすらも出来ない程弱っている。……僕はわがままです。だから、まだ話した事もない人々の事よりも、目の前に居る言葉を交わした知り合いを助ける道を選びたいです。砂漠のままでは人が全滅してしまうというのならもっと悩んだかもしれません。でも、砂漠化して三年経ってもなんだかんだで皆どうにか生活をしています。だから、この先何十年か後には皆、今の現状に慣れるんじゃないだろうか。……そういう甘い考えで言っています」
ユリウスさんは落胆した様な表情で溜息をついた。反対に女神シヴェラは満足げな表情を浮かべ、当事者のトセさんは何と言って良いのか分からないといった表情をしている。
「あの、難しい事はわかんないっすけど、トセさんが砂漠の神で砂漠と共生出来るなら、緑の神、みたいな別の神を呼び寄せる事で緑化した地も共生出来たりはしないんすかね? そうしたら今もうやばそうなこの土地も、緑化してもどうにか保つのかなって。砂漠と緑化、どっちかじゃないと無理なんすか? 半分ずつ、みたいな。それが出来たらWin-Winだと思ったんすけど」
おずおずと、バッカスくんが口を開く。その言葉に、たかしくんやオーレくんも賛同する様に頷いている。確かにそれが出来たら一番良いのだろう。
「もしそれが可能だとしても、そもそも地下施設がこの子爵領全土を緑化する設定になってる。半分だけ……なんて設定が僕らの力だけで出来るのか調べてみないとね」
「もう少し地下施設を探してみれば、マニュアルの様な物はあるかもしれませんね」
とマッキーさん。どうやら皆、バッカスくんの意見が実現可能なのであれば、それが一番良いと思っているみたい。勿論、領主であるユリウスさんにとっては頭の痛い問題だろうけれど。
「まあ、知り合いの神に当たる事は可能だがな。トセに可能なのは、この土地が元から砂漠だからじゃ。現時点でここまで悲鳴を上げている土地を、無理に緑化した上でこれ以上悪化しない様に共生するというのは我らの力を持ってしても至難の業。果たして引き受ける神が居るかどうかは分からぬぞ?」
「それでも、少しでも可能性があるのであれば声掛けをしてもらった方が。……とはいえ、ここの領主はマカチュ子爵ですからね」
例えユリウスさん自身がこの提案を気に食わなくとも、簡単には切り捨てにくいだろうと判断して、あえて女神シヴェラの肩書きを利用しつつ、多少外堀りを埋める様な言い方をしてみた。
「……この地の現状、それとトセ様の状況はよく分かりました。とはいえ、この判断がこの地の一生を左右するのであれば、私一人で判断出来る事ではありません。王都に赴き、国王陛下の判断を仰がねばならぬでしょう」
「我よりも人間の王とやらを優先するとは異な事を言う。まあ良い、我もこの子の件で王とやらに言わねばならぬ事がある。そのついでだ、この件についても手を貸してやろう」
女神が直接国王に話をする。それはすなわち、女神シヴェラを信奉するシヴェフ王国では事実上の決定事項と言っても過言ではない。自分一人で状況を説明する必要がないと分かり、ユリウスさんの表情は明らかに緩んだ。前子爵の件がある以上、またしても厄介事を抱えて国王陛下に謁見するというのは、想像したら胃が縮み上がる思いだっただろうなあ。
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